三章第六話前編
「食料の生産をさせている人間の一部が体調不良に陥った。診察と治療を任せる」
《管理下の労働者の体調管理も出来ないとは無能な管理者だな。果てたらどうだ、無能?》
状況を説明したネームレスへのユーンからの返事は強烈な皮肉を含んだ物だった。果てたら、とは死んだら、という意味である。
代理人相手とは言え決闘で敗れて軍門にくだったユーンなのだから、苦言や忠言を進言するにしても言葉を選ぶべきだ。この物言いだと喧嘩を売ったも同然である。
DM室から農場部屋までの道中であり、先頭はランタンを手にしたフジャン、その後ろにネームレスとイースが、最後尾にユーンと続いていた。
《ふんっ。決闘に負けた以上、命令には従うがまさかそれが穢れた者の尻拭いとはな》
一角獣のユーンは高くいななくと『口撃』を再開する。道中と表したが、ネームレス達はDM室の大門から抜けたばかりで出発したばかり。
《我が決闘にて敗れたのはあくまでも其の骸骨戦士に、だ。その主人である穢れた者に……》
ありとあらゆる病を癒すユニコーンは、他の生物から最大級の敬意をはらわれる。病魔を恐れる者達からすれば、ユニコーンの機嫌は損ないたくないのは当然で対応に気を配るのも致し方ないだろう。
そんな対応に慣れたユニコーンからすれば、己へ懇願するではなく命令するのを許しただけでも、ユーンとしてはもの凄い譲歩なのだ。それなのに背を向けたままで説明し命令するネームレスに、その高いプライドも相まって反感が強くなり口調が厳しい。
ネームレスの想定よりも技能プライドは厄介らしく、つい先程気絶するまで痛め付けられたのに、ユーンの高慢な態度はかわらない。しばらくはユーンの憎まれ口も聞き流していたネームレスだが、これ以上罵倒を許容すると器の大きさを示すよりも己の威信を傷付けると剣呑な空気を醸し出す。
決闘の完璧な勝利、チュヴァ達の容態を気にかけて、と幾つかの要因が重なりネームレスのユーンへの対応が疎かになっていたのも間違いない。もし、きちんと正面から向かい合い説明や命令をくだしていれば、敗者としてユーンも大人しく受け入れていただろう。
《……大体だ、選ばれし高貴な種族、ユニコーンである我のありがたさを理解……》
「黙れ」
振り返るとユーンの瞳を真っ直ぐに見詰めてネームレスはそう宣言した。声を直接頭の中に届けるテレパシー的な会話しか出来ないユニコーンの声はネームレスにしか届いておらず、小鬼族長フジャンや骸骨兵長イースからすれば唐突過ぎる展開だ。
「教育してやる、かかってこい」
フジャンが現状を把握出来ずに呆然としている間に、イースは素早く抜刀してDM室を出る前に棍と交換し左腕に装備しておいた盾を構えユーンからネームレスを庇う。
《……では先程の広間まで「決着がわかりきった事にそこまで時間をかける必要はない。この場でだ」
DM室と比べ物にならないぐらい狭い通路での戦闘では、馬体故に幅のある体躯をしたユーンの一撃必殺たる角突撃攻撃を避けるのは不可能だ。通路の中央を駆け抜ければ左右どちらかに避けても簡単に対応できる。
ユーンもネームレスからの攻撃回避に支障はきたすが、強力な魔法行使には少くない時間と集中力が必要で距離が離れているならまだしも、二人の間は三メートルほどしかない。ユーンの脚力ならばないに等しい間合いだ。
ネームレスは片手を上げてイースを下がらせる。その命令にイースは武器を収めると、いまだに呆然とするフジャンを抱えネームレスとユーンから距離を取る。
「心配するな、駄馬の躾に他者の手は借りん」
