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ダンジョン作成記  作者: MS
第三章
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三章第二十二話

 地下迷宮第二階層固定ダンジョンボス部屋に相応しい広大な石畳の床、高いドーム型の天井を何本もの柱が支えており、現代人ならばこの部屋を古代ギリシャ風神殿に酷似していると評するだろう。

 そんな部屋に地下迷宮の(あるじ)ネームレス、彼の忠実な(しもべ)である枝悪魔(インプ)コルジァ、そして部屋の主たるボス魔物が柱や壁にかけられている松明の灯りで照らされ部屋の中央で対峙していた。

 ボス魔物の二百五十センチある巨躯はもうそれだけで凶器だ。赤黒い血管が無数に浮かび上がる筋肉、丸太のように太い腕に巨体に相応しい両手用戦斧を右肩に乗せる形で構えている。

 修羅場を潜り抜けた猛者でも肝を潰しそうな状況下、ネームレスは至極沈着冷静に鋭い二本の(つの)で貫かんと頭を低くして涎を撒き散らしながら迫り来る二階層ボス魔物を解析していた。

 殺意に満ち溢れた、大気を震わせる雄叫びをあげてネームレスを貫こうと前倒姿勢で突進して来たボス魔物を十分引き寄せ余裕を持って避ける。

 イースやスチパノならばそれこそ米粒一つ分の隙間もなく、まるで攻撃がすり抜けるような錯覚を与える間合いで回避するに違いない。

 だが二人と違いネームレスにそんな見切りは無理だ。

 それでも限りなく自然体で、ボス魔物を闘牛士が牛の突進をかわすように角を避けたネームレスは、追撃を防ぐ為に斧を担ぐ右肩側に身体を流す。

 角の突き刺しを避けられたボスが戦斧を降り下ろそうとするもネームレスが右肩に触れん程の位置にいる為にそれはかなわない。


石弾魔法(ストーン・ブラスト)


 突進の勢いを殺せずにたたらを踏むボス魔物の背中にネームレスの攻撃魔法が降り注ぎ肉を抉り血が吹き出る。

 だが牛頭故に表情が解り難いが、怒りに火に油を注いだだけで堪えている様子はない。

 その体躯に相応しいタフネス振りを発揮するボス魔物、牛頭人(ミノタウロス)は振り返るとますます殺意を燃え上がらせネームレスを()め付ける。

 ミノタウロスは右肩に乗せるような形だった戦斧を盾のように身体の前へと構えなおす。

 柄を握る位置が遠心力を利用して威力を高める石突き寄りでなく、あてる事を重視した斧頭付近だ。

 ミノタウロスは鼻息荒く肩を上下に揺らしながらゆっくりネームレスとの間合いを詰めだす。

 先程の攻防から突進では倒せぬと悟ったミノタウロスは戦術を素早く切り替えた。

 その様子にDM(ダンジョンマスター)室を守る守護魔物としては頼りになるが、敵対している今は無能の方が良かった、とネームレスは苦笑いを噛み殺す。

 石弾の魔法は魔法を行使して石弾を創り、投げて目標にぶつけなければ効果が発揮しない。

 故にネームレスが牽制を兼ねて反応を試す為に撃った石弾はミノタウロスに向かい飛んでいくも射線に斧を差し込まれ防がれる。

 牛顔にあからさまな嘲笑を浮かべるミノタウロスだが、表情と違い詰め寄る足捌きは慎重そのものだ。

 体長も体重も大人と子供程差があり、ミノタウロスの一撃はかするだけでネームレスにとっては致命傷になりかねない。

 両刃の戦斧を盾にして近付くミノタウロスに六尺棒を構えながらネームレスは左へ左へと距離を取る。

 いかに怪力を誇るミノタウロスといえ、専用にと用意された稀少(レア)武具である金剛鉄製両手用戦斧を用いると単純な軌道の攻撃しか行えない。

 いや、この戦斧を扱える怪力があるならば武器で受ければ武器ごと、盾で受ければ盾ごと、板金鎧を身に付けていても両断が可能だ。

 その振り下ろす速度も常人ならば捉える事も出来ず、身体を両断されても痛みさえ感じずに絶命する。

 ミノタウロスは目を血走らせ涎を(たら)しながらネームレスの一挙一動に神経を尖らせ隙を伺う。

 ネームレスと比べて半身も高い巨体、巨躯相応の長い腕が合わさった広大な攻撃範囲、歩幅の違いによる踏み込みの速さ。

 ミノタウロスから発せられる殺気による圧力(プレッシャー)、これらに影響され付かず離れずにミノタウロスと死の回旋曲(ロンド)を踊るネームレスは精神的な疲労と絶対的な運動量が違いすぎた。

