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ダンジョン作成記  作者: MS
第四章
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四章第一話(中編)

 時はネームレスが丹誠込めてなめした皮を、ハブとディギンが駄目にした頃。農場部屋の内部季節が冬設定となって一ヶ月程、迷宮外が積雪にて白一色となり街道監視を中断してインプ達も引きこもり出した時点に戻る。

 ネームレスが手ずからなめした皮で、狸ではないものの皮算用していた武具補給が潰された。よりによって、ハブとディギンの両名に。二階層実戦を経て修繕痕が顕著な革鎧を着込んでいるハブとディギン、ネームレスは結果的に気持ちだけになるだろうが自らが作業を行い得た売却資金で新しい防具を買い与えようとしていた。これがただの自己満足に過ぎないと感じているネームレスは、この事を告げる気がない為だ。

 報告は無論、実際に己が直接確認した獅子奮迅の働きを評価するのと同時に、その忠勤に報いる報奨品としてだ。それがその二人に駄目にされたネームレスの内心を推し量るのは容易いだろう。

 親に叱られる子供の様に縮こまった両名を前に、ネームレスは穴だらけで売り物にも補修用品としても使えそうにない皮に諦めを付けた。丁寧に扱う様に言付けた事を破られた怒り、信用していた両名の失敗への落胆、それら諸々の内心を悟らせない様に押し殺すと二人を遠ざける為に帰らせる。我慢が効いている間に離れなければ、この皮が両名への贈り物を購入する為の物と知らないハブとディギンに理不尽な怒声が口に出そうだからだ。


「失敗は誰にでもある。下がって良い」


 何度も頭を下げて謝るハブとディギンを、ネームレスは気にするなと手を振り追い立て居住区へと急がせた。農場部屋片隅で皮加工に使っている区域を独りで後片付けする。皮の内側に付着している不要な部分を削り取るナイフを研ぎ直し、柔軟性を出すのに皮を伸ばす為の道具等を集めてブルーシートを被せた。手慣れる程に繰り返し、考えなくても身体が動く作業をして感情を抑え考えをまとめる。

 どちらにせよハブとディギンには新しい鎧を贈るのは、ネームレスの中で決定していた。二名の活躍と貢献で何もなしだと士気に係わるだろうと。今現在、ゴブリンから死者が出ていないのは個々の努力もあるが、やはりハブとディギンの活躍による所が大きい。


「コルジァ、ヴォラーレに手が空き次第我が元へ顔を出すように伝えよ」

「はい、御主人様」


 押し殺し、時間を置いたが未だに燻る感情を吐き出すべく、ネームレスは捕虜世話役に任じられて今の時間帯なら暇をしているはずのヴォラーレを呼び出すのだった。



 この地下迷宮に在籍するゴブリンは、第一世代と仮称されるDMネームレスに創作された十一名、そんな彼・彼女らから産み出された十五名の第二世代を合わせた二十六名である。

 基礎的な組織図を表すと、第一位である族長であり精霊魔法使いでもありネームレスの側役を勤めるフジャン、多忙な彼女の代理として第二位として実質的にゴブリンを統率するのは森林遊撃兵ランだ。当事者は相変わらず下っ端の積もりだが次位にハブとディギン両名の男性陣が位置する。次席は残りの第一世代の七名である。

 その下が第二世代となり、世代内部の序列は三名いる女性が上位、残りの男性陣が最下位のピラミッド式権力構造となっていた。

 弱肉強食である魔物社会だが、その多くは母体となる女性上位の社会性も持ち、同じ第二世代でも男女で扱いと地位に隔たりがある。だが、ハブとディギンの様に男でも実力や実績を認められれば高位となりえた。この先、新たな加入や貢献にて変動していくだろうが、現況はこの様な組織運営となっていた。

 戦隊も様々な試行錯誤を経て、ゴブリン隊編成は第一世代の女ゴブリン、第二世代女ゴブリン、第二世代男ゴブリンが四名の合わせて六名が小隊となっている。小隊の呼称はネームレスの覚束無い(あやふやな)記憶から引き出された軍事知識からだ。

 小隊長は古参で経験を積んだ第一世代、副長は第二世代女ゴブリンが、他男ゴブリンは纏めて兵士とされていた。隊長のゴブリンは第四位帯になる第一世代七名が持ち回り勤め、誰が指揮を取っても問題なく戦えるようにする為だ。現環境では男ゴブリンは徹底的に兵士として育て、死亡しても容易く補充が出来て入れ替えによる戦力低下を最小限に抑える事を目指している。

 同時にこれは第一世代への指揮訓練でもあり、どの小隊を預かっても問題なく掌握出来る様にする為だ。班をまとめ統率して隊長の補佐をする為に副長が置かれ、班名も基本この副長の名で呼ばれている。

 副長の役割は補助として隊長を助けると共に学び取り、時期が来ればそのまま隊長に昇格させる予定だ。出産される男女比を考察、これからの戦闘にて出るであろう戦死者等の落伍者を考慮すれば何時かは男性の隊長候補生も出現すると思われる。



