二章第三十話後編
性行為を想像させる描写がありますので、苦手な方、嫌悪感を感じる方はご注意ください。
※ ※ ※ ※ ※
地下迷宮の内政面のトップであるホムンクルスのエレナが、主人であるネームレスより委譲されている権限は、多岐に渡りまた非常に巨大だ。
彼女がその気になれば魔物・捕虜の境なく処分する事も可能だと言えば、どれ程の権力を持ち得ているか解るだろう。
そんなエレナが素早く、だが手抜き等一切せずにネームレスの夜食を用意する。そうして食堂に隣接するバスでもう一度念入りに身体を磨き、不快を与えない程度に香水と香油を身に付ける。
種族的に天然で異性を惹き付け情欲を掻き立てる香気を持つ女淫魔と違う上、食事を必要としないホムンクルスは体臭がないに等しい。香油を混ぜた水を摂取して体臭をつけようと努力はしたが、まだまだ匂いは身につかずに香水と香油の力を借りたのだ。
水でも無味無臭では余り美味しく感じないだろう。臣下・従者としてネームレスにねだる事を良しとしないエレナは、この機会を最大限に生かすべく、その与えられた権限を活用して用意したのだ。
ヴォラーレに助言を『お願い』して、髪型をポニーテールから夜会巻きに変えうなじで魅せ、長い髪が夜伽で邪魔にならぬ様に。下品でない程度に魅惑的な黒の下着に身体のラインを浮かばせるネグリジェ姿でネームレスを待っている。
この衣類はエレナの権限の内にある執務室からの物資購入にて手配した、ネームレスが認知してない決戦兵装である。香水も香油も衣類もかなり高価な品だが、エレナが我欲で購入した訳ではなく一心にネームレスを喜ばせ様とした結果だ。
エレナとしては万が一、億が一、ネームレスの不興を買う結果となれば、誠心誠意許しを乞う覚悟だ。それで処分が免れられたなら、ヴォラーレは不幸な事故か食中毒で退場して貰う。極度の緊張と興奮で正常な判断力が低下してしまい、黒い思考が浮かんでいるエレナだった。
ネームレスの寝室にある狭いシングルベッドに横になり布団を暖めながら待つエレナ。シーツやカバー等の寝具は毎日交換しているので、ネームレスの汗や体臭は残っていないが普段はここで主が横になっていると想うだけで目眩がする程の興奮と胸の鼓動を感じるのだった。
エレナにとって己の心も身体も何から何まで全てネームレスの物であるのは至極当然の事だが、今宵遂に名実共に彼の人の物になるのだ。明日からは先に寵愛を授かったヴォラーレにも優しくなれる気がする。
エレナの中では彼女でなくヴォラーレをネームレスが夜伽に呼んだのは、気高く至高にて至尊たるネームレス様の大いなる御慈悲にすがったサキュバスの、臣下にあるまじき手練手管で思考を誘導した事が悪いのである。天地が砕け様ともエレナに命じなかったネームレスが悪いのでなく、ヴォラーレが悪いのである。
だが、これではネームレスがヴォラーレに騙されたと貶しており、更に言えば元々床の相手をさせる事を前提に創作されたのだ等と理不尽や矛盾点が多数見受けられるが、エレナからすればそれすらもヴォラーレが悪い事になっているのだ。
支配者が異性を多数侍らせるのは後継者問題が主な理由だが、同時に権威や財力を他者にしらしめる事などもある。それを思えばネームレスはもっと妾を侍らせるべきだ、とエレナは考えている。
今はまだ力を蓄える時期なだけで、時至らば千人の美姫を妾らす後宮を造る。美貌、立ち振舞い、教養、精神……、それらを高く兼ね備えた紅裙達がネームレスの寵愛を受ける為だけに存在するハレムを。
エレナから見ればヴォラーレも捕虜の少女らも落第点だが、(居ないよりはネームレス様の周辺が華やかになるので時期が来るまでは妥協してよいでしょう。私の見立てではネームレス様のお眼鏡にかなう女性は居ませんが)、と捕虜を捕らえてから今日まで誰も寝床に呼ばない事にそう考え納得するエレナだ。
ネームレスからの寵愛を下げ渡される緊張をほどくためそんな事を考え思っていたエレナは、夜食を済ませ寝室に入っていたネームレスに気付かなかった。
入浴と夜食を済ませ、寝室に入ったネームレスもまた無反応なエレナに待たせ過ぎて眠ってしまったか、と物音をたてない様にベッドに近付く。普段の彼女ならば自分が部屋に入る前にドアを開け、時機を窺い言葉をかけてくると予想していた為に。
「……エレナ?」
ネームレスは寝ているなら起こしたら悪いな、と小声で呼び掛けたのだが無論寝てなどいなかったエレナは慌てて
「おまちゅしちぇまちゅたっ」
返事をして舌を噛み涙目で口元を両手で隠す。
「大丈夫か? 後、待たせて悪かった」
「はい、大丈夫です。あ、い、いえ、悪い事などありません。私こそ出迎えもせずに申し訳なく」
ベッドで上体を起こし羞恥で顔を真っ赤に染めるエレナの肩に手を置くと彼女もその手に己の手を重ねる。
「構わん気にするな。言い付け通りに暖めていたのだろう」
「……はい、ネームレス様」
「なら、良い」
エレナの隣に潜り込むと彼女の腰に腕をまわし抱き寄せるネームレスに緊張の余り固まるエレナ。初な処女ではあるまいに、と思ったがそう言えば初な処女だったなと考えを改めたネームレスはエレナの緊張が解けるまで抱き締めながら背中を撫でる。
エレナから香る匂いを嗅いでは褒め、ネームレスの胸板に押し潰されている彼女の自己主張が激しい豊満な乳房を楽しむ。
エレナの身体から固さが抜けたら額、瞼、頬……と接吻の雨を降らせながら「綺麗だ」「可愛いぞ」と囁き、ネグリジェを脱がすネームレス。エレナはキスと囁かれる睦言に今度は骨がなくなったかの様に力が抜けてしまいネームレスの良い様に脱がされてしまい、彼の手でベッドから追放されてしまうネグリジェ。
幸せすぎて脳が溶けてしまったかの様に考えがまとまらず、ネームレスに床上で奉仕する為に覚えた様々な技巧を披露出来ずに彼の唇と舌と指と手に翻弄されまくり意識を真っ白な空間から戻せなくなってしまったエレナだった。
ネームレスは自分がエレナを、女を好き勝手に弄べる快楽に酔いしれ手加減を違えてしまう。性交の為に存在する様なサキュバスと自慰の経験すらない超初心者への対応を誤ったとも、無抵抗な獲物への一方的な攻撃に溜まりに溜まったストレスから抑制が不可能になったとも言える。
エレナの――彼女の尊厳を厳守する為に詳しい描写は省く――状態にネームレスが冷や水を浴びせられた様に正常な判断力を取り戻し行為を緊急中断。泡を吹いて――詳しい描写は禁じる――前後不覚に陥ったエレナの身体を清め、ぐちゃぐちゃに汚したシーツ類も交換した後。
流石に終わってないからと再びエレナに負担をかけるのも、ヴォラーレの元に行くのも不味いだろうな。とバスで己の手で処理したネームレスだった。