番外編 ホムンクルス
黄色のボールがコロコロと動き廻る、孵化器から孵ったヒヨコだ。
孵化器にはまた卵が置かれて、次のヒヨコを育てている。
「でも、どうして受精したのかな?」
不思議だよね?
鶏は一匹で卵を産むから雌鳥。
うんうん、と頷く。
一匹だから雄鶏も居ないのに?
首を捻りながらしばらく悩んだが、考えても解らない事は、ご主人様か先輩が教えてくれるだろう、と気にしない事に。
ヒヨコを両手の上に乗せ目を合わせる。
「早く大きく成って卵をよろしく」
ヒヨコが生まれたのを発見したネブラの感想だ。
さつま芋を収穫し食堂へと運ぶネブラ。
エレナは料理中だったので、声をかけて冷蔵庫に芋を入れていく。
「先輩、卵が孵ってヒヨコが生まれたよ。だから今日は卵はないんだ」
「あら、ありがとうネブラ。なら今日は卵料理はなしね」
料理の手は止める事もなく、素早く頭の中で今日のメニューを組み替えながらネブラと話す。
「ヒヨコは?」
「とっても可愛いんだよ」
と嬉しそうに話すネブラに良かったわねと返すエレナ。
そんな微笑ましい会話をしながらも頭の中で、このペースで増えるなら鶏料理を創造者様に捧げられる日も近いわねと思考するエレナ。
二人共に手は流れる様に作業を続けている。
ネブラは芋を入れる単純作業だが。
「そういえば先輩。雄鶏居ないのに何故ヒヨコは生まれるんだい?」
「創造者様の御力よ」
「そうだったのか! 流石ご主人様だね!」
一瞬の迷いもなく断言するエレナ、素直に信じるネブラ。
尊敬される師と素直な弟子、仲が良い姉妹…
そんな良好な関係を築いているホムンクルス達だった。
因みに孵化器も洗濯機や冷蔵庫等の魔具の為、執務室で彼が定期的に魔力補充をしている。
故に魔力が低いホムンクルスでも魔具使用に不自由がない。
農場部屋の丸太小屋前で、エレナとネブラは休憩のお喋り中だった。
お喋り、といっても内容は作物の生産予定や収穫見込みだったが。
「薩摩芋はネブラの言った通りに三日で収穫できましたね」
「たまたまだよ。あ、ピーマンも三日でまた収穫できそうだ」
白湯を飲みながら、のんびりと会話に花を咲かせていた。
「卵も三日ぐらいで孵りましたね」
「うん、そうだね。鶏になるのも早そうだ」
卵の使い道は多い、余裕が出て来たら自家製のマヨネーズも作りたい。
「孵化器の数があれば良いのだけど」
「一つしかないしね」
ネブラの見積りでは、現状の鶏小屋だと十匹ぐらいが限界と考えている。
ストレスが掛かると卵を産まなくなるのだ。
食肉用だと割り切るなら別だろうが、貴重な食材だ両方使える方が良い。
消費者は今の処、ダンジョンマスターたる彼だけだ。
なので鶏が五匹になったら、しめて食肉にしましょう、少々早いですが次の食後に創造者様に相談せねば、と考えている。
「もっと畑を広げれば、収穫も増えるんだけど」
「収穫が重なったら大変でしょう?」
「そうなんだけど、日が暮れてからも水撒きや収穫は出来るからね」
二人で悩んでしまう、エレナは初日の失敗から献策を控えていた。
ネブラはご主人様の命令だからと従ってきたのだが。
ホムンクルス達が休んでいる時も、彼は地下迷宮の拡張や物資の購入にと動いているからだ。
主が働いているのに、との思いが募っていた。
「先輩、ご主人様に相談した方が良くないかい?」
目を瞑り深く考え込むエレナ、じっと見詰めるネブラ。
現状、創造者様は私達の働きに満足為されておられる。
彼の初期を知っているエレナは収穫量が増える事が即、彼の思惑に添うかも疑問だった。
食料の生産を優先するならば、作業員をもっと創作するか、作業時間を増やすかと手を打つだろう。
ネブラの気持ちも理解出来る、エレナも同じ思いだから。
「私から創造者様に相談してみましょう」
「僕も一緒に行くよ」
エレナだけに泥を被せる気はない、との意思表示だったのだが。
「ありがとう。でも大丈夫だから、ネブラは自分の仕事を、ね」
「……分かったよ」
休憩時間も終わり、とグラス等を手早く回収して農場から出て行くエレナを見送り、農作業に戻るネブラだった。
黒パンは、パンに使われる麦粉からふすまが完全に取り除かれていない為だ。
中には麦自体の特性で黒パンになる物もあるが。
定期的に補給される黒パンは、後者のパンだとエレナは思っている。
自分達を創作為された尊き創造者様に相応しいパンとは思えない。
あくまでエレナの感性では、だが。
小麦が収穫出来ればパンを自作可能になるし、大麦からは麦茶やエール、ビールも作れる様になるかもしれない。
創造者様に相応しい食卓作り計画は遠く険しい。
彼の夕食後。
「失礼いたします、今よろしいでしょうか?」
「構わないが、どうした?」
「はい。労働時間の延長を願えませんか?」
「……理由は?」
「掃除範囲が広がり、農場の生産も拡大可能の為です」
暫し思案した彼は決断を下す。
「無理のない範囲でなら許そう」
「ありがとうございます」
不興を買わないかと内心不安だったエレナは安堵したのだった。