二章第五話
焚き火で暖を取りながら、周囲に注意を払う。アベローナを出てから、厳戒体制が続く。それに不満はない、彼らは熟練した傭兵であり、生き残るために必要なことを熟知している。
この休憩施設には薪と少々の食料が備蓄され、旅人や交易商を迎えいれる。障害物が多く視界がとりにくい森から距離もあり、他は見晴らしの良い平地だ。
小屋の近くに井戸も掘られており、水や薪の補給に森に立ち入る事も少ない。
ヌイ帝国帝都チュアンシーを本拠にする傭兵団ホンに所属するノカナ達傭兵は年の半分は、この様に隊商等の護衛で過ごす。だがこういう護衛任務は休暇の様なもので、本格的に護衛が必要な任務ではない。
帝都チュアンシーはヌイ帝国皇帝の居所であり、ヌイ帝国最大の地下迷宮を封じる都市でもある。
ヌイ帝国最精鋭たる親衛隊が皇帝の身辺と地下迷宮の脅威から守る対地下迷宮都市。この迷宮都市での間引きを主任務にするのが、傭兵団ホンの本業だ。
魔物を狩り、鱗や骨等を剥ぎ取り武具や装飾品の、肝や肉等を薬や食用等の資材として売買され、その売上金が傭兵達の給料となる。
特にチュアンシー大迷宮は、第三階層より鉱物の採掘が可能で危険と利益のバランスがとれている為に多くの傭兵団や傭兵、探索者達が帝都に集まっている。
が、攻略は遅々とも進んでいない。人間至上政策により、妖精族や亜人族の協力が無くなった為に。
ヌイ帝国により奴隷に落とされた彼・彼女らが、様々な理由でほぼ全滅してからは現状維持も出来ず。魔族勢力に地下迷宮から徐々に押し返されている。
奴隷にされた身で十全の実力が発揮できる訳もなく、迷宮攻略の最前線に出された奴隷妖精族は次々と落命。
この事は国や軍の上層部しか知らされておらず、一般市民や傭兵等には伝えられていない。
もっとも鼻の聞く傭兵等にとっては、周知の事だが。
故に『支配の首輪』を着けている奴隷とはいえ、本物の森妖精を見たのは見張りの傭兵も初めてだ。
値段はどれくらいつくだろうか?
話半分としても噂に聞く精霊魔法は強力無比、しかもあの美貌。
エルフの女性は具合いが良い、との噂もあり、値段が折り合うなら買い取りたいものだ。
見張り番の柔軟革鎧を身に付けた傭兵は、そんな思惑を片隅に周りに注意をはらっていた。
右手は腰周りに装着してある投げナイフの柄にそえられて、すぐさま使えるようにされている。左手も湾曲剣の鞘を握っていて、何事かあればすぐに動ける体制を維持していた。
小間使い役の犬人は火の勢いを見ながら、薪をくべている。
空を見上げ、月や星の位置で時間を推し測る。三交代の見張り番で一番負担の大きい、ニ順目が終わるまでまだまだ時が必要だ。
……見られている。
もう少しで交代の時間に交易路向こうにある森から何者かの視線を感じ、特に注意をはらう。野生動物のそれではない。 わずかに腰を浮かせ、投げナイフから手を離し凧盾を引き寄せ、左腕に素早く皮帯を通し取っ手を握る。
騎乗時、無防備になりがちな下半身も守れるように長方形に逆三角形の下部をつけたような形状の盾だ。
コボルトは船を漕いでいて、不穏な空気に気付いている様子はない。
サーベル使いから流れ出る緊張感に、仲間である他の傭兵や隊長であるノカナも覚醒し、毛布の下等で準備を整える。
つぅーー、と一筋、額から顎先に汗が流れ落ちた。森の茂みから骸骨戦士が姿をあらわす。
「敵襲っ!」
姿を見つけた瞬間に叫び、右手で腰周りの装備品を確認。視線はスケルトンから外さずに、聖水の入った小瓶があるのを指先だけで確かめるとサーベルを引き抜く。
毛布をはね除け、飛び起きた傭兵達は武器や盾を装備し互いにフォローできる体制を調えると、隊長であるノカナに視線を集める。声はださずに傭兵団ホン内で使用されるハンドサインで指示や確認が素早く交わされる。
コボルト達は慌てて飛び起きると仕込み通りに光源を確保に動く。
傭兵達が追撃の準備を進める間も、森からスケルトンが六体、ローブ姿の死霊魔術師がゆっくりと近づいてくる。
他にも小柄なローブ姿が二人、『明かり(ライト)』を付与した小石に走っていく。
スケルトン達は比較的に新しい武具を身に付けていた。数度、死霊魔術師討伐依頼も経験してきたがこれほど上等な装備をしたスケルトンとの遭遇は初。所詮はスケルトンなのだが、どうも嫌な感じを受ける。
傭兵達は皆同じように感じたのか、ノカナの小屋入口で迎え撃つとの指示に反対はなかった。
商品である奴隷や、旅の必需品が積まれた馬車。捨て値でも高く売れる軍馬を見捨てる形で、奴隷商マチム一人眠る石小屋を守る布陣になったのも然りとした理由がある。
資金集めが主目的なら、戦闘を避けて、それらの物を奪って逃げるだろう。
小屋入口付近で布陣できたが、にらみ合い、牽制しあいで膠着状態におちる。
だが馬車二台に傭兵用の軍馬が五頭の大荷物だ。運ぶのにも人手がいる、他の仲間が存在するならもうすでに出てきて運び逃げてるだろう。
襲撃にしては数が少なすぎて、伏兵を警戒していたがその線は消えたと思って良いだろう。
膠着状態になったのを考えると、自信過剰な死霊魔術師の襲撃の可能性も薄い。
死霊魔術師らしいフード姿の後ろで焚き火を消したり、馬車に向かい走っていく小柄なローブ姿の合流を待っているのか?
