閑話 探索者三
松明やランタンの光が辺りを照らし魔物の姿を写し出す。
「……やはり死霊魔術師か」
「ヴュニュス。お主、引きがよいの」
オンブルの感嘆の呟きを聞き流し、ヴュニュスは胸中で光神に祈りを捧げ、加護と哀れにも死の眠りから無理矢理目覚めさせられた者の冥福を願う。
簡素な灰色のローブを頭からすっぽりと被っており、性別も定かでない人物を守る様に囲む動く死体や骸骨戦士。
死霊魔術師を逃がさない為に、さらに死者の群れを囲むヴュニュス率いる探索者と雇われた傭兵に自警団あわせて二十五名。
そしてアンデットの天敵たる光神神殿の神官戦士が二名。
この総勢二十七名が村や町(の墓地)を荒らし回る死霊魔術師討伐隊第三分隊の面々である。
王都リオートで受けた依頼が死霊魔術師討伐、報酬が良い事に加えヴュニュスパーティーに欠けている神聖魔法の担い手獲得も兼ねている。この件に動員されている光神神官戦士は何と十名。
神殿の常時戦力である神官戦士団からの引き抜きなど叶わないだろうが、戦士団入りを希望する人材との交渉権を報酬の一部としてもぎ取ったのはぺルルの手腕の賜物。
「まぁ、期待はうすいけどね」
「贅沢を言える身分ではないからな。オンブルに悪い気もするが」
「儂は気にせんのだが、な?」
「ヌイでやらかしちまってるしな、光神のやつら」
上からぺルル、ヴュニュス、オンブル、ノワールの発言だ。
ヌイ帝国でやらかしちまってる光神神殿は、戦神神殿と並び魔物狩りに熱心な神殿だ。特にアンデット関連は血眼で狩り出す。
「でも、報酬は上々だし。勧誘出来なくても貰える報酬次第で五ヵ国への旅費は稼げるはずよ」
にまにまと上機嫌に笑うぺルル、その彼女に悟られなように視線で会話するオンブルとノワール。
――オンブルさん、もしかすればただ酒飲めるかもっすよ――
――ノワールさん、ここはよいしょですかの――
「でもさ、ぺルルはやっぱすげーよ」
「うむ。神殿から追加報酬に勧誘の許可を取り付けるなど、簡単な事ではあるまいに」
「あー、うん、まぁ、ねぇ?」
みえみえの世辞でも嬉しいらしく、酒も入っていないのに赤くなるぺルル。二人係で称えあげる、そんな三人を見守るヴュニュス。その夜は依頼成功祈願にと宴会状態となった一同だった。
護衛でリオートに戻る途中で仕入れた情報にあった、死霊魔術師だがあれからかなりの日数がたつがいまだに討伐も捕縛もできていない。
理由は多々あるが大きい物で軍の動きが鈍いのがあげられる。通常ならば活発に討伐に動くのだが、今回は何故か鈍重。
それに加え犯人が強かなのだ。墓場こそ荒らされるものの死人は出ていない事や怪我人すらもまれ。
遺体を盗まれた家族や親族には悪いが領主や町村長等の行政は被害が軽微故に、自警団や衛兵等は死霊魔術師との対決に腰が引けていて動きが悪い。
見回りや火事等の対処に動く自警団、不審者や泥棒などの犯罪者を相手にする衛兵に死霊魔術師と化した魔術師の対処は厳しい。死霊魔術師のような大物相手は軍が対処するのが通例だ。
光神神殿も墓場の見張り、待ち伏せなどで討伐に積極的に行動してみたもののいずれも失敗。もはやなりふり構わぬ、と人海戦術を採用。その依頼を受けた多くの傭兵や傭兵団の一グループがヴュニュス達だ。
神殿の盾であり矛である神官戦士。高度な戦技と神官に任じられる神聖魔法の使い手。
規模が大きすぎれば国と摩擦がしょうじる、その為少数精鋭を常とする神官戦士団だと多数の人手を必要とする場合は傭兵を雇うしかない。
あくまでも足止め要員なので、傭兵ランクもEランク者が主だ。そんな中、Dランク所持者であるヴュニュスとノワール、強靭な戦士が多い大地妖精族のオンブルを有するヴュニュスパーティーは報酬交渉においてぺルルの交渉力もあり神殿側から多大な譲歩を引き出したのだ。
しかし神殿側交渉人も海千山千、ぺルルが引き出した報酬もヴュニュスパーティーが死霊魔術師討伐を条件としていた。
「それって駄目じゃね?」
「……討伐できなくても、ギルド保証最低報酬は出るわよ?」
「……じゃあたいの目を見ていいなよ」
「儂は戦えればそれで構わぬ」
リーダーであるヴュニュスが担当を決める話し合いに出ている間、そんな会話で時間を潰す三人だった。
王都より出発して八日、神官戦士と傭兵が神殿の用意した馬車に揺られて昨夜荒らされた街に到着。途中途中で情報を持ち込む早馬にて何度か進路を変更して死霊魔術師に追いついたのだった。
襲撃された街に到着したのは昼前だが、休む間もなくこの街から次に襲撃可能な町村に人数を分けて待ち伏せる事になり、誰が何処に行くかを話し合っている。