《先程の決闘を見て我を侮ったか穢れた者よ、夜神の懐抱の中で後悔するが良い!》
言葉を遮られ、圧倒的な格下扱いされ、駄馬扱いされ、躾と称された。プライドを傷付ける要因が重なりあい、ユーンは逆上してネームレスに襲い掛かる。
さて、生存を至上命題とし石橋を叩いて渡る様なネームレスが、一時の感情で勝算もなく戦いを挑むだろうか? 答えは否であり、彼とユーンの戦闘は、一部始終を見ていたフジャンが「ぁぅぁぅ、ネームレス様はおにちくれすぅ」と評価する結果に終息する。
フジャンはイースとユーンの決闘を見た時は「ふわぁ、さすがは骸骨兵をまとめるイース様。戦い方が巧みです」と評価していた。フジャンから見てもイースが強すぎただけで、ユーンも彼女からすれば十二分な強者だ。
そんなフジャンがネームレスとの戦闘を見た感想が鬼畜、ユーンは文字通り手も足も出せなくさせられ制圧された。ユーンは足が四本あって手はないが。
《ひ、卑劣なり、穢れた者よ! 正々堂々と相手せよ! こんな結末を認める我ではないぞ!》
「決闘に敗北して服従を誓っておきながら反逆した駄馬が何を言うか」
《な!? 穢れた者よ、貴様がかかってこいと!》
「夜神の懐抱のなか、とは殺す宣言だろう? 教育、躾をするからかかってこいと言ったが決闘するとは言ってないぞ?」
《その様な揚げ足取りが通用するとでも思うたか!?》
「別に構わんさ。ユニコーンのユーンは名に誓った服従を破り粛清された、と語り継がれるだけだ」
《まて!? 病人の治療はどうする積もりだ?》
「心配はいらぬよ。駄馬に過ぎたる角で治す」
ユニコーンの癒しの力の源であるその黄金色の角は、ユニコーンから抜き取られても病気も怪我も即座に回復させる治癒の力は内包したままだ。力を使い果たせば砕け散る消耗品になるが、気位の高過ぎるユニコーンに治療を懇願しても九割は無駄なので角を乱獲された。
そして角を奪われたユニコーンは死んでしまう、ウウゥル大陸に散らばっていた野生のユニコーンが種族同盟の治める大森林以外から姿を消した主な理由だ。ユニコーンの自滅癖は先祖伝来とも言える。
《命は惜しくはないが、誓いを破った恥知らずと称されるのは納得いかんぞ!》
「知らん。せめてもの情けだ苦しまずに逝かせてやる」
《ま、待て、わかった。我が悪かった、この命くれてやる! あれだ、だから語り継ぐのだけは止めよ!》
「断る。死に逝く者にかける慈悲は速やかに死なせてやる事だけだ」
必死に脱け出そうともがくユーンにネームレスが淡々と語りかけ、腰にさしていた護身用の短刀を抜き出す。ククリナイフの様にブーメラン状に曲がり、鉈の様に分厚い造りであり、刃先を特に厚くしたバランスの投擲も可能な万能な短刀だ。
ユーンが行動不能に陥ってからネームレスの声には嘲りの色は消え、ユニコーンに対する怒りも、勝利の喜びもない。フジャンの持つランタンの明かりを反射する短刀を手にしたネームレスの瞳には冷徹な鋼の意思が映る。
《お、お、お、落ち着け、ユニコーンは慌てなひっ! 冷静に話し合おう、そうだ、穢れた者に過ぎた栄誉だが、偉大なるユニコーンを助けさせてやる!》
ユーンはそうネームレスに持ち掛けた。ダメージはないのに逃げ出す事も、戦って抵抗する事も出来ない身、そうであるにもかわらずいまだに上からの目線で語りかけられるのは凄いかも、とフジャンは可哀想な子に向ける視線をユーンに送りながら祈る。
「死に行く勇気を司る精霊よ、戦神の使いよ、魂の運び手よ。戦乙女よ、えっと、気が向いたらでかまいませんので良かったら連れて行ってください」
凄くなげやりに。




