閑話 奴隷
三月十四日、19時に改訂した改訂版と差し替えさせて頂きました。
実りの秋を迎え、黄金に輝く麦を刈り終えた村人達の表情は、収穫の喜びでなく苦悩の色が強い。
フルゥスターリ王国は、この数年不作が続いていた。
要塞都市アベローナに程近いこのミール村も例外でなく不作続きである。
僅かな蓄えを切り崩す、免税される兵役に若い男衆をだす等の努力により税を納めてきたのだが……。
「やはり、か」
年老いた村長の口から苦渋に満ちた結論がもれた。
貢納として定められている量の麦はあるが。
「このままでは、冬をこせぬ」
非常時のための蓄えはすでにつき、これ以上男衆を兵役に出しては村がなりたたなくなる。
重苦しい空気が村長の家にあつまった村人達にのしかかっていた。
誰もが疲れと苦悩にみちた表情を隠す様に床を睨んでいる。
税として納める麦以外の、芋を主とした作物も多くは実らず。
森の、川の恵みにも恵まれない。
このままでは餓死者が出るのは必然だ。
家畜は去年、潰して金へとかえてしまっている。
農具は生命線ゆえに手放せない。
あと売れるモノは……
「奴隷商を呼ぶ」
村長の言葉に反論はない。
村人達から嗚咽がもれだす。
年頃で器量の良い娘なら高値で、幼い娘も売れる。
男子も売れるが幼くても働き手として手放せない。
成人女性も働き手として必要だ。
口減らしをかねて、幼い少女達と働き手であるが一人で少女三人分の売値になる年頃の娘もまた売られてしまう。
村人達は皆家族同然であり誰だって、どの家の子だって手放したくはない。
だが、売らないのならば年老い働けなくなった老人や働けなく手もかかる乳のみ子を口減らしせねばならなくなる。
ペコペコのお腹をなだめながら、森の中で薪を拾い食べられる物を探す。
秋だというのに森の恵みは少ない。
狩人のおじさんも獲物を求め、何日、何十日も帰って来ない事も珍しくない。
食べられそうな物は見つけられずに家へ帰る。
村の集会があってから大人達の様子が変だ。
食糧事情が悪いから暗いのは仕方ないのだけどますます酷くなってる。
収穫祭が開催されなくなって三年たつ、無事収穫できた事に感謝し来年の豊作を祈る祭り。
村唯一の祭りであり、その日だけは皆笑顔で過ごす。
ずいぶん昔に感じられるけど三年前なんだよね。
村が何やら騒がしいけど何かあったのかな?
村の広場に馬車が三台停まっていた。
租税はすでに役人に納め終えてるし、こんな規模の商人が来ても買うお金も、売るも……奴隷商?
人口二百人に満たないミール村の四歳から十六歳までの娘達が村長の命で集められた。
異様な空気に幼い子供達も押し黙り、村長に言われた通りに立ち、緊張から竦んでいる。
そんな中を村長と見知らぬ男女の三人が集められた娘を一人一人見て回っていた。
村長が男女に娘を紹介し、男女が村長に質疑応答する形だ。
歳嵩の娘達は理解したのだろう、皆諦めにも似た全てを受け入れた殉教者の様な表情をしている。
奴隷の女の行く末等は決まっている、娼婦だ。
娼館か売春宿かは判らないがどっちにしても代わりばえしない。
だが抵抗したり、逃げだしたりする者はいない。
幼く理解できない子以外は解っているのだ、自分達が逃げたりすれば村が滅びると。
結局、十六歳と十一歳の姉妹、そして四歳、八歳の少女、四名の娘が売られ、ミール村から離れて行く事になった。
明日の朝出発で、今夜が今生の別れとなる。
チュヴァとブリザは姉妹揃って奴隷として売られる事が決まった。
本来なら一家族から複数人を売る事はないのだか、姉妹はかなりの高値が付けられたため売られる事になったのだ。
村に必要な金額を入手するために十人は売らなければならない予定だった。
だが、姉妹を売れば八人分の金額になり四人で済む。
となれば、なるべく人数を手放したくない村長を始めとした村上層部の判断が不文律に近い姉妹売却に傾くのも仕方がないだろう。
今夜の夕食は豪華だ、黒パンに茹で芋、肉の入ったスープ。
村人達の不平不満が溜まらない様に調整するのも村長の役目だ。
共同体である村社会で何の理由もなしに負担を一部の人間だけに負わせるのは禁忌。
だから村長は貴重な食糧を大量に渡す事で負担と利益の調整をしたのだ。
久々の豪華で大量の食事を喜んでいるのは幼い兄弟姉妹だけで両親とチュヴァは暗い表情をしている。
十六のチュヴァは高値が付いた事から解る様に美しい少女で、三年前からの不作がなければ疾うに良人と結ばれ子をなしていたであろう。
フルゥスターリ王国では珍しくない茶髪に緑瞳だが、この様な村には似合わない貴族的な美貌。
日々の農作業で日に焼けた肌と、家事の手伝い等で荒れた手、栄養不足で痩せすぎた身体等の欠点があるも厳しい審美眼を持つ奴隷商が大金になると確信する美貌の持ち主である。
チュヴァも両親も結局何も特別な事はせずに、家族で固まって寝入った。
凍死を避けるために家族同士で体温を暖めあう。
抱き締めた家族の温もりを忘れない様、心に刻みながら。
まだ日も昇りきらぬ早朝、奴隷商の馬車に売られた娘達が乗せられて行く。
ぐずられぬ様に寝たまま馬車に運ばれる。
見送りは村長と売られる娘の親達だけだ。
村外れで奴隷商の護衛達と合流し、ゆっくりとミール村から離れて行く。
奴隷商と護衛の会話から、まだ他の村を廻って奴隷を買い集めるらしい。
妹の頭を膝にのせ、離れていく村を見詰めるチュヴァ。
彼女達と彼の運命が交差するまで今しばらくの時が必要だった。