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ダンジョン作成記  作者: MS
第三章
73/102

三章第十一話

 二月三日九時に改訂した改訂版と差し替えさせて頂きました。

 創作に65(ポイント)注がれたスチパノは、初期創作P消費量で言えば間違いなくネームレスの地下迷宮最大の魔物である。

 他にも人造人(ホムンクルス)エレナが能力値から予想されるよりもはるかに優秀なのは、技能(スキル)美形の影響ではないかと考えたネームレスにより、スチパノはそれを付与されていた。この様な状態からスチパノが強めの魔物として召喚されるだろう事はネームレスも予想はしていた。

 だが、枝悪魔(インプ)女淫魔(サキュバス)の様に飛翔出来る訳でもなく、水精霊(ウンディーネ)の様に物理攻撃への強い耐性や種族的に対処が難しいという訳でもなく。上位骸骨戦士(ハイスケルトン)へと階級進化(ランクアップ)して、強者(つわもの)の貫禄を纏った骸骨兵長イースとその麾下(きか)である骸骨兵十体の武に(しん)を置いていて、スチパノが反逆しても経験と数の差で簡単に対処可能と考えていた。

 それに一角獣(ユニコーン)ユーンを瞬殺した魔法コンボも使用すれば、苦戦はすまいと判断したネームレスから、警戒は殆ど払われずにスチパノは召喚される。

 だが実際に召喚されたスチパノは、同時に召喚された犬人(コボルト)を意識から消し去り、警戒せねばならない程の凄みをネームレスらに感じさせた。玉座に座す地下迷宮の主ネームレスとその傍らに控える骸骨兵長イース、左右に別れ召喚された魔物を挟む骸骨兵十体は、スチパノの一挙一動に神経を尖らせている。武器を抜いたり、殺意を向けたりするまでに至っていないのは、スチパノが敵意も害意も表しておらず右掌と左掌を胸前で合わせる形の敬礼を取っているからだ。

 ネームレスはスチパノの姿を認めた瞬間、素早く魔法嘘感知(センス・ライ)の行使とインプ長デンスに小鬼(ゴブリン)非常召集の命を預け飛ばした。二メートル近い身長と厚い肉体、ただ黙って立っているだけなのに強烈に醸し出される強者の風格に、現状の戦力では対抗不可能と判断した故の命令だった。

 もっとも、ネームレスは例えゴブリンが加勢してもスチパノを打倒し得るビジョンを描けないでいたが。

 魔法センス・ライは、術者の耳に入る会話のなかから真実ではない部分等を見破ることができるようになる魔法だ。真偽を見定める為に使った魔法であるが、押し黙られると無意味である。

 様々な思惑を乗せ慎重に言葉を選び使うネームレスにスチパノは沈黙を守り、静かな眼差しを向ける。その視線を真っ向から受け止めたネームレス、互いに内心と器をはかり合う。


「我に仕えよ」


 スチパノの圧力に押し負けずにネームレスは目の前の三人に言い放つ。言葉は三人に向けられているが、視線はスチパノと合わさったままだ。


「「はい、ネームレス様」」


 新たに創作されたコボルトの少女二人、プリへーリアとチャーリーンはネームレスの問いに間髪入れずに返事を返すとより深く頭を下げ腰を落とす。


「質問をしても?」


 そんな二人とは違いスチパノは胸前で合わせていた手をおろしネームレスに問い掛ける。その声を耳にしたネームレスは、静かながら迫力、いや存在感がある声色に、声だけで女性を腰砕けにさせそうだな、そんな感想を抱いた。


「良かろう」


 了承の返事をしなかったスチパノに対し、抜刀の構えを見せたイースや骸骨兵を押さえる為に素早く許可を出す。

 そのやり取りで、ゴブリン族長フジャンがやっとスチパノに気が付き、彼の巨体を視界に入れピシッと音が聞こえそうな程凍り付いた。

 創造主を前に不興を買わぬ様にと、細心の対応を心掛けていたコボルトの少女らが、思わず驚きで目を大きく開きスチパノに視線を移す。

 イースの闘志に呼応して戦闘体制に移りつつある骸骨兵達の無言の圧力(プレッシャー)も、しっかりと根を張る大木の様な印象を受けるスチパノだが柳に風と受け流していた。


何故(どうして)自分(おれ)創作(うみだ)した?」


 雑な物言いだが落ち着いた自信が溢れる声色な為に、粗野や下品だとは感じない。だが、スチパノのこの言葉使いにイースと骸骨兵達からの重圧が増し、その余波だけでコボルトの少女らは腰を抜かし呼吸がままならなくなる。