 地下迷宮第二階層の全貌は既に把握され、この階層を守る魔物達も攻略方が確立されている。もはや戦闘というより、こちら側が一方的に屠る狩りに近い状勢と化している。無論、今現在のゴブリンの装備と練度では敵わない魔物、特にこの階層最奥に現れる牛頭人(ミノタウロス)には挑む事はない。

 特殊(ユニーク)類稀(レア)な魔物以外は恐れる事はない、第二階層の敵対魔物に慣れたゴブリン達の大半がこういった思いを抱いていた。それが油断を招いたのだろう、その日も順調に探索を進めていたヤン率いるイチジョ小隊は八頭からなる灰色狼(グレイウルフ)の群れと戦闘に突入。


「落ち着いて行くぞ、イチロウ、クオは私につけ。分断するぞ、牽制だ!」


 ヤン自ら前線に立ち二名のゴブリンと共に五頭の狼を引き受け、残りの三頭をイチジョを指揮官とした残りのゴブリンで囲み叩く。


「向こうはヤン姉様に任せて、こっちは囲んで! 一対一(タイマン)に持ち込む!」


 既に狼の攻撃習癖は把握済み、手足を狙い抵抗力をそぎ落としとどめに急所の喉を狙ってくる。ヤン達が盾を巧みに扱い五頭を牽制している間に、イチジョらは槍を使い三頭の連携を阻み囲む事で狼達に互いの背後を庇わせ動きを操作(コントロール)した。

 なめしに失敗した皮を利用して、狼が狙ってくる手足首を補強してある。イチオは故意に足を噛み付き易く差し出す。獲物の機動力を削ぎ戦闘力を落とそうと咄嗟に狼は食らい付くも、防具が厚い個所に牙を誘導されて負傷させられず。待ち構えていたイチオが槍を手放し腰の手斧で狼の頭半分近くまで刃を叩き込んだ。

 クロウは背後で絶命した仲間に気を取られた担当の狼に鋭く槍を突き刺す。殺気に身を翻し穂先を回避した狼だが次に槍を捨て組み付きに転じたクロウの腕に捕まる。片腕で首を絞めつけ呼吸を妨げながら体重を掛けて首の骨を折ろうとするクロウ。泡を吹きながらも爪で引っ掻き回して逃れようとする狼。


「ぶるぅあっ!」


 クロウは叫び声をあげる事で気合いを入れ抵抗の激しい狼の顔面にクロウは二本指抜き手を放つ。狙い違わず目を貫き頭蓋骨をも貫通。手首を回転させて柔らかな脳を掻き回す。狼の抵抗が弱まり痙攣するも油断なく首を折ってとどめを刺して離れる。

 イチジョ隊付きの伝令インプが、隊員数よりも多い魔物に遭遇時の段取り通り近くに居る別班へ救援を要請に飛び立つ。それを横目にヤン組は時間稼ぎに専念、イチジョもまた槍を小刻みに突き狼の足止めに腐心。ヤンが班内でも特に戦いが巧みなゴブリンであるイチオとクロウを自分に任せた意味を理解していた。二人がその戦闘力を遺憾無く発揮出来るように戦場を整えるのが己の役目だ、と。

 実際、狼と差し向かったイチオとクロウは瞬く間に対面の狼を屠った。後は二名と合流、手早くイチジョが相手していた狼を排除する。

 群れの半数近くを失った狼達が動揺、逃走に移るもののヤン組とイチジョ組に阻まれて狼達の進退は窮まった。後は包囲して逃げ場をなくした残りの五頭を六名のゴブリンで殲滅する消化試合だ。狼を確殺可能なヤン、イチオ、クロウの三名を残りのゴブリンが補助するだけの簡単な作業。

 その油断を狼に突かれた。

 手放した槍を回収しようとイチオとクロウの意識が狼から放れた瞬間、狼の中でも一回り体格の良い群れの長がイチジョに飛びつき喉を噛み切ろうと牙を剥く。

 ヤン組は狼を挟んだ反対側に居て手出しが出来ず、慌てて槍回収を放棄して助けようとしたイチオ達にも別の狼が襲い掛かり行く手を阻まれた。

 背中を強打し腕を前足で押さえ込まれ抵抗もままならぬイチジョ。彼女の無防備に晒された喉を食い破らんと狼の顎が伸び、その狭間に差し込まれた腕を噛み千切る。


「おらぁ!」


 千切られた腕と(かいな)の切断面から吹き出る血、そして噛み千切れて動きが阻害されなくなった瞬間に繰り出された手斧で首を切断された狼のそれで血化粧をほどこされたイチジョだった。



 イチジョ班からの救援要請を届けられて、いの一番に駆け付けたハブの視界に入ったのはイチジョが狼に押し倒されようとしている場面だ。狼が醸し出す気迫から相打ち狙いの決死の覚悟を嗅ぎ取った。狼に攻撃を加えても牙は止まらない、戦況を確認しようと足を止めた為に弾き飛ばすには加速が足りない。狼が押し倒して牙を剥き、イチジョの喉に噛み付こうとする刹那にそう判断したハブは迷いなく自分の腕を身代わりに差し出した。

