閑話 奴隷達
フルゥスターリ王国の農民の食事は、地方で多少の違いはあるも基本的に日に二度。
昼と夕である、黒パンや麦粥に豆類を主としたスープ等が食事となる。 肉類が口にされるのは収穫祭や結婚祝いの席ぐらいで、狩人が狩った獲物や潰した家畜は町が近ければそのままで、遠いなら燻製等に加工され町で消費される贅沢品なのだ。
故に薄くても干し肉入りのスープはご馳走の部類に入る。
奴隷に落ちたチュヴァ達に取って出される食事にびっくりした物だ。
ミール村に居た時は、日に一度食事を採れたら良い方だった彼女からすれば、日に二度与えられる食事環境は奴隷の立場を混乱させられる。
これは彼女が知っている奴隷が犯罪奴隷だけだった事に由来した。
農村部から男手が奴隷として売り払われる事は殆どない。
だが荷物の運搬や建設作業等の重労働は、男奴隷の方が効率が良い。
人を雇えば重労働故に賃金や給付が高くなってしまう。
奴隷ならば必要経費は購入資金と食費だけで、上手く使えれば利益も上がる。
国も犯罪者を捕らえ、死刑や禁固刑にするよりも奴隷として売り払った方が、国庫に負担がない処か利益が出る。
他にも借金が返済出来なかった人間もまた奴隷に落ちる。
斯くて奴隷にも種類があり、扱いにも歴然として差がある。
犯罪奴隷の扱いは最低であり生死も構わぬ扱いなのだ。
奴隷だって安くない、買い主も長く使って利益を出したいので逆らったり、怠けたりしない限りは非道な扱いはまずない。
結婚や子を成す自由はなく、主に逆らう事も許されないが。
最もチュヴァ達が現状の待遇は、彼女達が逃げ出さないように、との考えの元だが。
チュヴァとブリザの姉妹と二人の少女が売られてから、いくつもの村を巡り奴隷となる人間を買い廻っていたのだが、ある時より買い取れなくなる。
王国から触れが出され、冬を越せるだけの食料の提供が約束されたのだ。
民達は王と王家の慈悲に感謝し、国や王家への忠誠心を上げたのだった。
冬の心配がなくなると、どの村も住人を奴隷にする事に抵抗が出てしまったのだ。
当然ではあるが、奴隷商達にとっては予想外で思惑が外れてしまった。
結果、奴隷商達は予定通り村を廻る者、切り上げヌイ帝国へと舵を切る者に別れる事に。
食費等経費が掛かるので、買われた奴隷達はヌイ帝国へと送られる事になる。
奴隷は総勢二十二名、四歳から十二歳までの少女が一八人、十三歳から十六歳までの乙女が三人。
あと一人は百何歳の少女。
最初に買われた為か生来の気質故かチュヴァは娘達のまとめ役の様な立場に。
食事の分配から花摘みの世話、家族や故郷を想い泣く娘を抱きしめ、慰め。
彼女とて優しかった両親、幼い弟たち、村の事を想うが、まだ恵まれていると、妹が側に居るからと他の娘達の世話ができたのだ。
農民達の朝は早い、日が昇ると同時に起き出し仕事に掛かる。
井戸などから水汲み、薪拾い、畑の雑草抜き、作物についた虫取等々幼い子供でも仕事はたくさんだ。
そうした仕事を片付けながら昼まで過ごし、食事を採ったら幼い子供達は遊びに行く事が許される。
農村の結婚適齢期は早いので大概の十四歳前後で所帯を持ち独立、新たな家庭を築く。
話が逸れた、買われた子供からすれば働かなくても食べれる現状は歓迎されるのだ。
奴隷商や年嵩の娘達に諭され、親や家族のためだと分かればおとなしくなる。
諭されても、家に帰りたい、家族の処に帰してと泣き叫ぶ娘も居る。
幼く理屈が通り難い子供だとなおさら。
恐ろしいのはそんな時だ、普段はそんなに怖くない奴隷商が別の存在になる。
その娘は鞭でめった打ちにされる、服が破れ肌が引き裂かれ血塗れになっても鞭打たれるのだ!
