三章第七話
一角獣のユーンは胸中で、沈鬱な気分を味わいながら、ネームレス一行の最後尾を歩く。高いプライドはその様な弱気な姿を晒すのを許さず、表向きは不機嫌な空気を醸し出して内心を悟らせない様に強がっていた。
魔物は種族や個体で変動するが、基本的に権勢本能や服従本能が非常に強い。
権勢本能とは、集団の中で順位付けや階級を分け上下関係を作り、上位者として権威を振るいたいとの欲求を指す。そして上位者に服従する事に喜びや達成感を感じさせるのが服従本能の働きである。
これらの本能から魔物は強さを嗅ぎ分け、己よりも強者に従属し弱者を支配する。同じ集団内での無駄な争いを廃して同士討ちを避け、戦力低下による群れ総体の弱体化等を防ぎ、ストレスを軽減するのだ。
例えば、人造人は権勢本能を極限まで削られ、逆に服従本能を強化されていた。この処置により、反逆し難く従順な種族となっている。
反逆して処分された中鬼だが、やや権勢本能が強いものの、服従本能もそれなりに備えている種族だ。故に反逆したのはオクルス自身の性格に原因があった。
ネームレスの戦闘能力を歩き方や重心の取り方でしか判断しないで侮り簡単に排除可能と考えた先見のなさや想像力の欠如、肥大した欲望にて権勢本能を強く刺激され本能の赴くまま短絡的に上位者となるべく牙を向いたのだ。
ちなみに高い知能や理性等で本能をおさえられる魔物ならば、自分より弱い相手でも従属したり、逆に己よりも強者や上位者にも命令をしたりと服従を拒否出来たりもする。
オクルスの件に関しても魔物の生態に熟知しているならば反逆理由の推測も容易になるだろう。だが、ネームレスにこれらの知識を得る術が現状はなかった。
ユーンは体調を崩したチュヴァ達の診察と治療の為にも創作されたので、改造にて高い知力を与えられている。ユニコーン特有であるあらゆる病を癒す額の黄金色の角を用いれば治すのは至極容易い。
だがそれでは体調不良の原因解明ができない、故に技能医療人間族と技能医療森妖精族を付与されている。魔物関連の医療技能がないのは、それらまで修得させるとなると種族毎に技能が必要でPがかかりすぎる為だ。加えて魔物は特殊な病気か毒でなければ、病魔に冒されたり体調不良もまずないからでもある。
知力とはすなわち、知識であり記憶力であり思考力であり観察力であり意思力だ。高ければ言語や魔法の習得が早くなったり効果が高く強くなったりする。
ユーンはその高い知力から発揮された観察力で己とイース、そしてネームレスとの戦闘能力に大きな開きがあり勝てない事は解りきっていた。それでも挑めたのは命よりも遥かに高いプライド故だ。
ネームレスは現代日本人としての意識、常識や良識が――殺伐とした異世界だと理解していても――どうしても行動や判断基盤になる。そんな彼からは罵詈雑言で喧嘩を売られている様に感じられたユーンの言動も、信じられないかも知れないが悪気は欠片もなかった、下心はあったが。
ユーンからすれば親切丁寧にユニコーンのプレゼンテーションをしていたに過ぎない。名にかけて配下となると誓ったのだから、ユニコーンなりではあるが配下としての言動を心掛け、ユーンという至高で高雅な存分が配下になる事がいかに栄誉でありネームレスの助けになるかと教授していたのだ。
ちなみに、もしユーンの言動がネームレスだけでなく同行していたイースやフジャン、隠れていたデンスを始めとしたインプにも聞こえていたら、もっと早い段階でネームレスへの無礼だとイースに討ち取られていたが。ネームレス以外の魔物達からしても、ユーンの言動は十二分に処刑に値する暴言である。
本人(本馬?)は微塵も無礼だと気付いていない上暴言だとも思っていないので、ユーンが喋る度にネームレスや同僚である魔物からの評価が地につき、なお潜り落ち続けていた。口を閉じてからは現状維持されているが。
農場部屋では休みを命じられて寝床小屋に引き込もっているチュヴァら三人の穴を埋めるべく、一同協力して仕事に精を出していた。
収穫可能な農作物を選別して籠に入れるネブラと、籠が程よい重さになるまで野菜が入ったら二人で力を合わせて運ぶインファ達幼少組。
普段ならば馬の畜産が盛んだった村出身のミラーシが運動させたりするのだが犬人達では無理なので、今日は乳牛と共に放牧されただけの馬達。
エレナとエルフの少女は刈り取り用の鎌を手に重々しく実った麦を刈り入れて、動く石像が引く大きな荷車に詰め込む。
