おまけ 捕虜とヴォラーレ
三章第九話の一部場面の別バージョン、というか没にした場面です。短い上に読まなくても問題ありません。
本当におまけです。
フルゥスターリ王国の農村部から、奴隷として売られたチュヴァら十六歳の年頃少女から四歳の幼い子供を含む元農民の二十一名は謎の魔術師と手勢により奴隷商の元から強奪される。その時に殺された奴隷商の下で労働奴隷として飼われていた犬人四名、そして、チュヴァ達と同じ商品として連れられていた森妖精族の少女も合わせてつれさらわれた。
そんな経緯で魔術師が所有するらしい農地で働かされている、二十六名の世話役が女淫魔ヴォラーレだ。一目で人外だと解る蝙蝠に似て非なる羽と頭部に捻れた二本の角を持ち、淫魔の名に恥じぬ妙齢の妖艶な肢体と艶やかな色気を香らせる。
そんなヴォラーレに怯え強く警戒していた捕虜達も、母や姉の如く親身に世話を焼く彼女の態度と巧みな話術の前に心を許すのは瞬く間だった、エルフの少女という例外はいるが。だが、この美貌のエルフも他の捕虜に積極的に警戒を促す事はなかった。
そして約三ヶ月も共に農作業に励み、笑顔で食卓を囲み、お風呂で互いを洗い合い、寝床でお喋りしたり子守唄を歌って過ごせば、苦楽を一緒にしたヴォラーレを母親の様に慕う娘も出てくる。
それほどまでに傾慕されているヴォラーレは現在見慣れぬ一角獣と睨み合っていた。
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ユニコーンは強烈な嫌悪と敵愾心を瞳に宿しながら、近くにいる少女達に、守り慈しむ対象には微塵も殺気を感じさせずヴォラーレにだけそれを叩きつける。手に洗い絞った洗濯物が詰まった桶を持っていなければ、ヴォラーレは長い黒髪をかきあげて不愉快を表していた。
純潔を何よりも尊ぶユニコーン――これは肉体だけでなく精神も含まれる――と、淫欲にて肉体も魂も堕落させる淫魔の相性が悪いのは自明の理である。淫魔からすればユニコーン(処女厨)など無視したいが、出会えば即殲滅戦を仕掛けて、逃げ出しても延々と追い掛けてくるのでやむなく相手をするのだ。
ユニコーンは賑やかな少女達の集団から抜け出すとゆっくりと彼女に向かって行く。
ユニコーンは頭を低く構えヴォラーレに角を向ける戦闘体制をとりそれを維持したまま足を進める。
ヴォラーレはユーンから発せられる明確な殺意を前に、必死に頭を使い生き延びる方策を探る。外面は内心の動揺を感じさせぬ様に余裕を感じさせる微笑み、怒りで判断力を鈍らせ行動を読み易くする為、瞳に蔑みの色を宿す。それまで寒いので引き込めていた蝙蝠に似て非なる羽を背に、頭部に二本の角を出し逃亡体制へ。
ヴォラーレは本来ならば魅了等の戦闘系技能を身に付けていたのだが、創造主であり契約者であるネームレスから改造にて削りとられていた。その為に喧嘩レベルの殴る蹴るは可能だが、殺し合う戦闘ではほぼ無力だ。
おまけにユニコーンが持つ技能攻撃属性聖は、種族が悪魔系淫魔であるヴォラーレに非常に有効で正面からの戦闘では彼女に勝機はなかった。まぁ空中に逃げて時間を稼ぎ、同部屋内にいる水精霊ミールか動く石像を使役可能なエレナに助けて貰う積もりだが。
結局は戦闘にはならずに、ユニコーンはヴォラーレが面倒をみてきた少女ら
「角なんか生やして、馬じゃなくて鹿なんですね!」
《否、我は誇り「鹿なんですか、馬なんですか!」「しかうましかうましかうま、へんなにょ」(多数の少女が同時に口を開く為にこれ以上詳しい内容まで聞き取れない)
十数名の少女の『口』撃の前にブロークンハートで燃え尽きて真っ白に、まぁ真っ白いのは元々だが灰になって力尽きたユニコーンだった。