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三国記  作者: 上沼義一
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7話 戦時の政治家

 ガルムレイン。退魔聖域の外にありながら、そのあまりにも辺境であるがゆえに、平和を許された人間の国。ガルムレインは地方の名であり、城もまた同様にガルムレイン城という。人間の城の多くは広大な土地を用い、階層を殆ど作らない平面的なものであり、王座はその中心に据えられる。対して名由佳以前の魔王により建てられ玉族の城は、階層を多く用い、縦に長く、前王庵徳の居城の階層は八にも及んだ。

 理由は二つ。一つは人間の身体能力的に、高くに石を積み上げての建築が難しい為。

 長い時をかければそれも可能であるが、魔族がいつ攻め寄らんとも分からぬ情勢でそのような時間と労力を取る意味がない。第二の理由は至って明快であり、空を翔る魔族相手に高低における防御は用を成さず、逆に人間側の防御が難解となるからである。

 端的に説明するのであれば、この世界には無い言葉ではあるが、人間の城は中華式であり、魔族のそれは洋式である。

 話を戻す。現在の人間の統一国家であるミルスタイン。その現王カズラが第三女であるオルファ・ヴァルガードがガルムレインを治めている。齢二十三という若さで現王カズラの兄弟を差し置き、ガルムレインの知事となったのが二年前。希代と称されるその内政能力を持って、ガルムレインは魔族との戦時にあり、本国に十分な物資を送り届けつつ、統制された地方であった。皮肉なことに、その統制が魔王庵考の死を持って初めて崩れようとしている。すなわち、魔王名由佳の誕生である。

 その魔王名由佳の誕生について話すため、オルファは一人の老将とともに私室にいた。

オルファは身近に側近を置かず、重要なことは全て自分で決めた。重臣を作ればそれだけ決定事項は現実性や有効性を増すが、同時に迅速な対処が出来なくなる。だからオルファが相談をするのは、内政面でなく武力面で統率を行っている目の前の老将とだけである。ゆえにオルファは身を玉間には置かず、仕事は全て私室で行っていた。彼女の部屋は当然統治者にあてがわれるべき、誰よりも豪華で大きなものである。しかし彼女と老将がいる部屋から、そんな様子はまるで見れなかった。机の周りには書類が散乱し、オルファは紙の中に埋もれるようにして椅子に座っている。寝室は別にあり、そちらは侍女に掃除をさせているが、書斎にはその場にいる老将以外誰も入れなかった。

「オルファ様、どうなさいます」

 下手に書類を踏まないよう、入り口からすぐの場所で老将は尋ねる。

「そうですね……。ベルムント将軍は、どう思います?」

 オルファは目を通していた書類に自らの印を押してから、ようやくベルムントと呼んだ老将を振り返った。

「長年の我々人間の目標、魔王を殺さず拘束し、この戦争を終結させる……。その機会は魔王の死ぬ数百年に一度しか到来せず、当然この機会を逃すべきではない、ないのですが……」

 魔王がどこに産み落とされるか。それは誰にも分からない。

「退魔聖域の外であるここで、魔王を相手に矛を向けてもいたずらに死人が増えるだけ」

 ベルムントの噤んだ言葉の先を、オルファは引き継いだ。

 オルファの手には、先ほどと違う書類がある。ガルムレインの中でも更に偏狭のクロイズ地方にて、魔王を捕獲せんとした百二十七名が死亡と、その書面には記されている。

「正規兵を持ってしても、結果は変わらないでしょう」

 それはこの地方の武を統括するベルムントに対しての侮辱にはならない。しかしオルファと共にガルムレインに赴任する前、本国にて魔族との戦争を続けてきたベルムント相手に、魔王の捕獲が可能であるなどと楽観論を語ることの方が、よほど無礼であることをオルファは理解している。

「いかに魔王とはいえ、十万を越える大軍を擁すれば殲滅は可能でしょう。しかし捕獲できるとは思いません。何より十万を越える大軍を本国から輸送しては、全魔王庵考の残党への防備が手薄になってしまう」

 オルファは言って、こともなげにその書類を握り潰した。

「だから、もみ消しましょう」

「―――は?」

 オルファはその書類をゴミ箱に放り投げ、ベルムントに微笑んだ。長い金髪が窓から差し込む日の光に輝く。その笑みがあまりにも今の事態と不釣合いに美しく、ベルムントは呆けた声をあげてしまう。

「どうにもならないならどうにもしない。今は見こそが一番でしょう」

「恐れながら、時を与えることはきゃつらに利しますぞ。魔王が時とともに子である魔族を増やせば、それだけ我らは不利になります。ほぼ魔王単機であろう今を逃しては……」

 ベルムントの発言は当然であり、正論である。

「しかし手持ちのガルムレインの兵力二万ではそれを捕獲できない。仮に殲滅が出来たとしても新たな魔王が誕生するだけで、事態は好転しません。本国からの兵の輸送も出来ない。そうなればこちらから動いてもいたずらに死者を増やすだけです。魔王が偏狭であるこの地に見向きもせず、本国へ侵攻するなり、庵考の残党と接触するのであれば、ガルムレインは今まで通り本国への支援を行えば良い。魔王が軍勢を率いてここを襲うのであれば、そのときは……」

「そのときは?」

 ベルムントは希代の政治家の言葉に耳を傾ける。

「退魔聖域のある本国へ逃げましょう」

 しかしそれは誰にでも思いつく解答であった。

「魔族は海を越えるほどの飛行能力はなく、過去船を使ったという話も聞きません。だから攻められたら船で逃げればいい。そうすれば少なくとも無駄に二万の兵力を失うことはありません」

 オルファには笑みが浮かんだままである。ベルムントは娘というにも若いくらい年の離れたこの上官の笑みに弱く、口を噤む。

「だから船の用意だけは行います。早速手配を始めましょう。ベルムント将軍は市民を含め避難訓練の強化をお願いします」

 この誰にでも思いつくことを、しかし誰よりも手際良くこなすがゆえに、オルファは希代の天才ではなく、希代の政治家と称された。

「御意。しかし、その兵と全ての女子供を連れて行くだけの船は……」

 この当然のように魔族に人が屠られていく時代には珍しく、ベルムントは人情家であった。年で刻まれた眉間の皴をより深くし、そう呟く。

「残念ですが」

 オルファの顔から笑みが消える。

「その時は、見捨てるしかありません」

 政治家と呼ばれるに相応しい、感情を映さない顔がそこにはあった。

「しかしミレナ山脈といえば何かあったような……」

 オルファの呟きは、ベルムントには届かなかった。ミレナ山脈はオルファが赴任当初に見た資料の中に、黒髪のいる山と記されたものであることまで、オルファはその時気づけなかった。


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