魔道遺物
空は晴れきっていた。
風が、どこか懐かしい匂いを運んでくる。
まだ煙の匂いが微かに残る渓谷の頂で、三人は黙って立ち尽くしていた。
最初に口を開いたのは、レタルだった。
「……終わった、んだよな」
声は掠れていた。
それでも、確かな実感があった。
「終わったさ。お前が信じて、抗って、あの化け物に届いた。……だから、終わった」
ノアが淡く笑いながらも、肩を落とすように言った。
その顔には安堵と、ほんの少しの寂しさが混じっていた。
「ま、でも……あの女、最後に変な呪いでも残してそうだよな。てか眷属は一体のみか?」
エゼルが胡乱げに地面を蹴りながら言う。
「おそらく、操られてたモノに、何かしらの“残滓”が付着してたんだろうな。それを感知して、複数体いると誤認した……ってとこじゃないかな?
それを言い出したら・・・そもそも遺跡付近じゃなかったし、適当なんだよ。」
レタルはそう言いながら、面倒くさそうに肩をすくめた。
「なるほどな。あり得そうだ。」
エゼルは頷き、レタルの推察に一目置いたような視線を向けた。無駄に口数は多くないが、判断は早い。そんな彼の性格が、今は頼もしく思えた。
「なぁ……“私を殺しても、何も変わらない”とか、“この世界は破滅へと続く”とか、あいつが言ってたことを思い出すと、どうにも嫌な予感しかしねぇ。」
低く呟いたエゼルの言葉には、ただの不安ではなく、確信めいた陰りがあった。
「でも、それでも止めなきゃいけなかった。誰かがやらなきゃ、国は本当に終わってた。」
レタルの言葉は、まだ震えていた。
だが、その瞳には曇りがなかった。
「お前、真面目だなぁ。」
エゼルがふっと笑った。
「知らないけどさ、前のノアなら、誰かに泣きついて逃げてただろ。でもレタルは今回助けられだよなぁ。」
「そうだね……あの時、ノアと出会わなかったら、きっと、俺はまだ一人で迷ってた。」
沈黙が一瞬、三人を包んだ。
その時、ノアが沈黙を破った。
「はぁ?勝手なこと言うなよ、短い付き合いのくせによ。レタルもそうだね、じゃねーよ!!。」
「まぁまぁ、落ち着きなよ。」
レタルは、うんざりしたように眉をひそめて、静かに諌めた。
ノアが空を見上げて、呟く。
「じゃあ、次はどうする? 平和が戻ったって、オレたちは……何者にもならなきゃならない。」
「そうだな。私は……ってただの学生が何言ってんだ。そもそも相手はベルゼブブの眷属だよ。」
レタルが一歩踏み出し、太陽の方を見据える。
「まぁ今度も、誰かのために戦いたい。任務だからやるじゃなく、しっかり考えて、守るために。」
「……フッ。悪くない。」
エゼルが肩をすくめ、ぽつりと漏らす。
「それなら俺も、付き合ってやるよ。ちょっとは面白そうだしな。」
「……じゃあ、僕も。」
ノアがゆっくりと微笑んだ。
「まだ終わってないよ。この辺り一帯に、封印術式を張っておかないとね。」
朝陽が昇りはじめ、三人の影が地面に長く伸びていく。
それは、災厄の終わりを告げる影ではなかった。
むしろ――光と共に歩み始めた者たちの、物語の“続きを告げる”影だった。
⸻
ノアがふと立ち止まり、虚空を見つめるように呟いた。
「……銀の核。まだ残ってる」
「えっ……ああ、あの……アブリミーナに埋め込まれてたやつか。すっかり忘れてたわ。」
エゼルが苦々しげに顔をしかめる。
「銀色の結晶体……あれ、まだ消えてなかったのかよ……」
レタルが岩陰へと目を向けた。崩れた瓦礫の合間に、それは確かに存在していた。
黒く焼け焦げた大地の中に、なおも脈打つような禍々しい銀の光が――。
「“銀の核”。人の感情を媒介に魔力を喰らい、概念を実体化させる魔導遺物。……製造も、研究も、所持も、全部、禁忌だ。先生が言ってた遺物はこれだろ。」
ノアの声は静かだったが、その奥に凍えるような怒気があった。
「アブリミーナを変えたのは、あれか……」
「違うよ、レタル。変えたんじゃない。“引きずり出した”んだ。彼女の中に眠っていたものを、力ずくでね」
ノアがそう答えるより早く、エゼルが言った。
「そういう“ヤバいブツ”なんだよ、あれは。二度と誰にも触れさせちゃなんねぇ」
ノアが一歩前に出て、指を鳴らす。
空間に碧い魔法陣が幾何学的に展開され、銀の核を包み込む。
周囲の空気が低く震え、鋭い魔力の震動が大地を軋ませた――が、すぐに沈黙が戻った。
「……転送完了。王都の深層魔封庫行き。あと、念のために細工をしておいた」
ノアは軽く笑った。
「“これに触れたら死ぬ”って条件で、自動起動する呪詛型の拒絶術式。まあ――次のバカが現れたら即アウトってやつ」
「……おまえ、ほんと容赦ないな」
エルゼが肩をすくめると、ノアは薄く笑って応じた。
「優しさだけじゃ、世界は守れないんだよ。そういう役は、もう姉さんが引き受けたから。」
レタルが目を伏せ、ひとつ長い息を吐いた。
「ありがとう。これで……彼女も、少しは報われるかもしれない」
三人はその場を離れ、静かに歩き出す。
だが“銀の核”が、なぜ、どうやって存在していたのか――それはまだ謎のままだ。
「……これ、意図的にばら撒いてるやつがいる。絶対に偶然じゃない」
エルゼの目が細められる。
「十中八九、ベルゼブブの仕業だろ。あいつ、ずっと後ろで糸引いてる。」
ノアは空を見上げ、フッと笑った。
「ま、こっちも準備はできてる。“神”の真似事がどこまで通用するか――試させてもらおうか」
その瞳には、青い光が静かに燃えていた。
「……これで終わりだと思うなよ。これは、“幕開け”だ」




