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ダンジョン作成記  作者: MS
第三章
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三章第二話

 地下迷宮ダンジョンの食を支えるのは生産施設に分類される農場部屋だ。普通ならば種蒔きから収穫まで半年はかかる麦も、この部屋ならば僅か十五日で刈り入れ可能となる。

 普通の土地では野菜によって同じ畑で作り続けると、土の栄養バランスが崩れたり等して連作障害が発生する。だが、農場部屋はそんな事は起こらず、間引き等をせずとも丸々と大きくしかも美味しく育つのだ。

 疑似太陽により日照の安定や、地下迷宮内部施設の為に野鳥等による収穫物への害獣被害もなく。疫病等の病気や害虫の発生する気配さえなく、毎日種蒔きに水撒きに収穫をせねばならない以外は欠点らしい欠点は見当たらない。

 生産と消費の天秤が狂う事おびただしく、これ程の生産ペースだとせっかく育てた収穫物も腐らせてしまいそうだ。もっとも農場部屋並みに驚異的というか規格外な性能をした冷蔵庫型の保管庫である魔法の道具マジックアイテムがあり大量の収穫物を劣化させる事もなく蓄えている。

 ネームレスの地下迷宮に備蓄された食料品の量は、二百人規模の村なら余裕で冬をこせる量だ。例え小鬼ゴブリンが今の倍になろうとも十二分に養える。

 地下迷宮外に雪が舞い始めたある朝、昨日まで瑞々しく育っていた野菜の一部が枯れ萎れる事件がおこった。

 壊滅していた畑を発見し顔色を失わせ右往左往する捕虜の少女、年嵩の少女らの張りつめた空気に泣き出す幼少組、何時もと違う雰囲気の捕虜にいぶかしみながら近付いたエレナ達に、「ごめんなさい! ごめんなさい!」と額を地に打ち付け土下座する犬人コボルト……

 農場部屋は一時騒然とし混乱を極めたが、ネームレスやエレナを筆頭にした内政班は半ば予想していた事態であり、ダンジョン組に混乱はなかった。

 素早くネームレスに異常事態を知らせに枝悪魔インプを飛ばしたエレナは、伝令が報告を届ける間に土下座して詫びていたコボルトに穏やかな一喝を浴びせて通常業務や少女達担当の仕事に従事させる。そして朝の体操を中止、少女達を食堂に集めてネームレスを待つのだった。

 朝の訓練中のネームレスに速やかに報告が届けられた。執務室にて農場部屋の設定が変わっているのを確かめた後に赴いた彼の口から、推測した原因を説明、あわせて特に罰等はないと少女らに納得させる。

 細かい説明はせずに、一部の作物に施していた魔法が切れた為に野菜が枯れた。故に捕虜に責はなく問題はない、とだけ。

 これは万が一、捕虜が脱走した時用の処置である。ネームレスがダンジョンマスターであるという情報を伏せて、脱走者からの通報により討伐隊等が来ても騙す為に。

 本当の原因は以前からの予想通り農場部屋内の設定が秋から冬に移行したので、冬期間中は育成不可の野菜が破棄されたのだろうが。騒動が収拾した後、改めて執務室で詳しく調べたが情報は出ず、全ては憶測だ。

 冬の間は生産が不可能になる可能性も視野に入れていたので、一部の野菜だけが育てられないだけで農場部屋を運転出来る事はネームレスを喜ばせた。

 ただ冬季期間中は捕虜である少女やコボルト、森妖精族エルフへの負担軽減に生産量は落とす事に。秋季期間中には生産不可で、冬季期間中のみ生産可能な牛蒡ゴボウ白菜ハクサイ等の野菜は多目に作り、来年の冬までの備蓄量を確保するが。

 小麦や大麦、他十分な量を備蓄した野菜と季節に関係なく生産可能な品は植えてある分の収穫を終えれば消費量だけ生産する予定である。

 捕虜の多くが元農民で冬の間は休みだったのだろう、と食糧の備蓄も十分な事もありネームレスが配慮したのだ。もっとも彼の知識になく、技能フルゥスターリ王国知識にも含まれていなかったので知らなかったが農民は冬でも春に向けた準備や、餌などの負担軽減と現金入手の為に豚や羊等の家畜を潰し食肉化の作業、冬越え用の備蓄に食料品の長期保存用の加工や薪拾い等々と雪が積もるまで暇はない。

