表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Unmade -歪みし世界の中、人身御供となりて奏でた仮初めの青春譚-  作者: イチジク浣腸
舞踏会で舞う

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

99/138

開幕――神に試される者たち

午後五時半。

東棟の古時計が、澄んだ音を一つ、静かに広間へ落とした。


その響きは、誰の胸にもさざ波のような感触を残し、空気はまるで一度、深く息を呑んだかのように静まり返った。


クリスタルの荘厳なるシャンデリアには、すでに火の魔石が灯りきっており、

その紅蓮の光は、まるで内に熱を宿した生き物のように脈打ち、しなやかに、けれど揺るぎない意志で広間を照らしていた。


大理石の床には紅蓮の光が流れるように広がり、歩む者の影を静かに揺らめかせる。

白亜の柱はその光に抱かれて仄かに輝き、重厚なオークの壁もまた、まるで深い眠りから目覚めたかのように、静かに色を変えた。


浮かぶ魔法粒子は、さながら星の吐息のように宙を漂い、

それは音もなく、しかし確かに、これから始まる宴の序章を奏でていた。


絨毯に織られた黄金の天球刺繍がゆるやかに揺れ、

その上を渡る衛兵の鉄靴の音が、あたかも時の鐘のように、大理石の床にこだまして止まなかった。


誰一人、声を発することはなく、ただその光景に見入っていた。

そこには言葉というものが要らなかった。


すべては始まっていた。告げずとも、名を呼ばずとも。


これこそが、《星紗のスターヴェイル・ボール》――

星と結晶が密やかに織りあげる、ひと夜の夢の幕開けである。


――やがて、来賓たちの入場が始まる。


扉がひとつ、またひとつと開かれ、緑絨毯を踏む一行がゆるやかに姿を現す。まず幕を切って入場するのは、帝国宰相にして皇帝の妹、イリア・クリスタルハイト殿下である。


その姿は、群を抜いて格式を放っていた。濃紺の礼装の礼服は光沢を抑えた上質なウールで仕立てられ、金銀の飾緒が縦横に施されている。いかなる宮廷衣装よりも重みを感じさせるその装いは、ひと目で「帝国の威厳」を思わせた。


左胸には、帝国議会参与を示す双剣の星章が高らかに輝き、そのすぐ下には調停と和平の象徴である月輪の勲章が並んでいる。双剣の鋭い角度は彼女が政治の激戦をくぐり抜けてきた証であり、月輪の柔らかな曲線は交渉の場で数多の和平を導いた凛とした手腕を語っている。イリアは一歩一歩、床の大理石を踏みしめるごとに、礼儀正しく頭を垂れ、来賓席へと優雅に進んでいった。


しばしの間をおいて、鮮やかな深紅の絹地が視界に流れ込む。

続いて現れたのは、セフィラ王女エルフィリス・エヴァンス。


エルフィリスは王家のタータンをあしらった深紅のドレスに身を包み、裾に広がる金糸の刺繍にはセフィラ王家の象徴である三日月と樫の葉が優雅に描かれている。そのタータンは祖国の誇りを語り、床をすべるごとに金糸が淡く光を放った。


肩に薄く折りかけられたケープは銀糸の縁取りが施され、胸元には王女であることを示す銀のブローチが凛と輝いている。彼女の一歩は静寂を切り裂くかのように軽やかでありながら、王女の威厳が揺るぐことはなかった。


イリアと並ぶ二人の姿は、まさにこの夜会の中心にふさわしい。帝国の強権とセフィラの伝統が交錯するその佇まいに、広間を埋めた貴族たちは一瞬、息をのみ、視線を注いだ。


――来賓席が整うと、いよいよ式典は佳境へと移る。


ほどなく挨拶の合図として、弦楽四重奏の奏でる前奏曲がとまどいながらも深く広がりを見せる。第一楽章のバイオリンがわずかに高まり、チェロが重厚な低音を添え、音楽はまるで眠りから覚めた夜の息吹のように広間を満たしていく。


そのとき、壇上へとひときわ背筋を伸ばした男――シュヴェルト・レギウス総監が姿を現した。

かつてイデアトラ王家の長子として王位継承を約束されながらも、学びの道を選び、この学園の総監に就いた男である。黒の礼服は軍服にも近く、若き日、軍の要職を歴任した証として、帝国軍元帥の勲章を胸に光らせていた。内側にはイデアトラ家の紋章を刻んだ裏地がひそかに輝いていた。


彼が演壇の階段を一歩一歩ゆるやかに上がると、広間の中の光の粒子がまるで導かれるように流れ、まったくの静寂のなかで彼の存在を浮かび上がらせた。床の大理石に反射する炎色の灯りが、彼の斜め横顔を優しく撫で、王位を辞し教えの道を選んだ者の覚悟を際立たせた。


