二章第七話
彼が馬車にたどり着いた時、二人の少女が骸骨兵に囲まれていた。マスクとフードで表情が隠されているなか、僅かにのぞく目が驚きで見開かれる。
骸骨兵に囲まれ武器を向けられてなお、背筋を伸ばし顔をあげる少女の緑髪からのぞく大きく尖った耳が彼女を森妖精族だと伝えていた。
濃緑色の髪と黄金の瞳を持ち、まっすぐに彼に視線を向けるエルフの少女。
もう一人の茶髪の少女は、一人では立ってもいられぬのだろう。エルフの少女に掴まっている。エルフの少女は気丈に振る舞っているが顔色の悪さや震えを隠しきれていない。
本来なら茶髪の少女も美しいと評価されるだけの美貌の持ち主だが、隣に立つのが桁外れの美貌を持つエルフだとどうしても見劣りする。
「さて、どちらを選ぶか決まったのかな?」
大陸共通語で話しかけるも、返答はフルゥスターリ語で返って来た。意外にもエルフの少女でなく、傍らの茶髪の少女から。振る舞いや雰囲気からエルフの少女が交渉役だと思っていたのだが。
彼の出した降伏勧告の内容は、服従か死か選べ、だった。
「は、はい、服従します」
告げた少女の顔色は恐怖と緊張のためだろう、酷い事になっていた。
「……良かろう。命が惜しければ逆らわない事だ」
面従腹背だろうが何だろうが構わない。強盗殺人犯、しかも同族でなく異種族の魔物を率いる怪しすぎる、ローブにフード姿の言うことを頭から信じる方がどうにかしている。
それに地下迷宮までの人夫となれば良いし、最悪でも皆殺しにすればいい。
簡単な質問――馬車に居る奴隷の数や、病気や怪我の有無――後に二人とも馬車に返す。襲撃前に置いてきた武器の回収、矢や血飛沫などの痕跡を可能な限り消し去ったのを確認。そして護衛が乗っていたらしい馬は己と小鬼で手綱をひき、二台の馬車の御者はコボルトに命じる。馬車で逃げ出さないよう骸骨兵に側で見張らせながらだが。
ランタンや松明の明かりの中、第二簡易拠点を目指し出発。ゴブリンのランの先導に従い、夜道を馬の手綱を引き歩む。ランの見立てでは、夜明けまでまだかなりの猶予がある、との事だったので移動速度はかなり遅めだ。
ゆっくりと行動している事も良かったのだろう、戦闘中からの興奮からも落ち着き、冷静な思考が彼に戻ってくる。
その状況下でも人の命を奪った事に、罪悪感がほとんどわいてこなかった。多少はある、上手く説明しにくいが多分車で犬や猫を引き殺した時ぐらいの罪悪感だ、と思う。
自分をダンジョンマスターにしたように、精神構造も弄られているのか。そもそも、こんな人間だから選ばれたのか。 軽く頭を振り、思考を切り替える。すでに六人の命を奪い、多くの人間を誘拐中なのだ。
後悔など墓の下でやればよい。それに人間は慣れる生物だ、戦いも奪う事にも慣れて来るだろう。
第二簡易拠点の近くの交易路にて、ゴブリンやコボルトが馬車を解体し物資を慌ただしく拠点へと運ぶ。
現状、コボルト達は従順で逃げ出す素振りも見せず、命令にも手を抜かず従っている。
問題は馬車に乗っていた奴隷達だ。
反抗的?
