表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ダンジョン作成記  作者: MS
第三章
61/102

三章第一話

 帝国ヌイ――開祖たる建国帝の治世から約五百年に渡りウウゥル大陸最大の領土を支配していた国家だ。

 嘗てヌイは最大国家に相応しい威光を発していた大帝国だった。だが約百年前の五ヵ国同盟との戦争での敗退を切っ掛けに始まった内乱と公国の独立離反に落日の日々に陥っている。

 そのヌイ帝国の南方に座するのはフルゥスターリ王国だ。帝国と五ヵ国同盟の戦争時に両雄の間を巧みに泳ぎ抜き、中立国家として捕虜交換や間接貿易の中継ぎとして栄えた。外交手腕以外には名馬を主とした牧畜と農耕しか目立つ産業はないが、この数年不作に苦しめられている。

 最盛期のヌイ帝国からの侵略を退けた五ヵ国同盟は、人間族ヒューマン最古にて最初の国家と謳われるポース聖王国を中心とした国家連合だ。領土的な野心が少く、戦争後の賠償も戦死したもの達への見舞金や補償、費やされた戦費を要求したぐらいで土地や国境線の譲渡は求めなかった。

 これには表向き(一般国民)に大々的に勝利を宣言して、勝ったのならばと要求が大きくなり突き上げや弱腰外交と謗りを受ける事を嫌った同盟上層部の判断が含まれていたが。

 そんな国々の国境が接している為に、一種の軍事的空白地帯にあり、ヌイ帝国とフルゥスターリ王国を結ぶ交易路近くの森奥にネームレスが築く地下迷宮ダンジョンは存在する。

 季節は折しも冬、現地の物言いならば夜神の巡りを迎え灰色の空から白い結晶が舞い落ちだしていた。本格的な大雪と積雪前にと交易路は大小様々な隊商が活発に利用するも、ネームレスが警戒していた探索隊や調査隊らしき姿は見られなかった。




 地下迷宮と地上を繋ぐ唯一の出入口である崖に穿った横穴は、小鬼ゴブリン達の手で塞がれ偽装を施されていた。ネームレスが手配したトタン板に崖から採取した土を被せて、その手の技能持ちであるランが監修した簡易な扉は遠目からならば周りの崖壁と違いが解らない出来だ。

 天井付近に枝悪魔インプが出入り出来るだけの隙間はあれど、外部からの冷たい空気を遮断していた。その為、比較的に出入口近くにあるゴブリン居住区を快適にする助けとなっている。

 その扉を抜け、穏やかなスロープを下ると自然洞窟に偽装された地下迷宮内部に入り右横穴に進めばゴブリン居住区へ。そして以前はなかった左横穴の先に、魔法を用いて地下迷宮拡張に励むネームレスの姿が見られた。

 傭兵団襲撃から既に十日余りも過ぎ、略奪品運搬で帰還が遅れていた骸骨兵やゴブリン達も迷宮に帰ってきている。

 骸骨兵は相変わらず真摯に訓練に打ち込み、技量と戦術を磨いている。骸骨兵長イースと骸骨兵スゥはスピア技能の習得にも力を注いでいた。

 生者の様に食事や睡眠を始めとした休息の必要も、また上級不死者アンデットにありがちな慢心や集中力等の精神面での問題もないにひとしい彼ら下級アンデットたるスケルトンならばすぐに習得し習熟するだろう。

 一方ゴブリン達は帰還後にネームレスの命令で簡易扉を作った後、夜間は訓練、昼間は増員製作にと励んでいた。増員製作に比重を置いて。

 ゴブリン勢最小勢力である男性陣の二人は、贅肉が削ぎ落とされ、やつれているが精悍な漢の艷姿になった。増員製作の許可が降りた次の夜間の訓練に現れた時点、僅か一日で。

 ゴブリン族長フジャンが傭兵団襲撃時の醜態を晒した責任を取り辞退、フジャンに付き合う形でランも権利を放棄した。それでも男女比二対七、一人で三人から四人相手せねばならぬ男性陣に死相が見れるのは気のせいだろう。

 ちなみにランの不参加で絶望の叫びを上げたゴブリンもいたが。



 傭兵団襲撃から帰還したネームレスに地下迷宮管理機構システムが告げた事に第二階層の解放と地下迷宮出入口の増設許可があった。増設許可といっても一ヵ所だった出入口を二ヵ所に増やしても良いだけだが。