「控えよ!」


 コボルトが腰を抜かして尻餅をついた為に、二人の状態に気付けたネームレスが、一喝してイースらの圧力を減じさせた。

 必死で息をする少女達に安堵するものの、先程の言葉はスチパノの質問に無礼者とはね除けたと受け取られ兼ねない。そう気付いたネームレスは内心で冷や汗を流す。

 だが、いくら強者だと感じ、勝利のビジョンをえがけないスチパノが相手だとはいえ、必要以上の配慮は上位者としての威厳や権威を傷付けるだろう。あれで反逆されても致し方なし、と覚悟を決めたネームレスがコボルトらからスチパノに視線を戻す。

 瞳にすら感情を乗せずにスチパノを観察するネームレスだが、スチパノは、わかっている、とばかりに軽く頷き、視線だけコボルトの少女らに向け、もう一度ネームレスに頷いた。

 椅子に座りながらも胸を張り、足を大きく開き、支配者の貫禄を演出していたネームレスも、またスチパノに頷き返す。

 そしてフジャンにプリへーリアとチャーリーンの両コボルトをエレナの元へ案内させ、三人をDM室から逃がそうとする。スチパノと戦闘に突入して、三人が巻き込まれれば、戦闘能力が皆無に近いコボルトと、その真価が戦闘後にある衛生兵のフジャンでは無駄に命を失うだけだからだ。

 が、案内を命じようとしたフジャンが、ネームレスの気付かぬ間に凍結、コボルトの腰を抜かせたイース達の圧力で、石化に悪化していて、この案は実行不可能となる。スチパノの存在で彼女の状態まで把握していなかったネームレスの失策だった。

 フジャンの物怖じする性格は、ネームレスの改造(カスタム)で付与された本人にはどうしようもないものである。

 それを責めても致し方ない、とフジャンを案内役にするのを諦めたネームレスだが、かといって案内役もなしにコボルトの二人が農場部屋に行けるはずもない。彼女の代理が可能なデンスは命令で退室中、執務室に控えさせておくか、改めてそう判断するとネームレスは二人に声をかける。


「プリへーリア、チャーリーン、二人はそこのドアを抜けて待機していろ」


 二人そろってガクガクと首を縦に振ってネームレスに返事をすると、必死に腕を動かし匍匐前進にてドアを目指す。腰が抜けて立てず歩けず、匍匐前進も下半身が動かない事と恐怖で畏縮してしまい遅々としか進まず。

 元々垂れ耳だったプリへーリアは解らないが、チャーリーンはピンっと立っていた耳がへたりプルプルと震え。やはり二人そろってポロポロと涙をこぼし、クゥーンクゥーンと声をおさえて泣きながら移動する。

 スカートで隠されていなければ、彼女らが尻尾を巻いているのも視認出来た程に怯えていた。

 そんな二人のコボルト少女の様子に、DM室に張り詰めていた緊張感も弛緩し、いたたまれない雰囲気に包まれる。

 石化したフジャンと本人達以外の、DM室に居る者の視線を二身に受けて、コボルトの少女らは蝸牛(かたつむり)以下の速度でドアを目指す。

 ネームレスが座る椅子付近は召喚陣が発現する床より一段高く、プリへーリアはチャーリーンに押されて、チャーリーンはプリへーリアに引かれてと力と心を合わせて難所を越える。

 どれだけの時間を掛けただろうか、普通に歩けるのならば五分も掛からない距離を、二人は動かぬ下半身で必死にたどり着いたのだ。

 あのドアを抜ければ、この戦場ばりの一触即発な緊張感と殺意が支配する部屋から抜け出せるのに、ドアノブが遠すぎる!