いや、コボルトに負けず劣らず従順だ。普通ならまだ眠っている時間だろうに不平など見せずに働いている。
確かめずに勘違い、いや思いこんでいた為だ。まさか奴隷の大半が小学生ぐらいの子供とは思いもよらなかった。
逃げ出そうとした時の為に骸骨弓兵の五体のみ武器を手に見張らせている、ゴブリン達もローブは脱ぎ捨て手斧を振るい馬車の解体に勤しむ。
見張り以外の骸骨兵とコボルトはバケツリレーの要領で、馬車に積み込んであった食料等の物資を森中に運んでいる。
骸骨兵とゴブリンに怯えながらも、奴隷の大半もリレーに組み込まれている。
そして彼の目の前に六人の奴隷が残っていた。
「あ、あの、こ、この子達の分もしっかり働きます、ですから、どうか、どうか、ご慈悲を」
彼の前で土下座し、額を地に擦りつけながら懇願するのは彼に服従を告げた少女だ。掠れ、震えた涙声で何度も懇願する。
土下座する少女のすぐ後ろにエルフの少女が、両手を広げさらに後部の人間を庇う。
二人に守られた残りの四人は、まだ保育園か幼稚園にでも通っていそうな体格の幼子だった。
どうか、どうか、と繰り返す少女を眺め、エルフの少女を眺める。この子達に手を出すなら自分を殺してからしろ、と表情に出しながら不退転の覚悟が肌に感じられた。
最後に幼子達を見る、四人共涙を流しているが必死に声が漏れないように自分の両手で口をふさいでいる。
そして彼は夜空を見上げた。
何処かに居るかもしれない勇者、このさい英雄でも良いから倒すべき邪悪がここにあるぞ?
殺人や遺族に恨まれる覚悟はしたが、こんな事まで覚悟してないよ。と泣きたくなる彼だった。
馬車からおりてくる奴隷達の多数が子供である事に、しばし呆然としてしまった彼だが気を取り直し支持を出す。
「コボルトは馬車から馬を外せ、ゴブリンは馬車の荷物をおろせ」
ゴブリンが近くの木に連れてきていた馬をとめると、物資が積まれ馬車から荷物をおろす。コボルトが馬車から馬をはなすのを確認しながら、頭の中で仕事の段取りを組み直す。
「骸骨兵は見張りを」
「了解シマシタ」
イースなら説明しなくても、誰か来ないか警戒しろと逃げ出さないように見張れとの意を汲んで動くだろう、と細かい指示は出さない。
「……ついて来い」
フルゥスターリ語で奴隷達に告げ、ゆっくりとゴブリンが荷をおろしている場へ向かう。
それから骸骨弓兵以外を呼び寄せ、バケツリレーで森へ荷物を運びだしたのだ。だが幼すぎて筋力が低くリレーに参加出来なかった四人を連れ、他の仕事を与えようと考え込む。
馬をゴブリンがとめた場所に連れとめたコボルトもリレーに参加させ、荷をおろし終えたゴブリンに馬車解体を命じ。
こんなに幼い子供に任せられる仕事ってないよな、と結論ずけ。でも何もさせないのは他の人間に不満が出るかも、いや他の人間だってこんなに幼い子供に仕事させなくても当然と考えるだろう。と自己解決したところに交渉時の茶髪とエルフの少女が駆け込み土下座と私が盾になる、を始めたのだ。
つい現実逃避気味に、こうなった経緯に思いを馳せてしまったがこの場をおさめねば。
「……土下座していても、五人分の仕事など出来んぞ?」
その言葉に勢いよく顔をあげると、慌ててリレーの列に戻る茶髪の少女。額と鼻の頭が土で凄い事になっていたが指摘する暇もなかった。
バケツリレーだと一人で頑張っても一人分の仕事しか出来ないがな。元から四人をどうこうする積もりもなかったので体よく土下座をやめさせただけだ。
「ふむ、エルフだから人間の子供がどうなろうと構わぬ、と?」
嫌われるより好かれたいとは思うが、己は略奪者だ。こちらが好意を持って接しても、裏があるだろうと警戒されるだけで益はないだろう。
ならば憎まれ、何時殺されるだろうとの恐怖で縛ったがよい。そう判断した彼は態と反発を買うであろう言葉を選ぶ。
エルフの少女も、釘をさすように彼を睨みつけて列へと戻って行った。
恐怖政治は基本的に失敗するものだからな。彼女達を農場部屋でも使うとすれば、利で釣るしかあるまい。
残っている物資から毛布を取って来て、残った子供に渡す。
「寝ろ」
子供達はしばし迷ったが、四人で毛布にくるまると横になった。作業を監督、監視しながら危険はないだろうが子供の護衛に残る彼だった。