 余りにも咄嗟だった事に加え間に合わせるようと跳躍で距離を縮めたので噛み位置の調整が出来ず、牙が肘間接に食い込み噛み切られる。狼が口内に残る腕を吐き出すよりも速く、心臓の鼓動に合わせて血を吹き零しながら手斧で断頭。狼にのしかかられ下に居たイチジョに刃が届く前に勢いを完璧に殺して斧を制止させた。狼の首を一刀の下に切り落とした威勢を制御、偶然でなはなく可能と判断出来る技量と腕力を備えたハブだからこそ実現出来た妙技である。

 旗頭を失った狼はハブに遅れて到着した別班とヤンやイチジョ班のゴブリン、傷口から血を撒き散らしながらも最前線に立つハブにより殲滅されたのだった。



 ハブは狼が全滅した後、周囲に血の臭い等で魔物が引き寄せられたりと他の脅威がないのを確かめる。用心深く見回しながら腰に吊された革袋に用意していた包帯を取り出す。端を噛み、残った手を使って心臓の鼓動に合わせて吹き出る血を止める為にきつく縛る。


「大丈夫?」

「少し血を流し過ぎたかもだが、まぁ大丈夫だ」


 救援の班に剥ぎ取り等の後始末を頼んだヤンがハブに声を掛け、血止めだけは済ませてある傷口を覗き込む。


「自分、怪我、助けなくても」

「んー、まぁ俺が勝手にやった事だ! 気にすんな!」


 弱肉強食の魔物社会、弱者を助ける事は美徳ではない。例えそれで再起不能となったり死亡したとしても本人が弱いからだ、で済ませられる。だが同時に女性上位社会でもある魔物の中で、母体となり得る女性体を男性が命を捨てて助けるのは当然ともされていた。

 故にこれがハブとディギン以外の男ゴブリンならば称賛され絶賛される。

 だがハブの場合は、いくつもの畑を実らせた優秀な()実るか不明の畑(出産経験のない女)という付加価値が付く。要はゴブリン族全体からするとイチジョよりもハブの方が重要なのだ。


「ハブ、後で、ラン姉、説教」

「お、おぅ」


 獅子が獲物を前にした様な笑みを浮かべてヤンはハブを見詰めて無情な現実を突き付けた。

 片手を失う程の重傷を負って助けたハブに待っているのは称賛ではなく叱責である。

 肩を落とし傷口を庇いながらイチジョの元へ向かう彼を変わらぬ笑みで見守り(ハブ、お前の子供をまた産んでやるからな)と内心で熱い溜息を漏らしながら潤んだ瞳をするヤンだった。

 彼女の好感度が爆発的に上がったのがハブへの報酬だったかも知れないが、女性陣との生産活動から逃れたい彼としては絶望ものだろう。


「血をながしすぎたか? なんか寒気が……」



 押し倒されてから続く急展開の連続で茫然自失していたイチジョにハブは声をかけ、彼女を残った腕一本で引き起こす。それから彼女を簡単に検査して他に怪我等がないのを確認する。


「おう、怪我はなさそうだな! 油断したら駄目だぞ」


 片腕を失う大怪我をおう原因となった彼女への追求はそれだけで、二人の周囲で「腕ぇ、腕ぇ」「ハブの兄さん、うでがぁ!?」「この畜生! よくもやりやがったな!」「兄貴っ、腕です。引っ付けて縫えば使えませんか?」と騒ぎ立てるイチジョ班のゴブリンを宥め「おう、大丈夫(でぇじょうぶ)だ大丈夫だ」蹴り飛ばし「馬鹿やろう! せっかくの獲物が傷むだろうが!」呆れ「いや、無理じゃね?」落ち着かせた。

 そうこうしているとハブが貧血で倒れ、慌てて彼を担ぎ上げで撤退する。

 因みに腕は一足先にインプから報告を受けていたネームレスがユーンに命じて再生させた。数日のリハビリが必要だったが以前と変わらずに使える様になる。そして待ち構えていたランに引きずられてゴブリン居住区に連行されるハブだった。

 なおゴブリンの治療に不平を鳴らすユーンを宥める為に、捕虜女性陣がネームレスから依頼されたエレナやヴォラーレに頼まれ、いかにも演技ですと言わんばかりの棒読みでユーンを称える。


「あー、すごいなー、あこがれちゃうなー、ユーンさまー、ちょーかっこいいかもー」

「本当に治癒力だけは立派ですね」

「うん、本当にその癒しの力は素敵です」

《ふははっ、そうであろう、そうであろう。もっと我を褒めたたえる事を許そうではないか!》

(ユーン様、褒められている様でそうではないのです)


 ひと巡り(季節)共に過ごす事でフルゥスターリ語の聞き取り(ヒアリング)を習得していたエルフの少女は、良い気分になっているユーンに水を差すような真似はせず、独り心の中で涙を流すのだった。


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