表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
三国記  作者: 上沼義一
9/12

2部 黒髪の女 第1話 進軍

「一年、か」

 エィル城の玉間には四つの影があった。庵考の第一子敬心が玉座の横に立ち、他の三人は玉座よりも三段下げられた謁見の場にいる。魔族の作り上げた退魔聖域内へ侵攻する足がかりとなるこのエィル城は洋式、魔族式の城で、四人がいるのは赤い絨毯が敷かれた上である。

「人間に囚われたか、或いは何かを待っているのか……」

 敬心の言葉に、三人は答えない。

「我らが動くのを待っているという可能性もある。以前から決めていたことだが、一年経っても新たな魔王の動きがない以上、我らも行動を再開する」

「進路はどちらになさいます?」

 杏煉という少年のような魔族が、敬心に尋ねる。

「アズサラムにするか」

 エィル城から北の北。庵考が存命中に退魔聖域内に侵攻したときも、あまりに戦術的な拠点からかけ離れていた偏狭であるために捨て置いた地方である。

「我らが庵考様の遺言により退魔聖域内より撤退し一年経つとはいえ、我らが支配していた地域にはまだ人間どもの姿はあまりないだろう」

 庵考存命時、魔族軍は退魔聖域内においてすらその勢いは激しく盛んであり、次々とミルスタイン王朝の城を陥落させていった。庵考の死により退却したとはいえ、それらの地に僅か一年足らずで人間達が戻っているとは敬心にも思えなかった。

「庵考様が亡くなられて一年……。遺言であるゆえ仕方ないとはいえ、相応の人間どもを供物に捧げねばな」

 つまりアズサラムへの侵攻は戦術的意味などなく、ただ殺戮のために向かうと、敬心はそう言っている。

「派手にやらねば新たな魔王殿が気づかれない可能性もある。進路はアズサラムへとる。虎狼、出陣だ」

「心得た」

虎狼と呼ばれた三人の中央に立っていた大柄な男が頷く。灰色の肌と、白髪と同色の髭が伸ばし放題になっている。魔族の外観は年齢に関係ないとはいえ、人間であれば相当な

年齢に見えるが、衣服を纏っていない両腕から見える隆々たる筋肉がそれを否定しているようにも見える。

「杏煉はここに残れ。退魔聖域外に侵攻してくるほど人間どもも馬鹿だとは思わんが、念のためだ」

「了解しました。では早速兵らに伝達して参ります」

 杏煉はそう答え、玉間を出ていく。虎狼と呼ばれた男も、それに続いた。

 敬心は出て行く二人を見送ってから、最後に残った少女の外観をした魔族に声をかけた。少女は何故か一人だけ正座しており、見えるか見えないか程度の角と翼が、敬心には酷く頼りなく見える。

「お前はどうする?」

「どどど、どうするとおっしゃいますと!?」

 いきなり酷くどもる相手に敬心は溜息をついた。

「俺にもお前をどう扱えば良いかわからんのだ。何せ庵考様から何も窺えておらん……」

「わ、わたしにも分かりませんよぅ」

 責められていると感じているのか、彼女の目には涙が浮かび始めていた。敬心は再び溜息をつく。

「まぁよい……。ここに残るか、我らについてくるかは好きにしろ」

「は、はい。分かりました!」

 言って彼女は立ち上がり、何故か目の上に右手を乗せて敬礼する。

「牡丹」

「はい」

 初めて敬心が、彼女の名を呼ぶ。

「お前は庵考様が今際に遺された最後の子だ。お前に庵考様から遺された何かがあるはずだ。それを探せ」

 それは敬心が常日頃から牡丹に言ってきたこと。牡丹が他の魔族兵のように機械的に生み出されたのではなく、庵考にとっての敬心や名由佳にとっての伊礼のように、感情から生み落とされた以上、牡丹の存在には必ず何かがあると敬心は考えている。

「は、はい……」

 牡丹は答えながらも俯いた。敬心の言葉とは裏腹に、牡丹の戦闘能力は酷く低く、牡丹自身が何か庵考の意思のようなものを感じることはなかったからである。

「失礼、します……」

 牡丹はもう一度敬心に頭を下げた後、玉間を後にした。



「んで、どうすんだお前は」

 玉魔の外で牡丹を待っていたのは、全身黒い肌で覆われた長身の男だった。

「しゃ、射絶さん」

 髪は無く、露になっている頭部の皮膚から一本の角が生えている。

「どうすんだよ。お前が決めにゃ俺は動けん」

 射絶は杏煉が牡丹につけた護衛だった。敬心が特別視する以上牡丹を守らなければならないが、魔族でありながら自衛するには牡丹は弱すぎたからである。

「行ってみようと、思っています」

「アズサラムにか? ったく、面倒だな」

 戦場で他者も守る経験など、射絶の百二十年の生において存在しない。王である庵考は射絶に千倍する力を有していたし、他に守るべきものなどいなかったからである。

「敬心様のおっしゃるように、考えたいんです、わたしも」

「ほぉ……」

 射絶のしかめ面が驚きのそれに変わる。

「どうしてわたしが遺されたのか。その意味を。そのためには、その……。少なくともこのままじゃいけないって」

 同じ魔族にあって頼りないと称されてしまうほど情けない牡丹という少女に、しかし今は意志の光が宿っている。

「そ、その。射絶さんにはご迷惑かとは思いますが!」

 しかしそれも束の間のことで、すぐに牡丹は射絶に頭を下げる。

「まぁいいさ。お前を守るのは面倒だが、ここで待機させられる杏煉様よりゃいい」

「わ、わわ」

 射絶は笑みを浮かべる。生まれて一年牡丹は射絶とともにあったが、彼が笑うのを見たのは初めてかもしれない。

「何せ、久々の戦場だからな……」

 戦争が始まる。名由佳たちはまだそのことを知らない。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