第1話 彼女の計画 ―弱みを握った瞬間―
※本作は全9部作『彼女の計画』シリーズのプロローグ(導入短編)です。
※この短編は彼女の計画第1部の要約版です。
本編作品のあらましを知りたい方向けに作っています。
全3話で完結します。第1話からお読みください。
――この人の弱みを、握った。
※本編第1部の要約版です。ざっと流れの把握を頂き本編にいくか、本編読み出した後の確認用として読みください。
【プロローグ】
拓が純に自分の裏アカウントを教えたのは、何の気なしだった。
仕事の相談で行ったカフェでのこと。部署異動があり、純は新しい業務に戸惑っていた。上司である拓に相談したいと申し出たのは純の方からだった。
カフェで二時間ほど、仕事の話をした。一通りの指導が終わった頃、純がぽつりと言った。
「拓さんって、仕事以外で何か趣味とかあるんですか」
拓は少し迷った。プライベートの話はしない方だ。でも、この数ヶ月で一番頑張っている部下だった。少しだけ、と思った。
「実はね……」
拓は自分の性癖の話をした。パンストフェチであること。裏アカウントで性的な投稿をしていること。
話しながら、拓は自分でも驚いていた。なぜ、この若い女性にこんなことを打ち明けているのか。それはおそらく、彼女が「誰にも言わなさそう」だったからだ。職場で誰とも群れず、いつも少し距離を置いている。その孤立が、逆に信頼できるように思えた。
純は笑った。
「変態なんですね」
「そうだよ」
「でも、面白いと思います」
その言葉の裏で、純は何かを計るように拓を見ていた。拓は気づかなかったが、彼女の目は一瞬、冷たく光った。
――この人の弱みを、握った。
その感情が、純の中でかすかに芽生えた。
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1. 裏アカウント
「今度、見てみる?」
拓はスマホを取り出した。純が覗き込む。アカウント名を伝え、実際に投稿を見せた。
「へえ……」
純は真剣な顔で眺めていた。
後日、純からメールが来た。
「見ました。変態ですね」
それだけだった。拓は「ですよね」と返した。それっきり、話題にはならなかった。
でも、純はその夜、もう一度アカウントを開いていた。投稿を一つ一つ、スクロールしながら、彼女は考えていた。
――この人は、ここで本当の自分を曝け出している。でも、それが誰にもバレないと思っている。
その「安全な場所」を、私は知っている。
それが、奇妙な優越感をくれた。
その夜、純は自分の日記を開いた。彼女もまた、書くことが好きだった。中学の頃から、日記をつけている。観たもの、感じたことを、自分の言葉に変換する作業。それが、彼女にとっての「呼吸」だった。
「今日、上司の秘密を知った。彼は、自分を曝け出す場所を持っている。でも、それが誰にも見えないと思っている。その無防備さが、愛おしい。そして、少しだけ、怖い。」
2. もう一人の女
拓と瞳の関係は、その頃すでに始まっていた。
瞳は同じ職場の人妻だった。夫がいることはもちろん知っていた。瞳から聞いた。「うち、レスなんですよね」と、飲み会の帰りにぽろっと言った。それから数週間後、残業の夜に体の関係を持った。
それから月に二度ほど、職場の外で会うようになった。職場では普通の同僚のふりをして。誰にも言っていない。純にも言っていない。
ある日、拓は瞳に何気なく言った。
「純にパンストもらったんだ」
瞳は笑った。
「あの子、仕事、よくやってるね」
パンストフェチだと知っている瞳は、冗談めかしてそう言った。拓はそれ以上、純とのカフェの話はしなかった。
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3. 視線
あのカフェから、一ヶ月が過ぎた。
純は、変わらず真面目な部下だった。でも、拓は時々、彼女の視線を感じることがあった。振り返ると、彼女はいつも通り書類を見ている。気のせいかと思った。
ある日、残業帰りのエレベーターで二人きりになった。
「お疲れさまです」
「最近、どう? 仕事、慣れた?」
「はい。なんとか。ありがとうございます」
沈黙が流れた。エレベーターがゆっくりと降りていく。
その時、純が突然言った。
「あのアカウント、まだ続けてるんですか?」
拓は一瞬、固まった。
「……ああ」
「見てます、時々。新しい投稿、面白かったです」
「面白い?」
「ええ。写真もそうだけど、その写真に添えてある文章。ああいうの、書くの好きなんですか?」
拓は答えに迷った。確かに、写真だけでなく、短い文章も添えている。
「……学生の頃、小説を書いてたんだ。短いのをいくつか」
「小説?」
「文学サークルに入っててね。でも、プロになれるわけじゃないし、やめた。その代わりが、あのアカウントなのかもしれない」
純の目が、一瞬、輝いた。
「私も、書くんですよ」
「何を?」
「日記。でも、ただの日記じゃない。観たもの、感じたことを、文章にするのが好きで。中学の頃から続けてる」
「へえ……すごいな」
「すごくないです。ただ、書かずにいられないだけ」
エレベーターが一階に着いた。扉が開く。
「じゃあ、お疲れさまです」
純は、そう言って先に降りた。
拓は、その後ろ姿を見送りながら、何か引っかかるものを感じた。
その夜、純は日記を書いていた。
「今日、彼に『書くこと』の話をした。彼も昔、小説を書いていたらしい。私たちは、同じ穴の狢なのかもしれない。でも、彼はそれを隠している。私は、それを曝け出している。その違いが、今は愛おしい。」
「彼が『書かずにいられない』人だと知って、安心した。これで、彼のことがもっと分かる気がする。そして、もっと深く入り込める気がする。」
第1話をお読みいただき、ありがとうございました。
純は拓の秘密を知り、「観察者」としての第一歩を踏み出しました。
しかし、物語はまだ始まったばかり。
拓には人妻・瞳という恋人がおり、そしてもう一人、見えない“影”が動き出します。
次回・第2話「彼女の計画 ―見えない影―」
――その“影”は、誰も気づかない場所から、すべてを見ていた。
本編『彼女の背中』(第2部)、『彼女の視線』(第3部)も連載中です。