 呼吸をとめてしまう程の闘志を殺気と勘違いしていたり、弛緩した空気を気取る余裕すらない二人は絶望の色を浮かべつつも、これまた必死にノブへと手をのばす。

 一所懸命上体を反らし、懸命に手をのばすも、元々が小柄なコボルトの身、プルプルと震える指先がノブに触れるが、掴んで開けるまでは出来ない。

 黒というか濃い紺色のドレスで判り難いが、これまでの移動やらで汗に濡れて服が重くまといつく。

 とうとう力尽き手も上体も床に滑り落ちる二人に、ネームレスは椅子から腰をあげかけ、スチパノもまたコボルトの方に一歩踏み出した。

 そこでネームレスとスチパノは互いの行動に気付き、顔をあわせて苦笑しあう。ネームレスも普段ならば完璧とも言える演技で隠す内心を、さらけ出してしていた。

 床にのびつつ荒い息使いで、肩や胸を大きく動かしながら体力の回復をいそしむコボルトら。

 その姿を確認したネームレスは、玉座に腰をおとし、スチパノと向き合う。弛緩していた緊張感が再び室内に張りめぐる。


「さて、何故創作したかだったな」


 フジャンは石化から回復する様子はなく、コボルトもまだ室内に居るが、戦闘になっても二人は巻き込まれまい。 そう判断したネームレスはスチパノの質問に応じる。


「迷宮拡大に必要な人材としてだ」

「この外形である理由は?」


 当然だが、魔物の美意識は種族によって大きく異なる。例えば、牛頭人(ミノタウロス)などの男性体だけの魔物や、逆に女性体しか居ない半蛇女(ラミア)半女犬魚(スキュラ)などは人間族(ヒューマン)森妖精族(エルフ)と似た感覚をしていた。

 他にも多数の魔物が人間と似た美意識を持つが、スチパノの元になった種族では人間は獲物であるとの意識が強い。ゴブリンと同じように人間や亜人と交配、繁殖が可能で人の美醜の区別は出来る。

 だがやはり種族として魅力的なのは、貫禄がある体躯であり、男なら体躯に加えてどれほど立派な牙や鼻をしているかで判断された。

 スチパノの外見的な価値観で言えば、間違いなく醜い姿(醜男)として創作(うみだ)されたのだ。ネームレスからすれば、羨ましい限りの美丈夫だとしても。

 しかしスチパノからは、どうしてこんな姿で、といった負の感情は一切発せられていない。内心を完璧に近い形で隠蔽している事も考えられるが、スチパノの視線、声色、雰囲気や創造者である己へ怯まず質問をする対応を含めて考えれば、不愉快ならば隠さずにはっきり表すだろう。そうネームレスは判断した。


「技能付与による変化の検証と、創作計画時における役目として、捕虜の人間やエルフらの料理人を任せる予定だったからだ」


 視線で、他に聞きたい事は、と問うネームレスに、スチパノは軽く首を左右に振ると目を瞑り考え込む。

 雄弁は銀、沈黙は金と考えるネームレスらしく、スチパノに答えた内容は最低限のものだ。初創作魔物種の検証、男女による技能美形の性能判定、牛や馬等の大型家畜の解体や剥ぎ取り技能の調査、女性ばかりの捕虜近くに(人間に見える)男性を配置したら捕虜の反応や態度がどう変化するか……、この様に様々な意義や理由があった。

 ホムンクルスならエレナ、スケルトン(骸骨兵)ならアース、ゴブリンならランといった具合に、魔物創作時にネームレスはまず一体だけ創作して、有用かどうかと試す。スチパノもこの慣例に従い、彼の種族としての最初の一体である。

 目に見えて地雷技能である絶倫や性欲過多、過剰好色を削る、低めだった知性を増やす、そして美形付与と多大にPを消費したので、女淫魔(サキュバス)ヴォラーレ同様に増やす事は、よほど有用でない限りない。

 不利な技能を多く所持していたので、数値的にはかなり強力な魔物ではあるが。

 スチパノの配下におさまるかどうかの結論を玉座にて待つネームレス、骸骨兵長イースは剣の柄に手を置いたまま、ゆっくりとスチパノに近づき出す。他の骸骨兵達もネームレスの壁となる様にと移動しスチパノを半円に似た陣形で取り囲む。