 それ故に農作業でせわしなくとも不平はなかったろうが。




 ゴブリン女性陣の内、族長フジャンとレンジャーラン以外の七名に妊娠が確認された。それはゴブリンらに増員製作許可が降りてから八日過ぎてからだった。

 その八日で日々痩せ衰えてパサパサでカサカサになっていくハブとディギンは、訓練に厳しくそういった気遣いが出来ないはずの下級不死者アンデットである骸骨戦士スケルトン、骸骨兵長イースが手心を加え労るぐらい酷い姿に。

 そんな二人は妊娠が確定してお勤めからの解放を告げられて、歯を食い縛り嗚咽を微塵も漏らさずに生き残れた事に男泣きして喜んだ。涙さえ枯れ果てて流れなかったが、確かに泣いて喜んだとイースはネームレスに報告した。

 もう二日も続いていたら何もかも搾り取られて腹上死だっただろう、とハブとディギンはそう語り合ったのだった。




 農場部屋の生産物の変化やゴブリン達の懐妊と地下迷宮の状況が変化するなか、ネームレスの迷宮拡張も西方にひたすら掘り進めていた作業から偽装迷宮作りへ。

 第三階層の解放がなければこれ以上広く出来なくなった為に。第二の出入口の設定は春まで待つので、どれ程まで交易路に近付けたかは解らないが。

 ネームレスとフジャンは作業終了から本拠地への日帰りが可能なので、そんなには近付けていないだろう。朝出発して夜に帰る二人だが地下の為に時間が判らず、その為にインプが知らせに飛んで来る。

 携帯電話か時計が欲しいネームレスだが、ノートパソコン同様に入手不可であり、時計も砂時計しか購入できなかった。

 故に時間の感覚は農場部屋の疑似太陽を基準にしており、この世界が一日二十四時間との保証はない。それでも使いなれた表現である二十四時間定義で予定をたてている。

 西方に進めなくなったネームレスは、その地点に新たな迷宮を築いていく。ネームレスやゴブリンの居住区より離れた、この地点にダンジョンを築き上げ、本拠地に続く通路は隠す予定だ。

 このデコイダンジョン奥部に第二階層への出入口を作り、本拠地というべき居住区のある自然洞窟偽装ダンジョンへの目眩ましとするのが、ネームレスの修正した計画の一つだ。

 普通に考えれば、交易路の周辺からしらみ潰しに調査する。その過程で怪しげなダンジョンがあれば、その探査が終わるまでそれから奥の森への探索は後回しになるだろうとの予測からだ。

 人海戦術の心配はあれども、その為のインプによる空中からの偵察体制である。



 西方への限界地点から、ある程度戻った場所を二ヶ所目の出入口予定地に定めたネームレスは、今度は北へと迷宮を造って行く。

 彼は創作用のポイントに余裕があれば、デコイ用のダンジョンなので発見された時にあからさまにダンジョンと理解させ様とP消費でのダンジョン創作に挑みたかった。

 二度の実戦をネームレス自身は無傷で勝利した事、骸骨兵やゴブリンの訓練傾向や創作魔物の選択から強力だが連携が難しい虫系や獣系を外している事からも解る通り、彼は突出した個体戦力より連携重視の集団戦を重視している。

 ゴブリン百体創作やスケルトン百二十五体創作に心引かれた事も、数において敵を圧倒する。正確には敵よりも数を多く揃えるという戦略的な思考を優先するとも言えた。

 ネームレスは数は妊娠にて増やせる見通しが立ち、魔物の裏切りや反逆もゴブリンなら現状の強さで問題ないと判断する。自己改造や固定ダンジョン以外の創作にPを注ぐより、魔物の実戦経験を積ませる為にも第二階層は自動補充され、尚且つ同階層自動発生魔物以外と敵対する固定ダンジョン化に決定した。

