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ダンジョン作成記  作者: MS
第二章
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二章第二十八話

 隊商襲撃の為に地下迷宮から出立し、以前の襲撃時に築いていた第一簡易拠点で一夜を過ごしたネームレス率いる襲撃隊。

 起床後に襲撃に響かない程度の鍛練を済ませ、朝食を摂りながらの打ち合わせだ。ネームレスの傍らに骸骨兵長イースが睨みを利かせ立ち控えている。

 小鬼ゴブリン族長フジャンはゴブリン集団の先頭に女の子座りで、その背後で他のゴブリン達は二列になり体育座りでネームレスに注目しているという異様な光景が展開していた。

 枝悪魔インプ長デンスはネームレスの傍ら、イースの反対側に控えている。他のインプは傭兵団の監視役に二体、フルゥスターリ方面から他の隊商や旅人が来ないかと偵察に二体と赴いているので不在だ。

 イース以外の骸骨兵は念の為に周囲を警備している。


「まずは足である馬を、馬車を潰す」


 ネームレスの話を真剣に聞き入る魔物達、しばらく間を置き質問や意見が出ないかと確認する。説明前に忌憚なき意見を求める旨は伝えていた。インプが集めた情報を元に考えた襲撃計画を練ったネームレスも質疑応答にて計画に不備がないか、もっと良い案はないかと討議する。

 と言っても最高権力者たるネームレスが練り上げた計画に口をはさみ、不興を買う事を恐れたフジャンは沈黙。結果、ネームレス、デンス、ランの三者を中心とした会議に。

 骸骨兵長イースは意見を求められれば答えるものの自主的な発言はない。これはイースが軍人的な思考を持っている為で、ネームレスの命令を遵守する事に主眼を置いているからだ。

 そんなイースが教導という名の調教をしたために、ゴブリンは立派な兵士に育てられつつある。魔法使い型で訓練に手加減を命じられていたフジャンと任務で外出の多いランを除いて。




 襲撃準備を整え待ち構えるネームレス達がいる地理を簡単に説明すると、北側がヌイ帝国方面、東側に森が広がり地下迷宮へ、南側はフルゥスターリ王国方面、西側は草の短い平原で見晴らしが良い。

 交易路は北から南にほぼ真っ直ぐ通っているが石畳が敷き詰められた整備された道ではなく、幾多の人々に馬や馬車にて踏み固められた大地そのもの。

 交易路と森の間隔は平均五十メートルと魔物や盗賊、獣等が森から襲いかかって来て逃走するにしても迎撃するにしても十分に時間が稼げる距離だ。

 だがネームレスが襲撃地にと選んだ場所は、交易路と森の間隔が僅か十メートルもない。そんな距離しかない地点が約三十メートル程続き、視界を遮り姿を隠す木々もそこそこにはえている。

 これが光神の巡り(春)や戦神の巡り(夏)なら茂みや草花でますます潜み易い場所だろう。無論、襲撃隊が茶色や黒色に染められたローブで迷彩を施し潜んでいる事も発見を難しくしている。

 ヌイ帝国側からは発見し難いが、もしフルゥスターリ王国側から来たのなら丸わかりだろう。だが、インプの偵察で誰も来ない事を確認済み故の配置だ。

 三台並んで進む二頭立ての幌馬車、先頭を進む馬車の天井から時機を窺うデンス。全長三十センチ前後の体躯、改造カスタムにて付与され今日まで磨き抜いた技能隠匿や忍び等を駆使して潜り込んだ。

 デンス以外のインプも後方の馬車に、二体ずつ潜り込んでいる。一体でも発見されれば不意討ちの機会を逃し、潜入したインプも危険に晒される。当初の計画では骸骨弓兵の機械式弓クロスボウで馬を射殺して止める予定だった。

