二章第十九話
ネームレスがダンジョンマスターを務める地下迷宮に、骸骨兵長イース率いる輸送隊が帰還したのは捕虜が朝食を食べている時間帯だった。
そのイースが荷物運搬の為、迷宮に足を入れた瞬間、執務室に居たネームレスの頭の中に機械的な声が響く。
《ランクアップ可能なモンスターが発生しました》
施設維持、魔具稼働用の魔力を補充していたネームレスは、唐突に響いた声に驚き一瞬固まるが素早く補充作業を中断。
幾つかの可能性を考えながら空中ディスプレイの画面を次々と切り替え、更新や追加情報の有無を確かめるも確認出来ず。
説明書やカスタム本を調べるか地下迷宮の各部署を確かめるか、と彼が悩んでいると応接室に続くドアからノック音が三回
「親分、よろしいですか?」
続けて輸送隊へ応援に向かわせた子鬼のランから伺いの声が聞こえる。
ランの存在から輸送隊が戻ったか、と判断を下したネームレスは入室の許可を与え、予想通りに帰還報告を、それと物資をどうするのかと指示を請われた。
階級進化を調べるよりも、輸送隊に労いの言葉をかけ指示を出す事を優先するべき。
そう結論付けたネームレスはランを従えイース達の元へと向かうのだった。
イースが率いる輸送隊は第二簡易拠点から第一簡易拠点へ。
第一簡易拠点から地下迷宮との間に物資集積地を作り、馬やゴブリンを潰さない範囲で往復しながら物資を移送。
そうしながら地下迷宮に帰還、主であるネームレスに報告を済ませたのなら集積地へ再び物資を取りに出発する予定だ。
その為に馬は地下迷宮外に繋ぎ荷物をおろす。
ランだけ伝令にネームレスの元へ走らせ、残りの人員で取り敢えずゴブリンの居住区がある中部屋へと物資を荷物リレーで運び入れる。
そんな作業中にランを従えたネームレスが姿を見せた。
「よく戻った、ご苦労」
「勿体ナイオ言葉」
一斉に膝を付き頭を下げる骸骨兵とゴブリン。
忠誠心に変化はないか、内心の安堵を表に出さずネームレスは報告を受け指示を出す。
物資運搬終了まで何度か往復の必要があるとの報告に、骸骨兵九体にゴブリン四体、馬十一頭であたるように。物資は食料品は新たに創作した噴水部屋まで運び、残りは迷宮出入り口に置くようにと指示を出す。
その後は荷物リレーに参加、物資回収に向かうイース達を見送るネームレス。
そして食料品以外を仮想資金化後、魔力補充の再開と階級進化を調べる為に執務室へと戻るのだった。
噴水部屋の創作に30P、乳牛と豚の創作に25P。残り使用可能Pは729.5P。
改めて創作にて消費したPと、使用可能Pを計算したネームレスはP使用の優先順位に頭を捻っている。
執務室に戻った彼はまず魔力補充を再開、その後に階級進化が何でどのような効果なのかを調べた。
残念ながら欲しい情報は入手出来ず、イースの任務終了も間近なので残り使用可能Pの確認とP使用優先順位付けに取り組む。
ネブラに命じた現人員で育成可能な家畜数の割り出しの報告待ちだが、家畜創作用に100Pは確保。緊急時用にも100Pは残すとして、残り529.5P。
自己改造は次回襲撃成功後として魔物創作を考える。
デンスを見る限り、枝悪魔の偵察特化改造型は有用。なのでインプを四体創作する、これに120P必要。
オクルス反逆がなければ――食料の余剰率次第で――主力候補だった中鬼が使えないのが痛い。
オクルスに抉られた肩をなで、息を吐くと頭を振り気持ちを切り替え思考を再開するネームレス。
地下迷宮の発見を遅らせる為に、死霊魔術師が魔物を操り交易商を襲撃している。
との偽装を基本方針として襲撃隊を編成しているので、妖魔系鬼種でアンデット以外の襲撃隊魔物を統一したかったのだが。
インプならば死霊魔術師の使い魔と誤魔化せるので問題ない、と思う。
全滅させて情報を漏らさない事を最優先するが、予想外の事態や襲撃した先の護衛に蹴散らされ、逃走する事も視野に入れて考えた方が良いだろう。
