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ダンジョン作成記  作者: MS
第二章
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二章第二十四話

 暗闇の中硫黄の匂いが漂い、天井から滴り落ちる水滴の音が響く。

 地下迷宮ダンジョン小鬼ゴブリン居住区にある入浴部屋。

 暗黒に包まれたこの部屋を小柄な人影が独り、湯に浸かり思案に暮れていた。

 ネームレスが創作した最古のゴブリン、森林遊撃兵レンジャーランである。

 地下迷宮周辺の地理の把握、地図作成等を枝悪魔インプ共々に命じられた彼女は三日に一度、報告の為に帰還。

 地下迷宮主人ネームレスと骸骨兵長イースに小鬼族長フジャンを交えた場で報告、次の指令を下されて出発前の休養中だ。

 入浴で疲れを癒しながらランが思い悩んでいるのは、己を含むゴブリンの行く末。

 今現在は良い、地下迷宮から外に動かせる戦力は骸骨兵とゴブリンだけだ。

 だがこれから先はどうだろうか?

 偉大なる創造主であり、敬意を抱き忠誠を捧げるに値する主君たるネームレス。

 勝利を重ね、牙城たる迷宮を大きく育て、自分達ゴブリンよりも強力な魔物を創作されるだろう。

 いや、今でも水精霊ウンディーネや動く石像ガーゴイル、骸骨兵と比べるなら、単純な戦闘能力では足元にも及ばない。

 骸骨兵長イースの指導にて修練を積み、戦技を磨き、知恵を絞り戦術を練り強さの底上げを計っているが。

 迷宮外での襲撃で手柄をたてるだけでは足りない。

 ゴブリン一族の繁栄、それは地下迷宮の栄華と表裏一体。

 身体を張り血を流してゴブリンの有用性を示さなければ。

 そう決意を固めるランは、土色の肌に額から二本の角を生やし口には鋭い牙。

 血の色をした瞳に鬼の名を冠するに相応しい凶悪な顔立ちをした、正しくゴブリンという魔物らしい姿をしている。

 湯から上がり、水分を振り払い手拭いで拭うと手早く装備を身に纏う。

 指令を果たす為に外に出ようとインプを呼びに奥へ進もうとするランに


「えっと、あの、お疲れ様です」


 同種族だが色素欠乏アルビノで白すぎる肌と銀髪、額に生える二本の角と唇にかかる牙がなければ人間族ヒューマンに近い儚い美少女然とした美貌。

 ゴブリンの族長に任じられているフジャンが恐る恐る話し掛けた。


「フジャン姉さん、どうかなさったので?」


 創作された時期を考えるとランがフジャンを姉と呼ぶのは可笑しいと感じるだろう。

 だがゴブリンは年功序列の考えは薄く、弱肉強食の序列に従い上位者を姉、兄と呼称する。

 最上位者は親と呼ばれるので、ネームレスはゴブリン達から親分と称されるのだ。

 族長への敬意を表す為言葉使いに気を付け、臆病なフジャンを気遣い、凶悪な外見からは想像出来ない優しく穏やかな声で尋ねる。

 その声色に安心した様に、だかランの顔色を伺いながら


「今からでも遅くないので、ランさん、族長を交代しましょう」


 ランが驚きのあまり目をまるくする発言をしたフジャン。


「姉さん、ご存じの通り私は外に行くのが多いので族長としての責務がはたせません」


 そんな驚きを抑え、やんわりと断るラン。

 本来ならば最古のゴブリンであり、戦闘能力、決断力、ネームレスからの信用。

 その他諸々からランこそが族長の地位に相応しいと口には出さないが、そう考えているゴブリンは多い。

 族長であるフジャン自身、自分よりもランこそが長たる地位に値すると考えていた。


「あの、それならば外出中は族長代理をヤンさんかマリさんに」

「親分の決めた事ですよ?」

「ぁぅ」


 それに族長の責務と言えば農場部屋に赴き、ゴブリン用の食事を貰い配分する事と消費した武具を陳情するぐらいだ。


「皆には言って聞かせます、助力も惜しみません。親分の考えもあります。頑張ってみませんか?」

「……はい、頑張ってみます」


 フジャンのその言葉に優しく微笑むラン。

