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ダンジョン作成記  作者: MS
第三章
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三章第十六話後編

 骸骨兵用の鎧を背に執務室から応接室、そして廊下へとフジャンが慎重に歩んでいた頃。

 農場部屋食堂キッチンで捕虜らが使用した食器を洗い、賄いを食べたでっかいのとちっこいのが作業台に並びパン生地作りに精を出していた。

 でっかいのは、その体躯に相応しい力でちっこいのが捏ねる倍程の生地を豪快に扱っている。

 その男前な顔に鼻歌を唄いそうなぐらい上機嫌かつ意外と重労働なパン生地作りも余裕綽々のでっかいの、先程鬼神の如く骸骨兵を退けた男と同一人物(魔物)とは思えない。

 ちっこい二人は毛が混じらないようにと身に付けているメッシュ帽、マスク、手袋で目ぐらいしか見えないが熱がこもり大変そうだ。

 しかも、ちっこいのに相応しい百十センチ程の身長を補うために椅子を踏み台代わりとしており踏ん張りが効かず苦心していた。

 そんな三人を監修しながら、エレナは鶏ガラを煮込んでいる。

 この鶏ガラは、ぶつ切りにして良く洗い一晩水にさらしたものだ。

 大鍋にそれと、水、長葱、生姜、ニンニク、月桂樹をいれ煮立ててアクを取り、とろ火で数時間煮込む。

 スープが白濁したら、平ざるなどで出涸らしの鶏ガラなどを取り除き完成だ。

 スープを取った後の鶏ガラは、ゴブリンとインプの食料となる。

 調理師側からすればゴミが減り、ゴブリンやインプ達からはメニューが増えて嬉しい。

 骨すら棄てないエコノミーな食場(職場)です。

 今までエレナ一人でまわしてきた厨房業務、人員が増えれば作業も分担でき他の仕事へ労力を振り分けられるだろう。

 三人ともスキル調理を所持しているので、細やかな調整さえすませればエレナの監修も必要なくなる。

 それでも流石に数日は教育に手間をとられるだろうが。


「はい、スチパノ様とチリン(チャーリーン)の生地はこれで大丈夫です。プリア(プリヘーリア)の物は、ちょっと水分が足りませんね」


 三人の作ったパン生地をエレナが検査して、修正を指示する。

 本来ならば問題にならない程度の誤差だが、人柄(魔物柄?)も把握せねばならないエレナとしても少々意地が悪いと承知しながら試す。

 特に食べ物を扱う仕事を任せなければならない以上、性急にでも性質を掴んでおかなければならないからだ。

 指摘を受けたプリアは、恥じ入るとスチパノとチリンに断りを入れて、二人の生地を触り感触を確かめて、そして自分の生地に水を微量加えて再び捏ねる。

 その間にエレナはスチパノとチリンに生地を寝かせる(発酵させる)準備を命じた。


「エレナ様、品評をお願いします」


 些細な不備を指摘、駄目だしされたのに反感や不満は見られず、失敗を恥じれ、ただ闇雲に教えを請う訳でなく、他人の助言を真摯に受けとめ、一生懸命に与えられた仕事を励む。

