一章第三話
埃や蜘蛛の巣がないだけの廃墟。
そこに衣服は質素だか美しい乙女が完璧なカーテシーを男に捧げていた。
ピンと伸ばした背筋、折り曲げた腰の角度、深々と下げられた頭に膝の曲げられた深さ、摘まみ上げられたスカートの高さ。
礼儀作法の心得がある者が見ればそれが最敬礼だと気付いただろうが。
元々日本人の彼にやれ膝の深さがどうだと言われても理解できない。
深々と下げられた頭と曲げられた腰で、敬われてるか、恐れられているかと悩むぐらいだ。
乙女、魔法生物ホムンクルスのエレナの努力と気持ちは伝わっていなかった。
「このダンジョンのマスターだ。呼び方は好きにしてくれて構わない」
挨拶は社会人の基本。
良好な人間関係への第一歩。
人間並みや超える知能持ちにも有効だろう。
帝王学や人身掌握術等を学んだり身に付けたりしていない自分では小説や漫画、映画やゲームからの中途半端な知識しかない。
侮られない様に卑屈にならぬ様に。
付与技能にその系統はなかった。
あればこんなに悩む事もなかっただろうか?
「はい、受けたまりました。創造者様」
「エレナと呼んでも?」
「身に余る光栄です」
声や表情から内心を量ろうと、不快を与えない様に注意しながら観察する。
「初めて創作したのがエレナだ。故に主として不出来だろうが許してくれないだろうか?」
椅子から立ち上がり、深く頭を下げる。
本当ならここで『申し訳ありませんでした』等も付け加えるのだがそこまですると侮られかねないと判断。
だか己の過ちを認められないと思われるのも駄目だ。
そんな思惑の妥協案が軽い詫びの言葉と頭を下げる、だ。
「どうか、どうか、頭を上げてくださいませ。この身は創造者様の賤しい僕。尊い方であらされる創造者様が詫びねばならぬ事などありませぬ!」
悲鳴の様な声色で慌てていい募るエレナに彼は頭を上げ
「許してくれるか?」
「許すもなにも、僕でありながら創造者様の御心中量れぬ不出来なこの身に慈悲を!」
そう叫ぶと土下座するエレナ。
今までの跪き頭を伏せるでなく床に額を付けて、手のひらを上に向け両手を彼に差し出す。
どうか鞭打ちを、との意味だが勿論彼には伝わらない。
彼からすれば土下座だから最大級の詫びで、両手を此方に伸ばすのはこの世界かモンスターの慣習かなにかか?
こんな認識でありエレナには技能礼儀作法を付与しているのに、己には付与してない障害だ。
「良い許す。そんな姿では話もできぬ。さぁ頭を上げなさい」
「……創造主様の大いなる御慈悲に感謝致します」
彼を見上げる瞳は潤み、顔は真っ赤に紅潮していた。
熱心なファンがその人から声をかけて貰えた時の様な、憧れの人を目の前にしている様な。
うっとりとした眼差しで彼を見つめるエレナ。
余裕を感じさせる微笑みを浮かべる、彼。
内心では『良かった、失点は回復した様だ』等と考えていたが。
今の状況で何が失敗だったかと質問しても、エレナは自分が悪いとしか答えないだろうと当初の方針から切り替え、これからの話をする事にする。
「エレナには家事を任せたい。良いか?」
「承知致しました。家事だけでよろしいのですか?」
「一体では大変だろう?」
「畏まりました」
エレナはスカートを摘まみ上げ、軽く頭を伏せる。
執務室に寝室、湯槽室に仮称食堂に仮称王座の間の掃除、料理に洗濯。 掃除は仮称食堂だけ毎日、他の場所はローテーションを組んで等々細かく打ち合わせる。
二人で相談しながら必要な物を揃えていく。
はたき、掃除用の桶、箒等の掃除用具。
料理用の油、エレナ用の作業服に替えの肌着……。
作業服を選ぶ過程で
「これが良いと思うが、エレナはどうだ?」
背後に控えているエレナに机上に浮かぶ購入画面の画像を見せながら訪ねる。
部下の意見を受け入れる度量を見せる。
との建前を前面に出して、エレナから意見を出させている。
でなけばエレナ自身の意見を出さないからだ。
「はい、よろしいかと。ただ私が使うには高級すぎるかと布地のランクを抑えれば、同じデザインの物もあるかと愚考致します」
「そうか、数を揃えなくてはいけないからな。エレナの案でいこう」
「恐れいります」