必死に声を上げ、泣いて許しを請うても鞭は止まらない。
喉も嗄れ呻き声すらなくなって、ピクリともしなくなったらやっと許されるのだ。
他の娘達は震えながら身を寄せ合い目を瞑り耳を塞き声を殺して泣く。
チュヴァや他の娘達もはじめは庇ったりもした。
許してください、よく言って聞かせます、まだ幼いので……
だが返答は鞭しかない、庇った娘も鞭打たれる。
そうなると新たに買われた娘達を必死に諭すしかなく。
庇いたいが、鞭打たれた時の恐怖と激痛の記憶が、あの時の奴隷商の表情が思い出され動けなくなってしまう。 怒りも、憎しみも、悲しみも、喜びもなく、淡々と血塗れの娘を見おろす表情が、もはや自分達が人間でなく、奴隷という名の物だと思い知らせられるのだ。
奴隷商も無意で鞭を振るった訳ではない、一罰百戒の戒め故。
でたらめに鞭を打ってるように見えるだろうが、傷がなるべく残らぬ様に打ち付けている。
打ち慣れているので、死なない程度に抑えてもいた。
まぁ死んだとしても高い授業料だったと諦めるが。
遠くにアベローナ要塞都市が見える。
アベローナで水や食料を補給したらヌイ帝国のハランホェ要塞を通り、城塞都市ハルへ向かう、との話だった。
アベローナからハルまで街道はない。
街道は元来、軍の移動速度を上げる等の軍用路だ。
交易を考えれば街道をつなぐのが良いのだか、それは侵略路を作るも同然で両国ともに建設計画すらない。
人間の足で約一日おきに旅人や商隊のための休憩施設が建てられているだけだ。
アベローナからハランホェまで馬車で約七日、それから一日程の距離にハルがある。
奴隷商に買われるまで、村から出た事がない娘が多く実感を感じられないが。
四頭立ての幌馬車の荷台が奴隷達の寝床だ。
荷台は大人が四十人入っても余裕な程に広い。
だが娘達は一ヵ所に集まっている。
「ミラーシ、様子はどう?」
奴隷商から薬草や水を貰ってきたチュヴァが、自分達の次に買われた娘達。
その中で歳嵩の少女がミラーシだ。
「うん、熱もだいぶ下がったみたい」
そう、娘達は奴隷商に鞭打たれた少女の手当てをしていた。
「それは良かったわ」
ある人物の太ももに顔を埋めて、休んでいる娘の背中から古くなった薬草を除く。
酷かった傷もふさがり赤い線が無数にみられるだけだ。
「これなら、もう大丈夫ね」
濡らした布で背中を優しく拭う。
「ありがとうございます。森妖精様」
鞭で打たれた少女に膝を貸し、なおかつ魔法で治療してくれたエルフの少女に頭を下げる。
エルフの少女は微笑むと、気にしないでと言う様に首を左右に振ると慈しむ様に鞭打たれた少女の背を撫でる。
美しきエルフの少女の首には似合わない首輪がはめられていた。
新緑を思い出す長い髪に夏の日射しに似た瞳。
その美貌は人の及ぶ領域ではない。
彼女はチュヴァ達が買われた時から居て、当初はミール村の娘達の世話をしてくれていた。
その役目をチュヴァが引き継いでからも、色々と助けてくれている。
チュヴァすら彼女の胸を借りて泣いた事も。
奴隷商が自慢話で聞かされたが、彼女の首にはめられた首輪は魔法の道具で命令をきかせる効果があるとか。
そのため彼女は声を出せず、他人を傷つけられず、自害も許されていない。
本来なら強力な魔法使い、との話だった。
気付くと馬車の周りが騒がしくなっていた。
もうすぐ、アベローナに到着するようだ。