勇者になれなかった暗殺者さんは弱くなってニューゲームを後悔したくない
久しぶりに公開する作品を書きたいと思い投稿しました。
避ければ見ていってください。
人魔大戦、突如世界に現れた次元の罅から魔王が侵略してきたことから始まった人類の存続をかけた戦い。大戦初期は次元の罅に隣接していた世界一の大国だけが応戦していたが、やがて魔王が率いる無限とも思われる魔王軍によって滅ぼされそこでようやく人類は手を取り合った。
しかし大戦が一年、三年、十年と続いていくうちに徐々に人類の生存圏は後退していき、最盛期の一割まで減った安全圏は人々の心を絶望の淵へと追いやった。
そして大戦の四十年目、ついに人類は最後の賭けへと打って出たのだ。
娯楽として存在していたゲームのように少人数での魔王殺し、言い換えるなら勇者パーティーを結成。これをもって魔王による魔王軍の侵攻を防ぎ再び人類の生存圏を広げていこうという博打だ。
その勇者パーティーに選ばれた『【剣聖】アルス・ペンドラゴン』『【聖女】ココナ・エヴァレット』『【義賊】カリア』『【偽山】デイドグリア・アルバルト』『【賢者】アリア・ウィステリア』『【商人】イルル・アイルカ』、残された人類に現れた神託の神子が受けた信託により人類の中から最良の結果を残せると神から告げられた六人の【世界の称号】持ちだった。
この六人と有志から三人の計九人からなる勇者パーティーは静かに人類の生存圏から魔王軍が占拠している魔境へと旅立っていった。
そしてその陰に【聖女】から救われた一人の男がこっそりと付いていき魔境を半場突破したころに【偽山】に発見され名前も残らない勇者パーティーの十人目として旅は続いた。
やがて魔王暗殺の命を受け旅立ち十二年が経った。
十人の勇者パーティーは誰一人欠けることなく魔王軍の最奥、かつての大国の王城であり現在の魔王の居住する城の前へとたどり着いた。
「みんな、まだ正気は保ってるか?」
「アルス……正気なんて最初のほうに捨てたって何回言えばいいの?」
ぼろぼろの外套を佩く【剣聖】と【義賊】の何気ない掛け合いに勇者パーティーの殺伐とした心に潤いが一滴落とされる。
「剣聖さんや、正気でここまで来れる奴なんて誰もいやしねえよ!」
「だるいー……疲れたー……魔王城は割ときれいだしふかふかのお布団あったらそれで休んでいこー?」
旅の始めのころは凛と人類の心の柱として立っていた【聖女】は、今はもう口を開けば「休みたいー」「だるいー」とかつての影もなく休息を求め、自分を慕ってついてきた男に垂れかかる。
「せ、聖女様、その前に魔王を斃さなくては……それが終わったら俺が朝から晩までお世話しますので!」
「あのー……それって今とどう変わるんですかぁ?」
「聖女様も大変だなぁ。生まれたときから教育を受けてたどり着いたのがこの魔境の果てとは」
「しかも本人は怠け癖のあるけど取り繕うのが上手くて神託の巫女さんに選ばれたとかいう望まない形っスからねぇ」
十二年の死の旅路は最初はあった男女の羞恥も取り払い、水辺を見つけたら全員全裸になり一緒に水浴びをするほど気を許し合う仲になっていた。
「よしみんな正気だな!では、これより何年前に受けたか忘れた命題『魔王討伐』を開始する!」
――――
「さてさて、今日はここまで。みな、よいこで授業を受けるように」
「えー!爺さんそりゃないぜ……」
「めっちゃくちゃ気になる所で終わるなー!」
新アルス暦六十八年、魔王が討伐され魔王軍の残兵である魔物を狩り文明を再び発展させていく時代がきた人類。その生存圏の端にある町で一人の老人が寺小屋にきた子供たちの前で御伽噺を聞かせていた。
御伽噺はこれから魔王城に突入する勇者たちの円陣で終わり、続きはまた明日となった。
破壊されつくされた文明ではこういった御伽噺も立派な娯楽であり、その中でも町の端に一人で住んでいるこの老人の勇者パーティーのホラ話は勇者教会が広めている話とは違い泥臭く人間味に満ちた勇者像や時に生々しいほど残酷な話で娯楽のまだまだ少ないこの時代ではとても人気のあるものだった。
「それじゃあ帰りますの先生」
「はい、今日もお話ありがとうございました」
老人は寺小屋の先生に挨拶をし町の端にある自宅へと帰っていった。
