三章第十五話後編
三月十九日、20時に改訂した改訂版と差し替えさせて頂きました。
農場部屋の魔物に新たに創作した新入りらの紹介やらを済ませ、部屋から出たネームレス一行は、その足で骸骨兵が訓練に励む大部屋に移った。
豚人スチパノの戦闘能力を検証する為だ。
最初はスチパノと骸骨兵シーザーの一対一での試合……のはずが死合模様に。
スケルトンでなければ致死攻撃なのか、スケルトン故にそうなのか。
スチパノはコックコートとその下に着込んでいた柔軟革鎧、腰の短剣を外して、短剣代わりに短棒を後ろ腰に差す。
彼の武装モデルは古代ローマ剣闘士で、短剣と小盾を使うのが正式なのだが、本人の希望で盾はなしだ。
シーザーも武装は槍のかわりに棍と中型盾を持つだけで鎧は身に付けていない。
最後に骸骨兵長イースとも戦わせる予定なので、公平を期すために審判はフジャンがつとめる。
ネームレスとフジャンからすれば、ほぼ瞬殺にしか見えなかった戦闘は、想像通りスチパノの勝利だった。
シーザーはスチパノに武器を使わせる事すら出来ず、鋭く突いた棍をかわされながら懐に潜られ右手首を掴まえられると、足を払われ地面に叩き付けられて人間ならば心臓がある箇所を踏み抜かれた。
シーザーが攻撃を繰り出したと思えば、倒れて踏み抜かれている、離れて見ていた者達ですら、何がおきたかを正確に把握出来たのは、骸骨兵長イースだけであった。
戦闘系技能は短剣と小盾しか付与していないのに、合気道というか近接格闘系の技を実戦レベルで使用可能なのはどうなんだ、と創作の謎がますます深まる。
この時、シーザーの使用していた棍と盾が殉職した、勢いよく叩き付けられた衝撃でだろうか?
ネームレスも破壊された盾に視線を投げながら違和感を感じていた。
だが、叩き付けられた衝撃は凄まじいもので、シーザーは上半身がひびだらけだ。
生きた人間ならば投げ付けられた時点で、戦闘の継続は不可能だと思われる程の衝撃である。
これならば盾の破壊も可能だろうか。
さすがにこれだけでは、と次は骸骨兵コスが鎧も身に付けてスチパノに挑む。
も、やはり掴まれ投げ叩き付け心臓部を踏み抜かれる、鎧ごと、しかも、何故か再び盾と棍もきっちり粉砕して。
この時点でネームレスは試合の中止を決めたのだが、イースから骸骨兵の修練に丁度良いと継続を望まれてしまう。
嫌な予感、というか、この先の展開を読めたネームレスだが、ほとんど聞かれないイースからの要望だったので許可を与えた。
それからは、スウとエースの二対スチパノ、骸骨弓兵カースとキースに骸骨兵アース三体対、と続き、その度に骸骨兵は敗れたのだ。
多対戦になり、ネームレスにも解ったのだが、盾と武器が壊れるのはスチパノが反撃を封じる為に破壊している様子だった。
ネームレスとしては、骸骨兵とスチパノの実力差を考慮すれば、そこまでしなくとも良いように思う。
……盾も鎧も安くないのだが、と、こう内心涙目なネームレス、名目として実戦を想定した訓練なので、スチパノに武具破壊を控えさせるのも、鎧を装備させないハンデを既に課しているのだから難しい。
七体の骸骨兵が敗れた時点で、さすがにイースを加えた四体とスチパノの戦いは嫌がらせになりかねず。
残った三体が弓兵で前衛としての訓練の重要度が低いのもあり、骸骨兵長イースとスチパノで最終戦として、しめに。
すでに四連戦をこなしている(もちろん初戦から聞いてはいた)スチパノに、疲労があるなら中止する、とネームレスは伝えるのだが当人は「問題ありません」と涼しい顔だ。
これまでの破損で出費が銀貨2640枚確定しているネームレスとしては、スチパノが断ってくれれば検証試合も取り止められたのだが……。
三体がやはり転ばされて胸を踏み抜かれたので、試合に参加していない弓兵のケース、スーク、オースが倒れた骸骨兵を退かす。
試合の流れは、カース、キース共に小剣サイズの木刀に小盾を構え、アースは盾を前面に押し出しながら棍を肘を曲げて肩の上に構えた。
フジャンが開始の声をあげるとカースとキースがスチパノに仕掛け、二体の背後からアースが棍の長さを生かし援護する形で挑んだ。
カースとキースは鏡合わせの様な見事なタイミングで左右から攻撃を繰り出し、スチパノの接近を許さず。それでもなお攻撃の微かな隙をつきスチパノが二体のどちらかに近付こうとすると、アースの棍が二体の態勢を整える時間を稼ぐ。
スチパノが攻撃目標をアースに切り替えようとすると、すかさずカースとキースが木刀と小盾を使い四連撃を見舞う。
だがスチパノはその四連撃に加えだめ押しとアースが放った鋭い突きを手捌き体捌き足捌きですべてそらしかわす。
なおかつ手捌きでキースの木刀を受け流しながら手首を掴み柔道の大外刈に似た動きでキースの足を払いその衝撃を利用して掴んでいる手首を中心に半回転させカースに向けて投げ飛ばした。
二体をぶつけあって転がした瞬間、アースの突きがスチパノの喉を狙う。
しかしそれはスチパノが膝と腰を落とす事で空をきり、伸ばした腕をとられ一本背負いでアースは地面に叩きつけられる。