 フジャンは石化の状態異常から脱せず、喋れるぐらいには回復したコボルトの少女、プリへーリアは朦朧とした意識で、チャーリーンに語りかける。


「チャーリーン、疲れたでしょう……、わたしもつかれました……、なんだか、とてもねむいの……」


 チャーリーンは、ぷりへーりあちゃんだめだよぅそれしぼう(死亡)ふらぐぽいよぉ、と必死にプリへーリアの手を握って正気に戻そう、あるいは寝かせない様に揺すっていた。

 そんな中、DM室の大門が音もなく開き、デンスを始めとしたインプが五体、完全武装したゴブリンがランを先頭に十体次々と入室する。

 インプ達は骸骨兵の上空に舞い上がり、ラン率いるゴブリン達は骸骨兵同様に半円の陣を組み、骸骨兵と合わせてスチパノを包囲した。ランのみ単身であり、他のゴブリンは訓練通り三人一組の戦隊である。

 骸骨兵もゴブリンも抜刀はしていなく、槍の穂先も上に向けたままで、囲んでいるという状況を除けば、戦闘体制(喧嘩を売る)ではない。

 武器を抜いたり穂先を向けてしまえば、後はどちらかが倒れてしまうまでの、壮絶な殺し合いに発展する。

 万が一の時の敵はスチパノただ独り、インプを除いたとしても戦力差は一対二十二と、ネームレス勢が圧倒的だ。だが、ゴブリンらの表情も緊張に満ちており、誰もがスチパノを侮る素振りを見せない。

 囲まれている事等、疾うに承知しているだろうが、観察するネームレス勢が感嘆するほど、スチパノは動揺も緊張もない自然体である。

 ネームレスとしては武力や数に任せた脅迫でスチパノを配下にする積もりも、またそんな陳腐な手段が通じるとも思っていない。臣下の誘いを断られても、地下迷宮から立ち去るのならば、餞別を渡して穏便に退去させるだけにとどめる。

 この対応で骸骨兵やゴブリンが、器が大きいと取るか、弱腰、腑抜けと感じて、ネームレスの権威を傷付ける結果になるかは予想がつかない。無理強いしてとどめても役に立たないだろうし、逆に爆弾として負担になる、ネームレスはそう判断したからだ。

 では何故休息中のゴブリンまで緊急召喚したのかといえば、スチパノが部下になる事を拒み、なおかつ地下迷宮を乗っ取る等でネームレスの首を欲した時の為にである。

 いかんせん、中鬼(ホブゴブリン)オクルスという前例と、何故に反逆してネームレスの命を狙ったかの原因が不明で対策が戦力を集めるしか思い付かなかったからだ。

 高まる緊張感にゴブリン達もただ立っているだけなのに、流れる滝の様に汗を流し、何度も掌を拭い、武器が滑らない様に注意を払う。

 フジャンは石化したまま、コテンと横に倒れ、チャーリーンはプリへーリアを「ねちゃだめだょぅ」と、必死に揺さぶる。

 結論が出たスチパノは、己を包囲する骸骨兵もゴブリンもインプにも欠片も注意を払わずに、ネームレスと静かに視線を合わせた。

 スチパノの静かだが揺らがぬ自信に溢れた眼差しをネームレスは正面から受け止め


「今一度問おう、我に仕えよ」


 玉座より勢い良く立ち上がり、スチパノへ向けて右手を差し出す。

 右手を握り拳を作ったスチパノは、それを指先までピンっと伸ばした左掌で顎下の位置で包む。


「今までの非礼、お許しください」


 包拳礼をネームレスに捧げ


豚人(オーク)のスチパノ、此よりネームレス様の配下として微力を尽くさせて頂きます」

「歓迎するぞ、スチパノ」


 極限まで高まっていた緊張感からの解放と、強大な配下獲得でネームレスには珍しく、安堵と歓喜が入り交じった微笑を浮かべた。


「ボスと呼んでも?」

「構わん」


 骸骨兵やゴブリンを置き去りに、汗臭い、もとい、何故か男の友情らしきものが芽生えた二人だった。


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