 これらの思惑以外にも固定ダンジョン化には理由はあるが。

 第二階層の固定ダンジョン化に殆どのPが必要な事に加えて、第一階層で創作設置可能なトラップ罠部屋トラップハウスが非力に感じてPが勿体ないとネームレスはダンジョン創作魔法にて造る事に。

 配置可能な魔物や罠の制限を考えれば、ネームレスをダンジョンマスターとした何者かの思惑が透けて見える様で彼は気分が悪くなる。故に考えない様にしていた。

 このダンジョンは自然洞窟偽装ダンジョンへの煙幕であり、黒幕は一番深いか高い場所に居る、との思考を逆手に取り、奥へ下へと誘導する役目を考えて造っている。

 それならば繋ぐ通路を塞ぐなりの物理的に遮断すれば良さそうだが、それは出来ない様にシステム上で設定されていた。隠しドアや扉の使用は許可されていたが。

 他にも、ネームレスは地下迷宮の落盤事故や地下水道を打ち抜いての出水事故等を気にしながら、ダンジョンを掘り進めていた。

 だが実はダンジョンはウウゥル大陸とは次元がずらされた別世界に存在している。ネームレスがまだ己の名前を考える余裕すらない時期でもあった最初期の目覚めた状況を考察すればヒントを得られた。そう、ダンジョンの出現位置を選べる、という状況から。

 だが、出現してからはある程度ウウゥル大陸ともリンクする。

 故に地下迷宮周辺のダンジョン拡張範囲内の土地は穴を掘っても掘る事すら出来なくなる。 故に地上から穴を掘ってのダンジョン突入やショートカットは不可能だ。

 これはダンジョン内部の壁や床も同然で、迷宮攻略の究極手の一つ、道がないなら造れば良いを封じていた。

 例を出すなら塔だろう。とある死霊魔術師ネクロマンサーが塔を築き立て込もっていた。

 塔に引き込もっているだけなら放置されていたであろうが、近隣の町や村の墓地を荒らしたので討伐隊が派遣された。

 だが塔には死霊魔術師が考え抜いた罠や仕掛けが目白押し。正攻法では犠牲が出過ぎる、と飛竜にて塔天井に降り立ち、そのまま床を爆破して突入。

 最上階でラスボスとして待ち構えていた死霊魔術師の真上から瓦礫とともに押し潰して、犠牲なく討伐完了という嘘の様な本当の事件があったりする。

 それ以来、塔の最上階でなく真ん中辺りで待ち構えていたり、対空用の魔術兵器を配備したりとあり、現在は塔やらで待ち構えるタイプの魔術師は見られなくなった。

 それでも国によっては物理的、魔法的に壁や床を破壊出来ないかと研究されている。今のところ、地下迷宮の破壊は不可能という事が判明されているだけだが。

 この地下迷宮内や周辺の破壊不可、穴堀等が出来なくなる状況から自然洞窟か地下迷宮かの判断方法は確立している。

 ネームレスが必死になって施している偽装が実は無意味な事だったが、彼が知る術も気付く切っ掛けもなかった。




 本格的なダンジョン製作に、本拠地と作業場の行き来に使う時間の損失を嫌ったネームレスは、報告や食糧の輸送をインプに任せて泊まり込みで作業する事を決める。

 施設維持魔力等の補充や入浴やらに戻るのを三日に一度と定めると、寝袋やらを用意するのだった。

 因みに襲撃遠征時は焚き火で暖を取り、毛布とマントを寝具にして咄嗟の時でも身動き出来る様にしていたために寝袋は購入していなかったのだ。



 その様な段取りをするネームレスの知らぬところで、彼の身の回りの世話役を派遣すべきとの話が内政班内部で持ち上がった。だが捕虜の食事や農作業の面倒や補助やらでエレナ達は農場部屋から離れられず。