 同族でなければ獲物に牙を突き立てる直前の肉食獣にしか見えないが。


※ ※ ※ ※ ※


 交易路の見張り役に命じられたインプ達は朝日が昇ると同時に地下迷宮から飛び立つ。

 襲撃予定地点に近い宿泊可能な休憩施設の石小屋を監視。ヌイ帝国方面の小屋は前回の襲撃現場だ。

 ネームレスが提示した条件は護衛数が二十から三十の規模、それだけだがこれが中々やって来ない。

 そもそも冬が間近な為、ヌイ帝国側からの食糧輸出も激減。フルゥスターリ側もこの時期、特産品である馬の輸出もほぼなくなってしまう。

 その為に交易路を使用する隊商も少ない。それでも小規模の、馬車一、二台で護衛も二、三人から六、七人の規模なら何度か見たのだが。

 日が沈み夜の帳が下りると迷宮に帰還し報告、その後は次の任務まで休憩となる。

 インプが帰還する時間帯は内政組はまだ仕事中なので、報告を受ける時に同席するのは骸骨兵長イースとフジャンのみ。

 報告を終えたインプが退室を許され、DMダンジョンマスター室から退出後


「ネームレス様、打って出られないのですか?」


 先程の報告でヌイ帝国方面から馬車一台に護衛が二人、商人が一人の小規模な隊商が休憩施設に入ったと聞いたフジャンからの発言だった。

 彼女が創作されてから九日目、今までも小規模な隊商の報告があった。

 だがネームレスの機嫌を損ねるのを恐れる余り、意見等した事がなかった。だがランとの約束を胸に族長に相応しくなるべく勇気を振り絞ったのだ。

 ネームレスが眉をひそめたり、不愉快を表したら五体投地、額が割れるまでの土下座、靴をなめる諸々で許しを乞う覚悟を決めて。

 ちなみにフジャンは当初、ネームレスを「御父様」と呼んだが即改めさせられた経験があり、そのやり取りも意見をのべたりしなかった要因の一つだったりする。


「どうしてだと思う? フジャン」


 いつにない積極的な姿勢に、ネームレスは慣れてきたのかと安堵に胸をおろす。

 その声色に不快感を与えなかったとほっとしつつ、頭を悩ませるフジャン。

 玉座に座るネームレスは優しく、その傍らに控えるイースは訓練中の息をするのも苦しむ程の威圧感を完璧に消して、何故かDM室に入ってから正座し続けるフジャンに視線をおくる。


「……費やす労力に対して、利益が薄いからですか?」

「それもある」

「ぁぅ、……ごめんなさい、わかりません」

「圧倒的過ぎるからだ」


 不思議そうに首を傾げるフジャンにネームレスは説明を続ける。


「襲撃を重ねれば帝国も王国も我らに気付くだろう。勝てる戦いばかりしか経験してなければ弱点となりかねん」

「な、成る程。皆さんにそう説明しておきます。ありがとうございました」


 ネームレスの説明に納得したらしいフジャンは失礼を詫びて、イース共々訓練に戻るのだった。


 実際に国が相手となれば物量で押し潰されるだろうし、それに対抗可能な程の力を蓄えるまで隊商襲撃が続けられるとも思っていないネームレス。

 地下迷宮を自然洞窟に偽装したり、通路を狭くする事で対集団戦に有利になる様に作っているのも、それを見越してだ。

 隊商襲撃の回数を重ねる度に地下迷宮を発見される可能性が高まるのが道理。

 前回の襲撃で六人の命を奪い、性根を据えたネームレス。命を奪われる怨みも、失った生命が作る涙や憎悪、怨恨を全て飲み込んで血塗られた修羅道を歩むと定めた彼に迷いはない。

 骸骨兵やゴブリンを失う結果になろうとも、互角か敵側がやや優勢の戦力比での戦闘を必要な経験と犠牲だと割り切っている。

 純粋にポイントを稼ぐだけなら、検証は必要だが隠形に優れたインプに隊商の食事や飲み水に毒を混入させるなり、毒を塗布した針を持たせて暗殺させた方が安全性は高いだろう。

 不死者アンデットの骸骨兵に必要かは疑問だが、死に物狂いで生きる為・守る為に向かってくる相手との戦闘、味方が殺された時や予想外の出来事時の動揺等、それらをゴブリンとダンジョンマスターである己も経験しなければならない。

