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ダンジョン作成記  作者: MS
第二章
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二章第十八話

 ネームレスが習得した技能スキルに『ウウゥル大陸知識』と『フルゥスターリ王国知識』がある。

 ウウゥル大陸知識で得られる情報は大陸に存在する国家の政治体制、国家元首(皇帝・国王等)の名前、首都の位置、主要種族、言語、習慣だ。

 日本を例にすると、立憲君主制国家であり元首は天皇、首都は東京都、言語は事実上日本語。

 習慣ならば主食は米、家に上がる時は靴を脱ぐ等だろう。

 フルゥスターリ王国知識だと大陸知識の情報に加え、フルゥスターリ王国内の大都市の位置、王子や公爵に宗教指導者等の名前、政治・経済的な状況を知る事が出来る。 故にネームレスはフルゥスターリ王国の農民は一日二食だとは知り得たが、衣類や使用可能な農具類等の情報は入手していなかった。

 食堂に入ったネームレスは、死人のような顔色のヴォラーレを「休め」と下がらせる。

 静かに出て行く彼女を見送り、エレナが給仕を務める食事を終える。

 食後、背後から聞こえる食器を洗う音を耳に入れながら考え込むネームレス。

 鞭役の自分は捕虜である少女達との接触は控え、飴役のエレナやヴォラーレに信頼を集める。

 現地人からの情報収集は必要だが、元農民や元奴隷の知る情報等に重大な物はないだろう。

 それにこちらの世界の常識が欠けている自分だと、変な質問をして疑問に思われ侮られかねない。

 ヴォラーレが捕虜から信用を得たと判断出来た段階で、彼女に情報を収集させる。

 デンスに潜入能力の検定を兼ね、捕虜同士の会話を盗み聞かせるのも良いだろう。

 尋問の経験や知識がない自分だと、嘘を告げられても判断出来ないからな。

 それにエレナに創作での増員が、暫く無理な事を詫びないと……

 ネームレスが捕虜や増員への対応を内心で確認していると食堂に静寂が戻っていた。

 それから彼は頭の中で十秒数えて声を出す。


「エレナ」

「はい、お呼びでしょうか」


 返事と共にネームレスから三歩程離れた場所に姿を表し、軽く腰を落としスカートを持ち上げ頭を下げ跪礼するエレナ。

 誠意を伝えるには自分から近づくのが良いだろう、彼は椅子から立ち上がり彼女の側まで歩み寄る。

 本来ならエレナの肩に手を置いて話かける積もりだったのだが、衝動的に左手人差し指で彼女の顎を持ち上げるネームレス。

 烏の濡れ羽色を実現した髪を持ち、晴れ渡った空から切り抜いたような瞳。

 西洋人のような白い肌色と日本人のようなきめ細かい肌質。

 ヴォラーレを妖艶と表すならエレナは清楚。

 闇の中で穢れなく、誇り高く咲く白百合。

 ネームレスの理想を具現化された容姿、誠心誠意に仕えてくれる精神。

 彼により顔を上げられたエレナは、頬を染め潤んだ瞳で彼を見上げた後、そっとまぶたを下げ少しだけ首を傾けて唇を薄く開ける。

 この白百合を手折りたい、内界より染み出した欲望の赴くままにネームレスは可憐な唇に吸い寄せられ――


「先輩、浴槽とおトイレ掃除終わったよ」


 ――邪気の無いネブラの声で正気に戻る。

 危うく手を出す所だった、と彼は改めてエレナの肩を叩き


「仕事が増え大変だと思うが、人員増加はしばらく待て」


 伝えたかった事を告げると、ネブラにも労いの言葉をかけて食堂より出て行くネームレス。

 忠誠心の高いエレナなら夜伽等を命じれば、内心の嫌悪感を隠して叶えてくれるだろう。

 だがそれはセクハラであり、良好な関係を築けている間柄を壊しかねない。

