閑話 探索者二
王都リオート
フルゥスターリ王国の首都で人口は約一万を数える。
国王エペーボス・エアルの住まう王宮を中心とした都市である。
王宮を貴族の屋敷が囲み、平民と隔てる様に内壁が存在する。
平民街にはフルゥスターリ王国最大のスィーニ川が流れており、アベローナに続く街道、アルンペル方面に続く街道と合わせて大動脈を形成している。
川を利用する為の波止場、色々な目的で使われる広場。
リオートの台所たる市場を含む商売地区、最大の娯楽施設たる王立劇場……
その様な施設や住居区を守る城壁が囲む。
これが王都リオートだ。
城壁外に広がるスラム街を抜け、リオート北門へ。
城壁は石造りで人の背丈の五倍はある壮麗なもので、胸壁の上にも見張り兵が配置されている。
城門前でヴュニュス達は護衛依頼終了で、隊商と別れた。
隊商が税金を払い王都に入って行くのを横目に、仲間と今後の行動を確認する。
「では、打ち合わせどうりに私とぺルルは中に、オンブルとノワールは外で宿の確保。よいか?」
「あいよ。宿は月夜の雫亭でいいんだよな?」
「ああ、任せたぞ」
ヴュニュスは相変わらず周りの視線を独占しながら、都市に入る手続きに並ぶ列に加わる。
「あの二人だけだと、宿で宴会してそうね」
金髪の美女、魔術師ぺルルがヴュニュスに話し掛ける。
髪先を肩に揃えたセミロング、緑瞳は理知の光を宿すペルル。
そんな彼女に話し掛けられたヴュニュスは別格の美貌の持ち主だった。
燃える様な赤髪、強い意思を感じる赤瞳。
アベローナに居た時のような扇情的な姿でなく、柔軟革鎧を装備し顔以外の肌の露出もない。
革鎧が彼女の体型を浮かび上がらせてるので、アベローナに居た時よりは、だが。
伸ばせば腰まである長髪をシニヨン――お団子(頭)――でまとめている。
「あの二人だしな、依頼中は我慢を強いていたのだ。大目に見てやってくれ」
手続きまでの時間を二人はお喋りをして過ごすのだった。
スラム(貧民街)にも色々とある。
比較的治安の良いリオート近郊でスラムの存在が黙認されているのは、需要がある事とある程度の治安が維持されているためだ。
過去何度か美観を損なう、と軍を使って撤去を試みた王や貴族も居たが、いずれも失敗している。
そういう過程もあり、王国に積極的な敵対行動がないかぎり放置と上層部の判断も黙認の一理由。
市民権が買えない、商売権を買う余裕がない等の人間達が作り上げた、もう一つの王都である。
王都内では禁止されている売春宿や、賭博場もあり、市民や非番の衛兵が利用する事も多い。
だが油断は出来ない、スラムは王国の法が適用されない地域であり、盗みや暴行があっても自己責任で解決せねばならない。
特に危険な地区では昼間でも追い剥ぎや強盗、人さらいと出会う事になる。
そんな危険もあるが王都内より物価が安い事、危険な地区に近付かないなら比較的に安全であるため利用者は数多い。
そんなスラムの治安が安定している区画に月夜の雫亭はある。
アベローナの大鬼殺し亭とは違いここは宿泊施設だけで、オンブル達の馴染みの宿だ。
何時もどうり六人部屋を借り、宿泊代を七日分を先払いして鍵を受け取ると、酒場へと繰り出す二人だった。
ミール村では麦が貢納として納められていたが、地域や村で貢納は変わる。
故に王都や領主の治める街でなら食料は――値段が高くなるものも――入手可能だ。
元来なら農村が余剰作物を商人や町人に売却や物々交換をし需要と供給のバランスがとれるのだが。
それもここ数年の不作で供給不足に陥っていた。
王国も無策でなく、糧食を解放する、五ヵ国同盟から食料の輸入を増やす等で供給量を増やし民衆の暴動が起きない様に手を打ってきた。
