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ダンジョン作成記  作者: MS
第三章
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三章第二十三話

「落ち着きなさい、ヴォラーレ」


 何やら大慌てで食堂に飛び込んで来た女淫魔(サキュバス)ヴォラーレの意味不明な発言に、人造人(ホムンクルス)エレナは落ち着かせようと優しく声をかけ。


「深呼吸だよ!

 ひっひふー、ひっひっふー」

「ひっひっふー、ひっひふー、ってこれはラマーズ呼吸法じゃない!?」


 人造人ネブラに悪意はなく天然である。それよりもヴォラーレのノリツッコミ、さすがは地下迷宮初代落ち担当ということか。


「……?」

「お仕事するよ?」

《とうとう頭が逝ったか淫魔?》


 上から水精霊(ウンディーネ)ミール、住居精霊(ブラウニー)リーン、一角獣(ユニコーン)ユーンである。

 キッチンにて色々と作業していた犬人(コボルト)プリへーリア(プリア)とチャーリーン(チリン)はヴォラーレの登場に気付く事なく細々と働いていた。


「え? あ、ごめんね。じゃ一秒間に十回……」

「ネブラ、貴女私(わたくし)の事を何だと思ってるの? そんな真似出来ません! てか出来たら溶けます!」

「キャラが壊れているわよ?

 ほら息を吸ってー、吐いてー……」


 「あれ、ヴォラーレさんて吸血鬼だっけ?」そんなネブラの独り言を聞きながら、エレナが落ち着かせようと深呼吸を指示する。

 ヴォラーレも冷静になるべきだ、と素直に従った。


「吸ってー、吐いてー、吸ってー、吐いてー、吸ってー、吸ってー、吸ってー、吸ってー」

「ゲフッ、ごふぅ、げこっ、吐かないと死んじゃうからぁ!?」

「冗談よ、ヴォラーレ。それで何があったの?」


 エレナもまさかここまで素直に聞き入れるとは思わず、ヴォラーレの身体をはったボケなのだろうと流す。

 このやり取りで何とか落ち着いたヴォラーレは改めて報告する。


DM(ダンジョンマスター)室や応接室に繋がる大門などが消え去り、ネームレス様の所在が判りません」

「どうしてそんな大事な報告でふざけるの!?」


 「ふざけてません!」というヴォラーレの叫びは食堂から駆け出たエレナの耳には届かない。

 扉の消失を確認したエレナは、すぐさま枝悪魔(インプ)長デンスに協力を要請、インプを四方八方に飛ばし、訓練中だった骸骨兵長イース、教導中だった武術師範豚人(オーク)スチパノ、小鬼(ゴブリン)最古参ランにネームレスが行方不明な事を報せて農場部屋詰所に召集した。


「今夜、第二階層ヲ創作ナサレルトノ話ダッタ故ニ転移ナサレタノダロウ」

「ですが、ネームレス様は中核部を動かす予定はないと」

「ボスに予定外の事態が起こったと考えるべきだな」

「……そのようですね。

 ネームレス様より与えられている権限に基づき緊急事態を宣言します。

 ゴブリン一同は戦時体制に移行、パトロールの必要はありませんが三交代制にシフトするように」

「承知」

「スチパノ様、コブリン達の仕上がりは?」

「肉体がまだ成長しきれていない、今はまだ訓練を優先すべきだ」

「了解です。

 ネームレス様は二階層最奥におられると愚考しますが、皆様はいかにお考えで?」


 魔物勢最古参エレナが陣頭指揮を取りネームレス捜索隊の結成、捜索隊にスチパノが参加する事で不都合が出るであろうコブリン関連でネームレスの判断もなくコブリンを飢え死ににて数を減らさぬように食糧提供を決定等々矢継ぎ早に必要な事項を割り出すと対応策を決定していく。

 エレナに与えられている権限は大きい、特にネームレスが不在、連絡がとれない、指示を出せない時は全権代行者に指名されていた。

 この時、戦闘能力がないと侮られ命令に叛かれないように抑止力として用意されたのがエレナ専用戦力動く石像(ガーゴイル)ロッシュである。

 以前、捕虜を前に行われた模擬戦はゴブリン達にもロッシュの力を示す為でもあった。

 普段は詰所で放置されているロッシュだが実は結構重要な役割を担っている。

 もっともエレナはロッシュを用いなくとも戦闘班に所属する魔物達を掌握しており出番があるかは未知数だ。

 完全武装の上に予備の槍等を用意した骸骨兵団、装備の大半を応接室に置いていたスチパノはゴブリンから足りない探索用具を借り受ける。

 目潰し用の唐辛子いり卵を準備するデンス、戦時体制にて増員製作作業から解放されて喜ぶハブとディギン、インプが発見した転移魔法陣とゴブリン兵団を用いて効率的な補給計画を練るエレナと各魔物達の行動は迅速だ。

 骸骨兵団、スチパノ、デンス、補給や物質回収等の後詰めを担うランを隊長としたゴブリン小隊四名は、地上出入口部魔法陣と二階層に降りる階段部屋魔法陣に登録を済ませ二階層固定ダンジョンに突入する。

