一章第七話
死霊魔術師
元は魔法にて不死を目指した一派が
『死しても活動可能で自我が残っていればすなわち不死者である』
この考えを理念と信じた魔術師達がある魔法を解読、成功させた事により一般的に知られる様になった存在。
『死者転生魔法』は魔術師を生者から死者に産み換え不死魔術王となす魔法である。
人間でありながらモンスターになる為、禁術とされた。
だが不死を望む者は多く少なくない人間が外道に落ちていった。
その外道達が死霊魔術師である。
彼、彼女らは死と霊魂の秘密を知り魔法を極めるため動く死体や骸骨を産み出す。
死霊魔術師にとってゾンビやスケルトンは壁であり盾でしかない。
ゾンビやスケルトンを産み出せる程の死霊魔術師なら己の魔法を使った方が強力だからだ。
だからスケルトンに訓練を施す死霊魔術師は存在しなかった。
骸骨兵長イースは部下である七体の骸骨達を満足そうに眺めていた。
スケルトンに食事も睡眠も休息も必要ない。
神聖力で滅ぼされない限り燃やされても粉々に砕かれても再生する。
そんな彼らが武具の手入れ、修繕、矢の回収以外の時間を訓練に費やせば効率は人間の及ぶところではない。
其々も個を感じさせられる様にもなった。
雑魚と侮られるスケルトン達に態々名前を与える存在は少ない。
少ない例外も番号だったりアルファベットだったり、だ。
訓練開始時は滅茶苦茶だった命令系統だが、今は統制がとれている。
まだまだだ、もっと上を目指さねば。
訓練にももっと熱が入る。
ホムンクルスのネブラは数を十までしか数えられなかった。
しかしこれはウウゥル大陸では珍しくない。
基本的に愚民政治を採っている国家が多く、農村部では文字の読み書き、簡単な計算ができるのが税を納める為に必要な村長だけだ、という状況。
召喚された時もそうだ。
農民からすれば領主も貴族も国王も雲の上の存在、土下座しか知らないのだ。
今は就寝前に簡単な計算と礼儀作法をエレナより学んでいる。
ネブラはエレナと同衾している。
丸太小屋にベッドは一つしかなく、農家部屋を創作しようと考えていた彼を止めて二人で同衾する事で寝床問題を解決。
因みに二人共に――彼も――寝間着を持ってないし必要性も今は感じていない。
彼は寝る時は肌着姿な為、購入を忘れていてエレナも指摘しなかったので気付いてないのだ。
本当は共寝と著すべきだが彼女達の寝姿を表現するなら同衾がしっくりくるのだ。
詳しい描写は避ける。
農場の畑使用面は三十八面、まだまだ農地に余裕があるがネブラだけだと余裕を持って面倒をみることが出来ない。
数えたのはエレナで報告したのはネブラ。
エレナから後輩への優しさだ。
ネブラは如雨露を両手で掴み持ち水やりに精を出していた。
昨日の大泣きを忘れるために畑と小川を何度も往復して水やりを頑張っている。
端から見るとハムスターが動き回ってる様な可愛いらしさがあるな、と朝食後に様子を見に来た彼の感想だ。
彼に気付くと小柄な身体で一生懸命走り寄って来る。
本人(本ホムンクルスか?)には悪いが大好きな御主人を見つけた小型犬に見える、尻尾があれば力一杯振ってるだろう。
「おはようございます、僕にご用ですか? 御主人様」
会えて嬉しいですと全身で表す彼女を見て己の心配は杞憂だったと内心胸を撫で下ろす。
「おはよう。頑張っている様で何よりだ。何か必要な物や問題はあるか?」
腕を組んで、う~んと悩み出す。
「問題ないと思うよ。御主人様が許してくれたら、まだ畑を広げられるけど?」
発言後にしまったと表情に出して慌てていい募る。
「あ、えっと、間違いないと僕は思います」
上目遣いで此方を伺う彼女の表情には、怒りました? と不安の色が強く浮かんでいた。
これが彼を侮っての発言なら処分を考えただろうが、青い顔色をして反省している彼女に対して怒りはない。
「失敗は誰でもある。ただ発言する前によく考える事だ。よいな?」
ホッとした様子で何度も頷く。
「仕事に戻れ」
「は、はい。えと、失礼しました?」
自分が居ては気になって仕事にならないだろうとダンジョン創作に戻るため部屋を出て行く。
昨夜報告を受けた時も大丈夫そうだったので念の為の確認だったが、本当にもう平気そうだな。 昨日の大泣きを引き摺っていないか心配していたのだが、元気な方が良いので現状は歓迎だ。
ネブラもまた創られて二日だ、多少の失敗なら元から許す心積もりだった。
昨日は反応が余りにも可愛いすぎて引き際を間違えて泣かせてしまったが。
それと自分の精神の弱さだ、女の子を泣かせたからと落ち込むとは。
ダンジョンが完成すれば人間を殺す事になる。
女は殺さないなんて甘い考えは通用しないだろう、それがかなって男しか殺さないとしても変わらない。
男にだって母や姉や妹、妻や恋人や娘が居るだろう。
男が死ねば嘆き悲しみ泣くはずだ。
周りを見回し深く溜め息を吐く。
常に周囲に注意を払い弱味を見せない様に、主人として、それも命を賭けるに値する主人に相応しい振る舞いをせねばならない。
自分の根源たる記憶がないのも辛い、糸のない凧の様に地に足がつかない気分だ。
(残り時間は?)
《残り後約525時間》
まだ時間はある、この間にどうにかしないと。
「鶏さん、またやってしまったよ」
ネブラは鶏を飼育小屋に戻し、小屋内で正座をして鶏に相談を持ち掛けていた。
「昨日も大泣きして迷惑を掛けたのに。御主人様には情けない所しか見せてないんだ」
鶏は餌探しに夢中で話を聞いている風には見えないが、がっくりと頭を伏せた彼女には見えてなかった。
ネブラの相談は続く、畑は無理のない程度にと命じられたのも自分が情けない為で失言を許して貰ったのも情けない為で、でも無理をしない様にと気付かわれたのは嬉しいし許して貰ったのもホッとした。
だから頑張って御主人様から褒めて貰おう……
「……それが良いよね、鶏さん」
久しぶりに頭を上げた彼女の目の前に長い話の途中から寝ていた鶏が居た。
「話を聞いてくれてありがとう。おかげですっきりしたよ」
話した事で気が晴れたのか表情も明るい。
「鶏さん話しを聞いてくれてありがとう。明日も卵を頼んだよ」
立ち上がろうとして後頭部から後ろに倒れゴンッと音がする。
「うきゅっ」
心配したエレナが探しに来るまで気絶していたネブラだった。
農場にまた朝が来た。
メイド達の朝は早い、日が昇ると同時に起き出し服を着るとお互いの服装を確認。
これも互いの髪を櫛でとかすとエレナはポニーテールに、ネブラはツインテールに。
エレナは食堂へ向かい、ネブラは鶏小屋へと別れる。
鶏を小屋の外にある柵内に放つと小屋内の卵を回収、収穫できる程育ったにんじんとピーマンを籠に収穫していく。
籠が一杯になると食堂へ、冷蔵庫の前にピーマンとにんじんが入った籠を置き卵をその上に。
収穫物を取り終わるまで食堂と農場の往復。
最後の籠を食堂へ運ぶとエレナから砂糖水を貰ったので礼を言い、その場で飲み干し農場へ。
収穫し空いた畑に種を蒔くと水撒き。
これがネブラの朝からの仕事である。