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ダンジョン作成記  作者: MS
第一章
20/102

閑話 探索者

 フルゥスターリ王国は東北に黄昏の帝国ヌイ帝国、北西を五ヵ国同盟の一角を占めるミュール王国、西にアルンペル自由都市連合と隣接する国家だ。

 フルゥスターリ王国より東方から南方は少しずつ開拓を進めている。


 要塞都市アベローナは北方の国々の国境近くにある。

 元々はヌイ帝国への備えとして建設された要塞であったが、五ヵ国同盟とヌイ帝国間に戦争が勃発。

 フルゥスターリ王国は二ヵ国の間を巧みに泳ぎ抜き、この戦争とその後の冷戦にて中立の立場を獲得。

 両国間の間接交易、交渉の仲立ち等の国家となり繁栄してきた王国である。

 その交易の重要拠点となったアベローナ要塞、交易等が落とす財に人が集まって出来た都市である。

 要塞都市アベローナは四重の城壁に囲まれた都市だ。

 そんな堅固な都市内に一軒の宿がある。

 大鬼殺し亭と物騒な名前の宿屋は喧騒に満ち溢れていた、一階が食堂兼酒場で二階が客室の普遍的な宿だ。

 その宿の一角、六人掛けのテーブルでエールを飲みながら周りの話を耳に入れる男が居た。

 今年もまた不作らしい、王都近くに新たなダンジョンが発見されたらしい、ミュールの首都までの良い護衛は居ないか……

 商人や職人、探索者や傭兵等がこぼれ落とす情報を頭に叩き入れながら待ち人を待つ。

 人間は面白いの。

 大地妖精族ドワーフの彼は話を盗み聞くだけでも面白いらしい。

 人間ヒューマンより低い身長だが体つきはがっしりしており逞しい、力強く手先も器用なドワーフは優秀な戦士だ。


 大鬼殺し亭の扉を開き三人の新たな客が入って来る。

 宿に溢れていた喧騒が出入り口付近から徐々に引いていく。

 大きく開かれ胸元から透けるような白い肌と深い谷間が見れる。

 深紅の髪は燃える様な、との表現がぴったりと似合う。

 一階に居た人間の視線と声を奪った彼女はドワーフの元へと歩く。

 身体のラインがまる分かりの外見で同性なら羨望と嫉妬を、異性からは情欲を呼び起こすスタイル。

 正面から見ても、横から見ても完璧な美貌。

 姿から高級娼婦を想像させられるも、その表情は自信に溢れ男に媚びを売る女には見えない。


「待たせたか? オンブル」

「構わぬよ。エールを飲んどったからの」


 ドワーフの戦士であり鎧鍛冶でもあるオンブルと、偵察者スカウトであるヴュニュスは探索者サーチャーのパーティーだ。


「それで神殿はどうじゃった?」


 パーティーに所属していた僧侶が神官に昇進、とある村を任された為に脱退。

 皆、昇進を祝い餞別会を開き送り出したのだが、パーティーの要である僧侶の補充に苦労をしていた。

 奇跡の代行者たる僧侶や神官は軍や探索者に引っ張り凧で後継者が見付からない。


「駄目だ。見習い以下ばかりで神聖魔法が使えない者ばかり」


 傷を癒す神聖魔法の使い手は、護衛や魔物退治等の危険の多い仕事からの生還確率を上昇させる。


「仕方ないの。時期が悪かったからな」


 仲間達も席につき、給仕を呼ぶとそれぞれ注文していく。

 呪縛が解けた様に店内の喧騒が戻って来たが、いまだにヴュニュスに見惚れている客も多い。


「ああ、出現期の兆候が現れてきたからな」


 出現期

 魔物を産み出す地下迷宮が大量に発見される時期を指す。

 不定期に訪れる出現期は、天災であると同時に魔石を入手できる事で、戦う術のない者達から恐怖を、それ以外の者達からは歓喜を持って迎えられる。


「そうだな。森妖精族エルフも見付からないし、今期は見逃す事になりそうだ」

「でもよ、見っかったばっかの迷宮ならあたいらなら行けんじゃね?」

「ノワール!地下迷宮を侮ってはいけませんよ」


