前日談、中編「ようこそ」
「はあ、、、。」
あたりは日が出始めたばかりだ、まだ薄暗い。
いっそこのまま夜が明けないでくれ。
どうしたら良かったのか。
右手に握られている一枚の紙を覗く。
けだるそうな少年の写真、そして見覚えのある女性が横で笑っている。
「純真 翔、、、。」
それにしても気が重い。
どう、伝えるべきか。
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理解できなかった。
今言われたことはあまりにもフィクションでーーー
まぎれもない現実だった。
「君のお姉さん、純真 結衣がなくなった。」
確かにそう聞こえた。
「なんで?」
いろいろ言いたいことがあるはずだ何でこれしか出ない。
目の前の男は少し見上げなければ目線が合わない、ガタイが良く、左目に傷が走っている。
とても堅気には見えなかった。
「君の保護をお姉さんに頼まれている。」
保護?保護ってなんだ?
「それについてもおいおい説明する。一旦ついてきてくれ。」
それからーー
色々説明されたが実感がわかない。
男は眼高 時背と名乗った。
どうやら姉は双眼組という組織に属していたらしい。
双眼組とはいわゆる反社だ、なんでそんなとこにいるんだ。
「着いたぞ、ここだ。」
それは普通のアパートだった。
到底反社のものとは思えない。
だが何かに追われているような、
ナニカ取り返しのつかないことになりそうな予感がした。
階段を一段、また一段と上がるたびその予感が強いものとなっていく。
{201号室}
時背がドアノブに手をかける。
先を見たくない。
いや先を見なくては。
ただのドッキリかもしれないだろ、そうだ。
そんな願望は叶わない。
確かに姉だった。
一目でもう笑えないと理解した。
布が被せられているが下半身の部分はのっぺりとしていてーーー
真っ赤だった。
冗談じゃない。
やめてくれ。
こんなこと起きていいはずがない。
何で?なんで?ナンデ?
体が震える。
解りたくないこんな現実は。
震える手を、、、震えを止めたくて
姉に{触れた}
それは黒かった。
黒い何かがこちらを見て
ーー微笑んだーー
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色々説明した。
まだ若い少年にこんなこと言いたくなかった。
彼の顔を覗く。
眼の焦点があっておらず、動揺してるように見えた。
無理もない自分ですらまだ実感がわかない。
彼女との会話を思い出す。
あれは七年ほど前だったか。
「話は聞いた。ほんとにそんなことできるのか?」
もし出来なかったら、
彼女は俺の思考を遮るように
「やりたいんだ、出来るかじゃなくてね。」
美しい女性だ黒い長髪が星のように流れている。
吸い込まれるような黒い瞳を見てるとなんで彼女がこんなにも苦悩しなければならないのかと思う。
「だから、私がもし死んだら、弟を守ってほしい。」
息をのむ。
「弟、、、本気か?」
一瞬目を閉じたかと思うと、
「本気だよ。大事な弟だ。」
それはとてつもない覚悟を感じさせた。
こんなことを考えていたから、
アレに気づけなかった。
結衣から黒い塊が漏れ出ていた。
何が起きているのかわからない。
だが、取り返しのつかないことだというのはわかった。
とっさに翔を突き飛ばす。
【憑き物】と翔の間に割り込むように入り、
そこまではよかった。
アレは自分をすり抜けた、
「は?」
後ろを振り向く。
黒い塊が付きまとおうが翔は何の反応も示さない。
だめだ、このままでは飲み込まれる。
冗談じゃない。
「お前の姉は殺された!絶望するならまだやることがあるぞ!!。」
とっさに出た言葉がこれだった。
まさか自分からこの言葉が出るとは思わなかった。
黒い塊の色が薄まっていく。
「よかった、、、。」
いや決して良いことではない。
完全に自分の落ち度だ。
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黒い塊に飲み込まれる。
それは絶望、怒り、そしてすべてを諦めさせるような激情を感じさせた。
苦しい。
どうしてこんな思いをしなきゃいけないんだ。
「お前の姉は殺された!絶望するならまだやることがあるぞ!!。」
姉が殺された?なんで。
なんで、
なんで、
あんな優しい人がなんで殺されなきゃいけないんだ。
理由を。
(知らなきゃいけない。)
ナニカを体に押し込んでいく。
黙れ。
だまれ。
ダマレ。
黒い塊が溶けていく。
直感的に自分が人間から離れたことを理解した。