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握るは友情、それともプライド?

これは、ある日の日常である。

腕相撲祭り――

セラフィエル学園の食堂。今日という日、ここには普段とは違う熱気が満ちていた。

壁に貼られた紙には、大きく文字が躍っている──

「腕相撲祭り開催」

誰もが、その文字に対して軽く眉をひそめる。いや、ひそめるというよりも、心のどこかで無意味な期待を抱かずにはいられないという感じだろうか。

私はそれを、眺めていた。いや、眺めているのではない。観察しているのでもない。ただ、流れてくる空気のひとつの現象として、目の端に入ってきただけなのだ。

だが、祭りは確かに始まるのである。無論、誰もそれを止めることはできない。


「第一回 一年寮対抗腕相撲祭り」

優勝賞品:幻のカツサンド独占権

罰ゲーム:優勝者が敗者の中から一人を選び、一週間の雑用を押し付ける権利

「さあさあ、集まれ〜!」

ノアが手を叩きながら声を張る。いつもの王子様然とした笑顔だが、その瞳には真剣さが宿っていた。

「ルールは簡単!腕相撲で勝ち抜いた奴がカツサンドを独占!そして最後に──」

ノアの声のトーンが下がる。

「優勝者は敗者の中から一人選んで、一週間の雑用を全部押し付けることができる!」

「「「うわああああ!」」」

寮生たちの悲鳴が食堂に響く。

フィリップが薄ら笑いを浮かべながら呟く。

「俺は頭脳派だから、こういう筋肉バカの祭りには参加したくないんだけどね〜。第一、俺みたいな美形が汗なんてかいたら、女子たちが失神しちゃうかもしれないし?」

「お前に女子のファンなんていたっけ?」

「...いるかもしれないだろ!潜在的に!」

「お前も参加必須だ」

「マジかよ!俺の美貌が汚れる〜!」

一方、隅っこでヴィクトリアは無表情でこの騒ぎを眺めていた。他寮からの刺客として送り込まれた彼女にとって、この手の騒ぎは「愚行」としか映らない。

レタルは静かに水筒の蓋をくるくると回しながら、この光景を見守っている。

「面白そうじゃないか」



トーナメントが始まると、序盤から予想通りの展開となった。

第一ブロック

「うおおおおお!」

筋肉自慢のマクシムが、策略家のクラウスを一瞬で圧倒。

「計算通りには...いかないものだな」

クラウスは苦笑いを浮かべながら敗退。

「おかしいな。余の計算では、相手の筋力は余の1.2倍。しかし余の知能指数は相手の3.7倍。総合的に余の勝利のはずだったのだが...」

「腕相撲に知能指数関係ねぇよ!」

「そうなのか?では何故『頭脳戦』という言葉があるのだ?」

「それ腕相撲じゃない!」

観客のツッコミが飛ぶ中、クラウスは真剣に首をかしげている。

「ふむ...では次回は筋力を1.5倍に設定し直そう」

「設定って何だよ設定って!」

第二ブロック

一方、フィリップは初戦でなんと──

「俺の美技を見よ!『美男子フェイント』!」

相手が一瞬呆気に取られた隙を突いて勝利。

「え?マジで勝った?俺って実は強い?もしかして俺、隠れた才能の持ち主?」


──しかし二回戦で、今度こそ筋肉の前に屈服した。

「うう...俺の美貌作戦が通じない...これが現実か...」

フィリップが涙目になっていると、ジュリアンが冷静に分析する。

「腕相撲は技術よりも基礎筋力が物を言う。当然の結果だ。」

「慰めになってねぇよ!てか今『当然』って言った?『当然』って?」


「事実を述べただけだ」


「ひどい!副寮長ひどい!」


第三ブロック:意外な伏兵

「次、レオン!」

呼ばれて現れたのは、いつものようにふわふわした表情の美少年。

「えーっと...腕相撲って何でしたっけ?」

「おい大丈夫かこいつ...」

観客がざわめく中、レオンは相手と向き合う。

「手を繋ぐんですね〜♪」

「繋ぐって言うか...」

しかし戦いが始まると──

「あ、倒れちゃいました〜」

なんと相手が一瞬で敗北。レオンの腕は細いように見えて、実は意外な力を秘めていた。

「え?僕勝ったんですか?やったー♪」

「何この子怖い...」



第四ブロック:女子の戦い

「はあ...面倒ね」

ヴィクトリアが溜め息をついて席に着く。相手は小黒狼の女子生徒、レオナ。

「ヴィクトリアさん、よろしく。」

「...よろしく」

戦いは一瞬だった。ヴィクトリアの冷徹な表情と共に、相手の腕が机に叩きつけられる。

「当然の結果ね」



「つ、強いのね...」


そしてしばらく後、食堂の空気が、一瞬にして変わった。いや、「変わった」と言っても、別に誰かが叫んだわけでも、劇的な音が響いたわけでもない...単に、そこにいる人々の心が、いつの間にか、勝手にざわめき始めた、というだけのことである。