シュヴェルト総監は一瞥も逃さず、高みに設えられた演壇から、列を成す若き紳士候補たちを見下ろす。

その整った姿は、帝国の未来を象徴するかのようでありながら、どこかまだ幼さを残していた。音楽はやがて低く抑えられ、弦の調べが背景となって彼の声を迎える。


「本宵、

栄えある《星紗のスターヴェイル・ボール》を迎えるにあたり、帝都より――エリオス帝国皇室を代表し、陛下の名代としてイリア・クリスタルハイト殿下のご臨席を賜りましたこと、誠に光栄に存じます。


また、唯一神の御庇護を戴き、連合を共に支える盟友、セフィラ王国より次代を担う王女、エルフィリス・エヴァンス殿下をお迎えしております。


同じく連合の重責を担う盟邦として、西域を司るアルスター王国よりは、御高名高きフィン・エグレア陛下にご臨席賜りました。


そして、連合の一翼を担う赤き竜の国──霧煙る峻嶺に抱かれし、ドラヴァ王国より、ベルアリオーン陛下をここに謹んでお迎え申し上げます。

また、遥々の旅路を越え、各国よりお越しの大使閣下ならびにご列席の王侯貴顕の皆々様に、ここセラフィエル学園より心よりの歓迎を申し上げます。」


彼の声は低いがよく研がれており、第一音で広間の空気を浄めるほどの力をもっていた。礼儀正しく短い会釈を添え、続ける。


「――さて、各国の英傑と賢者がこの場に集いしことこそ、我らが共通の願い、すなわち平和と繁栄の礎となる絆の証に他なりません。ここに集う諸国の力と英知が結集したおかげで、我らは暗き時代を乗り越えてまいりました。


ここで改めて申し上げねばならぬのは、“今宵”ここに集いしは、単なる学園の行事にあらず――それは、遠くクリスタ歴元年、初代皇帝アルフレッド・クリスタルハイト一世がその人技アストリオ星辰結晶アストリオ・クリスタル」の輝きに導かれ、神よりの託宣を受けてエリオス帝国を建国した、いわゆる“光導の夜”を記憶する、荘厳なる祭典の一幕に他ならないということです。


この宵に催される舞踏会――**「星紗のスターヴェイル・ボール」**は、前哨であり、学び舎の誇りとして選ばれし生徒たちが《星辰結晶祭アストラル・クリスタル》の演目を披露し、その使命と志を胸に、祭典の結びを飾る儀式であります。


本来ならば優美に、静謐に終わるはずの夜でございましたが、我らは直近の試練を経て、いかに今宵の光が尊く、いかに重みを帯びているかをあらためて深く認識したところでございます。諸君も知るところでしょう。ひと月前、帝都レインバルドは、天より降りし魔の禍――ベルゼブブの襲来に見舞われたのです。空に裂け目が走り、災厄は帝国の心臓をも揺るがしました。


我らはその暗闇を見た。だが、我らは闇に屈しなかった。帝国軍の勇士は盾となり、学園出身の騎士たちは命を賭して市民を救い、そして――ここにご列席の**盟邦諸国《帝国連合ザ・コモン・ユニオン》**の勇士たちが、我らと肩を並べ、共に闇へと挑んだのです。


陛下の意志のもと築かれたこの連合は、剣と信義と教養をもって結ばれし、栄えある星々の同盟であります。帝国の冠のもと、遠く離れた大陸にあっても、我らはひとつであることを、今宵改めて誓いましょう。


この場を借りて、連合諸国の諸賢、そしてその民に、心よりの敬意と感謝を捧げます。多くの者が覚悟を胸に、希望を繋いだのです。


さて、ここに集いし皆々に告げたい。

この舞踏は、ただ踊るための舞踏ではありません。

それは、星辰の光を受けて己の品格と教養、そして魂を示す『試み』であり、各国の貴顕たちが真価を見極め、未来の盟友を探す場でもあるのです。


私シュヴェルト・レギウスは、かつてイデアトラの王子として生を受け、学びの道こそが真の光を育むと信じ、王位を辞してここに立った男であります。その思いを胸に、今宵、真の『光を求める者』たちを迎える――その意義を込めて、この夜の開幕を宣言いたします。」


言葉を終えた刹那、弦楽四重奏は第一楽章のクライマックスを奏で始め、炎色の灯りは一段と艶を増して、広間を暖かく照らし出した。


舞踏の前奏曲が次第に形を整え、若き候補者たちは息を整え、広間の中心へと進み出す。

その様子は、まるで暗闇の先に新たな星座が浮かび上がるかのように、静かにかつ確かな希望を宿していた。


星紗の宵――その幕は、いま、ゆっくりと、しかし確かに開かれる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界 唯一神 選ばれし者 孤独 青春 成長 バトル チート  運命 主人公最強 神の力 家族  王族 受肉 天啓 葛藤  友情 救済 ファンタジー 神話
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