 魔法使いタイプというか、創作計画段階で技能付与実験体とゴブリン魔法使いタイプの有用性試験試作を共用するフジャンが現状維持で側役を勤める事に。

 最低限、歩く救急箱であれば良いフジャンは個人戦や集団戦の訓練に参加せずとも問題が少ない。加えて外見が人間族に近い美幼女だが、外見相応というか起伏に乏しいというか。


 人間型配下魔物女性体の外装からおっぱい星人と思われているネームレスの食指は動かないだろうと問題にされなかった。これが己の爆乳を上回る魔乳を装備する某淫魔ならば、ともすれば夜伽を命じられる回数の差による嫉妬も加わり、胃に穴というか裂けて吐血するぐらいの重圧を発生させる事態を招いたかもしれず。誰がとは書かないが。

 傭兵団襲撃後から顔色が悪く虚ろな瞳をしたヴォラーレを心配したネームレスにより、数度寝室に呼ばれた彼女は取り敢えず生きてはいる。捕虜の少女がいなかったり、ネームレスの目が届かないとエレナの下僕というか奴隷の様に卑屈だが。

 フジャンがネームレスの側役に任じられたので、水の補給を気にせずに身体を拭ったり出来る事を彼は喜んだ。そんな場面でもフジャンは甲斐甲斐しくネームレスの背中を拭いたりと世話をやく。

 そんなネームレスとフジャンの心理的な距離が近くなるのは当然であり、技能臆病の影響か半ば駄目な子扱いだった彼女も有能ぶりを発揮していた。

 ネームレスの世話限定で。

 彼もまた守備範囲外のフジャンには下心なく接せられ、嘘偽りが出来ない彼女の忠節にあるじとしての自信をつけられている。

 夜行性のゴブリンであるフジャンだが、ネームレスの生活サイクルにあわせて昼間一緒に働き、夜休むと行動をともにしている。

 これが地下迷宮外だったら不寝番にて警護するが、迷宮内部故に必要ないとネームレスから指示を受けた。なおかつ湯タンポかわりに同禽を命じられる。

 これはネームレスが不寝番不要とフジャンに伝えた時の返事や表情から、彼女が不寝番するだろうと予測した彼が気をまわした命令だ。

 ガチガチに緊張したフジャンがネームレスの寝袋に入り、「……ぁぅ」と気絶する彼女に寝付きが良いなと勘違いする彼だった。

 一見、死亡フラグが乱立するフジャンだが、某淫魔と違いネームレスに色目を使ったりとあるじを誘惑したりしない、というかそんな度胸はない。故に問題はなかったりする、多分。

 女心と秋の空と言うべきか、彼女と書いて遥か彼方の、と言うべきか。理性と感情は別との表現が正しいかも知れないが。

 独占しよう等と思い上がりはない、ネームレスに相応しいハレム構成も必要と判断していても、やはり嫉妬してしまうのだ。誰がとは書かないが。




 そんな風に迷宮拡張に励む二人、気絶から覚醒したフジャンが慌て急いで静かに寝袋から抜け出し、洗顔や朝食用の湯を沸かしていた時に。二人が拠点としている部屋にインプのコルジァが飛び込んでくる。


「フジャン様、ネームレス様はお目覚めで?」

「おはようございます、コルジァさん。もう間もなくですが、どうかされました?」


 ネームレスが耳に心地良い声だと、己への報告を担当させているコルジァにフジャンは不思議そうにたずねる。気遣いが出来る男、インプ長デンスが施した教育にてネームレスの機嫌を損ねる様な事が見当たらなかったコルジァの何時もと違う態度に疑問を強く感じて。


「申し訳ありませんが、エレナ様より緊急事態と「何事だ?」ネームレス様」


 フジャンとコルジァの会話で目覚めたネームレスが言葉を遮る。


「はい、何でも捕虜の一部が行動不能に陥った為にネームレス様の指示が欲しいと」


 以前の野菜が駄目になった時の騒動が頭に浮かび、確認するネームレスに。


「はい、いいえ、ネームレス様。どうやら病気らしい様子でした」

「……病気、か?」


 難しい表情で何事か考えながらフジャンとコルジァを引き連れ急ぎ農場部屋を目指すネームレスだった。


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