だが、それも何年も続くと国庫や、王族の私財を投げ売っても厳しく。
そんな中、王都近郊に地下迷宮が出現。
その報告を受けた王宮は近衛騎士団を派遣。
攻略を終え、魔石を入手、それを五ヵ国同盟に売却。
この資金にて追加食料を購入、冬前には農村にも配給可能な量を確保出来たのだった。
フルゥスターリ王国は不作対策で失った財を回復、来年度の不作対策のための資金源に魔石を求める事に。
秘密裏に王国は国内の地下迷宮を探しだしたのだ。
ドワーフは美食家で大食漢だ、よく食いよく飲む。
だが体型は筋肉質で腹筋も割れている。
食べる分、動く、もう被虐嗜好でもあるのかと感じる程、肉体を苛め抜く。
その為か、年老いると恰幅が良くなるが。
食料事情が悪い昨今、オンブルもノワールもささやかに飲み食いするしかない。
「何か儂の扱い雑じゃないかの?」
「? そんなことねぇんじゃね。あたいも皆も頼りにしてんよ?」
「ああ、すまんすまん」
ぺルルの実家はリオートの西門、そこから南地区の住宅地区にある。
フルゥスターリではごく普通の二階建ての広間や台所などが六部屋ある家だ。近所も同じような家が立ち並んでいる。
「この時間帯なら、御父上と兄上は仕事中か?」
「非番だったり夜勤でないならね」
北門にて市民権を持ってるぺルルは市民証を提示し、ヴュニュスは入市税を払い、王都に入った二人は駅馬車を乗り継ぎ、実家近くまでたどりついていた。
ぺルルの家は代々リオートの衛兵として王家に仕えている。
「ヴュニュスもそんな堅苦しい物言いしなくても良いわよ?」
苦笑を浮かべるぺルルに、ヴュニュスも似た表情で「性分だ」と返す。
顔馴染みであろう近所の人達に挨拶しながら二人は実家に到着、家の中へ。母親に挨拶し、二人はぺルルの部屋で着替える。
傭兵ギルドと神殿巡りへと出て行こうとした時に、家に男が勢いよく入って来た。
「ヴュニュスさんお久しぶりです!」
此処まで全速力で走って来たため、肩で息をし汗を流す青年。ぺルルの兄フレッドだ。
「ええ、お久しぶりです」
仕事の途中で急ぎ帰って来たため、衛兵姿の彼に微笑みながら返事をするヴュニュス。
彼女は仲間の身内に対する礼儀として笑顔で接している。
「私も帰って来てるのだけど?」
ぺルルの発言も聞こえていない様子で荒れた呼吸を整えると、ひたすらヴュニュスに喋りかけるフレッド。
「相変わらずに御美しい。明日は非番なのですが良ければ劇場に行きませんか? 実はチケットが二枚手に入りまして。演目は――」
ぺルルの血縁とひとめで判る整った顔立ち。衛兵を表す濃藍に染められた革鎧が彼の精悍さを引き立てていた。
「兄さん! 私達は遊びや休暇に戻って来たんじゃないの!」
目を大きく開き、頬をひきつらせて甲高く怒鳴る。フレッドが何か反論する前に
「フレッド殿。お誘いは有難いが用事がありますので、また」
当人のヴュニュスに断られる。一瞬だけ落胆の表情を見せるも、すぐさま消し去り。
「いえいえ、気になさらずに」
滞在日数や宿、用事を聞くと「仕事中なので」と後ろ髪が引かれる様子でフレッドは出ていく。
姿が見えなくなり気配も遠ざかってから、ぺルルはヴュニュスに慣れてきた詫びをいう。
「兄さんが、ごめんなさいね」
ヴュニュスとフレッドが顔を会わせるたびに、デートに誘うのが恒例行事になりつつある。
後ろで母親が「ヴュニュスちゃんなら何時でも歓迎よ〜」と戯言を述べているのを流して、神殿へ仲間探しへと出ていくのだった。
数多くの神が存在するが、最も信仰される神は大地母神だ。
農業や猟の守護神とされる大地母神は、人間の最多数を占める農民達に信仰されているので必然的にそうなるが。