 まず最初に質問する相手がエレナでなかった点は要教育だが、それも気遣いから、なのかも知れない。

 このように言動を観察する事で、エレナはプリアとチリンの性格をほぼ読み取った。スチパノはまだ接した時間が短すぎるので何とも言えないが。

 まだ出会って間もない関係だ、ある程度擬態もあるだろうから、今しばらくは観察は必要だろう。

 後は他者の目がない所での言動だが、それはネームレス様が前々から備えていたので心配はない。

 食堂キッチンで働く四人の死角部に視線を飛ばし、インプがギョッとするのを横目に仕事の指示と監修、魔物らの観察にエレナは戻る。

 三人の生地を寝かせ(発酵)ている間にも、四人は夕食の仕込みの野菜の下拵えなどを次々とこなしていく。

 当初はスチパノに怯えぎみだったコボルトの少女らも、紳士的な対応に緊張感や警戒心をといた。

 仕込みを終え、後はパンの焼き上がりとスープの出来上がりを待つ段階になった時点で、それらの様子見と使用した調理器具の後片付けをプリアとチリンに任せる。

 そうしてエレナとスチパノは、執務室に物資の補充や新たに必要となった道具の購入へと向かう。

 道中でネブラや捕虜らの仕事の進み具合、未だに気絶中のユーンの状態を確認してから、農場部屋を出た二人は執務室で考え込んでいたネームレスと顔を合わせる。


 補充した武具、革鎧、小盾、中型盾、木刀、棍はフジャンと身動きが可能な骸骨兵で持ち運ばれた。

 それからしばらく自由を許されたフジャンは、汚れを落とすべくゴブリン居住区の入浴部屋でゆっくりしている。

 なれない試合審判でかいた冷や汗を流し、リフレッシュ中だ。

 普段から細々(こまごま)と立ち働くフジャンへのネームレスからの気遣いである。

 ネームレスが、これから先の計画修正や創作優先順位付けやらとの頭脳労働中に、フジャンに任せられそうな仕事を思い付かなかったからでもあるが。

 そんな理由で執務室にて大学ノートをひろげていたネームレスの元に、エレナらが入室して来た。

 エレナがネームレスに新たに購入が必要な物資、コボルト用の踏み台やらが必要な事などを説明して認可を願う。

 二、三の質疑応答の後に、ネームレス自らコボルト用の固定・持ち運び式の踏み台を購入する。

 それをスチパノが農場部屋食堂に運び、彼が執務室から出てからエレナが新入り三名の勤務状況を報告した。


「……以上でプリアとチリンの報告を終わります。スチパノ様も私の指示に従う事に抵抗など見受けられませんでした」

「なるほど、他に人員面での要望はあるか?」


 ネームレスの問いに、エレナはしばし考え込み


「今しばらくは大丈夫かと」


 ネームレスとエレナは、他にもユーンの処罰、スチパノの扱いや立ち位置について踏み込んだ相談を済ませる。

 エレナに事情聴取と農家部屋使用に関して話があるので、農場部屋の仕事に余裕ができしだいヴォラーレとネブラを自分の元へと派遣するように、そして今宵の夜伽をエレナに命じて下がらせた。


「それでは、御前失礼します」


 夜伽を申し付けた時の幸せそうにはにかんだエレナを確認して、彼女の信、忠、好に曇りはない、ネームレスはそう判断する。

 処罰や人員配備などの真面目な話をしている途中で、夜伽を命じる事で心理的な不意討ちにて本心を探る策だ。

 事前に身構えていれば、擬態などで本心を隠すのは容易いだろうが、予想外の一撃ならば偽る事は難しい。

 エレナならば自分の上を行くかも知れないが、これがネームレスの取れる最善策だろう。




 さて、執務室から退室したエレナだが、応接室で転がっていた。

 必死でもれ出そうな歓声を飲み込み我慢していたが、魂の底からわき出る歓喜に表情を蕩けさせ床をゴロゴロ、足をジタバタ、両手で床を叩いて喜びを表すのだけはなんとか控えたが。

 鼻から忠誠心を吹き出しかねない勢いで身体全体を使い幸福をあらわにしていた。

 捕虜が倒れた件で失点を自覚、ネームレスからの叱責を覚悟していたエレナに、人員の追加に加えて今宵の夜伽の連続攻撃に彼女の自制心は撃沈されてしまう。

 ネームレス様に見られたり知られたりする訳にはいかない、との女の誇りはなんとか残っていたが、普段の出来る女というキャラクターを崩壊させてまで喜んでいた。

 故に気付けなかった。

 応接室の農場部屋へと続く扉が微かに開かれ、その黒歴史間違いない恥態をなまあたたかく見守られている事に。

 音もたてずに閉められた扉前で二人の魔物が相対していた。

 応接室に入る扉を背に進入を拒む住居精霊リーンと、踏み台を運び終えて執務室に戻ろうとしていたスチパノが。


「すまないが、通してくれないか?」


 スチパノは微妙に困った風に、だが穏やかにリーンに頼む。


「お仕事するよ!」


 だがリーンはニコニコと笑顔ながら断固として動かないと雰囲気で主張する。


「見慣れぬ相手で警戒するのも無理はないが、俺もボス、ネームレス様から創作された魔物だ」

「お仕事するよ!」


 上司の体面やら名誉やらを死守すべく頑として退かないリーン、スチパノは非戦闘員であろうブラウニーが相手であり、顔合わせをしていない己を疑うのもやむ終えないと無理強いをしたくはない。


「執務室にネームレス様が」

「お仕事するよ!」

「疑うのも」

「お仕事するよ!」


 エレナが正気を取り戻して応接室から出て来るまで延々とこんなやり取りを繰り返すリーンとスチパノだった。


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