老人は自宅に帰るとまず井戸で手を洗い口をゆすぎ身を清めた。そして家の中に入り空箱で蓋をしていた地下室に降りる。
地下室の中にはボロボロで黒いシミの付いた服が八着、丁寧にトルソーに飾られていた。
「……剣聖アルス様、義賊カリア様、偽山デイドグリア様、賢者アリア様、商人イルル様。ウルフェン、バリアッツ、リィル。そして聖女ココナ様、今日も町は平和です……あなた方の作り上げた平和ですぞ」
勇者教会の広める魔王討伐の勇者パーティーの話に出てくるのは九人、しかし老人の語る魔王討伐の御伽噺には十人目が登場する。その十人目こそがこの老人、勝手に勇者パーティーについていき全てが終わっても唯一生き残れた【咎人】ケイルである。
ケイルの語る御伽噺は実際に起こった話に近い。だからこそ時に残酷な話も出てくる。しかし現実に起きた勇者たちの旅は魔王城の前にたどり着けたのはケイルも含め四人だけだ。残りの六人はその前にすでに死んでいる。
ケイルは魔王を討伐し次元の罅を修復するときに託された願いで御伽噺を紡いでいる。
どうか自分たちの話を美談として広められた時は漫談として面白おかしくしてほしいと怠け者の聖女から一方的に約束されたのを守っているのだ。
真実を知っているがそれを話すことは勇者の話を美談として広めたい王族たちからもケイルの慕う聖女からも奪われて、残酷で救いがない話は今日も明日も、ケイルが死ぬまで美談と漫談として話される。
それが【咎人】としての役割だとケイルは思っている。
だからケイルは毎日子供たちに御伽噺を聞かせては嘘の咎を清めて仲間たちの遺品に謝罪をし、日々を暮らしていく。
――――
ある冬の日のことだった。
ケイルはいつものように寺小屋で御伽噺をし、身を清めているときのことだった。寒い寒い冬の中頭から井戸水を浴びたケイルは歳のこともあり、なんともあっさりと死んでしまったのだ。
苦しむことも無くゆっくりと薄れていく意識。その中でケイルは己の【世界の称号】と初めて真正面から向き合った。
【世界の称号】、教会の石碑に刻まれる名前と何かを示している称号。ケイルの【咎人】は魔王討伐後に刻まれたものだった。初めはケイルも生き残りされど真実を話せないことへの咎だと思っていた。しかし違ったのだ。ケイルの咎、それは己自身が聖女を犠牲に生き延びてしまったことを悔いて悔いて、その思いが神にまで届いたことによる己自身が刻んだ咎だった。
ケイルは最後に思う。あゝ、どうか神様。許されるならばあの人をもう一度と。すると、小さな小さな声が聞こえた。
――地獄をもう一度望むなら叶えましょう。
――それでもかまいません。私はあの人に報いなければ……。
――ならば【咎人】よ、今度は悔いの無いように生きるのです。
そうして世界は切り落とされた。
――――
暗転していた視界が光を刺す。頭から水が流れておりやけに温かい。
「……あれ。井戸の水はこんなに暖かかったか?」
「何言ってるんだ、ケイル。殴られ過ぎてついに頭いかれちまったか?」
「え? ヴァイスなの、か?」
「は?」
声のした方を向いてみればもう消えてしまったはずの村の友であり特徴的な紫色の髪の毛をした男がいた。二度と会えることの無いはずの友の顔。その瞳に反射する若き頃の自分の顔。ケイルはあの声の地獄というのを理解した。
ここはまだ魔王の討伐されていない時だ、と。
そこまで記憶が戻ったケイルの行動は早かった。聖女と初めて出会った盗賊につかまったときのこととわかり、盗賊を蹴散らし、助けに来た聖女に一方的に今度こそあなたを救いますと宣言し怪訝な目で見られてもなお魔境へと一人で突入しやがてやってくる勇者パーティーに合流。
今度こそ散々町で語っていたこうなればいいなという旅路へと変えていった。
そうして最後に聖女にこう言ったのだ。
「あなたは生きてください」
【咎人】が己を許すとき【聖女】は何とついてきてしまったのだ。
「いったい誰が面倒見てくれるんだ」
【咎人】は笑ってしまった。ああ、自分の罪は世界をもう一度地獄に落としたことになってしまった、と。
読んでいただきありがとうございました。
この話自体は短編として投稿していますが続きとかでるかは評価次第でございます・・・。
よろしければ評価やコメントなどお待ちしております。