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神は憂う

ノア・エヴァンスは王位に就くことは決してないと分かっていた。父親が王位を継いだのは、亡き母(ノアの祖母)の代理としてであり、その母が残した女系血筋こそが王家の正統を成すとされていた。父親は母が死んだ後、エルフィリスが成熟するまでの間、その意思を引き継ぎ、王国を統治していたがノアの存在はただの重荷でしかなかった。


父親は、母が生きていた時の王国の政策や思想を尊重し、それを守るために王位を継いだ。そして王位を受け継ぐべきは唯一、ノアの姉であった。

ノアが生まれた時、父はその事実に大きな失望を覚えただろう。なぜなら、神の力を完璧に宿す者が男性として生まれることは予想外であり、またあってはならないことである。伝統を重んじる王家を惑わす不吉の象徴。


「お前は王位を継ぐべきではない。」


その言葉が、ノアの胸に深く刻まれていた。ノアの父親は、母の代理として王位を握り、未来の王位を姉に譲ることを前提としている。だが、ノアが持つ「完璧なる神の力」が、その未来を一切無視しているかのように、父親には重荷にしか映らなかった。唯一神の力が宿るのが女性に限られているという古きしきたりは、ノアの父にとって絶対的な規範であり、その規範を打破した存在を無視したかった。



ノアは父親の冷徹な目線の中で育った。何をしても父の目には届かず、どれだけ王家の血筋を重んじようとしても、それは決して評価されなかった。ノアは自分の存在に意味がないのではないかと疑いながらも、同時に自分がこの王国に与える影響を考え続けていた。だが、その結論はすぐには出ない。未来の王となるべき姉に何も敵わない自分の存在が、ただの「不必要なもの」に感じてしまうことが多かった。


そして、学園への入学が決まった時、父親の目は冷たかった。


「学んでこい、ノア。未熟なお前にはそれが必要だ。」


その言葉に隠されたのは、彼を外に送り出すことで、王家の中で無理にでも存在価値を見出させようとする父の冷徹さだった。ノアが学園に送られたのは、王位の後継者として育てるためでも、王国を治めるためでもなかった。それは、父の意図する王位を受け継ぐべき者(姉)を育てるために、ノアがそこに存在しないようにするための一手だった。






帝都レインバルドは、曇り空の似合う街だった。


鐘の音が、ひどく冷たく耳に残った。

白く敷き詰められた石畳、その上にそびえるのは苔むした灰色の石造校舎――尖塔には重たげな雲がまとわりついている。

あまりに整いすぎた風景に、ノア・エヴァンスは早くもこの場所に馴染めないと悟った。ここは夢でも幻想でもない、彼の「牢獄」なのだと。


それでも、彼は歩く。

与えられた制服に袖を通し、無言で大理石の廊下を渡る。誰の目も気にならない――というより、最初から何も期待していなかった。


セラフィエル学園。

最上級天使の名を冠した学び舎にふさわしく、そこには静かな狂気と虚栄が混ざっていた。

家名、権威、才能、魔術、聖性。

ここではそれらが生徒の“価値”として堂々と並べられる。

ノアは、すべてを持っていた。

それゆえに、すべてを拒絶されていた。


彼がふとベンチに座ったのは、初講義の合間。

噴水の向こう、紫がかった空に溶けるような夕暮れの中庭。

冷たい風が吹き抜けるたび、制服の裾がかすかに揺れた。

彼はただ、黙っていた。


「久しぶりだね、ノア。」


その声は、風の中からやってきた。

懐かしくて、胸のどこかを締めつけるような響きだった。


振り返ると、そこにいたのは――レタル・レギウス。


黒髪がほんのりと青く輝き、まるで星屑を含んだ闇の中で光を放っているかのように見えた、青みを帯びたその髪は、まるで神々の力がその中に溶け込んでいるかのような、不思議な輝きを抱いていた。

彼は髪を丁寧に整え、銀縁の眼鏡を外し見つめてくる瞳は、以前と同じだった。

けれど、少し変わった。穏やかすぎて、不気味なほどに整っている。

笑みは柔らかいのに、どこか人間離れした印象を受ける。


「……なぜ、ここに?」


ノアは立ち上がらなかった。ただ問いを返す。

心の中でだけ、少し震えていた。

彼のことを、忘れた日はなかったから。


「学びに来たんだ。君の隣で。」

レタルの声は相変わらず優しい。

でも、その言葉の中に、何か意図が潜んでいるような気がした。


「君がいるなら、ここが世界の中心だと思えた。

 それだけで、十分な理由じゃないかな?」


ふざけているわけでも、誠実すぎるわけでもない。

それなのに、ひどく真実味のある言葉だった。

ノアの胸に、小さな波紋が広がった。

拒絶する理由が見つからなかった。


「……変わらないな、お前は。」


「変わったよ。ずっと、君に会いたかった。」


レタルはそう言って、ノアの隣に腰を下ろした。

間に沈黙が流れる。けれど、それは居心地の悪いものではなかった。

夕焼けがふたりを包み、少しだけ世界の色が変わった気がした。


ノアはふと、彼の言葉を思い返す。


――「君がいるなら、ここが世界の中心だと思えた。」


それは、誰にも言われたことのない種類の言葉だった。

神の力を持って生まれ、姉の影で育ち、父に疎まれたノアにとって、

世界の中心なんて、遠くの空にしか存在しなかったのだから。


レタル・レギウス。

再び現れた彼は、救世主か、あるいは破滅の使者か――

それは、まだ誰も知らない。

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