第3話 完 彼女の計画 ―終わらない視線―
※本作は全9部作『彼女の計画』シリーズのプロローグ(導入短編)です。
全3話完結。いよいよ最終話です。
第1話:純は拓の裏アカウントを知り、「観察者」となった。
第2話:拓には人妻・瞳という恋人がいること、
そして「見えない影」の存在が明らかになった。
最終話となる第3話では――
あのドタキャンの真実、新規アカウントの主、
そして純の「計画」の行きつく先が描かれます。
最後までお付き合いください。
8. 決断
その夜、拓は決断した。
Xの新規アカウントに、ダイレクトメッセージを送ることにした。指が、少し震える。
「どなたですか?」
たった一言。送信ボタンを押す。メッセージが闇の中に消えていく感覚。
返事は、思ったより早く来た。
「あなたが誰か、知りたい人です」
拓は息を飲んだ。この返信の速さ。待っていたのか? 画面の向こうで、誰かが嗤っている気がした。
「なぜ、知りたいのですか?」
「あなたのことを、もっと知りたいだけです」
「ふざけてます?」
「ふざけてません。真剣です」
拓は、スマホを握りしめたまま、しばらく動けなかった。この淡々とした口調。どこかで見たことがあるような気がする。
「会えますか?」
次のメッセージが来た。間髪入れずに。
拓は迷った。罠かもしれない。待ち伏せされているかもしれない。でも、このままじっとしているわけにはいかない。疑心暗鬼に蝕まれて、朽ちていくよりは。
「いいですよ。」
待合せについて事務的なやりとりをした。
「では、明後日、午後7時。駅前のカフェ『あおい』で。あなたのことは、すぐに分かると思います。」
拓はスマホを置き、深く息を吸った。
運命の歯車が、もう一度動き始めた気がした。
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9. 対面
明後日。午後7時。駅前のカフェ「あおい」。
店の扉を開けると、ベルがかすかに鳴る。コーヒーの香りと、静かなジャズが流れる店内。客はまばらだ。窓際の老夫婦、奥の席で本を読む男、それに――
隅の席に、見覚えのある後ろ姿があった。
黒い髪。華奢な肩。手にしたスマホを弄る仕草。何度も見た、あの姿。
拓は、ゆっくりと近づいた。距離が縮まるにつれ、鼓動が早くなる。
その人物が、顔を上げた。
「……純」
純は、微笑んだ。いつもの、あの、少し影のある笑顔で。カフェで仕事の相談をした時と同じ、変わらない笑顔。でも、その目が一瞬だけ、何かを計るように細められた気がした。
「こんばんは、拓さん」
拓は、向かいの席に座った。頭の中が混乱している。純が、新規アカウントの主? あの不気味な、何もないアカウントの?
「……あのアカウントの?」
「そうです」
「なぜ、こんなことを?」
純は、しばらく拓を見つめていた。その目は、まっすぐで、澄んでいた。でも、その澄み切った水面の下に、何かが潜んでいる気がする。
「直接聞きたかったことがあったからです。メールじゃなくて、ちゃんと顔を見て話したかった」
「何を?」
「瞳さんのことです」
拓の体が、一瞬で固まった。
「……何を?」
「瞳さんと、続いているんですよね?」
拓は答えなかった。コーヒーカップの中で、かき混ぜるスプーンだけが小さな音を立てる。
純は微笑んだ。あの日、カフェで初めて裏アカウントを見せた時と同じ、影のある笑顔。でも、その目は少しも笑っていなかった。
「私は、観察者ですから。当たっていようがいまいが、それを見ているのが私の役目」
拓は、ようやく口を開いた。喉の奥が、からからに乾いていた。
「……何を知りたい?」
純は、窓の外に目をやった。夕日が、彼女の横顔をオレンジに染める。
「知りたいんじゃないです。ただ、見ていたいだけ。それが、私の存在証明なので」
その言葉に、拓は何かを思い出しかけた。
沈黙が、二人の間に流れた。
やがて、純が再び口を開いた。
「でも、一つだけ、本当のことを教えてください」
「……何?」
「あなたは、幸せですか?」
拓は、その質問に、しばらく考え込んだ。幸せ。その言葉の意味を、久しく考えていなかった。
「……分からない。でも、瞳といる時は、そう思える瞬間がある」
「それで十分じゃないですか」
純は、また微笑んだ。今度は、さっきまでと違う、もっと柔らかい笑顔だった。
「私、応援しますよ。お二人のこと」
でも、その笑顔の奥に、ほんのわずかな翳りがあることに、拓は気づかなかった。
純は、心の中で呟いた。
「でも、私の物語は、まだ終わらない」
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【エピローグ】
その夜、家に帰った純は、日記を開いた。
「今日、彼に会った。彼は、私のことが分からなかった。本当の私を、彼はまだ見ていない。でも、いつか見る時が来る。その時、彼はどう思うだろう。私を許すだろうか。それとも、憎むだろうか。」
「でも、それでいい。ただ、彼の中で生き続けられれば、それでいい。彼の言葉の中で、永遠になりたい。その願いが、私を突き動かす。」
「私は、この日記をいつか彼に読ませるだろうか。それとも、このまま誰にも知られずに終わるだろうか。」
「分からない。でも、書かずにいられない。それが、私の業だから。」
ペンが止まる。
「彼女の計画」は、まだ終わっていない。
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――了――
【シリーズ案内】
本作は全9部作の序章です。
是非、本編をご覧ください。
第2部『彼女の背中』
第3部『彼女の視線』
第4部『彼女の選択』
第5-1部『彼女の傍観者 ―観測する者たち―』
第5-2部『彼女の傍観者 ―もう一つの視線―』
第6部『彼女の継承者』
第7部『彼女の読者』
第8部『彼女の均衡―抗う者たち―』
第9部『彼女の不在―あるいは、宇宙のゆらぎについて―』
この物語は、ここから始まる。
第3話(最終話)をお読みいただき、ありがとうございました。
『彼女の計画』プロローグ、いかがでしたか?
純は「観察者」として拓と瞳を見つめ、そして自らもまた
誰かに見られていることに気づいていきます。
「彼女の計画は、まだ終わっていない――」
この先、彼女はどうなるのか?
拓と瞳の関係は?
そして「もう一人の視線」の正体とは?
それら全ては、本編『彼女の背中』第2部、『彼女の視線』第3部で描かれていきます。
現在連載中です。プロローグで気になった方は、
ぜひ本編でも「視線」の連鎖をお楽しみください。
また、シリーズは第4部『彼女の選択』、第5部『彼女の傍観者』(二部構成)と続きます。
もしよろしければ、引き続きお付き合いいただけますと幸いです。
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3日間、お付き合いいただき誠にありがとうございました。
またどこかで、この物語の「視線」の先でお会いしましょう。