 だが討論で問題点が浮上しデンスが志願して馬車を行動不能にするために危険を犯し潜伏中なのだ。ネームレス自身も狙撃だけでは取り逃がす――一台は走行不能に出来るだろうが、他の二台が迎撃に残るか逃走するか読みきれず――他の策も用意していた。

 その一つがデンスが進めているインプによる破壊工作だった。危険が大きい為にお蔵入りしようとしていた策だが、不可能ではない、とデンスがネームレスを説得して実行に移されている。

 襲撃計画の第一段階である足止めは、インプの破壊工作、骸骨弓兵の射撃、骸骨兵とゴブリンによる槍投射、ネームレスの魔法、と四段構え。

 デンス達が失敗した時の為に狙撃は準備されており、後詰めに骸骨兵とゴブリンが訓練中に破損して耐久力に難が出たスピアを投射する手筈となっている。それでも馬車を行動不能に出来なかった場合、ネームレスが魔法を行使する。

 骸骨兵は微動もせずに傭兵団を待ち構え、ゴブリン達は姿勢を低くして待機している。古参組のゴブリンは余裕を感じさせる適度な緊張感を漂わせながらリラックスしており、初陣であるゴブリン達もそんな先達に影響され良い感じに力が抜けていた。

 フジャンだけは目に見えて怯え小声で必死に精霊に祈りを捧げているが。


「い、偉大なる精霊よ。世界のことわりよ。忠実なる僕なる私を助けてください。死にたくないれすぅ痛いのも嫌ですぅ……」


 深く被ったフードで表情かおは見えないが、声色だけでどの様な表情か想像でき、下手をしなくても士気を下げる事おびただしいが、そんな性質に創作したのがネームレスである以上、誰も皆見て見ぬ振りをしている。

 そんなフジャンの存在で士気が下がったり動揺が広がらないのもネームレスが微塵も動揺を表に出さずに悠然と構えているからだ。このネームレスの姿勢がなければフジャンの泣き声での命乞いで悪影響、最悪逃亡するゴブリンも出たかも知れない。

 ネームレスも内面ではフジャンに負けず劣らず、勝てるかどうかと悩み、死者が出るかどうかと苦しみ、等と右往左往しているが普段通りに外面には出さず。

 視界に目標の馬車が見えだすと古参のゴブリン達も緊張に包まれる。


「襲撃用意」


 ネームレスの小声の掛け声に骸骨弓兵はクロスボウを構え、骸骨兵やゴブリンは投擲用のスピアを手にする。そして馬車に潜り込み、時機を窺っていたインプ達も行動に移るのだった。




 何の警戒もなく馬車を護衛――正確には馬の負担軽減の為――に歩く傭兵の足に合わせて進めていた御者の傭兵団長は、馬と馬車を繋ぐ革紐の片一方が不意に切れた時

(ちっ、あの馬鹿が。きちんと確認しろと言ったろうが)

 そんな風に馬車を点検させた青年を内心で罵り、馬を止めるべく手綱を操ろうとして馬の臀部に取り付いていたインプと目が合う。

 余りにも予想外と言うか想像外の事態に頭の中が真っ白になってしまい、インプの邪悪な笑みに警告を発するより早く馬に爪と牙をたてられてしまう。

 唐突に襲い掛かってきた激痛に馬が暴走、人間の足に合わせてゆっくりと進んでいた馬車、しかも馬と馬車を繋いでいた革紐が片側切れた事態での暴走による急激な衝撃は馬車も馬も横倒しになる。


「どうした!?」「何があった?」


 先頭の馬車の横転に護衛に歩いていた傭兵や後続の馬車に乗る人間が救助に動くよりも、中央の馬車に潜んでいたインプが馬の臀部へ攻撃を加えるのと御者の顔に張り付く方が速く。中央の馬車の革紐は切れていない為に横転はなかったが、やはり痛みで暴走し御者の顔にインプが張り付いて制御不能に陥れたので横転した馬車に激しい勢いで衝突!