建前を前面に、なので他にも思惑はある。
二人(一人と一体か、二種人か?)で共通作業する事で相手の性格等を知り、好感度なり忠誠心を稼ぐ。
意見を受け入れ、度量を見せる事で恐怖心を軽減させる。
美女との会話を楽しむ。
必要な買い物を終える頃にはエレナの表情には不安は消え、微笑みが浮かんでいた。
表情や雰囲気から緊張や不安が軽減され好感が感じられたので思惑通りになったと胸を撫で下ろす。
エレナが掃除用具や洗剤等を仮称食堂や仮称倉庫に運んでる間に次を考える。
因みに彼女用のランタンも購入済みで無理のない量に小分けして運んでいる。
エレナの寝床である。
仮称食堂で良い(始めは仮称倉庫で構わないと申し出があったが却下した)との事だったが、女性を床に寝かせて己はベッドでは落ちつかない。
しかし己のベッドを使わせたらエレナが負担に感じるだろう。
自分の創作魔法の技量では坑道や洞窟の様な廊下や部屋しか創れない。
ポイントを消費して部屋を創作するか、と決断する。
丁度良い部屋がカスタム本に載っていたからでもあるが。
エレナに運搬が終わったら食事の用意を頼み、仮称倉庫の扉先に廊下を創っていく。
丁度一息入れようと思った時にエレナに食事ができたと声をかけられたので食事へ。
簡単にのべればフライドポテトと干し肉のハンバーガーだった。
エレナは仕切りに恐縮していたが食材がかなり限定されてる現状仕方ない、良くやってくれたと慰めと感謝を伝え、作業に戻る。
体調が悪くなる前に切り上げ、宝石椅子に座る。
カスタム本に載っていた、特殊部屋をもう一度確認。
現時点でベッドがある、ありそうな部屋は……
牢獄部屋
囚人用の部屋が七つ、拷問部屋が一つ。
囚人部屋にはベッドとトイレがあるだけでプライベートなぞ考えられてない。
考えるまでもなく却下。
農家部屋
質素な家と畑がある部屋。
疑似太陽的な魔具が天井に施されており、農作物の生産が可能。
農場部屋
初期状態ではログハウスが一軒、家畜小屋が二棟。
大規模な農地があり農家部屋と同じく農作物の生産が可能。
以前、メモには他の食材は略奪するべし、と書いてあったが。
自分達をこの世界へ招いた存在の狙いはわかる。
この世界の住人らとの抗争だ。
説明書やメモ、与えられる食料の内容。
現代の多種多様な食を知っている人間なら、あの程度の食料では苦痛だろう。
味噌や醤油が最初から用意されてるのも、人間心理をついた謀略。
なかったり、入手が非常に困難なら諦めや妥協もしやすいが、目の前にあるのに使えないとなれば……
頭を振って思考を戻す。
今は農家部屋か農場部屋のどちらを創作するかを考えるべきだ。
メリット、デメリットを考える。
農家部屋のメリットは創作必要ポイントが低い事。
農場部屋のメリットは魚の入手や家畜の飼育が可能でバージョンアップができる事。
デメリットは逆だ、家畜等を諦めなければならない事と消費ポイントが大きい事とになる。
農家部屋の創作必要ポイントは10、農場部屋の必要ポイントは50。
農場部屋だな。
大は小を兼ねる、必要ポイントの桁がもう一個多かったなら農家部屋を選んだが。
「農場部屋の創作」
《農場部屋創作必要ポイント50消費、発現箇所の指定要求》
目の前に画像が浮かび上がってくる。
画像にはダンジョンの全体マップが写っており、これを使って創作場所を指定する。
条件は廊下か部屋が接してる箇所。
他の部屋や廊下に重ならない事。
仮称倉庫等付近はバージョンアップ時拡張されるので使用不可。
先程創ったばかりの仮称倉庫の扉から続く廊下に隣接する場所を指定。
《指定確認、創作終了》
農場部屋創作必要ポイント50ポイント消費。
残り創作ポイント539.5ポイント。
仮称倉庫の扉を押し開き、廊下へでる。
壁も床も石畳ででこぼことした歩き難い廊下を少し歩くと左側に扉が出現していた。
このまま真っ直ぐ行けば作業中の場所に到着する。
その前に農場部屋を確認しておこうと扉の中へ。
「あれ?」
扉を開くと夕暮れを思わせる空が広がっていた。
背後を見れば己が創った不恰好な廊下が
「え?」
前を見れば太陽が沈み暗くなりだした空が
「はい!?」