 勝って当然の戦いを続ければ慢心を招くが、負ける可能性がある戦いを生き残れれば自信が身に付くはず。

 そして、その自信が危機的状況下での運命を分ける力になる。

 こんなネームレスの考えの元、襲撃隊商の護衛人数指定指示であり、少数の隊商を見逃す理由である。

 この計画の最大の胆は、ネームレスが指揮をしっかりと執り戦場で勝利する事だ、理想は犠牲を出さずに。

 敵と互角か劣勢の状況下で勝利を掴む事によりネームレスの将器を証明し魔物の信用を得る。同時に魔物達にも厳しい戦いを潜り抜けたとの自信を持たせる。

 魔物達の信用を得て、自信を植え付ける事にも成功しているのなら、地下迷宮防衛戦で多数の敵に攻め込まれても士気を維持出来るはずだ。

 殺せば殺すだけPを稼げ、魔物創作にて戦力補充が容易い地下迷宮側。戦力化に一定の期間が必要な人間国家側。

 初期戦力差が圧倒的なので楽観視は到底出来ないが、ネームレスと地下迷宮勢が生き残るには、彼の頭ではこのぐらいの策しか浮かばなかった。

 襲撃側という主導権イニシアチブを握っている間に魔物達からの信用を得ておきたいのがネームレスの正直な気持ちだ。

 死なない事、生存を最優先としているネームレス故に、反逆した中鬼ホブゴブリンを始末した切り札を所持してなければ勝てる戦いしか選ばなかっただろうが。


※ ※ ※ ※ ※


 女淫魔サキュバスヴォラーレはネームレスへの報告会を終わらせ、農場部屋奥にある入浴部屋で身を清めると寝床として与えられている農家部屋へと戻っていた。

 内政の報告はネームレスが使う食堂にて行われている。基本的にエレナが報告しネームレスが確認等をネブラやヴォラーレに問う形だ。

 農家部屋は農場部屋と同じく生産施設に分類され、ここでも作物の生産が可能。

 部屋には物置小屋に井戸、住居用の小屋があり、小屋内に六畳程の部屋が二部屋、台所に居間にトイレがある。

 農地はサッカー場が十は余裕で入る程の広さがあり、農場部屋の農地はこの面積の五倍前後もある。

 農場部屋に人手を集中させている為に、農家部屋の農地は手付かずのまま放置されていた。


「私ってそんなに魅力がないかしら?」


 妖艶な美貌と男の劣情を掻き立てる見事な肢体を持つヴォラーレは、同性が聞いていたら血涙を流し憤怒の余り襲い掛かるか呪詛を吐きそうな台詞を呟く。

 地下迷宮のあるじネームレスにより創作されてから、淫魔の本領たる床に呼ばれたのは創作初日の一夜のみ。

 それから十日以上過ぎても、寝室に呼び出されず、この部屋に足を運ぶ事もない為に淫魔のプライドが揺らいでいる。

 これでヴォラーレ以外に多数妾が存在するならば悩みも弱気にもならない。

 むしろ寵愛の独占に燃え他の妾を出し抜き蹴倒す。

 ネームレスが何時来ても良い様に用意したタブルベッドに腰かけ、何が悪いかと考えるヴォラーレ。

 創作初日から抱かれたので好き者かと思っていたが肌を重ねればそういう性質でなく。

 捕虜の世話役として日中は農場部屋で過ごさねばならないので、ネームレスと顔を会わせるのは報告会の時だけ。

 エレナに気付かれない様に流し目や口を薄く開け、舌で唇を舐める、そんな仕草でネームレスを誘っているが流されている。

 本来なら逆夜這いも辞さないのだが、第六感が二重に命の危険を訴えるので行動に移れず。

 やはり初回だからと様子見して本気を出さなかったのが失敗だったかと溜め息を吐く。

 でもあの時はお互いに様子見、手探りの状況で淫魔の本気を出したら処分されていた可能性が高かった。

 ヴォラーレの計画上、ネームレスには淫欲を発揮して貰いたい。この地下迷宮内ならば彼は絶対者、神なのだから傲岸不遜になっても良さそうなのに。

 致し方なし、気は進まないが座して待ってても状況は良くなりはしまい。

 足早に部屋から出ていくヴォラーレだった。


※ ※ ※ ※ ※


 インプ達の寝床であり待機場所は農場部屋の詰所だ。

 捕虜が農場部屋に来てから暫く骸骨兵が最低二体、歩哨として待機していたが動く石像ガーゴイルが設置されてからは、姿を消していた。

 もっともこのガーゴイル、張り子の虎に等しいが。人間族ヒューマンとゴブリンの見分けも出来ない為に、試行錯誤の上何とかエレナの命令に従うように設定。

 下手な命令も出来ないので待機、動くな、何もするな、と命令されている。

 捕虜達が大人しいのに加え、エレナが命令権を握っている。遠征時は捕虜の監視と交代、緊急時の伝令にインプを二体地下迷宮に残して出る。

 水精霊ウンディーネミールも居るので大丈夫だろう、とネームレスの判断により詰所にはガーゴイルとインプしか居ない。


「で、わしの所へ来た、と?」

「そうよ」


 捕虜とゴブリンの監視員以外のインプ五体、デンスの元にヴォラーレは顔を見せていた。

 ちなみにデンス以外のインプは女性体で監視対象の多くが少女や幼女、雌である事に配慮してある。配慮するなら最初から監視するな、との話が出てきそうだが。


「ネームレス様にお前を寝所に呼ぶように進言しろとでも? 淫魔?」


 する訳がなかろう、と顔に書いてあるデンス


「ちょっと違うわね」


 話の流れからしてそう予想したデンスが意外だと興味をひかれる。


「ふむ?」

「エレナ様を呼ぶように進言して貰いたいのよ」


 ネームレスや捕虜の前では絶対に見せない、艶やかだが危険で破滅を思い浮かばせる表情でヴォラーレはそう告げたのだった。


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