護衛に派遣された傭兵達の分隊長であるノカナは、冷静に油断なく思考を働かせていた。
だかその膠着状態もローブ姿の呪文詠唱で解消される。
条件反射の領域で反応し、呪文を唱え、魔法を掌に出現させた魔術師に迫ろうとした傭兵達をスケルトンが阻む。
スケルトンなど鎧袖一触し魔術師を仕留める積もりだった傭兵達は必倒の一撃を受け止め、あるいはかわされて驚愕し慌てて反撃に対処。
魔術師の狙い通りなのだろう、足止めされてしまう。
一刀両断出来なかった動揺はすぐに治めたが、魔物でも最下級クラスのスケルトンと互角に近い戦闘をしている事実、そして何時使われるか不明な魔法の存在が傭兵達を縛る。 それに加え魔術師が怯えたように後退するのも傭兵達を惑わせた。
傭兵達は地下迷宮で魔物狩りするほどの熟練傭兵で、休暇用の装備とはいえ技量や経験は、ギルドランクも隊長であるノカナがB、他四人もCランク所持者ばかりなのだ。
見習いから抜け出たばかりのEランク、経験を積み重ね一人前の傭兵たるDランク。魔物狩りや、戦争での目立つ活躍がなければEからDになるのに最低三年は必要する。
しかもただ年数を重ねただけでは、昇進は不可能だ。Cランクになるのはもっと過酷で、ヌイ帝国や五ヵ国同盟、スヴィエート帝国のような大国でもCランク傭兵は騎士位をもって勧誘をうけるほどだ。
それほどの傭兵と互角を演じるスケルトン――おそらくスケルトンに偽装された魔法人形――を作り出せる熟練魔術師(凄腕)が怯える?
罠としか考えられない。
武器がぶつかり合い、殺意の熱で焦がされた空気は寝静まっている馬や、奴隷に買われた少女達も覚醒に導いていた。
馬車の外から聞こえる戦いの喧騒に、幼い娘は年嵩の少女に抱きつき必死に声を押し殺す。
エルフの少女のみ馬車の出入り口たる馬車後部に佇んでいた。いざという時に盾となるために。
サーベル使いの相手を勤めるのは手盾と小剣、鎧は硬化革鎧を使っている。
スケルトンでなく、上等なゴーレムを相手にしていると割り切り剣戟をむすぶ。
それならば剣術を使いこなす事に一々動揺せずにすむ。
魔術師の誘いに乗らなかった傭兵達は相変わらずに石小屋付近で戦闘を繰り広げている。
地下迷宮で鍛えられた傭兵の体力と集中力は超人染みているが、やはり消耗は進む。
誘いに乗らない、と理解したのか魔術師は魔法を維持したまま小柄なフード姿の護衛に守られ戦闘の様子を観察するかのように手出ししてこない。
戦闘上手な魔術師が! そんな苛立ちが募る。純粋な一対一ならば、すでに降しているが、何時魔法が飛んでくるかとの圧力の中では致命的な隙をさらすような手段は使えずに時間と体力と集中力が削られるのみ。
他の傭兵も似た状況で、鎧の質でサーベル使いが一番出血を強いられている。
状況打破に期待していた隊長のノカナもニ対一で鎖帷子の防御力と技術で怪我こそない様子だがゴーレムを打ち砕くのにはまだ時間が必要そうだ。
このままでは出血で体力などの消耗が激しいサーベル使いが倒れ、連鎖して傭兵側が全滅する。
そう結論づいたサーベル使いは伸るか反るかの勝負に出る。
ゴーレムに体重を乗せたシールド・アタックで弾き飛ばし、魔術師に斬りかかる。護衛のフードもいるが機敏に動ける現状で仕掛ける他ない。
相対するゴーレムの呼吸――剣をひくタイミングと盾の動きと位置――を読みひいた瞬間間髪いれずに弾き飛ばす。戦場で戦車に弾き飛ばされた兵士のように遠ざかる。
崩れた体勢を調え相手していたゴーレムが戻る前に魔術師に――そう考えていたサーベル使いに石弾が襲いかかった。
執念故か奇跡的に致命傷となる頭部への命中はなかったが、それが苦痛を引き延ばさなかった。続け様に撃ち込まれた石弾が彼の意識と命を奪い去ったために。
サーベル使いが彼の魔法で倒された瞬間に広がった傭兵側の動揺におおいかぶさるように飛んで来た矢にノカナが負傷。
数が倍近くに増えたスケルトンゴーレムと同士討ち上等と撃ち込まれる機械式弓の前にノカナ以外の傭兵は全滅。
傭兵を助けるためか逃走のためか小屋から飛び出してきた人間も矢で針ネズミとなり息絶えた。 絶妙な時機の伏兵隊による追撃に傭兵側の心が折れてしまったために、当初心配していた魔物の喪失もなく――目の前でイースの剣が最後の護衛の顎をおとした。