 これを含む、新たに判明した情報からネームレスは当初の計画に大幅な修正をかけた。二ヵ所目の出入口を交易路に限界まで近く作るべくひたすら西方に通路を作っている。

 見栄えは後回しにして、ネームレスが進めるだけの幅と高さのみであり、地下なだけに鉱山夫にでもなった気分を味わっていた。

 冬の間は訓練と地下迷宮の拡張を中心に進める予定だった事もありネームレスは獲得したポイントの割り振りに悩み、自己改造カスタムや魔物創作も控えていた。魔物の訓練期間を考えれば早く創作した方が良いと思いながらも。

 説明書やカスタム本に新たに掲示された内容も、ネームレスが採ろうと思案した幾つかの策が実行不可能な事を示し、懸念していた調査隊等の追跡もない為に急ぐ必要はないとの判断からだ。

 起床後の訓練を終え、朝食を済ませるとエレナが用意した弁当を持ち迷宮拡張へ。魔力を回復させながらP配分を考えたりし、回復したら再び迷宮拡張を。

 そんなネームレスに付き従う魔物がいる、ゴブリン族長フジャンだ。寝床ではゴブリン増員作業の熱気で休めず。襲撃時の醜態からの信用失墜からの回復を兼ねて小姓の様な仕事をこなしながら休んでいた。

 ちなみにランは骸骨兵長イースと交渉して骸骨兵待機小屋の一角に寝床を作って休んでいる。ランもフジャンに、この寝床の共用を申し出たがやんわりと断られていた。

 フジャンはネームレスが拡張作業中は横になり休み、彼が休憩しようとする時には既に彼女の手で彼用の折り畳み式椅子とテーブル他が用意されている。ネームレスが椅子に座り思考中、フジャンは彼のブーツを脱がし、あらかじめ沸かしておいた湯で足首から先を浸し温める足湯をしながらマッサージを施す。

 当初は付き添いの必要はなく、休む様に説得していたネームレスも必死に頼み込むフジャンに折れ、これ等の世話焼きを好きにさせていた。見掛けは子供だが成体した大人であるフジャンの力は十分に荷物運搬をこなしていたし、マッサージの力加減も程好い事もあって。

 ネームレスの姿は黒色のローブにフード、同色のマントを羽織った普段の魔術師スタイルだ。だがフードを厚い物に替えていたり、以前は付けてなかった手袋をしてたりと防寒対策は練っていた。

 今はまだこれでいいが、外に雪が積もりだしたならば、ドラム缶なりに焚き火をおこす等もしなければ厳しいだろう。フジャンの申し出は、ある意味渡りに船だった。

 椅子に座りフジャンがいれたハーブティを口にしながら、ネームレスは大学ノートをひろげ鉛筆を持つ。執務室に付属していた本の解析に努めるのも手だが、専門用語の羅列で読むでなく解析になるので施設用魔力補充時の休憩時にまわしていた。

 そんなネームレスの足元で熱めのお湯に浸かされた彼の足裏をフジャンは熱心に揉み、押しマッサージしている。桶に容れられた大量の水は水精霊ウンディーネミールと親和性を高めたフジャンが魔法で生み出した物だ。

 かさばり重量もある水を生成可能になった事も、フジャンがネームレスに付き添いを許された大きな要因である。持ち運び可能なサイズの七輪、木炭コンロに炭を燃やしヤカンで湯を沸かせてお茶や足湯用のお湯を作る。

 ネームレスはダンジョンの作成計画を練り、思い付いたアイデアをノートに書き出す。ノートパソコンが欲しいところだが、ないので仕方なくノートに鉛筆で書く。

 鉛筆はあるがシャープペンシルは購入出来ず。いや、羽ペンとインクで羊皮紙に書くなんて経験のない事をやらされるよりは良いが。

 ロープの裾を間繰り上げ、ランタンから発せられる光を反射する白銀の髪をボブカットにしたフジャンは額と鼻先に汗を浮かべながらネームレスの足裏マッサージに精を出していた。

 ダンジョンマスターとして、また創造主として偉いのだろうが、日本人的な気質が色濃く残るネームレスとしては申し訳なくも感じてしまう。何故にこれほどまでに尽くしてくれるのかも理解出来ない彼だが、上位者の貫禄を演じる為に表面上では、これぐらい尽くして当然という態度を示している。

 ここ何日かの観察で、この様なある意味傲慢な態度の方がフジャンに対してはいいらしいと学んだネームレスだった。




 今回の襲撃で命を奪ったのは人間二十九人に馬が六頭、獲得Pポイントは2523Pだ。馬車衝突時の衝撃や馬や荷物の下敷きになって死んだモノ、そもそも馬は加算されているかは判断出来ないが。