 ネブラ良くやった助かったぞ、と内面で感謝をして執務室へ戻るネームレス。


 彼とエレナの『キスまで二秒前』を目撃していないネブラは、二人だけになった瞬間崩れ落ちたエレナに慌てて駆け寄る。


「せ、先輩!? 大丈夫?」

「……大丈夫よ、一歩前進したのだもの」


 全然大丈夫ではない声色で返事をするエレナだった。


 農場部屋に夜明けが訪れ、捕らわれの少女らも目覚めを迎える。

 まだ寝ている娘を起こしたり、手早く寝間着から作業着に着替えだす。

 寝間着のまま花摘みに出る娘もいたが、着替えた者から洗顔や歯磨きへ。

 着替えの必要がない犬人コボルトは洗顔等を終え、鶏小屋に向かい鶏や雛を小屋外の鶏用の放牧場に放つ。

 そのように段取りや仕事をしているとネブラとヴォラーレが姿をあらわし少女達と挨拶を交わす。

 彼女達の指示で、洗濯班・水撒き班・収穫班に分かれ仕事を開始する少女達。

 コボルトは家畜班として鶏と馬、それに昨夜創作された乳牛と豚の世話だ。

 ヴォラーレの指導で洗濯班は、井戸で様々な大きさの桶を使い分け洗濯開始。

 昨日身につけていた衣類を作業着と下着に分け、作業着は裸足で踏み洗う。

 下着は洗濯板を使用し手洗い、作業着も下着もネームレスが用意しておいた洗剤を使い汚れを落とす。

 洗剤と言えば調理に使うかまどの灰を利用していた少女達。

 汚れが簡単に落ち労力が軽減される洗剤に喜ぶ。

 地下迷宮に連れて来られるまで少女達が着ていた衣類や毛布等は、ネームレスの手で仮想資金化されていたりする。

 汚れを落とし、桶の水を何度か換えて洗剤を落とす。

 後は手で絞ると少女達の知らない素材ポリエチレンで作られた物干しロープに干せば終了。

 洗濯班の人員は指導者のヴォラーレを含め十二名と大所帯だったりする。

 農場部屋の作物は牧草以外は小川近くに耕されているために、水撒きは意外と楽な仕事に分類される。

 班中で一番年上のミラーシが如雨露じょうろに、小川から水を汲み入れ年下の娘に渡す。

 二人一組で如雨露を運んだら水撒き役が取り替え易い場所に置き、空の如雨露を持ってミラーシの元へ戻る係が二組。

 土の濡れ具合を見ながら水を撒く水撒き係が二人。

 誤って小川に落ちたりした時の為に、監視という名の救護役に水精霊ウンディーネミールも加えて総勢八名が水撒き班だ。

 ネブラ率いる収穫班は洗濯班にするにも水撒き班にするにも幼すぎる少女四人を加えた五名。

 昨日蒔いた種はまだ芽すら出ていなく、収穫量が少ない故の選抜だ。

 作物収穫用の籠を二人一組、四歳のインファと五歳のコラゥ、六歳同士のペーロラとアルコの二組の持つ籠に無理のない範囲で野菜を入れるネブラ。

 予想通りに収穫班が最初に終わり、次にコボルト達家畜班が。

 二班は洗濯班の応援に加わり、干し終わらせると仕事途中の水撒き班を呼んで朝食にするのだった。


 農場部屋での仕事は山積みだ。

 長期間に及ぶ仕事を上げれば、どう段取りすれば作業効率が良いか、作業員の負担が軽くなるかと試行錯誤段階の農作業分担。

 新たに育成可能となった作物、その成長日数や収穫量の情報収集。

 すぐに片付けなければいけない作業なら、牧草地拡大と家畜が牧草以外の作物を食べに行かない為の柵作り。

 麦畑で一列になって、手を繋ぎ麦を踏み歩く麦踏み。

 ハーブ園や新しい野菜用の畑作り。

 やるべき仕事は沢山あり休む暇もない。

 のだが、朝と昼の食事と食休みに一時間、十時と十五時付近に三十分の休憩を与える事を、ネームレスに命じられてる農作業責任者ネブラ。

 命令や指示がなくても、性質が優しいネブラなら、休憩に時間を多く割いていただろうが。

 夜明けから日が沈むまでの、約十時間労働が当然の少女やコボルト。