 その直前に中央の馬車に潜み馬を暴走させ御者を妨害していたインプは空へと逃げ出し、最後尾の馬車に潜んでいたインプ達も同じ行動に移る。


「飛び降りろ!」


 最後尾の馬車の御者は顔に取り付かれ混乱するも荷台に乗る者に警告を発する事に成功する。その声に三人程が何とか馬車から飛び降りたが、この馬車もまた前の馬車に突っ込んで衝突してしまう。

 痛みで前後不覚に陥っていた馬も馬車も衝突の衝撃で足が折れたり、車輪が外れたりと行動不能に。荷台に乗っていた人間も荷崩れに巻き込まれたりして骨を折ったりと負傷し血を流す。


「て、敵襲!? ぐぅわっ!」


 あまりにも唐突で急変した事態に茫然自失となっていた護衛に止めとばかりに矢が襲い掛かり、森からローブにフード姿で正体を隠した骸骨兵とゴブリンが飛び出す。

 傭兵団の団長は御者台から投げ出され地面に叩きつけられた時に肋骨を何本かやられ、次席である副団長は中央の馬車の荷台で荷物や他の人間の下敷きに。

 護衛という名目での荷物軽減に歩かされていた傭兵はしたっぱばかりで指揮をとれる程の経験はなく、またこの危機を乗り越えられるだけの才覚もなかった。

 馬車の横転や衝突で傭兵団の戦闘員や指揮官の大半が行動不能に陥り、襲撃側は装備も人員も士気も十分。ネームレス率いる襲撃隊が負ける要素など何一つなかった。




 先頭の馬車が横転、その馬車に後続が次々と衝突するのを確かめてネームレスは指示を出す。


「接近戦用意」


 打ち合わせ通りに骸骨弓兵以外の魔物が投擲用のスピアから、接近戦用のスピアと盾を装備する。


「弓兵、射て!」


 横転した馬車や衝突した馬車に注目して森に背中を向けていた護衛にクロスボウの矢が放たれる。五名いた護衛それぞれに飛来した矢は三名の頭部に命中、二名は外れて飛び去る。


「突撃!」


 矢の命中の確認もせずに矢継ぎ早に指示を出すネームレス。骸骨弓兵はクロスボウを後方に投げ置くと弓矢の装備を急ぐ。


「敵襲!? 盗賊かっ!」


 ゴブリンに襲い掛かられて襲撃に気付いた護衛が警告を発する。だが目の前で続けざまに急変する事態に呆けていた護衛は、スピアを両手でしっかりと構え全力で疾走するゴブリンに仲間へと警告を発するのが精一杯だった。

 体重と加速を上乗せし、体ごと護衛にぶち当たった。防御を考えぬ必殺の突進攻撃チャージアタックは護衛の獲物である剣を抜く暇も与えず。硬化革鎧の守りもものともせずに貫き腹から背へと槍を貫通させる。


「い、嫌だ、し、死に、死にたくねぇよ、ごぅふっ」


 戦場から生きて帰れたんだ、もうすぐ、すぐそこに家族が待ってるんだ……

 もうすぐ娘が嫁に行くのだ、待っているから必ず帰って来てと……

 護衛を蹴り引き抜かれる槍、激しい出血に内圧で飛び出る内臓。地面に蹴り倒され手を血塗れにしながら必死で内臓を身体のなかへと戻そうとする護衛に限り無く平等で無慈悲な夜神の使いが訪れるのだった。


 イース率いる骸骨兵六体は反対側で護衛についていた傭兵達に襲い掛かり、矢から生き延びた森側の護衛を始末したゴブリン九体は馬車から飛び降り戦闘能力を保持した傭兵に向かう。

 フジャンとランは二人力を合わせてクロスボウに矢を充填していた。その頃にはインプ達もネームレスの元に集い二キロはある石を手に援護に再び飛び立つ。

 慌てて飛び降りたので武装もままならない傭兵を始末したゴブリン達も骸骨兵に合流、この時点でイース達はすでに四人葬っていた。

 怒涛の展開と満足な反撃も出来ずに散る傭兵達に突撃を指示した後ネームレスは

(おかしい、こんなにうまくいくはずがない。)

