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Unmade -歪みし世界の中、人身御供となりて奏でた仮初めの青春譚-  作者: イチジク浣腸
光と影

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光となれ神の御子

闇の中に、音が落ちた。

――コツ、コツ、と、乾いた靴音。

それはまるで、空洞になった心臓を叩くように、ノアの耳朶を打った。


「……またここか」


目を開けば、そこは玉座の間だった。

広すぎる空間、冷たすぎる石床。

祭壇のように高くそびえる王座には、誰も座っていない。

だが、そこに**「父の眼差し」**だけが確かにあった。

形のない、だが凍てつくほどに重い視線。


『ノアよ、余は汝に望むもの、寸毫も持たぬ。』

『唯一神の力、とな。――されど、汝が女に生まれぬその折に、既に価値というものはついえたのだ。』


声が、わずかに空気を震わせた。

――否、違う。これは、既に過ぎ去った日の、冷たく乾いた残響に過ぎなかった。

分かっている。いや、分かっているはずであった。

それでもなお、ノアの胸は、重く、鈍く、内側から沈んでいった。


彼は見た。

幼い日の己が、そこに佇んでいるのを。

か細い体を震わせながら、必死に父へ歩み寄ろうとする、小さな影を。

伸ばされた手は、王の無情な一振りによって、無惨にも払い落とされた。

脆い体は、冷たい石の床へと打ちつけられた。石の床に崩れ伏したノアの小さな身体は、声も出ず、ただひたすらに、身を縮めて震えていた。。奥の壁に飾られた祖母の肖像画が、微笑むように彼らを見下ろしている。父親は言葉少なに、その場に立ち尽くしていた。ただひたすらに重い沈黙だけが部屋に満ちている。


「……そうだ」ノアは唇を噛む。

「俺は、望まれなかった。最初から、何ひとつ」


孤独。

絶望。

それらを知りすぎた、王子の幻。



だが――その刹那であった。


音もなく、ひとつの白い手が差し出された。

それは、ひどく優しく、震える幼きノアの肩にそっと触れた。

おそるおそる振り向く。

そこには、月の光を紡いだかのごとき髪を持つ、姉エルフィリスの姿があった。彼女の目はすでに涙でにじんでいたが、顔を伏せることもなく、ただノアに寄り添った。


『ノア。あなたは、わたしの誇りよ』


やわらかな微笑み。

部屋には消え入りそうな吐息しか響いていなかった。ただ静かに、二人の肩越しに流れる空気だけが、冷たく重く漂っていた。エルフィリスは冷たい石の床に膝をつき、震えるノアをぎゅっと抱きしめ、何も言わずに瞳を閉じた。


小さな背をそっと包むように、温かな外套が静かに降りた。

それはただの布ではなかった。

凍えた心に絡みついた棘のひとつひとつに、柔らかな指先が触れるように、痛みをほどいていった。

それでも棘はすべて抜けはしない。

けれど、遠い遠いところで、かすかに、微かな音を立てて、何かが溶け始めた。


ノアは、強く拳を握りしめた。

その指先が白くなるほどに。

この光――

ごく僅か、確かな救いを、絶対に手放してはならぬと、心の底から誓った。

心の中で、あらゆるものが崩れ去り、無に帰すような不安がよぎったとしても、

それでもこの光だけは――

死に物狂いで掴み、離さないと。

振り返るその姿に、背後の幻影の玉座が静かに溶けていくのを感じながら、

ノアはその光景を目の当たりにし、決してその影に飲み込まれることはないと、心で誓った。


「オレは負けない……負ける気がしねぇな」


あたかも見えざる氷が砕けるように白銀の光が、暗闇を裂く。まるで「神が言われた、『光あれ』」とあの日、創世記の言葉のように。ノアはぼんやりとした意識の霧を踏み越え、幻惑の世界から自分を引き戻して――次に開いた瞳に映ったのは、リビングであった。


暖炉の炎は穏やかに燃えさかり、朱の火がゆらぎながら壁に淡い陰を映していた。時折、薪がはぜるような小さな音が静寂を破り、消え入りそうな静けさの中でそれが鼓動に重なった。まばゆい銀光から落ち着いた室内へ戻ると、静かになった闇が鼓動を幾重にも増幅し、響かせている。


木の床はしっとりと暖かく、足裏にほんのりと安堵の感触を伝えた。その合間を漂う微かな炭の香りと立ち上る煙の匂いが、鼻腔をくすぐる。喉の奥でわずかに苦みをおぼえるような冷ややかな感覚が広がった。ノアはわずかに眉根を寄せ、不安げな表情で上体を起こす。固い床に接した冷たさが、その手足を通じて身体の芯にまで冷気を伝える。引き裂かれた違和感はまだ全身に重くのしかかり、心に深い余韻を残していた。ゆっくりと吐いた息は、春の夜の静寂に溶け込んだ。ノアの世界は夢と現実との狭間にしばらく留まり、その清冽な余韻だけが炉の温かな光に溶けて漂っていた。


「……俺は、俺だ」

瞳を閉じれば、彼は聖書の一節を思い出していた――

「主は我が牧者、我は乏しむことなし」

その言葉が、彼の心を支え、再び力を与える。どれほどの苦難が待ち受けていようと、何があろうと、彼は”ひとり”ではない。彼には、背負うべきものがある。守り抜くべきものがある。


その想いが、いっそう強く胸に響いた。

ノアは静かに立ち上がり、隣で眠る仲間たちを見下ろした。

その瞳には、確かな決意が宿っていた。



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