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Unmade -歪みし世界の中、人身御供となりて奏でた仮初めの青春譚-  作者: イチジク浣腸
光と影

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透明な駆け引き

噂は風より速く、意図より深く人の心に届く。

誰かが囁き、誰かが信じ、誰かが試す。

学園という閉ざされた箱庭では、真実さえ装いをまとう。


だが、視線と声が交錯する中で、

ただ一つ、確かに交わされるものがある。

それは言葉――

切り札にも、毒にも、あるいは救いにもなり得る、冷たくも熱い対話。


これは、選ばれた少年と、知を司る少女が、

互いの心を開き始める、静かな戦いの始まり。


恋でも友情でもない。

ただ“知りたい”という欲望が導いた、対等な対話の物語である。

翌日、セラフィエル学園の校舎には、いつもとどこか違う空気が漂っていた。廊下を歩く生徒たちの視線が、さざ波のようにひそひそと連鎖し、誰かの耳に届くたびに微かな笑い声やため息に変わる。放課後の予定を告げ合うはずの教室前でも、何人もの生徒が足を止め、互いに囁き合っている。


「ねえねえ……ノア・エヴァンスと主席が放課後、二人きりで?」

「まさか交際!? でも主席がそんな趣味って、本当かしら?」

「アリア様からお話をお聞きしたのですが、あの二人、ずっと一緒にいたらしいんですよ。」


誰かが意図的に流した噂は、あっという間に学園中に広がってしまったらしい。廊下の掲示物は足早に通り過ぎる生徒の波に隠れているが、その視線だけは逃れようもなく、教室を出るたびにノアの背中を追った。


──そして放課後。教室のドアを開けようとした瞬間、廊下の片隅で彼を呼ぶ声がした。


「ノアくん、ちょっといいかな?」


振り向くと、そこにはアリア・カーヴェルが立っていた。金色に緩くウェーブのかかった髪を一房、後ろへかき上げる仕草は、社交界でも評判の令嬢らしい優雅さがあった。だが瞳の奥には、鋭い刃のような冷たさが潜んでいる。


「エレナ先輩のことなんだけど……」

アリアは一度口元に微笑を浮かべてから、声を潜めた。「彼女、ちょっと危ない噂が多いのよ。ジークフリート先輩に聞いたんだけど...自己実験で精神崩壊しかけたって話もあるし、研究のためなら手段を選ばないとか……」


ノアは無表情のまま、深く息を吐く。それは相手の言葉を受け流すのではなく、むしろ「言い訳を聞いてやろうか」という余裕すら含んでいるようだった。


「だから何?」

その一言に、アリアは軽く肩をすくめた。


「心配してるの。あなたが巻き込まれないように……ねえ、もう彼女とは距離を置いた方がいいと思うの」


──その瞬間、ノアの瞳がわずかに細められた。視線の鋭さにアリアの微笑みが引きつる。


「へえ。わざわざ忠告しに来るなんて、随分親切だな。俺に何か得でもあるの?」


アリアは一瞬、返答に詰まったが、すぐにまた笑顔を作り直す。


「ノアくんなら、私の気持ち、もっと分かってくれると思ったのに」

軽やかな声だが、その裏に宿る焦燥は隠しきれていなかった。


「……それって俺に“会わないって選択肢”を選ばせようとしてるだけだろ。」

ノアの低い声に、アリアの笑顔が完全に固まる。


「は?」

アリアが言いかけた瞬間、背後から別の声が響いた。


「──なるほど。想像以上に“繊細”みたいね」


振り向くと、白壁沿いに立っていたのはエレナ・セラフィム。資料をぎっしり詰め込んだファイルを胸に抱え、無言で二人に歩み寄ってくる。その佇まいは、まるで冷たい水面を切り裂くように静かで、瞳には一切の感情が滲んでいなかった。


アリアは気まずそうに軽く頭を下げると、その足で退場した。まるで、放たれた矢を逸らすように、足早に去っていく。


廊下には再び沈黙が戻った。二人だけが残された空間には、机や椅子の影が長く伸びている。


「……面倒だったろ?」

ノアはぽつりと呟き、肩越しにエレナを見る。彼女は肩を僅かにすくめただけだった。


「慣れてるわ。ただ、あなたは違う...」

淡々とした口調に、確かな優しさが混じる。


「何が?」

ノアが問い返すと、エレナは鞄から資料の束を取り出し、彼に差し出した。その表紙には「精神波解析データ」とだけ記されている。


「それより、これ、君の精神波を再構成した結果。この前の術式遮断──私なりに解釈してみたの」

無言のまま手を差し出すその仕草は、いつもの理知的な面影を残しつつも、どこか人間らしい熱量を帯びていた。


ノアは資料を受け取り、静かにページをめくる。まるで繊細なレースを扱うように、指先がデータの数値やグラフをなぞる。やがて、彼の口元にわずかな笑みが浮かんだ。


「本気で俺を“観察”してるんだな、主席様は」

ノアの微笑には、嘲りでも警戒でもない――純粋な興味と、ほんの少しの敬意が混ざっている。


「当然よ。興味があるから」

エレナの声には、一片の揺らぎもなかった。


──その数秒後。


ノアはポケットに手を突っ込みながら言った。


「──なら、俺も少しだけ、君に何を見出そうとしているのか確かめてみたい気分だ」

一見軽い言葉だが、その奥底には「対等な探求者」としての覚悟が滲んでいた。


「それって……」

エレナが問いかける。だがノアは半笑いで肩をすくめ、教室の窓外を見やった。


「誤解しないでほしい。ただ、面白そうだからってだけだ」

しかしその瞳は、もう彼女を他者と呼ぶには遠すぎた。


噂が紡ぐ分断も、利害が生む駆け引きも、ここには存在しない。

二人の間にあるのは、互いに心を開き、未知を探る“対話”の始まり――

学園のざわめきを遠くに振り払い、二人はようやく真正面から向き合ったのだった。

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