二章第六話
黄昏の帝国ヌイと調整王国フルゥスターリを結ぶ交易路。月が辺りを照らす時間、交易路沿いに建てられいる休憩施設の一つが鮮血で染まる。
フルゥスターリから奴隷を運んでいた奴隷商の一行が襲撃を受け、護衛の傭兵と奴隷商が襲撃者たる魔物の餌食となり骸をさらしていた。モンスターの多くは骸骨戦士――率いる者からは骸骨兵と呼ばれる――であり、スケルトン以外はローブとフードで種族も性別も不明。
地下迷宮から彼が率いて来た襲撃隊だ。
骸骨兵長イースが最後の護衛を倒す、何の偶然か切り飛ばされた頭部が彼の近くにおち足元まで転がり止まる。
カッと見開いた目が彼を睨みあげ、表情は憤怒に固まっていた。
切断面から血が流れおち、瞳から血涙を流す。
鉄が錆びたような匂いを感じ、生理的な嘔吐感が込み上げる。だか生首も嘔吐感も無視すると、ゴブリン達に指示を出す。
「ハブ、マリ」
無言だか顔を彼に向ける動作で返事をする二人、いや二匹。ローブとフードで姿を隠す小鬼達は、襲撃前に命じられた通り言葉を発する事なく彼の指示を待つ。
「護衛の生死を確認、生きているなら確実に殺せ」
嘔吐感や内心の動揺を押し殺す余り、酷く無感情な声色となる。だがそれがゴブリン達に彼を崇高冷厳と感じさせていた。
しばらく迷うように彼と近づいていた存在を交互に視線を移した二匹だったが、各々の武器と盾を打ち合わせ返事とすると倒れ血を流す護衛へと駆け出して行く。この時フードで隠れていたがハブもマリも、彼の側に居る存在に睨みを効かせ離れていた。
二匹一組となり、一人ずつ確かめる二匹から視線を移す。
骸骨兵は報告にあった非戦闘員を乗せたらしい馬車を囲い、ランとヤンは機械式弓の充填をし、骸骨弓兵へと渡していた。
骸骨兵、ゴブリンと己の手勢の行動や位置を確認し、なおかつ直衞のハブ達を外す隙を見せても犬人達は何の行動も取らずに同じ姿勢でいた。
背中を地につけ、腹部を彼に見せる姿勢を。
命乞い、か?
彼は冷めた目で震えながらも、腹を見せ続ける四匹のコボルトを眺める。
馬車の包囲と攻め込む準備が整ったのかイース、そしてランとヤン。確認が終えたらしいハブ、マリも彼の元に集う。
「主ドノ、如何ナサレマスカ」
イースは剣に手をかけ命じられ次第抜刀出来る体勢に、ゴブリン達も武器をコボルトに構える。剣呑な雰囲気や武器を向けられたためにか、尻尾を丸め歯がかち合う音も大きくなり……。
「構わん、迷宮までの荷物持ちに使う」
「了解シマシタ」
次々と武器を引くイースとゴブリン。
「助けて欲しい、という事か?」
「は、はぁはぃっつぃいぃぃ!」
大陸共通語で話かけると返事が来た。自分が言える立場でないがビビりすぎだろ。
一先ずコボルト四匹には遺体から物資の調達を、見張りをゴブリンに命じると彼はイースと共に骸骨兵が囲む馬車へ。
コボルトの処遇で思い付いたのだが、馬車をひく馬等を使うにしても荷物持ちが必要だ。迷宮までの道程では馬車は使えない。まぁどうしても抵抗するなら、骸骨兵もいるので皆殺しにするが。
……かなり気が立っているな、まだ見ぬ相手やコボルトに対して頭から殺す事を前提にしている自分に冷静になれ、と自己暗示をかける。
初めての命の奪い合い、そして殺人に動揺している事に安心する。計画段階や、襲撃前に確かに存在していた良心からの忌避感などが確実に薄れた事。何よりも殺人を計画、実行し一人は己が直接手にかけたのに罪悪感がほとんど感じぬ事に心理的衝撃を受けていた。罪悪感や良心の呵責による精神的摩擦で発狂したり、自殺に走ったりする事に比べれば、地下迷宮の主として血塗れの道を歩むのに適した精神構造と言えるのだろうが。
そんな思考をしながらも、ついに幌馬車の出入り口がある後部にたどりつく。
奴隷商や護衛が用意したランタンや、『明かり(ライト)』が付与された小石等の光源はほぼ全て馬車周りに集められ、この付近のみ昼間のような明るさとなっていた。
大陸共通語、フルゥスターリ語で二度ずつの降伏勧告を告げ、様子を見る。
ヌイ帝国共用語や他の言語しか理解出来ない人材しか乗ってない時は、殺してポイントにするしかあるまい。いや、だからすぐさま殺すって我ながら物騒だから、と考える時間を与えるための待機中に、無言で内心に突っ込む彼だった。
命じた仕事を終えたコボルトを尋問、いや完全に萎縮しているので質問しただけで答えたが。馬車に乗っているのが買われた奴隷ばかりと知る。
ならばと馬車内部から返事を待つ間にも、何もかも剥ぎ取られ裸となった遺体を魔法で地中深くへ葬ったり、血で汚れた場所をコボルトに拭わせたりと襲撃の痕跡を消し去る作業を。
コボルトが石小屋の壁に飛び散った血潮を懸命におとす、背後にはゴブリンが確りと目を光らせている。
それを横目にコボルトが集めた護衛の装備品を確認する彼。ナイフに水筒、水が入った小瓶に酒入りの瓶。銀貨や銅貨が入った財布に……。このような小物はよく使い込まれているのだが、武器や防具は鎖帷子以外は新品同然、とは言えないが小物ほど使い込まれている様子はない。この情報から彼は今回の護衛は熟練者に率いられた新米、とまで言わないが実力は底辺だろう、と結論づけた。
実力がある、即ち報酬が多く資金力があるならば命を預ける武具はもっと良い物を使っているだろう、と。
光源の置き方や、襲撃時の対応の速さ等引っ掛かる事も多い。だが魔物として最弱クラスの骸骨兵と互角に見えた事が、彼に真実を気づかせなかった。
強さとは対象的な物だ、比べる相手の実力を理解出来ないとこのような誤解を受ける。
例えばだが、最後にイースが護衛の首を切り飛ばしたが、これがどれ程の技量が必要か彼は理解出来ていない。
処刑に使われる断頭台すらも、首を切り落とし易い体勢にして切れ味もある刃を使用しても切断できず、二度三度と刃をおとす事も多い。
それなのにイースは生きた戦技巧者相手に、なおかつ戦闘体勢を整えていた人間の頭部を落としたのだ。
剣術に造詣が深い人間ならば驚愕と共に畏敬を覚える域なのだが。彼はそんな事は全然理解出来ていない。
その後、馬車に馬を繋がせたりと帰還準備。
「主ドノ」
そんな作業中の彼にイースの呼び声が届く、おそらく馬車から反応があったのだろう。
コボルト共々従順ならば農場要員にするのも手だな、と考え取らぬ狸の何とやら、か。
改めて気を引き締め、馬車へと急ぐ彼だった。