 今まで黙って話を聞いていた仲間達も会話に加わる。

 女戦士のノワールはベリーショートな茶髪に緑瞳の少女である。

 元々は農民だが兵役の経験がある父親に剣と槍を習い、女性の身で村の自警団に参加していた経歴を持つ女傑。

 彼女の自慢は十二の時に、村近くに巣を作ろうとしていた小鬼ゴブリン達を、自警団のみで追い払った時、小鬼を三匹仕留めた事だ。


 そんな彼女をたしなめたのは、黄金色の髪を持つ女性魔術師だ。

 足元まで隠す長いローブを身にまとい、魔術師ギルド所属を表す短いマントを肩に掛けている。

 整った顔だちの理知的な美女でパーティーの金庫番でもある。


「でもよ、せっかくの稼ぎ時を見逃すってのもよ。ぺルルもわかんだろ?」


 思わず言葉に詰まった女性魔術師ぺルル、魔法が書かれた本である魔導書は高価だ。

 写本するにも膨大な礼金なり寄付金がいる。

 魔術師が傭兵の真似事や、探索者になるのも、研究資金の為が最も多く、ペルルも多数派の魔術師だ。


「ノワール、そこまでだ。エルフか僧侶がパーティーに加わるまでは、迷宮探索や攻略はしない」

「ん、ヴュニュスがそう決めたんならそうすっか」


 パーティーの皆、ヴュニュスをリーダーとして認めており、余程の事がない限り彼女の決定に異は唱えない。

 ノワールも仲間内で何かと入り用なぺルルの為の提案だった事もあり反論はしなかった。


 ヴュニュス達のパーティーは半数以上が女性で構成されている、これはフルゥスターリ王国ではかなり珍しい。

 僧侶や魔術師は比較的に女性の方が多いのだが、前衛職は男性ばかりで女性で戦士のノワールや偵察者のヴュニュスは稀だ。

 探索者の理想的だとされる構成人数と編成は、四人から六人。

 四人なら戦士二名と偵察者に僧侶、六人なら偵察者に僧侶と魔術師、戦士三名か戦士二名にエルフが理想的だとされる。

 僧侶や魔術師が女性だとしても、男性が多くなるのが普通だ。

 それに僧侶なら女性でも歓迎されるが、魔術師や偵察者は敬遠される。

 男性に比べると、どうしても体力的に劣るからだ。

 無論これは個人差等は考えられていないが。

 そんな理由で女性探索者は少ない、志しても受け入れてくれるパーティーがなかなか見付からない。

 不心得者も多い、魔物退治や迷宮探索中に仲間から襲われる事もある。

 身ぐるみをはがされ殺されたり、奴隷として売り飛ばされたり。

 此は女性だけでもなく、男性でも油断出来ないが。


 ヴュニュス達、正確にはヴュニュスに声をかけようと時機を窺っている男達を横目に今後の予定を話合う。

 結果、王都への護衛依頼を探し王都で仲間探しに落ちついたのだった。


 僧侶は神殿で修行を積み、神聖力(神聖魔法)を身に付けると魔物退治に神殿を出る。

 此れはどの神に仕える神殿も同じで、慈悲深いと称えられる大地母神の僧侶も魔物に与える慈悲は死だけだ、との考えが主流だ。

 共に魔物を退治する仲間を求める僧侶を探すのは、普段ならそこまで難しい事ではない。

 エルフもまた、傷を癒す魔法を修めている。

 エルフは皆優秀な魔法戦士であり、探索者から歓迎される存在だ。

 ただ森の生活と防衛を捨て、人間世界に出るエルフは少ないため、仲間にするのは普段から難しい。

 ドワーフは若い時に武者修行として旅に出る事を推奨されている為、仲間にしやすい。


 エルフもドワーフも神を信仰しないので、僧侶とぶつかる事がある為、探索者パーティーも人間だけのパーティーも珍しくない。

 人間と妖精の混合パーティーはそれだけで、実力者と見なされる。


 フルゥスターリ王国は国名に冠している様に王政国家である。

 王を頂点に貴族が仕え、王家への忠誠と引き換えに領土と自治権が認められる。

 貴族に大事なモノは何か?

 王家への忠誠? 領民? 名誉? 血筋? 金? 地位?

