秘封的月蝕観測
今日(日付的に昨日)の月蝕を見まして。開始から皆既月食、で最後半分ぐらいまで戻った辺りで雲隠れしちゃいましたけどね。
で、その時にいつもより星が多く見えまして、秘封ならどうなるだろう。って事で考えました。
楽しんでもらえればと思います。
それではどうぞ。
ある日、蓮子とカフェでくつろいでいると唐突に話題を切りだして来た。
「ねぇ、メリー。今日が何の日か知ってる?」
「秘封倶楽部の日なら終わったわよ」
「それは知ってるわ。そうじゃなくて」
はて、なにかあっただろうか。私はぐるりと頭を巡らせる。
「そう言えばここのマスターの誕生日ね」
「そうなの?それは知らなかったけど!今日は月食が起こるのよ!」
蓮子はそう言うと鼻息荒く立ち上がった。椅子が後ろに倒れそうな程思いっきり。そんなに叫ばなくても聞こえるわよ。
「少しは落ち着きなさいよ。まだ昼よ?」
「むぅ。つれないわねぇ。今日は日本で見れて、なおかつ天気も良好。冬だから空気も澄んでる。皆既月食を見るには最高の機会なのに」
たしなめられた蓮子はいかにも渋々と席に着くと、さっきまでの勢いなど見当たらない様子で珈琲をすすった。別に私は見に行かないなんて言ってないのに。
「…で?どこに見に行くの?」
「へ?」
「だから、見に行くんでしょ?月食。蓮台野でもいくの?」
「さっすがメリー、冴えてるわね。…って言いたいんだけど」
「だけど?」
「金欠なのよ、私」
そう言うとまた一口珈琲をすする。まぁ、懐具合がさみしいのは私も同じだけど。蓮子の事だからこういうイベントは前々から準備しておいているかと思ったのに意外ね。
「どうするのよ。私だって今月はあまり余裕ないんだけど」
「メリーも?じゃ、今からあるいて博麗神社まで行きましょ」
そう言うと蓮子は残っていたケーキの欠片を一口で頬張って、半分も残っていない珈琲カップに手を伸ばした。ちょ、ちょっと待ってよ。
「博麗神社までどれだけあると思ってるのよ。今からなんて歩きじゃ間にあわないわ」
「むぐ…ん…。歩いて間にあわないなら走るまでよ」
「はぁ、別にそこまでして行かないでもいいじゃない」
「ま、冗談だけどね」
蓮子はウィンクをしながらそう言うとにかっと笑った。…その笑顔は反則よ。
「で、実質的な話をすると、メリーん家に泊めて欲しーなーって」
「なんでそうなるのよ。蓮子の家の方がいいじゃない。望遠鏡もあるでしょ?」
「私の家は店が出来て周りが明るくなっちゃったから駄目よ。今年の初めぐらいはそうでもなかったんだけどねー」
「…しょうがないわね、うちのベランダでみましょ」
なんだか上手く言いくるめられたような気がしないでもないけど、蓮子は最初からうちに泊る気だったみたいね…。
*****
―ピンポーン―
その日の夕方。私は片付けのために先に帰り、ちょうどひと段落ついたところでチャイムが鳴った。覗き穴の向こうには大荷物の蓮子がいた。両手にビニールをぶら下げて、背中には長い筒状のリュックを背負っている。
「お待たせ、メリー」
「案外早かったわね。私も今片付け終わったところ」
「そう、一応お酒とツマミ買って来たわよ」
そう言って袋を上げて見せる。片方にはぎっしりと缶が入っていて、もう片方には惣菜パックやらタッパー、中にはただの野菜も見えている。…どれだけ呑むつもりよ。
「蓮子は何か食べてきた?」
「いいや、メリーは?」
「まだよ。ぺペロンチーノならすぐに作れるけどどうする?」
「今日はツマミでいいかなー。さっきケーキ食べちゃったし」
蓮子はそのまま寝っ転がるとベランダの向こうの星空を見て「21時36分52秒。メリーん家」と呟やいた。そして、ふと立ち上がるとリュックから望遠鏡を取り出してベランダで組み立て始めた。私もお酒と適当に作ったツマミと蓮子が買ってきたツマミを持ってベランダに向かい、ドアの縁に腰かけた。
「ねぇ、今から待機するには早くない?」
「そうかしら?…21時39分50秒。妥当だと思うけど」
「まだ始まってすらいないじゃない」