この時きっちり肘打ちでアースの中型盾を粉砕し、叩きつけらる位置を調整して棍も折るスチパノ、無論倒れたアースの胸を踏み抜くのも忘れない。
三対一でも攻撃をあてる事さえ出来なかったのに、アースを欠いて二体だけで敵うはずもなく。
ネームレスが止める暇もなく、カースとキースも撃破したスチパノだった。装備込みで。
砕けた盾や鎧の片付けが終わるまで、先程の試合内容を検証していたネームレス、同時に破損した武具の再購入にかかる費用と残銀貨数も思いだし、運営資金にはまだ余裕はあった、あるが、あるけれど、とやはり内心で滂沱していた。
ネームレスは戦闘を詳しく見るために、フードを脱いで素顔を晒していたが、その顔には悠然とした表情を浮かべており、そんな内心を微塵も感じさせない。
試合を終えた骸骨兵達は一応動ける、だが心臓部、胸骨を砕かれ鎖骨や肩甲骨にもダメージが入り、それが大き過ぎて足取りがおぼつかない者もいたので、壁に背を預ける形で休ませている。
頭部や脊柱まで砕かれていれば、しばらく行動不能になっていた。スチパノも胸を踏み抜く事で手加減していたのだ。
ネームレスや、圧倒的な展開に震え上がるフジャンには解らなかったが、骸骨兵の技の切れ、投げ飛ばされている中でも盾や蹴りで反撃する闘志にスチパノは称賛の念を抱いている。
それ故、武具破壊と急所へとどめの攻撃をする事で、骸骨兵らを侮れぬ強者であると伝えていたのだ。
イース、スチパノ、両名共に気合い十分、二人が発する闘気が空気をこがす。
ここに来てネームレスも両雄の激突は必至、実力把握も必須とこれ以上の横槍は無粋と見守る事に。
フジャンが普段から持ち歩き設置した折り畳み式の椅子に座る。
そんなネームレスから十メートルは離れて骸骨兵長イースと豚人スチパノは向き合っていた。
二人の距離は五メートルほど。
イースは獲物である片手半剣と同じ長さの木刀のみ、鎧も脱ぎさっている。
スチパノは変わらず、腰裏に差した短棒だけだ。
フジャンの「は、はじゅめっ、ぁぅぁぅ、かんじゃった」と気が抜ける合図で火蓋を切られたイースとスチパノの戦い。
木刀を正眼に構え、摺り足で間合いを詰めるイース、これまでの試合で抜きさえしなかった短棒を左手に逆手で構え、手を小刻みに動かし、重心を低くしてスチパノは待ち構える。
ネームレスからその忠義に信をおかれ、水精霊ミールを除けば間違いなく地下迷宮最強であった骸骨兵長イース。
そんなイースは己よりも強者との戦闘経験が致命的に足らない事を自覚していた。
それ故に、スチパノの登場をもっとも歓迎しているのはイースだったりする。
これでもっと強くなれる、ネームレスの役にたてれる様になる、下級アンデットにあるまじき事態だがイースはそんな歓喜に心を震わせていた。
故に待ち構えるスチパノを当然ととらえ、侮られたやらとの負の感情とは無縁だ。
戦術として後の先をとる、という戦法もあるが、基本的に『胸を貸す』の言葉がある様に待ち構えるのは上位者の方になる。
しかし、これでスチパノがイースを己より格下扱いしていると判断するのも早計だ。
達人は達人を知る、ほんの数時間前に創作されたばかりのスチパノに相応しい評価かは謎だが、元から慢心も油断もない。
イースの強さを認めたからこそ短棒を抜いたのだ。
お互いに円を書くようにジリジリと間合いを詰める。
イースは観の目――スチパノの全身、地面、観戦するネームレス、ぁぅぁぅと震えるフジャン、壁に背を預ける骸骨兵などを視界に納め認識しながら、スチパノの微かな呼吸づかいを読み取る事に集中していた。
アンデットであるイースと違い、生きているスチパノは呼吸をせねばならず、吐きだされるときには、身体の力がどうしてもゆるむ。
態と読み取らせた罠か判断つかぬイースだが、スチパノの鼻腔がふくらみちぢんだ瞬間に仕掛けた。
かわされたら、避けられたら、防がれたら、そんな事は一切意識から消し去り、一撃必倒のみに集中して木刀を鋭く突き出す。
視認が至難な速度で踏み込みその勢いのまま撃たれたイースの突きだが、スチパノの短棒に木刀の側面を打たれ左に流される。
木刀を打ち払った反動を利用し、スチパノは短棒でイースの首を狙うも、しゃがまれてかわされた。そのイースにスチパノは足首、膝、腰、肩の回転で威力を高めた右拳の打ち下ろしをみまうのだが、引き戻された木刀で受け止められ、その木刀を砕いてイースを地に叩きつける。
止めとばかりに踏み抜こうと片足を上げた瞬間、折れて長さが半分になった木刀で軸足を刈られそうになり上半身を後ろに倒し、後方回転(バク転)にてかわして間合いをひろげた。
イースが木刀を捨て両手で地面を叩き身体を立ち上がらせるのと、スチパノが滑るように接近して態勢が整わない間に仕留めようと
「そこまでれす! 武器を失ったイース先生の敗けれぅ……」
フジャン必死の叫び声に止められる。
もう一瞬遅ければ、スチパノの拳でイースの頭部は砕かれていただろうタイミングでの制止だった。