二章第十話
光源が魔具のランタン一つだけの薄暗いダンジョンマスター室、地下迷宮の心臓である宝石を冠する椅子に主たる彼の姿はあった。その彼の前に新たに創作出された魔物が、胡座をかき両手を床につけ頭を下げている。
額から鋭い角をはやし、岩の如き体躯を持つ中鬼。子鬼の上位種で体格が一回りは大きく、比例して筋力や体力もゴブリンに勝る。知能や性質、生態はゴブリンとほぼ変わらず、創作消費ポイントは35ポイント。
顔付きは凶悪そのもの、強靭な意志を宿した赤眼がより迫力を醸し出していたが今は頭を下げているので隠されている。 当初は捕らえた奴隷用にホムンクルスを創る予定だったが、創作リストに何種類かの魔物が追加されていたので試しに創りだしたのだ。
「面を上げよ」
「はっ」
魔物共通語でなく、フルゥスターリ語での命令に同じ言葉で返事を返し背筋を伸ばすホブゴブリン。監視役兼言語系技能付与の試作として創作、失敗しても襲撃にまわせば良いとの判断で。
カスタム画面で確認していたが、迫力のある顔立ち。首も太く肩も盛り上がり胸板も厚い。肌色と顔を除けば、総合格闘家かプロレスラーかボディビルダーか、な肉体。 コンセプトを格闘家とし、技能も言語以外はそれらしい系統で固めたので問題はないのだが。見張りというか監視向きだけど、子供が泡を吹かないか心配になる。
時代劇で見た侍のような挨拶だが、一応こちらを上位としている様子。今までの経験で、創作されたばかりでの反逆等はないと思っていたのだが。考えを改める必要があるかも知れない。
彼が今現在、戦闘や忠義に全幅の信頼をおく骸骨兵長イースを側にせず召喚した理由の一つ。
以前は召喚時は裸体で出て来ていた魔物だが、新たに解放されたシステムで既に装備を整えた状態で呼び出す事が可能となった。その機能の確認も理由の一つである。
「控えよ」
「はっ」
他にも様々な理由はあるが、引き続き創作済み魔物召喚の為にホブゴブリン・ストライカーと称されそうなオクルスに命じ、壁際に控えたのを確認すると新たな魔物を呼び出す。顔を上げてから続く、オクルスから注がれる値踏みするような視線に注意を払いながら
「モンスター召喚」
魔物共通語の問いかけにも淀みなく返事を返したオクルス。その様子に言語技能付与は問題がない、と判断を下し待機させていた残りニ体も召喚する。
召喚魔法陣が床に浮かび上がり閃光を放つ。光が消え去ると片膝をつき、頭を垂れ恭順の意を示す魔物がニ体。
一体は立ち上がっても三十センチ程の体躯しかない、青い肌と蝙蝠の翼を持つ枝悪魔のデンス。悪魔種では最弱の魔物だが、飛行可能で魔法も使え知能も低くない。小柄な体躯は体力や耐久力を大幅に低下させるも、見つかり難く偵察にならば長所となる。
付与した技能も大陸共通語、フルゥスターリ語、ヌイ帝国共用語の三種。魔法関連の技能は削り、隠蔽や忍び、偽造を付与し戦闘力はホムンクルス以下だが発見・感知は至難のはず。
数字上ならそのはずなのだが、実際に試してみなければどうなるかは判断が出来ない。追加ポイントなしで出来る範囲内の対策は施したが。
デンスに対する思考を切り上げ――ここまででも召喚してからほんの一瞬だが――、もう一体に目を移す。
背中が大きく開いた侍女服から透き通るような白肌が覗く、だがそれ以上に存在を主張する漆黒の翼。インプとは似て非なる蝙蝠に似た翼だが、艶やかな印象を受ける。
「頭を上げよ」
「「はい」」