 例外(サービス残業等)が多いが、週休二日制の八時間労働が基本的なネームレス。

 週休二日制は優遇しすぎだと採用しなかったが、休憩時間の明確化。

 性質が優しすぎるネブラに権限を大きく委託したり、と捕虜の待遇が甘いネームレス。

 尤も通訳のヴォラーレがネブラを誘導、少女やコボルトを効率的に動かしていたが。

 女淫魔サキュバスからすれば、男性ならともかく、女性や去勢済みの雄コボルトに対する慈悲など演技分しかない。

 優しく親切なお姉さんを疑われない、ネブラに把握出来ない範囲で捕虜を酷使していた。

 それでも元農民の少女や奴隷コボルトには好待遇だったが。


 日も沈み、夕食の後片付け等も終え少女やコボルトが寝床小屋に戻る。

 見張りをミールに、と昨夜のようにネームレスへの報告等を終えると、農場部屋食堂でヴォラーレを講師にフルゥスターリ語の勉強会だ。

 生徒はエレナとネブラとミール。ミールは相変わらず聞くだけだが。

 初日であるので挨拶と『はい』『いいえ』ぐらいを習得したら終了。

 彼女達も仕事詰めで疲労が溜まっているのに加え、一遍には覚えきれない為に明日に響かない範囲で終わらせたのだった。


 日が沈んで少女やコボルトの大半が寝静まった捕虜収容小屋。

 二十六人で雑魚寝しても広さにはまだまだ余裕がある。

 そんな小屋内で比較的に仲が良い者同士が固まって寝ていた。


「……起きてる?」


 囁くようなミラーシの声に応える声も周りに気遣った声だった。


「どうしたの?」

「チュヴァ、どう思う?」

「どうって?」


 二人以外にも何人か聞き耳をたてている気配はあるが、会話に参加する気はなさそうだ。


「そうね。じゃ先ずはこの土地について」

「土質がとても良くて、実りが期待できそうよね」

「そっちじゃなくて、洞窟を抜けたらこんな場所に出た事」

「? たまたまそんな土地だっただけじゃ?」


 大多数の少女は己の身の心配で手一杯、疑問を持ったりする余裕さえなかった。

 農場部屋で過ごすのもまだ三日目で、作物の異常な速度での成長や収穫間隔も体験していない為に、チュヴァが感じた事ぐらいが共通認識と言える。

 ミラーシの話は基本的に疑問であり、 気分転換だ。

 働けども働けども食べる事すらままならない生活、遂には奴隷に売られた身。

 村で生活していた時には、お腹一杯に食べられれば死んでも良いとさえ思っていた。

 そんな生活からすれば三度の食事に、夕食は動けなくなるぐらいの量を与えられ、尚且つ食後に頬が落ちそうな甘味スィーツまで食べられる。

 今の扱いに不満がある訳ではない、寧ろこの状況が続くのを願っている。

 気が強く好奇心も旺盛なミラーシでも、恐怖と緊張でお喋りする余裕などなかった。

 だが今日までの少女達への扱いや対応で、殺される可能性が低いと判断。

 そうなると好奇心が疼き、自分が感じた事を喋りたくなったのだ。

 ミラーシのお喋りは多岐に渡り、出身村での生活などの話にも及び眠気を我慢出来る限界まで喋り寝てしまった。

 律儀に聞き手に徹していたチュヴァもすぐに寝息をたて寝入る。

 それから『小屋内に存在しながら誰にも感知されない』で二人の会話を聞いていたデンスも自身に仮眠を許すのだった。



 骸骨兵長イース率いる輸送隊は六体の骸骨兵、三体の小鬼ゴブリン、八頭の馬で編成されている。

 ネームレスと共に捕虜を地下迷宮まで連行したゴブリンのランが馬一頭連れて応援に合流。


「イース殿、親分が無理せず急げと」

「了解シタ、伝令ゴ苦労」


 ネームレス帰還より三日遅れて輸送隊は地下迷宮に到着するのだった。

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