一章第十三話
犬人
名が示すとおり犬が人間の如く二足歩行し、両手で道具を扱う魔物の一種だ。
基本的に弱肉強食の魔物社会で最下層に位置する犬人は、時に人間に捕らえられ愛玩奴隷や生きている的として売り買いされる。
毛並みが美しい、愛らしい犬人は専門の調教師に厳しく躾られ、魔具服従の首輪を付けられ貴族や資産家に売られたり、贈られたりした。
それ以外は騎士団や軍に売り払われ、新人の殺しの耐性付けや訓練に使用される。
もっとも家畜と同じように増やす事が可能となった時期から、地下迷宮や野良から捕らえられる事は少なくなったが。
大麦と小麦を収穫できたので魔法生物やアンデット、精霊種以外の魔物を創作可能となった。
残りの使用可能ポイントは177.5ポイント、犬人なら十七体創作可能だ。
数を揃えるのも手だが、流石に犬人をこんなに創ってもな。
現状の生産規模を考えても養えない。
宝石椅子に座した彼はサイドテーブルからカスタム本を取ると、魔物創作リストを眺める。
欲しいのは偵察可能で判断力がある魔物だ。
カスタムすれば犬人でも可能だろうが。
女淫魔、悪魔種に分類される女性型魔物で蝙蝠に似た羽を持ち飛ぶ事が可能。
ただ食料として男性の精が必要で、現段階で創作可能なため弱い。
興味がない訳でもないが見送る。
男淫魔、女淫魔の男版、却下。
猫人、犬人の猫版、保留。
小妖精、人間の頭部と同じぐらいの身長で蝶の様な羽を持ち空を飛べる。
が、悪戯好きで好奇心旺盛。
偵察を頼んでも己の好奇心を優先させそうで却下。
他にもリストに載っているが、偵察には向かないと判断。
ふぅ、と息を吐き出すと思考を改める。
計画通りに小鬼を使うか。
「モンスター創作開始。ゴブリン創作、カスタム開始」
《ゴブリン創作必要ポイント25ポイント消費。カスタム指示要求》
名前:
種族:ゴブリン
性別:
技能:暗視
魔法:
能力値
ST:9
DX:12
I:11
HT:10
HP:12
MP:9
彼は次々と指示を出しカスタムを終了させる。
名前:ラン
種族:ゴブリン
性別:女
技能:暗視、弓矢、網投げ、忍び、追跡、隠匿、偽装、森林生存
魔法:
能力値
ST:9
DX:12
I:11
HT:10
HP:14
MP:9
モンスター創作、カスタム使用ポイント25ポイント。
残り使用可能ポイント152.5ポイント。
自分も技能付与で戦える様になったが、実戦経験はない。
ないとは思うが万が一のためにイースは呼んでおくか。
執務室で小鬼用の装備を購入し、エレナとイースをダンジョンマスター室へと呼び出す。
小鬼に羞恥心があるか大いに疑問だが、念の為にネブラ召喚時と同じ対応を取る。
ランから話を聞いてから、次の対応を考えれば良いだろう。
イースはエレナの護衛だ。
召喚魔方陣が出現する手前にエレナがシーツを持ち立ち、背後にイースが身を寄せる。
いざという時にエレナの盾になる為に。
小鬼用の装備は籠に入れられエレナの足元だ。
準備が整った事を確認後、召喚する。
「モンスター召喚」
魔方陣の輝きや閃光はシーツに阻まれ、召喚は終了した。
イースも動く様子もなく問題はなさそうだ。
シーツの向こうでガサゴソと装備を身につけている音を聞きながら考える。
小鬼は技能暗視があるが骸骨戦士にはない。
それなのに骸骨兵達はランタンや松明もなしに暗闇の中で行動可能だ。
後でイースから話を聞くか、などと考えている間に装備も終わったらしい。
エレナからの合図に頷くと、シーツが取り払われる。
すぐさまエレナは跪き頭を伏せ、イースも片膝をつき、頭を伏せる。
小鬼は土下座だ。
「よい、頭を上げよ」
さて、色々と話を聞かないとな。
額から二本の小さな角が生え、大きくぎらつく赤い目。
肌は土色で凶悪そうな顔づき。
ランは、ゴブリンとして平均的な容姿の持ち主だった。
元人間の彼も内心恐怖を感じたが、考えて見れば死者であるスケルトンすら慣れて頼りにしているのだ。
その内慣れるだろうと、最近巧くなってきた無表情でランを見詰める。
慣れるまで、小鬼増員は控えるが。
イースとエレナは訓練と仕事に戻し、ダンジョンマスター室で二人だけで会話している。
「それでは小鬼が衣類や武具を身につけるのは寒さから身を守り、傷つかない為か?」
「はい、親分様。その通りです」
それなら小鬼の召喚時にエレナは必要ないな。
自分に装備等を持たせたくなさそうなエレナを次回から外す事に。
「ついて来るように」
「はい、親分様」
今の処、敬意を感じ敵対心等はなさそうだ。
二人きりになったのも、演技や擬態を疑った故。
内心の溜め息を溢さぬように――迷宮の主になってから増え慣れてきた――気をつけて大部屋へ向かう。
疑い深い自分に嫌気がさす。
信じず裏切られるより信じて裏切られよう。
そうは思うが、裏切られた時に失うのが命でないなら良いのだが。
(残り時間は?)
《残り後約185時間》
気分が悪くなり強烈な吐き気が襲いかかる。
「ドウカナサイマシタカ?」
大部屋でランと骸骨兵の模擬戦準備中に思わず深く考えこんでしまった。
「いや、何でもない」
イースは暫し心配そうな気配を醸し出していたが納得したふりをしてくれる。
「失礼シマシタ」
しかし骸骨の雰囲気が理解出来る様になるとは。
深呼吸をし、気分を何とか平常心に戻す。
時間も残り少ないのに慣れるまで、はないな。
準備も調ったらしく、二体が向きあってる。
片や骸骨兵スウ、そして小鬼ランだ。
ランは柔軟革鎧で身を守り、手にはネット(投げ網)を手に、スウは硬化革鎧に中型盾、騎士剣を構え、互いまでの距離は五メートルぐらい離れている。
彼に確認を取ったイースが開始の声をあげた。
「ハジメ!」
合図とともにスウが駆け出し――網に捕らえられる。
「ソコマデ」
微妙な空気が大部屋に流れた。
合図があるまでジタバタと網から抜け出そうとしていたスウも動きを止め。
ランも投擲した姿で固まり。
本当に微妙な空気が流れていた。
あの後、骸骨兵達とランには戦闘訓練を命じて彼は迷宮拡張へ。
骸骨兵が演習場に使用している大部屋は左右に小部屋が、上下に通路が作られている。
下の通路は石畳の廊下でダンジョンマスター室に、上の通路は中部屋へと続く。
中部屋の右側に小部屋が二つ、左側に通路を挟んで小部屋がある。
中部屋から上に再び通路があり小部屋へ。
この小部屋へ続く通路と大部屋への通路は人一人なら余裕で、二人だと身動き出来ない幅で作られている。
此は大群で攻め寄せられた時の為の処置だ。
敵は小部屋から中部屋まで、中部屋から大部屋まで一人ずつしか入れないのに此方は中部屋、大部屋で一対多数で戦える。
小鬼でもそこそこ戦えるはずだ。
小鬼には中部屋を与え、大部屋は引き続き骸骨兵に。
彼の考えでは、この小部屋の右側にもう一つ小部屋を創ったら上に地下迷宮の出入口を設定する予定である。
即ち、彼の地下迷宮が地上と繋がる日も近い。