 表情(かお)には出さないがネームレスの背中などは汗でびっしょりと濡れ体力と集中力を削られている。

 ネームレスとて魔法を使うには一瞬の集中が必要であり、突撃を避けた時のようにミノタウロスが体勢を崩している時か距離を取れている事が反撃を受けない為には必要だ。

 だが、ここに来て単純かと思われたミノタウロスは、攻撃一辺倒になったり、ダメージで怒り狂う事もなく慎重にネームレスへ手を出さず持久戦の態勢を整える。

 体力的に戦闘が、睨み合いが長くなれば長くなる程不利になり、それを嫌って攻勢に出れば待ってましたと戦斧がネームレスを切り裂く。

 かといってこのままでは体力が尽きて足が止まり回避ができなくなるか、集中力が切れて観察力や判断力が低下しておこりを見逃して睨みや六尺棒で牽制が出来ず攻撃を許してしまうか。

 詰んだな、ミノタウロスに注視しながもネームレスは並列思考でそんな結論を導き出した。


「ミノタウロスよ、我に降らんか?」


 己だけでは勝利は不可能と判断したネームレスはミノタウロスに会話を持ち掛ける。

 まだ体力や集中力が十分なうちに次策に動いたのだ。

 ちなみに失敗したらネームレスは恥も外聞もなくDM室に逃げ込む積もりである。

 ネームレスの勧誘を弱気と受け取ったミノタウロスが獲物が疲れて来ており、この状況を打開する事が出来ぬと殺戮を想像して舌舐めずりした。

 その為にネームレスへの警戒は揺るがなかったが周囲への注意がそれてしまう。

 そう例えとるに足らぬインプにも油断なく用心を払っていたそれを。

 この千載一遇(せんざいいちぐう)のチャンスを逃すコルジァではない、とらぬ狸の皮算用をしていたミノタウロスの顔面を卵で爆撃するとそのままDM室への大門でまつ小鬼(ゴブリン)族長フジャンの元へ飛び去った。

 ブルゥ゛アァアァアアアアアッ!!

 血を吐くような絶叫を叫びミノタウロスは戦斧を取り落とし、両手で顔面をおさえながら床をのたうちまわる。

 卵に詰められた唐辛子を乾燥させて磨り潰した粉末が目、鼻、口内に焼かれたような激痛を与え、ミノタウロスから思考力を奪う。

 涙を流して暴れまわる内に泡をふき呼吸もままならなくなり喉をかきむしり苦しむ様子を冷徹な眼差しで眺めていたネームレスはミノタウロスを楽にしてやるべく魔力を注ぎ大岩サイズになった石弾を放つ。

