アストラの特別講義
特別講義当日・午前六時二十五分――第五訓練場
薄明の空、まだ陽が昇り切らぬ静けさの中、第五訓練場には既に数百の生徒が整列し始めていた。朝露に濡れた大地、吐く息はかすかに白く、空気は重く冷たい。訓練用装備に身を包んだ学生たちは、いつもとは違う雰囲気に沈黙を保ったまま、各々の班に従って配置されていく。
誰一人、笑わない。
誰一人、私語をしない。
あの掲示が出てからというもの、全員がそれぞれの方法で備えてきた。
――だが、それが通じる相手なのかどうかも、誰も確信が持てないまま。
その中心で、ノア・エヴァンスはいつも通りの無表情で腕を組み、隣に並ぶレタルを横目に見た。
「……着てきたな、ちゃんと」
「“指定された訓練装備”だしな。規則違反で減点とか、馬鹿らしいだろ」
「真面目かよ」
「……君が不真面目すぎるだけだよ」
そんな小声の会話さえ、訓練場の空気の中では鋭く響いていた。
そして、ぴたりと午前六時半。
訓練場の正面に設けられた台の上に、二つの影が静かに現れる。
一人は、全身に雷のような覇気を纏った軍服の男。
もう一人は、陽光を受けて淡く光る白髪の剣杖を背に負った騎士。
刈り上げられた襟足と側頭部は整然としており、無駄のない清潔感を漂わせている。
だが、その上に乗る前髪とトップはまるで風を孕んだように自由だ。
無造作に立ち上がり、だが計算されたように美しい。
その髪は、彼の中にある混沌と秩序、両極の性質を映し出す鏡のようだった。
その瞬間――誰かがごくりと唾を飲み込んだ音が、やけに大きく響いた。
壇上に立つ男は、髭もなく、眉も剃り落とした厳つい金髪の坊主頭。
肌は褐色に近く、鍛え上げられた肉体が軍服の上からでもわかる。
両眼は獣のように鋭く、睨まれた者の心をえぐるような眼光だった。耳は、風の音すらも拒むがごとく鋭く尖っていた。
それは単なる形状の問題ではない。
彼の身に流れる古の血が、幾度となく死地を越え、いまだなお息づいている証左である。
肌に滲むその色、その足、その力、その気配――
彼は古代竜人の血を濃く受け継ぐモノである。
男――アストラ・ヴォルト・レギウスは、口元だけで笑った。
「……関心、関心。時間内に来ているとは、上出来だ」
その声は低く、地鳴りのように訓練場を包み込んだ。
わざわざ怒鳴らずとも、全員の背筋を震わせるに足る響きだった。
「だが、来ただけで満足している者がいたら――今すぐ帰れ。
この場に立つ資格がない」
凍てつくような沈黙。
誰も動けない。
誰も視線を上げられない。
その中で一人、ノア・エヴァンスだけが、興味深そうにアストラを見上げていた。
「……さて、貴様らの“現実”を見せてやろう。夢想で飾った“強さ”など、この場では通用せん」
アストラの視線が、ひとりひとりを切り裂くように巡っていく。
「――始めるぞ。貴様らを、“戦場に立てるかどうか”、俺が見極めてやる」
その言葉と共に、アストラは一歩後ろへ引き、手を掲げる。
すると、訓練場の周囲に配置された無数の魔法陣が同時に輝き、重々しい音を立てて起動した。
次の瞬間、数十体の巨大なゴーレムが、土煙を上げながら地面を突き破り、訓練場に現れた。
それらはただの石造りではない。
命気、そして魂気――複数の力が融合した存在で、表面は金属のように硬く、内部には魔力が渦巻き、自立しているかのように無駄がなく異常な速さで動き出す。
その姿は、まさに巨大な魔力の化け物。
動きは人間の戦士を遥かに超えるスピードで、目にも止まらぬ速さで襲いかかってくる。
「これが、貴様らに与える最初の試練だ。」
アストラの声は一層冷徹に響いた。
「ただ倒すだけでは足りん。このゴーレムたちは、魔法と命気、そして魂気を巧妙に操ってくる。無駄な力は使わせん。全力で戦え。お前たちの命運は、今ここで決まる。」
その言葉が終わると同時に、ゴーレムたちは一斉に学生たちに向かって走り出した。
そのスピードと力強さ、そして魂気を込めた攻撃に、学生たちは次々と反応を見せ始める。
レタル・レギウスは冷静に、そして素早く動いた。
「生命体じゃないゴーレムが命気を使う……おそらく、周囲の生命力を吸い上げてる。だからこそ――油断するな。あいつが息をするたび、誰かの力が減っていく。」
そう言って、彼は周囲のゴーレムたちに目を光らせ、素早く魔法陣を展開した。
「――まずは一体、始めるぞ。」
エゼル・ノクスもまた、冷徹な目で状況を観察していた。
「あいつら、エネルギーの動きに合わせて攻撃と防御をしてくる....単調な攻撃じゃ駄目だな。魂気だけじゃなく、魔法も使うべきだな。」
ノア・エヴァンスは無表情で、ただその場を見つめていた。
「ふっ...お前は魂気を使うのか。悪いが僕は聖力を使わせてもらう。」
ノアがふっと周囲の空気を感じ取り、瞬時に戦場へと視線を戻した。
「さて――どうしたもんかな。」
その時、ゴーレムたちが一気に動き出し、最初の衝突が始まった。
魔法の爆発音が響き、訓練場は瞬く間に激しい戦闘の場と化した。
学生たちは必死に立ち向かい、手にした武器や魔法を駆使してゴーレムたちを倒そうとするが、アストラの言葉通り、それは簡単なことではない。
命気の使い道、魔法の反応速度、そして魂気を扱うための精神的な強さ。
すべてを駆使しなければ、この試練を生き抜くことはできない。
ノアとレタルはすぐに戦闘に加わり、エゼルもその後を追って戦闘に加わる。
それぞれのスタイルで、ゴーレムたちと激しく交戦する中、彼らは次第に気づく。
この試練が、単なる力の比べ合いではなく――
「戦場」での“生き残る力”を試すものであることを。
そして、この訓練が終わった後、何が待っているのか。
それは、彼らにとって“真の戦い”の始まりに過ぎないのだ。