────


準々決勝。水の騎士長――ジュリアンと炎の自由人ーーエゼルが向かい合った。

観客のざわめきは、すぐ沈黙に飲まれた。二人の腕だけが、陽光を反射している。

炎の自由人は肩を揺らし、笑みを浮かべた。

「ふふ、思いっきり叩きつけてやるよ。」

しかし、その笑みの奥には、焦りとも嫉妬ともつかぬ感情が滲む。

一方、ジュリアンは微動だにせず、瞳に水のような冷静さを宿している。その手首は、静かに、しかし確実に力を分散する構えを見せた。

審判の声と共に、二人の手がぶつかる。

初めの瞬間、腕は微動だにせず、互いの力を探り合うようだ。エゼルは内心で苛立つ。

「なんだ、この冷たさ……!」

ジュリアンはその焦りを感じ取り、指先で微かに圧を変えるだけで、相手の勢いを吸収する。まるで水面に落ちる滴のように、暴れた力は波紋として返される。

観客の視線は、両者の腕の一点に集中する。

その時だった、ジュリアンの腕にわずかな汗が光り、顎に皺が寄る。しかし、エゼルの手は揺るがない。燃える瞳は相手を見据え、全てを喰らい尽くさんとするかのようだ。

そして――ゆっくりと、しかし確実に。自由人の腕が傾き始める。観客席からはどよめきが漏れる。ジュリアンは苦笑を浮かべ、唇を噛む。「くっ……負けるのか……」

エゼルは静かに腕を押し切り、勝利を確定させた。手を下ろしたその姿は、勝利者の誇りも”傲慢”もなく、ただ冷静で、鋭く、そして美しかった。

ジュリアンは笑いながらも目に熱を宿していた。

「力には自信があったのだが、負けるとはな……次は俺が勝つ。」

エゼルは無言で、次の相手を静かに見据えた。炎の自由人の勝利は、力ではなく、意外にも冷静さと計算――そして不屈の精神に宿っていたのだ。

会場には、水のように冷たく、しかし確実に勝利を告げる余韻だけが漂った...



────

準決勝第一試合――緻密の神対、粗雑の王。


「 誰もがそれを、見つめている。いや、見つめざるをえない状況に、自然と身を委ねている。

緻密の神は、細部にまで神経を行き届かせ、絶対的な勝利への道筋を計算し尽くしている。

粗雑の王は、その逆で、ただ力任せ、ただ直感任せで、しかし不思議な迫力を漂わせている。

そして試合は、始まるのである!!」


「おお〜、蒼鷲寮の怪物同士の戦いだ!」

「これは見物だぞ!」

観客たちがざわめく中、ノアとレタルがテーブルに向き合う。

ノアは軽く首を回しながら余裕の笑みを浮かべた。

「悪いけど、僕の腕相撲テクニックは結構なものなんだよ?角度と重心移動を使えば、純粋な筋力差なんて──」

「よろしく」

レタルが静かに手を差し出す。

二人の手が組まれた瞬間──

「!?」

ノアの表情が凍りついた。

(これは...なんだ?まるで鉄の塊を握ってるみたいに...)

レタルの握力が尋常ではない。まるで万力で締め付けられているような感覚。

「ノア、大丈夫か?顔が青いぞ」

「だ、大丈夫だよ!僕だって負けないからね!」

ノアが必死に力を込めるが──

「あ」

レタルがほんの少し力を入れただけで、ノアの腕がゆっくりと押し倒される。

「嘘だろ...?」

ノアの腕が机に叩きつけられた。

完敗だった。

(僕が...僕が負けるなんて...)