さて、以上の条件を考慮するとどの魔物を創作するのがいいだろうか。
こんな思惑を元にネームレスは説明書とカスタム本の創作魔物一覧表を確認するのだった。
略奪品の全てを地下迷宮に運び入れ終わったのは、捕虜が昼食を終えそろそろ農作業を再開しようとしていた時だ。
食料品と硬貨以外は迷宮出入り口で仮想資金化。食料品は農場部屋に骸骨兵とゴブリンが運び入れる。
ネームレスも手伝う事を考えたが、エレナやヴォラーレから
「ネームレス様の権威を傷つけますので、せめて捕虜の前では……」
諫められていたので執務室に硬貨を運び、創作予定の最終確認を。
運搬を終えた報告を受けた後、ゴブリン達に入浴し休むように命じ、農場部屋詰め所に待機する二体を除いた九体を引き連れDM室へ。
ネームレスは宝石椅子に座り左に四体、右に四体と完全武装で立つ骸骨兵、彼の前で片膝を付く骸骨兵長イースを満足げに見回すと話しかける。
「イース、階級進化が何を指すかわかるか?」
「ハイ、魔物ノ存在ヲ強化スル事ダッタカト」
階級進化の言葉から受けた印象通りらしい、イースも詳しい知識はなく様々な疑問が残ったが。
「階級進化を望むか?」
「オ許シ頂ケルナラバ」
ネームレスがDM室の椅子に座った時に、階級進化が可能な魔物がイースである事が機械的な声で告げられていた。
オクルス反逆の考察と反省から階級進化での強化前に戦力を十分に用意。
もっともイースが反逆した場合、骸骨兵全てが襲いかかってくる可能性も大きいが。
だがイースですら裏切るのならば、地下迷宮の主役は自分には不可能だ。
今までの態度や行動、決断が主として相応しいならば忠誠は変わらないだろう。
だがそれらが相応しくないと判断されたならば牙を剥かれても仕方ない。
裁判官に判決を言い渡される被告人はこんな気分なのだろうか、そんな疑問を抱きながらイースの階級進化を発動させるネームレス。
《指定モンスターのランクアップを実行。再カスタム可能となりました、カスタムしますか?》
片膝を付いた体制のまま変化のないイースを視界に捕らえながらカスタムを実行する。
階級進化での能力値の増加、付与した覚えのない技能、指導と統率が増えていたり熟練度が高くなっているのを確認。
再カスタムは弱点属性を打ち消し言語技能を付与。
この段階で階級進化の祝儀らしいポイントがなくなり――正確に述べれば使い切る為に言語技能を付与――カスタムを終了。
カスタムを終えるとイースの足元に魔法陣が三重に出現。
魔法陣が回転しながら浮かび上がり、頭部、胸部、膝部と分かれ召喚時のように閃光が発すると魔法陣は消え去る。
変わらずに片膝を付くイースの外見に変化は見られなかった、だがその身が発する存在感が素人同然のネームレスにも理解出来る程増していた。
「主ドノ、感謝致シマス。コノ栄誉ニ必ズヤ戦働キデ報イテ見セマショウゾ」
深く頭を下げるイースの態度に内心で安堵しながら
「期待している」
そのような事は当然だという態度を装ったネームレスだった。
大小様々な傷が刻まれた盾や革鎧、使い込まれているのが一目で解る腰に吊された剣。
何よりも身に纏う雰囲気が強者の貫禄を否応なく辺りに漂わせていた。
ただ立っているだけで歴史に名を残す武人や歴戦の将軍の風格を感じさせるハイスケルトン・イース。
演じてる自分にはない自然体でのその風格・貫禄に、感心しながらも学び盗む為に観察するネームレス。
同時に組んでいた創作予定を破棄、イース以外のDM室に詰めていた骸骨兵に訓練を命じ下がらせた。
イースも骸骨兵と共に一旦下がり、訓練内容を指導・監督して彼の元に戻る。
ネームレスが創作予定の再考に時間を必要とした為の処置であり、彼自身執務室に移っていた。
イースの存在感ならホブゴブリンを創作しても、反逆を抑え付ける事が可能かも知れないと感じた為だ。
だがそれだとイースが側に居ない時に襲いかかってくるだけか?
魔力を施設に補充しながら悩むネームレスだった。