デンスの顔作りは醜悪というより、悪魔らしい凶悪な作りだ。耳がかなり大きく顔と変わらぬサイズ、髪や角はない。
一方の彼女はウェーブがかった黒髪を腰あたりまで流し、耳上付近より捻れた角が額向きに生えている。唇は化粧もしていないのに赤く、瞳は黒曜石の輝きをはなつ。
男女関係なく劣情を掻き立てられる妖艶な美貌と雰囲気を醸し出す女淫魔のヴォラーレだ。捕虜の奴隷と魔物の教育係に生み出された彼女も、戦闘能力は極限まで削られている。
「付いて来い」
農場部屋を目指し、三体に背を向け、ゆっくりと歩きだす彼。子鬼達の召還時同様、態と隙を作り出して反応を伺うためだ。
オクルスはその体躯から想像出来る重厚な足音で、デンスは翼で空中に浮かび、ヴォラーレは軽やかに創造主である彼の後に追随する。
背後から足音と羽音がついて来るのを確認し、足を動かしながら気取られぬように注意を払う。イース帰還を待たずの召還は失敗だったか、との懸念を胸に抱きながら。
半分は彼の予想外に、半分は思惑通りに、この振る舞いが悪魔種ニ体に反逆など問題にしない自信と余裕がある、と感じさせ畏怖と畏敬の念を植え付け。妖魔系鬼種ホブゴブリンには与し易い相手だと嘲笑を浮かべさせていたのだった。
魔物の性質は弱肉強食が基本であり、強い存在が偉く弱いのは奴隷との考え方が主流。不死者や魔法生物などは基本的には創造主を裏切ったり出来ない、また悪魔種も契約で縛られている為に直接的な攻撃は不可能だ。
これらに比べると妖魔系や魔獣系は創造主だろうが、己より弱いと見るや牙を向く。それらよりも制御が難しいのが昆虫系で、同種以外(種によっては同種すら)餌としか認知出来ない魔物も存在する。
捕虜の犬人の様に教育(調教)や、魔法の道具使用等で従属させる事も可能だ。知能が高い魔物ならば打算などで従う事もある。
故にゆっくりと歩む彼を観察し、己より弱いと判断したオクルスが彼から地下迷宮を奪おうとその爪を振るったのも魔物からすれば普遍的な事だった。
オクルスから発せられる不穏な空気とデンスとヴォラーレの戸惑いを背中で感じながら執務室を抜け、応接室を通り過ぎ、農場部屋へと続く廊下へと進む。
創造主たる彼は無論オクルスの戦闘能力を熟知しており、相変わらずフードとマスクの下で顔色を悪くさせ冷や汗を滝のように流していた。オクルスのみかつ地下迷宮内ならば――襲撃後の片付け時に迷宮外でも可能と判ったが――勝てる戦術は構築済みだが、ヴォラーレがオクルス側に回れば勝ち目は薄くなる。
それ以前にオクルスの戦闘能力ならば、一撃で勝敗が決する攻撃力と技能があり、反逆などしてくれるなよ、との思いが強い。農場部屋に居るミールなら、オクルスなど傷さえ負わずに完勝可能だが自分だと分が悪すぎる。
不穏な空気を感じてはいたが、彼は内心何時もの被害妄想で臆病心が生み出した幻覚の可能性も視野に入れていた。
人間は慣れる生き物である。彼もまた創作と召還に慣れ、当初あった緊張感と警戒心が薄れつつあった事。
外征からの帰還直後であり疲労が溜まりに溜まっていた事。
様々な要因はあるだろうが、最大の物は無意識下に『創作されたばかりの魔物は裏切らない、裏切る理由がない』との思考が強かった事だろう。
「何をするつもりだ、ホブゴブリン!?」
ヴォラーレの叫び声に似た声に反応が鈍り
「じゃぁあまぁぁだあぁあぁ!!」
オクルスの突き出した抜き手にえぐり飛ばされたのも。