番外編 魔物と捕虜の協奏曲(コンチェルト)前編
三月十一日、19時に改訂した改訂版と差し替えさせて頂きました。
地下迷宮にある農場部屋。
日が沈もうとする時間帯に、人造人エレナの命令で農場部屋食堂に大勢が集められていた。
その内訳は、人造人ネブラ、女淫魔ヴォラーレ、小鬼族長フジャン、水精霊ミール、住居精霊リーン、一角獣ユーン、姿を隠している枝悪魔らの魔物陣に加え、捕虜の少女達が二十二名ばかり。
これだけの人数に加えて、女三人寄れば姦しいという諺がある通り、お喋り好きな女性がこうも集まれば賑やかになる。
魔物陣は騒がしくはないが、捕虜の少女らは期待と好奇心に不安をたして割った様な表情を浮かべ、近くの者と小声で何があるのだろうと話していた。
地下迷宮に捕らえられてから一巡り半(百四十日前後)たつが、この様な集まりは初めてだからだ。
似た事ならば、初めて地下迷宮の農場部屋に連れられて来た時の歓迎会だろう。
それに何とも言えぬ甘い香りが食堂内に満ちており、またご馳走が食べられるかも! と、捕虜の少女達の期待を高まらせていた。
そんな中、キッチンからエレナと犬人のプリヘーリア(プリア)とチャーリーン(チリン)が鍋と卓上コンロと調理用タオル等を持って食堂に入ってくる。
プリアとチリンは、テーブルの一つにそれらを置くと再びキッチンへと戻っていく。
食堂に集められていた者達の不思議そうな、期待に輝かせた、などの視線が鍋に注がれる。
「皆様に集まって頂いたのは、ある物を作って貰うためです」
この発言でエレナは鍋から己に注目を移し変えた。
卓上コンロ(IH風魔力消費型の魔具)に置いた鍋の鍋蓋を取り、中身を見せながらまずは捕虜の歳嵩組のチュヴァ、ミラーシ、ナーヴェ、森妖精族の少女にエレナは説明する。
その様子からしばらくは手があきそうだと感じたネブラ、リーン、ミールはプリアとチリンの手伝いを始め、ヴォラーレは幼少組の相手をし、ユーンは好奇心に瞳を輝かせエレナに注目していた。
鍋の中身はお湯であり、他には湯煎用のボウル、ボウルの中で見本用に溶かされた製菓用のチョコレートだ。
「これはお菓子の一種です。これを型に入れて贈品用の綺麗なチョコレートを作って貰います」
板チョコを細かく切り刻むまではエレナとプリアとチリンで済ませてある。今までは捕虜の少女らから皿洗い等の手伝いの申し込みもやんわりと断って来た。
それはキッチンから遠ざけて、調理器具の使用方法等を覚える機会を与えずに自立を阻む為だ。
地下迷宮に捕縛される前に村の生活等から身に付けていた料理やらの技術も、勝手が違う地下迷宮のキッチンでは応用も難しい。
それに年単位で調理する機会を奪えば、技術も錆び付き、料理に対する意識も変化してしまうだろう。
調理の手伝いをした事がない人間が家族の元から出て、一人暮らしを始めれば自炊出来るか、という観点である。
経済的な問題で半強制での自炊でなければ、まず外食頼りになるのではないだろうか。
捕縛勢が料理を作れない、あるいはエレナ達が提供する物よりも美味しく調理出来ない。
そうなれば胃袋をおさえるエレナ、ひいてはネームレスに逆らえなくなるという計算からだ。
表向きには捕虜の少女らを気遣って「畑仕事やらで疲れているでしょう、気にしなくていいのよ」と手伝いをやんわりと断り、裏ではそんな思惑で遠ざけていた調理を少女達にさせる。
この決断には色々な理由があるが、主な訳は何個チョコレートを貰うかで男の価値が計られる、こういう観念からだ。
加えて既製品よりも手作りを貰う方が値うちがある、となれば料理から遠ざけていた捕虜の少女、魔物勢の女性陣にも手作りチョコレートを製作させる事にした。
偉大なる創造者ネームレス様に、贈るにもある程度は厳選せねばならない。有象無象の輩から捧げられても困るだろう。
ゴブリン勢からはフジャンだけなのは、彼女以外の厳つい外見のゴブリンから貰ってもネームレスは喜ぶまいとの判断もある。
同じ理由でインプ勢も除外され、インプらは調理内容の監視要員(ネームレスが口にする可能性が高い物なので)にすぎない。
確りと手を洗い、頭巾、マスク、エプロンで装備を整えた一行は、食堂に運びこまれた様々な器具や材料を前に班別けして作業に乗り出す。
エレナやコボルトの少女以外は基本的に素人なので、捕虜の少女達が任される工程は簡単なものばかりだ。
手作りチョコレートの出来上がり具合、その肝心要の温度調整はエレナ、プリア、チリンの三人が担当する。
捕虜の少女やネブラ達魔物勢は、沸騰させたお湯に同量の水を加え、五十から五十五度にしたお湯で、刻まれたチョコ(チョコレート)を湯煎して溶かす。
チョコが溶けだしたら空気や水分(湯気等)が混じらない様に、ゴムベラでチョコを混ぜ、固形のチョコがなくなったら湯煎から出しタオルの上(冷め難くなる)で混ぜる、ひたすら混ぜる。チョコが冷えて混ぜ難くなったら湯煎に戻して熱を加える。
火傷のおそれがあるので、湯煎は八歳以上の少女だけに任されていた。
七歳以下の少女は、年長が溶かして固形物がなくなったチョコがはいったボウルを受け取り、ひたすら混ぜる係だ。冷えたら年長者に頼み、温めてもらい全体がなめらかになるまで混ぜる。
なめらかになったチョコを冷水が容れてあるボウルに浸し混ぜながら冷やす。ボウルの底のチョコが固まったら冷水からだし、一瞬だけ湯煎してチョコがねっとり重くなるまで繰り返す。
そうなったチョコを再び温める為に二〜三秒だけ湯煎して混ぜ、また二〜三秒だけ、と繰り返し、ヘラですくって垂らし切れ目なく流れ落ちるぐらいの温度(チョコの種類で前後するが約三十度)にしたら混ぜ、完成となる。
あとは型にいれて冷凍庫で冷やすのみ。
かなりの量のミルクチョコレート(練習用)とビターチョコレート(ネームレスへの献上用)を使ったので、食堂と付近に甘い匂いが充満して吐き気すら感じてしまう程だ。というかユーンとバーナード達雄コボルト四人は逃げ出していた。
本日の夕食はそんな訳で希望者以外は食べない、あるいは練習用のチョコレートで済ませるのだった。