ヴォラーレは入浴部屋で少女らの服や下着、タオル等の汚れ物も手洗いして絞る。その絞った洗濯物はブリザを始めとした少女が寝床小屋近くの洗濯物干場で干す。
ミールは寡黙に水撒き、リーンは農場部屋から出て執務室等の掃除に出ていた。
主力である各作業のリーダー役である三人を欠いた捕虜勢だったが、仕事量が以前よりも減らされていた事もあり、何とかこなしていた。
ネームレスがイースにフジャン、デンスとユーンを引き連れて農場部屋に戻ったのは、この様に魔物も捕虜も忙しく働いていた時だった。
入室したネームレス一行に気付いたエレナや捕虜が出迎えようとするも、「出迎え不要、仕事をしろ」と命じられた為に、ネームレスと見慣れぬ白馬に気取られながらも作業を続ける。エルフの少女は白馬、ユニコーンに気取られる余りに鎌で手を結構深く切り裂き痛みでのたうち、エレナに手首を掴まれて止血されながらフジャンに治療して貰う為に一行の元へ向かう。
エレナとエルフの少女のそんな騒ぎも気付けず、野菜の収穫が丁度終わって皆で農場部屋食堂に運ぶ途中だったネブラと幼少組の四人を合わせた五名だけは土下座してネームレスを出迎えた。
「仕事はどうした? フジャンとユーンはエルフの治療を」
野菜が入れられた籠を横に土下座するネブラ達の前まで足を進めたネームレス一行は、土下座する少女らの前で足を止め問い掛けた。視界に怪我をしたらしいエルフの少女を連れてこちらに来るエレナを認めて、ユーンとフジャンを向かわせる。
「はい、ネームレス様。その、前を通り過ぎるのは、駄目だと思って、あ、思いまして」
「そうか、では仕事に戻れ」
ネブラ達が動き易い様に一行、ネームレスとイースにデンスの三人はエルフを治療するもの達の集まりに進むのだった。
フジャンは駆け足気味に急いで、ユーンは特に急ぎもゆっくりもしない足運びでエレナとエルフの元へ。人間の七、八歳程度の体格であるフジャンの歩幅と、成体した馬であるユーンの歩く速度はそれで一緒ぐらいだ。
エレナは怪我をしたエルフの少女の左手首を強く握って止血をしながら、エルフを支えて無理をしない程度に歩かせて、合流を急ぐ。
「ぁぅぁぅ、だいじょうぶですか?」
怪我を見ながら声をかけ、フジャンは痛そうな表情を浮かべる。ユーンは素早く額の角を怪我の近くまでよせると一瞬で傷痕すら残さずに治してしまう。
《純潔を守りし森の乙女よ。我に感謝を捧げ奉る事、特にさし許す》
治療を終えるとユーンはエルフの少女にそう告げた。傷が治ったのを確かめたエレナが手を離すとエルフの少女は、すぐさまユーンに両膝を地につけ両手で己の肩を掴み深く頭を垂れる。
(おめもじすることを光栄に存じます。四足の王、太陽の先触れ、生命の使徒、世界樹の化身)
魔具で声を封じられているエルフの少女は有らん限りの敬意を込め、憧れに溢れた思いをのせてユーンに感謝を捧げた。
ただし端から見るネームレスやエレナらからすれば、ユーンにエルフの少女が無言で頭を下げている様にしか見えていない。エルフが喋れないのは皆知っていたので、傷を治して貰った礼だろう、と思って。
「ネームレス様、このユニコーンは?」
「捕虜の診察と治療に連れて来た」
二人(一人と一頭?)を放置してエレナがネームレスに問いかけ答えを聞き。その横でユーンはエルフの少女が並べる美辞麗句の称賛に満悦している。
(……空よりも青く美しい……瑞々しさ……恥じらうぐらい、無垢で可憐……に捕らわれた卑しい下僕たる我に御尊名をどうかお聞かせ願えませんでしょうか?)
「ユーン、ホムンクルスのエレナだ。直属の上司にあたる、口の聞き方に気をつけろ」
エレナとの情報交換を終えたネームレスは、エレナにユーンを紹介してからそう命じる。エルフとの会話は念話だったので、他者に聞こえておらず、ユーンもまたネームレスの話は聞こえていなかった。
エルフに暫し待てと告げ、人形よ、と発言(発念?)しかけるユーンだが、配下として従うとの誓いを守り口の聞き方に気をまわす。
《ユニコーンのユーンだ。エレナよ、ユーン様と呼ぶのと我に願い立てる事を誓いを守る故に許す》
エレナは判断が付かずネームレスに視線で伺う。ネームレスは無表情に冷たい声色で
「エレナ様、だ」
《……》
そう告げられ念話なのにユーンが絶句するのが解る、そして非常に苦悩しだす。誇り高い我が、いやしかし誓いを破るのは、やらと念話がもれ
《エレナ様、我はユーンだ》
血を吐く様な声色で言い直したユーンにエレナは
「ええ、よろしくね、ユーン」
とても綺麗な笑顔でどちらが上かを知らしめているのだった。