どんな村にも神殿があり、結婚や葬儀に祭りなど取り仕切り、医療の担い手でもある。
薬学や怪我・病気の知識を持ち、神の奇跡たる神聖魔法の使い手。
他にも、戦神や光神、夜神なども信仰を集めている。
神殿に入り祭司となるには、基本的に神の声を聞かなければならない。語りかけられた神の神殿に赴き司祭に認められると、神殿にて修行僧になる。
そして必要な知識や技能を身に付け僧侶となり、村に派遣されるなり魔物退治の旅に出たりするのだ。
大きな神殿は孤児院、病院を併設する事もある。運営費は寄付や、魔法使用料にて賄われる。
信者達が神殿に奇跡を求めれば、その代価として莫大な額の寄進を要求される。
神殿に仕える者も霞を食べて生きてはいけない、司祭や下働きの衣食住や給与も必要だ。
他にも理由はある。求める信者全員を救えるほどには、奇跡を起こせる司祭達はいない。
信者を納得させる理由として、寄進を必要とされる様になった。
これが最善だとは、誰も思っていない。しかし、どの神殿もこれに代わる方法を見つけられないでいた。
軍や探索者達が信仰する神は戦神が多い。
名が示す通り戦いの神で、卑怯な行為や臆病なふるまいを否定し、正義ある戦いのみを肯定する。
王都リオートの戦神神殿は北門付近の外壁に併設されている。
戦争時の戦場病院になる為であり、城壁を守る衛兵達の利便性からでもある。内壁にも存在するが、そちらは高級将校や騎士の為の神殿だ。
外壁戦神神殿の出入口にヴュニュスとぺルルの姿があった。
「……今は手の空いておられる僧侶様が居られぬのですね?」
「はい、寄進して頂いて申し訳ないのですが」
二人は老齢の女神官に頭を下げると見送られ、神殿を後にする。
駅馬車の停留所を目指し歩く。
「やはり駄目か」
「おかしいわよね? 軍の募集が多すぎよ」
「そうだな。この国は地下迷宮攻略はそれほど積極的でなかったはずだが」
五ヵ国同盟やスヴィエート帝国は地下迷宮攻略に積極的で、探索者は高額な発見時の懸賞金目当てだ。
国土的に迷宮が発見されやすいヌイ帝国は彼女達の容姿だと、奴隷にされる危険性が高すぎる。この国なら犯罪奴隷に落ちないなら、ペルルの市民権が助けになる。
「どうする?」
「暫くは、ギルドで護衛や討伐依頼で資金を貯めよう」
ヴュニュスは他国に移るのも視野に入れだしていた。軍の動きを考えれば迷宮攻略の許可が出るとは思えない。
貴族になる為の名声と実績、寄進用の魔石を求める彼女からすれば現状は歓迎できず。
ヴュニュスは内心考える。良いチームなのだが、と。
ペルルとノワールは、この国出身で離れるのに抵抗があるだろう。オンブルなら同行してくれるかもしれない。
「他国に行く?」
「……ペルル?」
思考を悟られたかと驚くヴュニュスに朗らかに話しかけるペルル。
「女魔術師の私がパーティーを組めたのもヴュニュスが誘ってくれたからだしね」
他国にも興味あるから、と話す彼女にヴュニュスは感謝の念が絶えない。本当に良い仲間に恵まれたと。
二人は別れる、ヴュニュスは月夜の雫亭へ。ペルルは魔術師ギルドに顔だしへと。
「ふむ。やはり見つからんか」
「ああ。どうも軍の募集で出払っているらしい」
月夜の雫亭の借り受けた六人部屋にて、ヴュニュスとオンブルはベッドで腰掛けていた。ノワールは自分にあてられたベッドで、すでに眠っている。
「ひとまず討伐などで資金をため、他国に移ろかと思う」
「ふむ。儂は構わぬが」
「ぺルルは賛成してくれたよ」
二人の視線が眠るノワールに注がれ
「うむ。ノワールもついて来ると思うぞ」
「なら心強いな」
穏やかに笑いあう二人だった。




