三章第十話
一月十五日18時に加筆改訂した改訂版と差し替えさせて頂きました。
何よりも大切な純潔の乙女や、将来乙女となる子供らの言葉の暴力で、一角獣ユーンは立ったまま気絶した。目敏くそれに気付いた女淫魔ヴォラーレは、捕虜の少女達を止めに入る。
「みんな、ありがとう。でも、そこまで、ね」
互いに顔を見合せ、ひとまず落ち着いた少女らを仕事に戻す。特にヴォラーレを慕う少女達に、「大丈夫、慣れてるから。きっと話し合えばわかり会えるわ」と内心では欠片も思ってない事を慈愛に満ちた声で告げ、納得させる。
元農民で村から出た事がなく、純朴な少女達は「ヴォラ姉さん可哀想」「あんな暴言を浴びせられたのに」などの同情から、「それなのにあんな風に考えるなんて」「……素敵」の様に立派な人格だと信望を集めた。ヴォラーレの計算通りに。
淫魔からすれば、ユニコーンが因縁をつけて喧嘩を売ってくるので、致し方なく相手をするのだ。でなければ享楽的な種族である淫魔が、生死を賭けた戦闘などするはずもない。
エレナの指示の元、仕事に散っていく少女達、その場で立ったまま気絶しているユーンはそのまま放置されるのだった。
※ ※ ※ ※ ※
「……という事がありました」
ネブラや捕虜達が仕事を割り振り散らばるのと同じ頃に、小鬼族長フジャンを呼びに枝悪魔長デンスが農場部屋に飛び込んだ。フジャンは慌ててDM室へと向かい、玉座に座る地下迷宮の主ネームレスに報告と遅れた理由の説明をかねてユーン関連の出来事を話した。
「ユーンに対する捕虜の心情はどう見る」
「ぁぅぁぅ、最悪、かと?」
どう考えてもそうだろうが、一抹の希望に賭けてフジャンに尋ねたネームレスは、予想通りの答えに計画がつまずいた事を認めるしかない。
今回のチュヴァ、ミラーシ、ナーヴァの体調不良が精神的な問題からとエレナから報告を受け、ユーンの診察からも精神的な衰弱からと判明したので、ネームレスとしてはユーンを捕虜の少女らの絶対的な味方とする事で精神安定の助けにする予定だった。だが、まさかの事態で捕虜からユーンの信用度は底辺かマイナスだろう。
内心では頭を抱えているネームレスだが、表面には微塵も出ておらず彼の沈黙にフジャンが居心地の悪い思いを味わっていた。
フジャンを下がらせ――と言っても正面から定位置になりつつあるネームレスの右手に控えただけだが――彼は再び、手書きのノートを開くと創作予定魔物に目をとおす。骸骨兵長イース以外の骸骨兵を訓練に戻さなかったのも、ユーン以外の魔物も創作する積もりだったからだ。
短時間で気難しげなユーンを掌握したエレナが、捕虜を心服させられなかった――実際はかなり慕われている――のは、彼女に任せている仕事が多すぎるからだろう。こう考えたネームレスは、エレナの負担軽減の為に人員を用意する予定だった。
捕虜の犬人が内政に有用だったので、二名程料理人として改造して配置すれば、住居は捕虜小屋でいい上、消費Pも二人合わせて20Pで済む。今更ながら、捕虜二十六名とゴブリン十一名にインプ七名の食事の用意、それに加えてネームレスの配膳や給士に洗濯……、過重労働もいいところだ。
もうしばらくすればゴブリンが増える事も考慮すれば、人員の追加は必然である。そして改めてネームレスは現時点まで己の耳にエレナの失態や不満が入らぬ有能ぶりに感嘆した。
住居精霊リーンの創作から、人員の追加補充を願う申告がなかった。それで内政班の構成員数に問題はない、と判断したが故に配慮が至らなかったとネームレスは反省する。
彼はエレナを慰撫と共に内心を計る為に今夜床に呼ぶか――彼女が喜ぶならばまだ忠誠は己の元にあり、違うのならば……、そんな事も含め深く思案する。
ちなみにユーンの住居は農場部屋にある馬小屋を充てる予定だが、あのプライドの高さならばきっと不満がるのは想像し易い。高貴なユニコーンである我に馬小屋で過ごせと申すか、とか言いそうだ。
改めて技能プライドの扱い難さに頭を痛めながら、ネームレスは説得をエレナに任せる事に。どう考えても彼が直接説得するより、ユーンの手綱を確りと握る彼女に任せた方が良いのは解りきった事だ。