 前回の奴隷商と護衛のあわせて六人を葬った時の約1000Pは、初襲撃とか初獲得などの祝儀ボーナスが加算されていたのだろう、とネームレスは結論付ける。

 ゴブリンならば百体、スケルトンならば百二十五体創作可能なP数である。戦いは数との理論を思えば心引かれる案だが、流石に食糧問題やら単一種の障害やらで却下だ。

 地下迷宮第二階層解放に伴い、魔物創作リストに創作可能魔物が追加された。だが、それらの魔物は二階層から動かせない事が判明した。

 ネームレスはゲームの様に浅い階層に弱い魔物を配置して、侵入者に経験を積ませる気等毛頭なく。自然洞窟偽装部ならいざ知らず、一階層から強力な魔物を配置する予定だったのだ。

 そして何よりも迷っているのが、自己改造カスタムである。魔物の反逆を防ぐ為にも、また純粋に生き残る為にも必要なのだが選択肢が多すぎるのだ。

 ネームレスとしては、まだ直接殴ったり刺したりしての命のやり取りは無理なので魔法使いタイプに強化する積もりではある。

 例えば、頭をふやしたり尻尾を生やしたりと人間の範疇から簡単に越えて逝けるのだ。逝けるは誤字に非ず、ネームレスとして殺人鬼の化け物と罵られる覚悟はあるが、本当の人外と化すだけの物は無いので彼の心境として選んだら逝くのだ。

 ……限りなく不死に近い吸血鬼化や、水精霊ミールの様な肉体の物理的攻撃への耐性にかなり惹かれているが。

 他にも己自身に美形を付与したらモテモテだろうか、森妖精エルフや捕虜の少女らの懐柔に役だちそうだしな美形、でも現状で自分がちょびっと寂しいだけで問題ないしな。と戦闘や生存に関係ない技能スキル付与にも迷っていた。

 骸骨兵やゴブリン達などの戦闘員やエレナやヴォラーレら内政員の忠誠を。そして二度に渡る無傷の勝利に加え、大量のPにネームレスは余裕が出来たのか、あるいは増長しているのか。

 ネームレスは大学ノートに書いては消しを繰り返す。他にも新機能として固定ダンジョンの選択が可能となったのも彼を悩ませている。

 ネームレスがしている様に魔法を用いて、部屋や通路単位でPを消費して作り出すダンジョンと違い、あらかじめ用意されていたダンジョン階層を選んで発生させるのだ。

 選んだ種類によって要求されるPは違うし、何れも大量のPを消費する。ただ普通のPを消費して作るのとは違い、魔物さえも配置されており、食糧の配給や数の心配の必要がない。

 その階層の魔物が全滅しても次の日にはリポップしているのだ。逆に言えば定められた数の魔物しか発生しないのだが。自動発生にP消費はないので安定はしている。

 他にも、ネームレスが創作した魔物でもその階層で自動発生する魔物以外は敵対したりとデメリットも多い。

 今のところ、調査隊も見当たらない上に二階層の魔物はどのみち襲撃隊に組み込めないので必要ないといえばないのだが。

 2500Pで創作可能な二階層固定ダンジョンに、ネームレスが有効な利用方法を思い付きカスタムや創作に舵を切れない最大の原因だった。

 寒さが通り過ぎ、雪化粧が消え、交易路が再び賑わうまで襲撃はおろか、外出も必要最低限にする予定のネームレスにとって2500Pも確保しておくと、残りのPは繰り越しを加えても245.5Pしかなくなる。

 それでもカスタムや創作をしないのは、半ば以上に固定ダンジョン創作を決定している為だが。だが大きな消費を前に頭を悩ませてもっと良い案がないかと振り絞っているのだ。


「フジャン」

「はい、ネームレス様」


 ネームレスは己が魔力の回復を感じ作業に戻るべく、フジャンに声をかける。彼女も慣れたもので素早く彼の足を拭うと靴下とブーツをはかせる。そして要領よく足湯用の桶やハーブティ用のカップを片付けて、テーブルを折り畳みなおす。

 目の前の物がなくなってからネームレスは悠然と椅子から立ち上がり作業場へと向かう。フジャンの視線や意識に注意を払い、主人に相応しい貫禄が滲み出る様に足運びの間隔や速さに気を使ったリズムで歩く。

 おまけに、そんな事は意識もしていないという演技の為にも背筋を伸ばし前だけをむいて。何はともあれまずは第二出入口の設置からだな、と背中に突き刺さるフジャンからの熱い視線に気付かぬふりもしながら作業に戻るのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