 とあまりにも計画以上に、襲撃側である此方側に都合が良すぎる展開に疑心暗鬼に駆られていた。魔物の死損すら覚悟と計算に入れていた計画が、蓋を開けてみれば損失なしの完全勝利に終わろうとしている。

 これは伏兵や待ち伏せ、不意討ちといった戦術の有効性の高さ故の結果であり、千や万単位の集団戦なら兎も角、二十や三十といった少数の集団戦ならば当然の結果と言える。

 相手側の傭兵団の油断からくる不備や、馬車の横転、激突、不意討ちと短時間で怒涛に押し寄せた事態の急変で思考能力が混乱や麻痺した為に力を一割も発揮出来なかった事も大きい。

 どちらにせよ、軍事的知識が豊富なら疑い様もない結果なのだが、常に最悪の結果を予想して備えているネームレスには疑いを捨て切れなかった。

 内面で悩みに悩んでいるネームレスを置き去りに、イースの指揮で動ける人間を全て葬った骸骨兵とゴブリンは馬車内で気絶したり、虫の息だった馬や人間に止めを刺し、死体から物資を剥ぎ取り馬車内からも次々と運び出す。

 この時点でネームレスの護衛を兼ねた援護部隊だった骸骨弓兵とフジャンとランは馬車の解体や物資運搬に加勢、ネームレスも内心の疑問等を心の棚に仕舞い込み遺体を魔法で埋葬(証拠隠滅)するのだった。

 遺体が装備していて破損が激しい防具や必要最低限の服以外の物資、水以外の食料品を第二簡易拠点まで運ぶ。

 襲撃事態より運搬の方に時間と手間を取られたり、必死に頭を使い考えに考えた策の九割近くが無駄になったりしたネームレス一行。疲労がない骸骨兵は第一簡易拠点への運搬を継続しているが、ネームレスとゴブリンは食事を摂りながら休息していた。

 ゴブリン族長のフジャンはネームレスの様子を伺いながら悩んでいる。襲撃前に晒してしまった醜態についてだ。

 フジャンは口に出していた自覚はなく、内心で祈っていた積もりだった。だが荷物運搬中にランから指摘され青ざめた。不味い、非常に不味いと。

 地位は惜しくはないが、降格ではすまなく処分されてしまうかも知れない。ゴブリン的な常識ならばまず間違いなく処分だ。

 襲撃も大した活躍はなく、戦闘終了後に軽い怪我の治療と荷物の運搬ぐらいしか働いていない。考えれば考える程悪い結果しか思い浮かばず、自分で自分を追い詰めていた。ここら辺は創造主であるネームレスと良く似ている。

 考えすぎで極限の緊張状態になった(テンパった)フジャンは唐突に浮かんだ思い付き(アイデア)に飛び付いてしまう。


「さ、流石はネームレス様です! 見事な作戦で損害もなく完全勝利を導かれるなんて!」


 ネームレスが問題があると判断していたらフジャンが独り言を呟いていた時に注意なりと釘を刺されていただろうという事に考えが至らず。

 フジャンの経験不足もあるが唐突過ぎる称賛は逆効果になる、見え透いた世辞等は悪印象をうむ事を理解してなかった。


「私信じてました! ネームレス様ならやってくださるって!」


 その場に居たゴブリンとネームレスは内心で一斉に思った、嘘つけ、と。

 アワアワしながら必死にネームレスを持ち上げるフジャンに気が抜けた声色で「そうか」とだけ答えたネームレス。頭を抱えるラン。口を大きく開けて呆然とするゴブリン。


「ネームレス様、抱いてください! きっと優秀なゴブリンをうみます!」


 フードで顔が見えないが、見えてたらおそらく目が逝ってるんだろうなと思うネームレスだった。

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