「なにいってるのよメリー。月食なんて始まって60分ちょっとあれば全てを覆ってしまうのよ?」
私はカクテルの入った缶を開け、一口のんだ。アルコールがのどを降りる感覚が伝わってくる。一方、蓮子の望遠鏡は簡易的なものだったらしくあっという間に組み立て終わったようだ。そしてどこから出てきたのか釣り用のいすを取り出して腰かけると同じくカクテルを口にした。そして一息つくと蓮子は月を見たまま私に語り始めた。
「メリー。月って素晴らしいと思わない?」
「なによ唐突に」
「今日みるのは月食だけど、日食の時なんて、こんなに距離があって、こんなにも大きさが違うのにすっぽりと覆い隠してしまうのよ?それでいて夜には私たちを照らしてくれて、月食なんて幻想的なものを見せてくれる」
「幻想的…ねぇ」
「だってそうじゃない。たかだか20分かそこらで輝きを紅く変えて、私たちが住むこの世界を妖しく染め上げていくのよ?」
「染め上げて…って今、この化学世紀の世界を照らしているのは人間の科学技術よ?」
「全く、浪漫がないわねぇ、メリーは」
そんなことを話している間に月食は始まってしまっていた。影はどんどん月を侵食していき、肉眼でも分かる速度で影が伸びている様な錯覚を私に与えた。或いはこれは錯覚ではなかったのかもしれないけど。心なしか星もいつもより多く見えている様な気がした。私はカクテル片手に焼き鳥を頬張る蓮子に気になった事を聞いてみる事にした。
「ねぇ、蓮子」
「ふぁに?」
「蓮子の瞳はいつもより詳しく時間が見えるの?」
「…むぐ…ん…。0.0001秒まで分かるわね。ま、分かった時には既に過ぎているんだけどね」
「意味ないじゃない」
「見えるんだからしょうがないじゃない…あむ…。むぐむぐ…」
そうこうしている間にも月は欠けていき、ついに全てが紅くなった。私はそれに目が釘付けになっていた。なんて綺麗な色をしているんだろうか。あまりの暑さに流れる汗をぬぐい、違和感を感じた。「汗」?それに「暑い」…?蓮子に話しかけようと視線を下ろすと蓮子はいなかった。それどころではない。私の目の前にあるのは望遠鏡ではなく高級そうな丸テーブルだし、私がいるのは自室のベランダではなく見知らぬ洋館のベランダの様だった。なに?どう言う事?私はいつの間に境界を越えたのかしら。いつもの嫌な感覚なんてなかったのに。それよりも何か状況を把握するものを探さないと―。
直後、破砕音が鳴り響き、ガラス片が降ってきた。私は咄嗟にかがみこみ。様子をうかがった。どうやら後ろのガラスが割れて破片が散ったようだ。私は意を決して仲を覗き込んで見る事にした。
*****
なかに居るのは蝙蝠の羽をはやした少女と紅白の巫女服を纏った少女。相対する二人は空中で歌う様に言葉を紡いでいく。
「こんなに月も紅いから
楽しい夜になりそうね――」
「こんなに月も紅いのに
永い夜になりそうね―― 」
直後、二人は激しく飛び回りお互いに向かって大量の弾幕をはなつ。そして外れた弾幕は壁に、床に、天井に。そしてメリーが覗きこんでいる窓にまで飛んできた。レミリアが放った弾幕の一つがメリーがいる窓の縁の上部にあたり、そのまま突き破った。その壁の破片がメリーに降り注ぐ。
「きゃ――」
その後も流れ弾はやってきては周囲を破壊していく。メリーはその力の暴風が過ぎ去るのをただ、蹲って待つしかなかった。その時、彼女の相棒の声が聞こえた。
「…リー…メ………メリー!」
メリーがその声を自分を呼ぶ声だと認識した瞬間、何かに引っ張られるような感覚を最後に意識を失った―。
*****
私が目を覚ますと、蓮子の顔が映り込んできた。どうやら私は寝っ転がっていて、蓮子が覆いかぶさるようにして覗きこんでいるみたいだった。
「…蓮子?」
「ようやくお目覚めかしら?」
「私…どうしてた?」
「んー?皆既月食が始まってしばらくして、メリーを見たら凄く食い入るようにみてたのね。だからそっとしておいたらいきなりばったん。って倒れたのよ」
そう言うと蓮子はさらに顔を近づけて私を覗き込んで…って近い近い!