 しかし、ミノタウロスにとって不幸な事に体躯とボスモンスターに相応しい耐久力と生命力が苦痛を長引かせてしまうのだった。

 敵が勝利を確信した時こそ逆転のチャンス、降伏勧告する事でミノタウロスの慢心を呼び覚まし油断させそれを突く。

 上手くいったがネームレスはミノタウロスを正面にしたまま後ろへ走る覚悟を完了していた。

 初撃の突進の後は慎重にネームレスの様子を伺いながら圧力をかける、これ程に用心深いミノタウロスから慢心を引き出すのは難しいと考えていたからだ。

 もはや原型を留めない肉片と血の海から吐き気を催す濃厚な血の臭いと湯気が出かねない程に新鮮なぶちまけられた内臓を前にネームレスは戦闘を振り返る。

 過剰攻撃(オーバーキル)に見えるが、ここまでしなければ殺しきれない程にミノタウロスの生命力は桁外れだったのだ。

 これ程の生命力ならばミノタウロスは多少の怪我など気に止めず、持久戦よりも積極的な攻勢に出た方が勝率は高かっただろう。

 そして冷静沈着な積もりだったネームレスだが、今この時になって単独での必勝戦法を思い付きへこむ。

 フジャンやコルジァの目がなければ床を転げまわるか、柱や壁に頭を叩きつけていた。

 この戦訓はこれからに繋げるとしてもとネームレスは検証を切り上げて傍らに控えるコルジァに問い掛ける。


「フジャンの様子は?」

「はい、ネームレス様。未だに目覚めません」


 ネームレスが差し出した左腕にふわりと止まりコルジァは報告、体長が三十センチ程しかないインプだからこそ、このような事も可能だ。

 とはいえ、ネームレスの腕に止まれるのはコルジァと羽妖精(ピクシー)スリンの二名だけだが。

 ミノタウロスを撃破してコルジァの働きを労ってから気が付いたのだが、何時の間にか退路を確保していたはずのフジャンが気絶していた。

 なので今まで魔力回復を兼ねた戦闘検証をして目覚めるのを待っていたのだ。


「……DM室に戻るぞ」

「よろしいので?」


 ネームレスが固定ダンジョンを創作したのは夕食を済まし休む直前、この日最後の仕事としてだった。

 明日は朝からイースを筆頭とした全骸骨兵、スチパノ、フジャン、デンスを連れての実戦訓練と固定ダンジョン内魔物、採取可能物などの調査をする予定だったのだ。

 ネームレスが善後策を練ったり、攻略準備、そしてミノタウロスとの戦闘に費やした時間を考えると今は未明(零時から三時)となるはず。

 固定ダンジョンの魔物が再出現(リポップ)するのは明け方(三時から六時)なので、倒したミノタウロスがもうすぐリポップする。

 コルジァがネームレスに確認を取ったのは、これがあったからだ。


「良い、ミノタウロスは敵ではない。

 だが、このままで行くのでは魔力が持たん。

 イース達が来るまで待つ」


 巨体故のパワー、攻撃範囲の広さ、歩幅、耐久力、生命力と近接戦ならば厄介なミノタウロスだが今回の戦闘を検証した結果、ネームレスならば一方的に勝てる算段がついた。

 ただ、ミノタウロス戦を終えて色々とクールダウンしたネームレスは、己の無謀に気付き三人だけでの攻略から救援を待つ方針に切り替える。

 冷静な積もりだったが今考えれば三人だけでの攻略など無謀を通り越し狂気の沙汰だった。

 ネームレスからすれば強大な一体との戦いならば勝利も得よう、ミノタウロス戦のように。

 しかし、多数が相手ならば敗北が必至、例えば灰色狼ならば三頭も出れば対処出来まい。

 魔法使い型のネームレスが取る戦術は当然だが魔法を主軸としたものだ。

 攻撃魔法の多くは発動まで三工程――創作、投擲、着弾――が必須であり、掌や指先に魔法を創作、目標に向かって撃つ、着弾と同時に魔法効果発動となる。

 魔法が必中ではなく、撃っても狙いが逸れたり避けられたりする。

 魔法を創作して目標を狙う、動きが止まるまで撃たずにいる時に、攻撃を受けるなどで魔法待機維持の意識を乱されると下手すれば自爆してしまう。

 そんな危険がある魔法使いにとって、敵と白兵戦にて壁となる前衛がいないのがどれ程危機的かをネームレスはミノタウロス戦で学んだ。

 気絶中のフジャンを背負ってDM室で寝かせ、運ぶのに邪魔で置いてきた背嚢(はいのう)やピック(つるはし)なども回収したネームレスは、最後にミノタウロスが残した巨大な両手用戦斧を目の前に悩んでいた。

 戦利品として回収しようとするも重すぎて運べず、念動魔法を使うも戦斧の素材が金剛鉄で魔法がかからず。

 仮想銀貨化を試したが不可能、勿体ないが諦めてミノタウロスの遺体と共に放置してネームレスはDM室に戻る。

 彼が出て行き、ボス部屋とDM室を繋ぐ大門が閉じてしばらくすると、床に散らばっていたミノタウロスの遺体が消え失せて、戦斧だけが残された。

 気絶中のフジャンを改めて執務室の片隅で毛布に包み寝かせたネームレスは、DM室玉座にて二階層固定ダンジョンボスを倒した影響を調べる。

 特に変化は見あたらなかったが念の為に中核部の一階層、強制転移前の位置に戻せないかと操作するも


《転移条件を満たしておりません》


 再転移は現状は不可能とボス戦前と変わらず。

 ネームレスが打ち立てていた戦略が根本から崩れた強制転移は、少数人数にての攻略という無謀にネームレスを走らせる程に動揺を招いていた。

 もっともネームレスは今現在でも攻略に出る必要性はあったし成果も上げていると思っている。

 二階層固定ダンジョン最強個体であるミノタウロスを撃破したという事実は配下魔物らからの臆病者という評価を覆せるだろう。

 ネームレスはそう出撃とミノタウロス撃破、命懸けの戦闘も無駄でなかったと己を納得させると、シャワーを浴びて休むべくDM室を後にした。




 時間はネームレスが固定ダンジョンを二階層に創作し強制転移された直後に戻る。

 夜行性のゴブリン、その子供であるコブリンなので、スチパノが訓練や座学を指導するのは夜間だ。

 ラン監視下でコブリン十五名はこの時間帯だけ全員起床してスチパノから指導を受けている。

 ゴブリン達も大部屋で骸骨兵長イースからコブリン指導の合間に訪れるスチパノが来るまでしごかれていた。

 捕虜の多くは既に夢の中、内政班の魔物らは農場部屋食堂で明日の仕込み、フルゥスターリ語の勉強などに集まっている。

 夕飯後、エルフの少女からブラッシングなどを受けたユーンは乙女率が高いこの空間に用はないが居座っていた。

 教師役のヴォラーレがネームレスから夜伽に呼ばれていて不在な為に生徒であるエレナ、ネブラ、何故か勉強会に参加しているミール、リーン四名は復習を。

 犬人(コボルト)のプリへーリア(プリア)とチャーリーン(チリン)は調理の仕込みや時間がかかる料理、スープ作りなどしていた。

 そんな平和で穏やかな食堂に大慌てヴォラーレが飛び込んでくる。


「た、たたた大変です!

 ネームレス様が部屋で繋がらなくて消えました!?」


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