コボルト二名は確定だとして、それ以外の魔物創作はどうするか、とネームレスは悩む。固定ダンジョン創作用や緊急用を別にした使用可能Pは、コボルト創作に必要な分を差し引いて95.5P残る。
大事に残しておいたPだが、一度消費してしまうとついでだから、との意識が強くなりネームレスは自己強化も施す積もりだった。ヴォラーレとユーンの諍いの結末を知るまでは。
淫魔とユニコーンで相性は悪かろうと思っていたが、同じ地下迷宮の住人であり共にネームレス配下という立場で即敵対、殺し合いに発展するのは彼としても予想外だ。主君である己の許可なり、配置箇所の配慮願いぐらいから来るものだと思っていたのだが。
これからの創作には魔物同士の関係も今以上に考える必要があるな、と一向に楽にならない迷宮作成にネームレスは黄昏れる。
が、こんな事をしていても状況は良くならない、と気を取り直してネームレスは手書きのノートに目を通す。創作予定魔物一覧から技能と能力値を計算済みの魔物、男淫魔の創作を考慮しだす。
しかし、同性のヴォラーレならばユーンもまだ妥協可能だろうが、異性のインキュバスだと羊の囲いに狼を放つようなものだ。現状、捕虜の少女達の働きにネームレスは満足している。
彼が考えていたユーンを使った策は厳しくなったが、人員を増やしエレナの負担を減らせば、捕虜の掌握は大丈夫の様な気がしてきた。インキュバスの創作は取り止めにする。
様々な思惑を乗せて、ネームレスは自己強化を施し三体の魔物を創作する事を決めるのだった。
ネームレスは初めての自己改造でST(体力)を10から8に落として20ほど使用可能Pを増やした。これを逆に8から10にするには40P消費しなければならない。
魔物を三体創作して消費した分を除いた残りは25.5Pである。これはもっと余裕がある時にすべきだな、とネームレスは基礎能力値の向上は諦めた。現状、魔物は召喚待機中で自己強化後、執務室で衣服や武装を購入し、装備させてから呼び出す予定だ。
これだけのPしか使えないのなら、特殊な技能を付与するよりも、新たな魔法や技術系を取った方が強化になる。そう判断したネームレスは魔法を中心に技能を修得する。
今回の自己改造後のネームレス所持技能は――
所持技能: 魔法の才能 ウウゥル大陸知識 フルゥスターリ王国知識 魔法語 大陸共通語 フルゥスターリ王国語 槍 杖 短剣 ナイフ 魔法射撃 魔力回復呼吸法
魔法:二十四種類
となり、技能と魔法で25.5Pと使用可能限度まで消費したのだった。
技能魔法射撃は技能投げるの魔法版での名称だ。技能槍投げ、技能斧投げの様に技能投げるは、個別で修得せねばならない。
そして技能槍は、ネームレスが骸骨兵の槍さばきから訓練して獲得した技能だ。予想通り技能棍でなく技能槍を修得してしまった、技能杖(技能棍が付与可能技能になく)を改造にて身に付ける。
技能短剣は三十から五十センチまでの、技能ナイフはそれ未満の刀剣類や警棒等の武器を扱うための技能である。
魔力回復呼吸法は特殊な呼吸法で魔力(MP)の回復速度を上げる技能だ。創作魔法を使用して地下迷宮を拡張するネームレスの効率を多少なりとも良く出来るかと0.5P消費して基礎だけ修めてある。
Pを費やしていない事からも解るだろうが、ないよりはまし、程度の効果しかないが。
魔法は飛行魔法や転移魔法といった移動系六種、魔法感知や嘘感知等の感知系七種、そして死霊魔法系である死者使役等合計十八の魔法を修得した。
生存を最優先としているネームレスからすれば、攻撃に逃走にと優位になり選択肢を増やす移動系は習得して損はない。不意討ちや欺瞞を防ぐのに有効な感知系も。
そして殺した相手を戦力として再利用でき、ネームレスが捕虜らに与えている死霊魔術師との偽装を強化する死霊魔法もだ。死者使役は人間族サイズ以下の死体をゾンビ化させて命令を下せるようにする魔法である。
ネームレスとしては骸骨戦士の方が使い手が良いのだが、スケルトン化の魔法はまだ解禁されてないようで修得出来なかった。
この様に今回の自己改造は有意義なものだった。後こっそりと身長(正確には足)を三センチ伸ばした、ネームレスのささやかな男の見栄の為に。配下の様子を見て気付かれないなら次回の自己改造時も三センチ、不審がられたなら一センチ伸ばす予定だったりする。
