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三国記  作者: 上沼義一
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6話 生きるために出来ること

アインは悩んだが、二人を自分の住処に連れて行くことに決めた。先ほど名由佳はアインの右胸に手を触れて死なないと呟いたが、アインからすれば殺せる、即ち殺すことが出来る、であっただろう。生まれてから既に人間離れにした力を持っていたアインにとってもまた、名由佳という自分を越える力を持つ存在が希少なものであったのである。

地を失踪するアインに対し、最初は名由佳も伊礼も空を飛んでいたが、途中で降りて共に走った。空で駆けるにはいささか木々が煩わしい。日は沈みきっていたが、三人は障害物など何も無いかのように山中を駆け抜けていく。

「着いたぞ」

アインが走るのを止めたのは、一つ山を越えた先の山中の拓けた場所に山中にあって起伏がなく、ぽっかりとあいた木の生えていない場所だった。木で作られたまさしく小屋といった概観の建物が二つ並んでいる。

「帰ったぞ、じーさん」

 常人であれば半日はかかる距離を駆けてなお、三人の息は切れていない。アインはいつものように二つの小屋のうち、少し大きい右の小屋の扉を開いた。

「遅かったな。―――なんだ、連れてきたのか」

 小屋の中で、初老の男が出迎えた。アインが名由佳に言っていた連れである。山奥で暮らしている割に、まだ薄くならない白髪と、豊かとまでは言えない程度の髭は手入れがされている。名由佳と同程度の成長期のアインに比べ、大分背が高かった。高めの椅子に座った状態で、伊礼と同じくらいの高さがあり、肉体自体は山の男というに相応しく、シャツから除く両腕からは筋肉が覗いている。

「ああ。俺と一緒にいたいんだってさ」

「なるほどな。そりゃあ連れてくるだろう」

 アインの言葉に、男はかっかっかと声をあげて笑った。アイン相手に傍にいたいなどと言った相手は、今まで存在しなかったからだ。

「……」

 名由佳は口を開かず、故に伊礼も口を開かない。魔王と魔族が尋ねて来たというのに、目の前の初老の人間はそれにまるで危機感を抱いていない。

「どうしたそんなところに突っ立って。あんたらも入って来い。ま、汚いところだがな」

 中に入った永徳についていかず、外に立ち尽くしている二人を中に招く。名由佳は戸惑いながらもその言葉に従い、伊礼はその名由佳に従った。

「椅子が足りんな」

 二人しか暮らさないこの場所には、椅子もまた二つしかなかった。4人がいても手狭というほどではないが、そう広くない小屋の中央に両手を広げたほどの大きさの机があり、その両側に椅子がある。両方とも木製で、一つは男が既に座っていた。

「俺はここでいいから、名由佳座れよ」

 アインは入り口から見て初老の男の手前奥にある、藁が敷かれたベッドの上に腰掛、普段彼が使っている、男の正面の椅子を名由佳に勧める。

「―――伊礼は」

「いきなり呼び捨てられるとも思わなかったが、わたしはここでいい」

 名由佳の後ろに控えたままの伊礼にアインが視線を移すと、伊礼は空いたままの椅子の後ろにある壁に背を預けた。

「立ったままでは話も進まん。いいから座りなさい」

 初老の男に再度促され、名由佳はようやく椅子に腰を下ろした。

「それじゃあまずは挨拶か。ガラという。そっちは?」

「名由佳といいます」

「伊礼だ」

 名由佳が座るなり自己紹介を始めたガラに、尋ねられるがまま二人は答える。

「んで、暫くここに住むのか?」

 ガラは奥の藁の上で胡坐をかくアインに視線を移す。

「分かんないなぁ……。でも名由佳が俺といたいっていうならそうなるんじゃない?」

 落ち着きがない性分なのか、体を左右に揺らしながらアインは答える。

「それじゃ明日は椅子やら何やら作らんとなぁ。いや、久々にやらなきゃいけないことが出来た。最近葉巻作りしかやってなかったし、いいことだ。それじゃこれからどうするかを話すとするか」

「待って……」

 アインと二人、話を進めるガラに、名由佳が待ったをかける。

「ん、どうした?」

「ご覧の通り、我々は魔族です」

 名由佳は右手で自らの羽根に触れる。

「そうだな」

「私は、魔王です」

「らしいな。さっき魚持ってきた時に聞いた」

 だからどうした、とでもいいたげである。

「恐ろしくは、ないのですか……?」

 アインの傍にいたいと思ったのは、アインは自分の手ですぐに死ぬことがないと分かったから。しかし、目の前の男は名由佳に殺意さえあれば、そっと撫でるように触れるだけで死んでしまう。既に百からの人間を屠った名由佳にとって、それは何よりも恐ろしかった。

「ふむ……」

 ガラは硬い植物の皮で包まれた葉巻を取り出し、テーブルの上に乗せられたランプの炎で火をつける。

「一ついいことを教えてやろう、生まれたてのお嬢ちゃん」

 口から煙を吐き出しつつ、ガラは微笑んだ。

「伊礼つった後ろの嬢ちゃんもだぞ」

「―――な」

 名由佳を守るよう、警戒を緩めずにガラに視線を注ぎ続けていた伊礼は、急に話を振られて小さく声をあげた。

「俺はな、まぁ見ての通り多少ガタイはいいが、所詮は普通の人間だ。アインのような化け物でもなけりゃ、あんたらみたいな魔族でもない」

「化け物は酷いな……。昔は毎日言われてたけど、日に二回も言われたのは本当に久々だ」

 相変わらず体を左右に揺らしながら、アインは唇を尖らせる。

「ちゃちゃを入れるな。で、いいか嬢ちゃん。普通の人間ってのは、殺意があれば人間を殺すことが出来る。それはお互いにだ。分かるか?」

 こくりと、名由佳は頷いた。葉巻を咥えたまま、煙越に見えるガラに対し、伊礼もまた言葉を紡ぐ気にならなかった。

「人間ってのは常時警戒なんてしていると精神が持たない。つまり、気が緩んでいる時に刃でもって後ろから斬りつければ終わり。短刀で刺すだけでも大抵は足りる。だからな」

 アインの体の揺れが収まった。それはかつて、アインがガラから聞いた言葉であろう。アインの傍にいたいと言ったのは名由佳が始めてだが、傍にいても良いと初めて言ってくれたのが、目の前の男である。

「俺からすれば他の普通の人間もあんたらもかわらねーのさ。殺意を持たれたら終わりなんだからな。あんたらは俺の目の前に現れた。そしたら俺に出来る防衛の手段は、あんたらに殺意を抱かせないことだけだ」

 だから

「だから」

 傍にいてよいのだと。

「気がすむまでここにいるといい」

 肉体的に異質であるアインという存在と、精神的に奇特であるガラという人間との出会いが、名由佳にとって生まれて初めての日の接触だった。千年のうちに存在しなかった魔王と人間のこのような出会いのために、長年不動とされていた世界の歴史は変わり始めることになる。


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