 答えは人それぞれだろうが、唯一かわらないモノがある。

 『力』だ。

 最も分りやすい力は武力だろう。

 武力があるから領民を守れ、税を納めさせられる。

 守りもせずに奪う人間も多いが、それが可能なのも武力があればこそ。

 貴族になりたいのなら力を示せば良い、生半可な力では無理だが。

 誰もが認める戦功や貢献、莫大な王家への寄進……

 何れにしても簡単な事ではないが。


 王国にて探索者パーティーを率いるヴュニュスの夢――夢で終わらせる気はないが――は貴族になる事だ。

 巷で噂にあがる様な豪華な生活に憧れた訳ではない。

 彼女の美貌と肉体を駆使すれば貴族に取り入り、嫁として貴族になる事は難くないがそれでは意味がない。

 彼女の父親も探索者だった。

 年に数度しか顔を会わせる事しかなかったが、優しく色々な話をしてくれる自慢の父だった。

 探索者の常で地下迷宮攻略中に死亡してしまい、帰らぬ人に。

 覚悟はしていた積もりだったが、悲しく泣き伏した。

 そんな悲しみも晴れぬ間に色々な事があり、父の残した財産はすべて奪われてしまう。

 父の仲間達が気付いた時にはどうしようもなかった。

 それからは、父の仲間だった人に頼みこんで探索者の基本等を仕込んで貰って探索者として生きてきた。

 父は結果として何も残してくれなかった。

 いや、残せなかった。

 だからせめて父の夢を背負おう、と思ったのだ。


「交代の時間じゃよ?」

「……ああ、すまない。今起きる」


 アベローナから十日程の距離に王都リオートはある。

 ヴュニュス一行は商人の護衛依頼を受け、王都へ向かっている途中だ。

 王都へ続く街道には宿場町が、一日おきぐらいの距離にある。

 故に通常なら野宿はないのだが、馬車に不都合があり予定が狂ったのだ。

 街道は危険は少ない、定期的に騎士団が巡回しており魔物も狩りつくされている為だ。

 報酬も護衛期間の食費と宿泊代だけ。

 危険手当てはもぎ取ったが。

 危険が少ない、つまり危険もある。

 盗賊や地下迷宮だ。

 どちらも可能性は限りなく低いが、食うに困った村が村人総出で盗賊に変わった、との話はヌウ帝国だと珍しくない。

 この国だとまず考えられないが。

 軽やかに立ち上がり、仲間と交代のため向かいだす。


 前日の遅れを取り戻す為に普段より移動距離を増やした隊商。

 様々な努力により、昨日の遅れを取り戻し当初の予定通りに宿場町であるドルミルに到着したのだった。

 王国の首都であるリオートまで四日程の距離にあるこの町は、地方領主たる貴族が王都や領地に行き来する為に使う貴族用宿泊宿を中心とした町だ。

 アベローナとリオートを繋ぐ交通の要所たる主街道。

 商人や旅人、布教や魔物退治に赴く僧侶等で賑わう町だ。


 商人用の馬車も預けられる宿に腰を落ち着けると、ぺルルとオンブルは傭兵ギルド支社へ。

 情報収集はヴュニュスに任せるのが良いのだが、依頼中でリーダーの彼女が離れるのは問題が多い。

 女ばかりだと侮られ効率が悪いので、オンブルと連れだってギルドへ向かう。


 ドルミルの傭兵ギルド支社は一階が酒場兼食堂兼ギルド支社、二階が傭兵を主にした宿だ。

 大きな町と違いギルド一本では採算が取れないのだ。

 オンブルが横で酒を注文――自費だ、ヴュニュスならパーティー共用金から出してくれるがぺルルが許してくれるはずがない――した料金に情報料を上乗せして酒場のマスターに払う。

 仕入れる情報は魔物や盗賊の出現情報を主に、地下迷宮の攻略募集等の噂だ。


「南の開拓村付近でゴブリンが出たぐらいだな」


 怪我で傭兵を引退したマスターは手早くオンブルにエールを出すと、流れる様に金を懐に入れると喋りだした。


「街道は?」

「安全だよ。ただ……」


 追加の料金をさらりと手渡す


「墓荒らしが出てるらしいな」

「……神殿は?」

「光神神殿が動いてるな、ギルドに墓地見張りの依頼が出てる」


 魔術師ギルド所属のぺルルとしては、気になる情報だが隊商護衛依頼には影響はあるまい。

 オンブルが飲み終わるのを待つと、マスターに礼をのべ宿に戻る二人だった。


 強行軍で疲れたであろう商人一行は食事が済むと、早々に二階にのぼっていった。

 依頼人の姿が見えなくなった為に、オンブルとノワールがチラチラとヴュニュスとぺルルを伺いだす。

 目をうるうると潤わせて媚びる。

 まだ女性のノワールがするのは愛嬌があるが、男で大地妖精族ドワーフがやると腹立つんだけど?

 思わず、いらっときたぺルルの感想だ。

 酒飲みの二人が許可を願っているのだ。

 ヴュニュスは口元に苦笑いを浮かべているが、目が笑ってない。

 まだ依頼中だ、明日も早くから出立するのだ。

 二人でふざけているのだろう。本気なら今夜は徹夜で語り合わなければならない。

 二人の怒気が伝わったのだろう、ノワール達はすごすごと二階へ逃げて行く。

 残った二人は顔を見合わせると微笑む。そしてギルドで仕入れた情報等を話し合うのだった。


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