ノアの心に初めて「絶望」という感情が芽生えた瞬間だった。

「やるじゃないか、レタル」

レタルは何事もなかったかのように立ち上がる。ノアは呆然と自分の手を見つめていた。


────


「さあ、やってまいりました!準決勝第二試合――!!」

司会者の声が会場に響き渡る。

「対戦カードは――怪力魔人、エゼル・ノクス!!対するは――氷の女帝、ヴィクトリア・リュシアだぁぁぁぁ!!」

歓声が渦のように会場を巻き込み、観客たちの熱気が空気を震わせる。

「さあ皆さん、目に焼き付けろ!力と知恵の激突、今ここに開幕だぁぁぁぁ!!」



「悪いが、女でも手加減はしないぞ。」

エゼルがテーブルに拳を叩きつける。ヴィクトリアは相変わらず無表情。

「どうぞ、全力で来なさい」

「おお〜、言うじゃねぇか!」

二人の手が組まれ──

「はああああ!」

エゼルが全力で力を込める。しかし、ヴィクトリアの腕はびくともしない。

「なんだと...?」

「私を甘く見すぎね。ルールブックをちゃんと読んで。魂気による肉体強化は反則だけど、魔法による強化は反則じゃないの。」


声は落ち着いているが、瞳の奥には揺るがぬ覚悟が光っていた。

そして、ヴィクトリアが冷たく微笑んだ瞬間、エゼルの腕が勢いよく机に叩きつけられた。

「うわああああ!」

「愚かね」

ヴィクトリアは勝利を収めると、何事もなかったかのように席を立った。


「決勝戦!!それは氷 vs 粗雑ゴリラだぁぁぁ!!」


「決勝!レタル vs ヴィクトリア!」

食堂が最高潮の盛り上がりを見せる中、二人がテーブルの前に座る。

レタルは静かに水を飲み、ヴィクトリアは無表情で相手を見据える。

「面白い相手ね」

「ああ」

二人の手が組まれた瞬間、食堂の空気が凍りついた。

静寂が支配する。

両者とも動かない。まるで石像のように。

しかし、よく見ると二人の腕にはうっすらと血管が浮かんでいる。見えない力のせめぎ合いが続いていた。

「すげぇ...互角だ」

「どっちが勝つんだ?」

観客が固唾を呑んで見守る中──

「終わりだよ」

レタルが小さく呟いた瞬間、彼の腕に鋭い鱗が浮かび上がり、筋肉がひときわ硬質に膨らむ。瞬時にその力は増し、ヴィクトリアの腕がわずかに傾いた。

冷たい空気が二人の間に張り詰め、世界の一瞬が止まったかのようだった。

「竜化...くっ」

ヴィクトリアが初めて苦悶の表情を見せ、そして──

机に手が着いた。

「勝者、レタル・レギウス!」

勝利の瞬間、レタルは静かに立ち上がった。ヴィクトリアは悔しそうに手を見つめている。

「...強いのね」


「君も随分強いね。」


────


祝福の拍手が鳴り響く中、最も恐ろしい瞬間がやってきた。

優勝者による「雑用押し付け権」の行使である。

「さあレタル!誰を選ぶんだ?」

寮生たちがざわめく中、レタルはゆっくりと立ち上がった。

フィリップが必死に弁解する。

「俺は頭脳労働の方が得意だから、雑用なんて向いてないと思うんだけどね〜。それに俺みたいな美形が汚れ仕事したら、世の女性たちに申し訳が立たないというか...」

「だから女子のファンいないって」


「潜在的にいるって言ってるだろ!もしかしたら今この瞬間も、どこかの女子が『フィリップ様素敵...』って思ってるかもしれないし!」


「ないない」


「断言するな!希望くらい持たせろ!」

クラウスは空気を読まずに手を挙げる。

「余を選ぶが良い!余ならば雑用など余裕だ!」

「いや、絶対お前は役に立たないだろ」

「何故だ?余は雑用の効率化について1742通りのアルゴリズムを考案済みだぞ?」

「アルゴリズムって何だよ!」

「例えば、掃除機をかける際の最適ルートを計算し、無駄な動きを0.3%削減する『ジグザグ戦法』や──」

「長い!説明が長い!」

「まだ1741通り残っているのだが?」

「いらない!」

レオンは首をかしげながら手をひらひらと振る。

「僕でもいいですよ〜。お掃除とか楽しそうです♪」

「こいつも危険だ...」

ジュリアンは冷静に視線を下げ、エゼルは無言で拳を握る。ヴィクトリアは腕を組んで不機嫌そうにしている。

そして、ノアは顔を強ばらせていた。

(まさか...まさかな...?)