「メリーさん。私は心配したわけですよ」
「え、あ…」
「それでなにか―」
「れ、蓮子…ち、近…っ」
「ん?それもそうね。あー。まぁ、いいか。月食見ながら呑みましょ?」
そう言うと蓮子はベランダにある折りたたみ椅子に戻って行った。あんな息がかかる距離に蓮子がいたなんて…。今でも顔が火照っているのが分かる。それは酔いが回ったのか、さっきまで暑いところに居たからなのか。それとも―。いや、考えない様にしましょ。
蓮子が退いてからと言うもの冷たい風が吹き込んでいてとても寒い。…。やっぱり傍に居た方がいいのかな。寒いし。うん。蓮子を呼ぶのは寒いから。そう何度も心の中で唱えながらげそ焼きを咥えた蓮子に声をかけた。
「ねぇ、蓮子」
「んー?」
「…こっちの方がよく見えるわよ」
「むぐ…。そう?」
蓮子はげそを飲み込むと私の隣に移動してきた。そして月を見上げると「おー。よく見える。こりゃ、首痛くないわね」などと声を漏らしていた。直後、蓮子は私の腕を抱きしめて頭を預けてきた。
「それにメリーは温かいしねぇ」
「……酔ってるからじゃない?」
「それだけじゃなくて、心も、ね」
そう言って蓮子は照れくさそうに笑った。あぁ、駄目だ。反則級の威力だわ、この笑顔。
私はしばらく固まっていたようで気が付くと蓮子は私をほっぽり出して望遠鏡をのぞきこんでいた。そしてその体勢のまま「あーそうだ」と何かを思い出したように話しかけてきた。
「メリー。さっきはまた白昼夢でもみたの?煉瓦のがれきなんて握りしめてさ」
「…そう、みたいね」
気が付かなかった…。いつの間に煉瓦を握りしてたのかしら…?この煉瓦はたしかにあの洋館の外壁みたいね。…またかざっとこうかしら。堅くて食べられたもんじゃない天然のタケノコの隣にでも。
「そっか。また聞かせてよ、向こうの話。落ちついたらで良いからさ」
「そうね。明日にでも」
「それじゃあ、あの噂は本当だったのかもね」
そう言うと蓮子はこっちを振り向くと月を指差してを見るように促した。…いったい何があるっていうの?噂って?
「紅い月は月の裏側に繋がっている。ってね」
蓮子の指差す先。赤く紅い月。その月の輪郭に沿って境界が引かれていた。いや、あの月は、この世界のものではない。あれは境界の向こう側。蓮子は気が付いているのだろうか。
「だからメリー。月の向こうに行ってみない?」
そう言って蓮子は私に右手を差し出して来た。そして私はその手をそっと、しっかりと握りしめた。
…ここからはちょっとした裏話と言いますがただの愚痴です。嘘です。でも半分ぐらいあってます。
実はこの小説はですね、本来12000文字ほどの作品でした。実は書きあげたと同時にブラウザトラブルで全消しになりまして。
思い出しつつ書いたのです。すると「このシーンいらなくね?」とかそんな感じの部分があったりして削りつつ書いたら何と三分の一に。驚きの減量ですよwww
多分思い出せなかったのが大半でしょうなww
こう言う突発的に書いたものって入力が終わった部分から順番に頭から消えていくのもでwww
それでもそのおかげで一回目よりも綺麗にまとまったので結果オーライと言う事で。
それではみなさん読んでくださってありがとうございました。何だったら他のも読んでやってください。夏以降に書いた短編やら連載やらがありますんで。
いつまでもあとがき書いても仕方がないのでここいらで締めさせていただきます。
紀璃人