自己改造を終えたネームレスは執務室にて必要な処理を済ませると、そうそうに魔物召喚に取り掛かるのだった。
玉座に座すネームレスの前で頭を深く垂れスカートを持ち上げる跪礼にて恭順を表すのは二名のコボルトである。
綿菓子の様にふわふわとした白い巻き毛に、大きな垂れ耳が顔にぺたりとついているのがプリヘーリア、プードルをベースにしたコボルトの少女だ。巻き毛ではないが同じような白毛で三角形の耳がピンと立っているのがチャーリーン、彼女はチワワをベースにしている。
共に約百十センチ程度の小柄な体躯で、技能可愛いも付与されており、二人を見るフジャンの表情が蕩けていた。犬耳少女来い、とネームレスが考えたかは謎だが顔の造形は人よりも犬よりである。
コボルトの身体の造りは恥骨に尻尾がある以外は人間族と大して変わらない。故にスタイルからネームレスにケモノ属性がないと一目で理解出来るものだった。
しかし、それをステータスと讃えられる事もある、コボルト基準だとどうか解らないが悲観するのは早かろう。
服装はエレナ達内政班が着るメイド服と違い、下こそスカートだが上はコックコートであり、彼女らを料理人だと知らしめていた。スカートなのは、女性である事とズボンタイプだと尻尾用の穴を必要とするので、ネームレスがそれを嫌った為である。
フジャンは可愛いコボルト二人に瞳を輝かせて、真っ白で可愛い、二人とも可愛いっ、ぎゅってしたいれす、とコボルトにメロメロだ。
そして真っ白でふわふわで小柄で可愛い生き物に夢中のあまりフジャンは、二人と違い大柄で肉厚で可愛くない魔物は視界にすら入っていない。
だが、ネームレスに骸骨兵長イース、そして共に二度の実戦を潜り抜けた、精鋭である骸骨兵十体の注目はその魔物に集中していた。
百九十センチを越えているが、がっしりとした体躯で、高身長者に見られがちなひょろっと脆弱な印象はない。眼差しは切れ長の目もあり鋭く、彫りが深い顔立ちで見る者に精悍さを感じさせる。
黒髪を首元で縛り背中に流しているため、オールバックにも見えた。ただ立っているだけなのに、下手したら戦闘体勢のイースに勝るとも劣らない強者の貫禄が滲み出ている。
身に纏う服装はコボルトらと同じコックコートだが、腰に短剣を帯びている所だけが違う。直立で頭を下げてはいないが、右掌と左掌を胸前で合わせていた。
己で改造を施し創作した魔物であるが、あまりにも漂うただ者ではない雰囲気に、ネームレスは使う予定のなかった嘘感知を気取られぬ様に素早く唱える。同時に手と指でデンスに指示を飛ばし、睡眠中のはずのゴブリン全員へ非常収集を命じた。
妊娠中のゴブリンすらも戦力として考慮しても、この創作されたばかりの魔物が反逆した場合、ネームレスが誇る対地上戦必殺魔法コンボを持ってしても、生き残れない最悪の展開しか予想出来ない。
「我が名はネームレス、この地下迷宮のダンジョンマスターだ」
主君として侮られる訳にはいかないが、かといって明らかな強者の反感を買うのも下策だ。ネームレスは必死に頭を働かせ最善策を模索する。
「スチパノ、プリへーリア、チャーリーン、三名の創作者でもある」
「「はい、ネームレス様」」
コボルトの少女らから敬意に満ち溢れた返事はあるも、スチパノは無言でネームレスを見極めるかの様に冷静沈着そのものの視線を向けるだけだ。ゴブリンでありながら技能美形で人間族の様な外見をしたフジャンと同じく、いや、外見すらもネームレスから改造を施されており人間族としか見えないスチパノもまた技能美形の所持者である。
戦士ならば誰もが羨むだろう理想的な体躯を持ち、同性のネームレスからしても頼り甲斐がある男前だ。スチパノの忠義を得られれば千の兵を得るもかわるまい、と言うのが偽らざるネームレスの本音である。
二度の実戦やオクルス反逆の時すらもここまでは感じなかった、正念場感が半端でない。スチパノの視線を真っ向から合わせ受け止めたネームレス、凪いだ海面を想わせる静かなそれに飲み込まれまいと無意識に下腹部、所謂丹田に力を込めるのだった。