「ところで皆、聖水は大丈夫?」
「ん、あたいは三本持ってる」
「儂も同じくじゃな」
銀製か祝福された武器があるのが一番なんだけどね、とぺルルは考えたが無い物ねだりをしても仕方ないと段取りを頭の中でくみ出す。そんな三人の元にヴュニュスが戻って来るのが見えた。
四グループに別れた討伐隊は馬車を急がせ、日が沈む前に襲撃予想村に。神官戦士が村長に説明、協力を取り付け墓地にて待ち伏せ。ヴュニュス達が担当する村に現れるか、それとも別の町村か、待ち伏せに気付いた死霊魔術師が潜伏して襲撃を見送るか。
神官戦士と村の自警団、ヴュニュス達傭兵が交代で仮眠を取りながら墓地を警備。死霊魔術師が警備に気付かぬように暗闇の中で見張りに、荒事に慣れぬ様子の自警団や経験の浅い傭兵は神経をすり減らしていた。
その観点から見れば神殿の精鋭である神官戦士の二人、そしてヴュニュス一行はほどよい緊張感を維持しながらも、リラックスしている。
オンブルは人間で計算すれば十九歳となるドワーフの若輩者だ。出身地は五ヵ国同盟の一角、ポース聖王国の西を守るソーロ王国内にあるドワーフ集落だ。
鎧鍛冶師の一家に生まれたオンブルは、親から技を学び他の子供や大人と共に武術を修めた。そしてドワーフの伝統に従い武者修行の旅に。
様々な経験後にヴュニュスと出会い彼女達と行動を共にしている。ノワールと己自身を守る鱗状鎧はオンブルの作である。今は鉄製だが、何時かは竜鱗鎧を作るのが密かな目標だった。
ドワーフは採掘の為か、暗闇の中でも昼間とかわらぬ視界を持つ。故にこのような場面だと独壇場といえる。
そして墓場に近づく集団をいち早く発見、警告を告げる事に成功する。
集団は全員ローブ姿にフードをかぶっている為に何者か、正確には推し測れない。が、こんな夜更けにあのような姿でいる事態、捕縛されても文句は言えぬ、とその集団を包囲に動く討伐隊の面々。
包囲中にその集団は墓を掘り出しはじめたために、死霊魔術師の疑いが濃厚となる。包囲完成後に一斉に明かりを灯した結果、冒頭へとつながる。
誰何の声もなく神官戦士の一人、女性神官戦士の詠唱(祈り)が響きわたる。
「不浄なる不死者をうち滅ぼしたまえ、不死者退散」
目も眩むような閃光が女性神官から放たれた。ローブから見え隠れする崩れた顔や蛆がうごめく腕を持つゾンビ。もはや肉も抜け落ちたスケルトンが砂となりローブだけ残し滅び去る。
詠唱が聞こえると同時か前かアンデット集団に神官戦士とヴュニュス、ノワール、オンブルが駆け出す。
女性神官の魔法(奇跡)発動後、続けてぺルルの呪文詠唱。
「マナよ。我が敵を討ち滅ぼす炎となれ、火球」
右掌に火球を作り出すと三人の後を追いかける。死霊魔術師が逃げ出さないように包囲しているだけで報酬が出る他傭兵と違い、死霊魔術師の首が報酬に響くヴュニュス達は危険を顧みず接近。
女性神官戦士もぺルルが駆け出した後に残った集団に突撃。ターン・アンデットで半数以下となった集団から三人、神官戦士とヴュニュス達から反対方向へ駆け出す。
そして残ったローブ姿が行く手を阻む。先に走り出していた壮年の男性神官戦士が再びターン・アンデットを発動。
詠唱の集中で足を止めた男性神官戦士を置き去りに、彼が減らした足止めもかわして逃げるローブ姿を追うヴュニュス一同。
ローブ姿が駆け出した方向に配置されていた自警団と傭兵の混同部隊はローブ姿の一人が腕を振っただけでバタバタと崩れおちる。
何も出来なかった混同部隊だったが結果的に足止めが成功、ヴュニュス達が追いつき背後から襲いかかる。
三人の内、二人がヴュニュス達を迎え撃とうと振り返った瞬間、オンブルとノワールが放った聖水が頭から降り注ぐ。
凍ったように動きを止めた二人を無視して短剣が最後のローブ姿を突き刺す。
「嘘っ、長距離転移魔法!?」
回避不可の距離とタイミングだったが、ローブ姿は文字通り姿を空中へと溶け消えたのだった。
崩れおちた混同部隊も眠らされただけで、怪我は倒れた時の打撲やこぶぐらいで被害らしい被害もなく死霊魔術師撃退に成功、とされた。
いかんせ長距離転移魔法すら使えるとなると追撃は不可能に近く、現場では判断不可と報告書と共に指示を願う文が早馬で王都にある大神殿へと急いでいた。
聖水で行動不能となったスケルトンや、残っていたアンデットも神官戦士にて滅ぼされ一応の脅威も去り。
雇われた傭兵達は大神殿の指示待ちで、集結し待機兼再襲撃に備えている。
この任務は長引くかもな、とヴュニュスは軟派してくる男をいなしながら考えていたのだった。