 二階層階段部屋を抜けると所々の壁に松明が燃やされ光源となり視界を確保していた。

 もっとも魔物達は暗闇をものともしないので、無用の長物と化しているが。

 固定ダンジョンの内装は自然洞窟のような地層が剥き出しのもので、床が不自然な程に水平に整えられていなければ見分けがつかないだろう。

 不規則に高低がつけられているが天井までは平均約四メートルといったところだ。

 捜索隊は三つのパーティーに別れて固定ダンジョンに挑む。

 狭い迷宮内ではあまりにも人員密度が高いと邪魔にしかならない、骸骨兵長イースが骸骨兵三名弓兵二名を率いた合計六名、スチパノがリーダーとなり骸骨兵二名弓兵三名の合計六名、ランが率いるゴブリン四名の物資回収、補給運搬部隊と別れた。

 イース、スチパノ、デンス、ランが第二階層固定ダンジョンを直接見て話し合い定まったパーティー員数だが、この構成員数バランスが長年数多(あまた)の地下迷宮を攻略して多大な犠牲の上に生み出された探索者(シーカー)等攻略側の理想パーティー構成員数だったりする。

 地下迷宮攻略はただ数でおせば良いという訳でもなかった。

 これに体長が三十センチで空中に飛べるので邪魔にならないインプが、ゴブリン隊にデンスともう一名、他の班には一名ずつが目潰し卵を持って伝令としてつき従う。

 インプは伝令の他にマッピングも担当しており、物資回収や補給品受け取りでゴブリン隊と接触した時にデンスに報告する事で固定ダンジョン地図(マップ)を完成させ二度手間などの無駄をおさえるのだ。

 捜索隊の現在地は階段部屋に一つしかなかった南(下)側のドアを抜けた部屋だ。

 長方形型の部屋は柔道場ぐらいの面積があり捜索隊の仮本陣が築かれていた。

 ゴブリン隊が転移魔法陣を利用して補給物資である槍や弓矢、水樽や食糧を運び入れている間にも西(左)と東(右)に続く通路からイース隊とスチパノ隊が捜索を進める。

 西にイース隊が、東にスチパノ隊がと別れた。

 イース隊が西壁北(上)部にある通路、というか部屋に続く穴から部屋に入った処、イース達は早速固定ダンジョンの魔物達から熱烈な歓迎を受ける。

 空中を飛び交う巨大蝙蝠(ジャイアント・バット)巨大蜘蛛(ジャイアント・スパイダー)達だ。

 巨大コウモリは山羊を掴んで飛べる程の体躯がある肉食の狂暴な魔物で、傷を負えば逃げだす魔物も多いなか巨大コウモリに逃走はない。

 巨大クモは体長が一メートルあり、巣を作って待ち構えるタイプではなく徘徊して獲物に飛び掛かり噛み殺すタイプだ。

 獲物に糸を飛ばして拘束する事も可能だが毒は持たず。

 駆け出しの傭兵や兵士にとっては侮れぬ敵だが、空中を飛ぶコウモリもクモが誇る跳躍力も冷静に対処出来れば、強靭な皮膚も、甲羅を持ち合わせない故に打ち倒すのは容易い。

 コウモリが四匹、クモが三匹で襲い掛かってきたがイースを始めとした骸骨兵の槍捌きにコウモリが全滅、勝てぬと逃走をはかったクモは槍で一匹、弓矢で二匹射ぬかれあっさり全滅した。

 部屋内に他の魔物が伏せていないか確かめたイース一行は南側と西側にある穴の内、南側東部にある方の穴から次部屋へ。

 入れ替わりにゴブリン隊が入室するとククリナイフを手に、魔物の死体から魔物素材を剥ぎ取る。

 コウモリからはコウモリの羽とコウモリの肉を、クモからはクモの糸を回収するのだ。

 次の部屋に進入したイース一行は部屋一杯に居る凄まじい数の弱粘液(ウィークスライム)巨大蜥蜴(ジャイアント・リザート)から波状攻撃を受ける。

 その膨大な数を認めると同時にイースはインプに補給、予備槍や矢の補充をゴブリンに指示すべくインプを戻す。

 槍と盾を装備したイースを含む骸骨兵四名が半円を書くように出入口を背に陣を組み牽制、半円内部に弓兵を置き群がる魔物達からリザートを優先して始末していく。

 酸性である体液の塊に等しいスライムを後回しにして武具の消耗をおさえているのだ。

 尻尾まで含めるとやはり一メートルある巨大蜥蜴は、分厚い皮と強靭な筋肉でおおわれた魔物である。

 鋭い牙、金槌に劣らぬ硬度の頭突き、鞭のしなやかさと鉄棒で殴られる威力を有する尻尾の一撃となかなかの強敵だ。

 盾で防ぎ、槍で流しと防御に徹する前衛の後ろから弓兵達の狙い定めた小弓がリザートの目や口内に射たれて数を減らしていく。

 修練を重ねた弓兵らにとって地下迷宮内で無風に近い事、獲物との距離が近い、使い慣れた弓、という状況下ならば急所へのピンポイント攻撃もお手のものである。

 矢継ぎ早に二十二体、矢筒に残っていた矢と同数のリザートを葬った弓兵が機械式弓に持ち変えようとした時にゴブリン隊から矢筒に詰められた矢を始めとした武具が届けられた。

 再開された弓矢の援護にて前衛がスライムに溶かされ、リザートに砕かれかけた槍や盾を交換して反撃に移る。

 この時点で硬い上に素早いリザートはほぼ残っておらず、武具を溶かすも動きの鈍いスライムばかりでイース班による一方的な狩りが始まった。

 殺戮の嵐が駆け抜けた部屋は入室した出入口しかなく、ゴブリン隊に後を任せたイース隊は先程の部屋に戻り、まだ探索していない西側南部の穴へと向かう。

 水溜まりに似た死体のウィークスライムからはスライムの体液、鉄鉱石を、リザートからはトカゲの肉、トカゲの皮、トカゲの鱗、トカゲの尻尾、胃の中から鉄鉱石を剥ぎ取る。

 特に矢で目や口内を射って殺したリザートは状態が良く良質の素材が大量に採取出来た。

 東側南部の穴を抜けたスチパノ班もまた固定ダンジョンの魔物集団と対峙する。

 立ちはだかる魔物達は体長が百五十センチ程の妖魔種で人形(ひとがた)である山羊人(ゴート)羊人(シープ)の混合パーティーだ。

 草食動物っぽい外見だが立派な肉食魔物であり、人形の利点である武器を構え


「メェー! メェー!」

「べぇ〜! べぇ〜!」


 と威嚇してくる。

 二本の捻れた角、一本線に見える糸目、健康的に輝く白い歯と歯茎、長い顎髭の山羊顔。

 体毛に包まれているがワックスでも塗り込んだように艶やかに明かりを照り返す鍛え上げられた、むしろ鍛え過ぎの肉体を、腹の前で拳を合わせて腕や胸の筋肉を振り絞るモスト・マスキュラーのポージングで、にぃ、と決め顔の山羊人が真ん中に。

 その左右に両肩を少し持ち上げ、バケツでも持っているよう姿勢に見えるポージングの基本姿勢のリラックスを取る山羊人、ただ立っているだけに見えるが筋肉に力を入れており爪先を大きく開いて足、太股と全身の筋肉を露にしている。

 さらにその左右に対称のサイドチェスト、身体の側面と顔を正面に向け腕をエル字にして胸板、腕、太股の筋肉を誇示する山羊人、合わせて五名のマッスルが出迎える。

 そのマッスル達の背後に普通の山羊人、丸々としたつぶらな瞳、ふっくらモコモコした毛のせいで手足が短く見える羊人達が雄叫びをあげていた。


「兄貴メェー! キレてるメェー!」

「デカイべぇ〜! 広いべぇ〜!」

「絞るメェー! かたいメェー!」

「「「マッスル! マッスル! マッスル!」」」


 これらを認識した瞬間に骸骨兵は崩れ落ち、両手両膝を地につける、片膝を付くも何とか槍を杖代わりに踏ん張るが骸骨兵は戦闘不能に陥る。

 インプにいたっては一瞬で気絶してしまっていた。

 流れるように次々とポージングを決めていく五名のマッスル山羊人、その度に熱気が燃え上がり室内にワックスと漢の汗の臭いが充満する。

 四つん這いのまま片手で床を何度も叩く骸骨兵がいれば、全身を小刻みに震わせ歯を食い縛り軋む音が聞こえそうな程に槍を握る骸骨兵と反応は様々だが、その眼窟に宿す闇に強烈な嫉妬の炎が写っていた。

 き、筋肉が追い掛けてくるっ、インプは気絶して意識を手放したのにマッスルな山羊に追い掛けられる悪夢の真っただ中だ。

 その視覚兵器と評価されそうな外見と精神汚染を引き起こすポージングでスチパノ以外のスチパノ班を一瞬で壊滅させたマッスル山羊人。

 その中央で最初はモスト・マスキュラーを決めていた山羊人がリラックスのポーズで片手を上げ、絶叫に近い歓声を止めてスチパノに語りかける。


「上背ハアルガ厚ミガ足リナイ」


 マッスル山羊人唯一の装備品であるビキニパンツに手を入れると中から葉巻を取り出し先端を噛み千切り吐き捨てた。


「ソンナ筋肉ジャア俺達ニャ勝テネェゼ」


 マッスル山羊人が葉巻をくわえると背後で歓声を上げていた山羊人の一人が素早く葉巻に火を付け引っ込む。

 葉巻から煙りを吸い込みゆっくりと味わったマッスル山羊人はスチパノの顔に向け息を吐き付ける。 


「ハッハッハ、ドレ軽ク揉ンデヤロウ」


 様々なポージングで、その筋肉を誇示しながらマッスル山羊人五人衆はスチパノに襲いかかるのだった。


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