レタルの視線がゆっくりと寮生たちを見回す。

そして──

「ノア」

「は?」

「一週間、頼むよ。」

一瞬の沈黙。

次の瞬間、食堂が爆発した。

「うわあああああ!やっぱりかあああ!」

ノアが両手で顔を覆いながら絶叫する。

フィリップが嬉しそうに拍手する。

「いや〜、良かった良かった。俺じゃなくて本当に良かった。これで俺の美貌は守られた...神よ、ありがとう...」

「てめぇ!人の不幸を喜ぶな!」

「不幸じゃないよ〜。自尊心の権化、自己愛ノアくんの『成長の機会』だよ〜。...ノアを揶揄うのが一番面白ぇや!!」


「性格悪すぎだろお前!」

ヴィクトリアは相変わらず無表情でこの騒ぎを眺めている。

「愚かね」

クラウスが心配そうに声をかける。

「ノア、大丈夫か?余が代わりに...」

「お前は絶対無理だ!」

「何故だ?余は既に雑用効率化の完璧な計画を立てている!まず朝7時に起床し、7時3分から歯磨き、7時5分30秒から洗顔、そして──」

「細かすぎるわ!」

「細かくなければ効率化など不可能だ!ちなみに余の計算では、通常3時間かかる雑用を2時間47分13秒に短縮可能だぞ?」

「そこまで細かく計算してんの?」

「当然だ。ちなみに秒単位の誤差が生じた場合のリカバリープランも27通り用意してある」


「...お前すげぇよ、ある意味。」


エゼルは苦笑いを浮かべながら頷く。

「ま、俺じゃなくて良かった...頑張れよ」


レオンだけが首をかしげている。

「えーっと、何でノアくんが泣いてるんですか?雑用って楽しくないんですか?」

「楽しいわけないだろ!」

「え〜?でも僕、お掃除とか料理とか大好きですけど...」

「お前は特殊なんだよ!」

「特殊って何ですか〜?僕、普通だと思うんですけど...あ、そうそう!今度一緒にお掃除しませんか?きっと楽しいですよ♪」

「その天然さが怖いんだよ...」

みんなが冷や汗をかく中、レオンだけが無邪気に微笑んでいた。



翌日...それは、地獄の始まり。


次の日の早朝。

ボイラー室から聞こえる作業音と、時折響く絶望の叫び声。

「うわあああ!なんでこんなに汚れてるんだよ〜!」

煤まみれになったノアが、ボイラーの掃除に格闘していた。

(僕は天才なのに...エリートの中のエリートがこんな真っ黒になって...)

廊下を通りかかったレタルが、美味しそうにカツサンドを頬張りながら覗き込む。

「順調かい?」

「順調、なわけねぇだろ!」

ノアが涙目で振り返る。

「僕は選抜実践制度に選ばれた男だぞ?ボイラー掃除なんて...」

「学園の伝統だからな〜仕方ないね。」

「そういう問題じゃない!」

レタルは肩をすくめると、カツサンドを片手に去っていく。

その後ろ姿を見送りながら、ノアの心に複雑な感情が渦巻いた。

(でも...そういえば、いつも誰かがこの掃除をしてたんだよな。もしかして、ジルが...?)


───


昼食の時間。

ノアが疲れ切った表情で食堂に現れると、ジュリアンが心配そうに声をかけてきた。

「ノア、大丈夫か?顔色が悪いぞ」

「あ、ああ...ちょっと疲れただけだよ」

ノアは席に着きながら、ふと疑問に思った。

「ジル、君はいつも雑用してたんだよね?」

「まあ、俺の責務だからな」

「ボイラー掃除も?」

「ああ」

「...辛くなかったか?」

ジュリアンは少し驚いたような表情を見せた。


「別に辛くはないさ。慣れてしまえばそれほどでも」


しかし、その言葉とは裏腹に、ジュリアンの手には細かい傷がいくつも残っていることにノアは気づいた。

(こんな辛いことを...一人でずっと...)

ノアの胸に、今まで感じたことのない感情が込み上げてきた。

罪悪感と、そして感謝の気持ち。

自分がいかに恵まれた環境にいたか、そしてその陰で誰かが支えてくれていたのかを、初めて実感した瞬間だった。

三日目:変化の兆し

「うう...もう限界だ...でも、僕は諦めたりしない。」


トイレ掃除を終えたノアが、廊下にへたり込む。

そこに通りかかったフィリップが、わざとらしく同情の声をかけてきた。

「おお〜、ノア〜。頑張ってるね〜。俺なんか見てるだけで疲れちゃうよ〜」


「見てるだけかよ!」


「だって俺は頭脳派だから〜。肉体労働は専門外なんだよね〜」


「手伝えよ!」


「え〜、でも俺の美しい手が汚れちゃう〜」


「美しくない!小汚い手だ!!」


「ひどい!せめて『そこそこ美しい』くらいは認めてよ!」


「断じて、認めない!」


「みっともないわね」


「ヴィクトリア...」


「でも、少しは成長したじゃない...」


「え?」


ヴィクトリアは振り返らずに歩き続ける。

「前の貴方だったら、こんなことで泣き言を言う前に、誰かに代わりを押し付けていたでしょうね。」

その言葉にノアはハッとした。

確かに、以前の自分だったら──

(僕はセフィラの王子だから、こんなことはしない!誰か代わりにやって〜)

そう言って、逃げ出していただろう。

しかし今...ノアは確実に変わり始めていた。


───


一週間の雑用期間が終わった夜。

ノアは一人、寮の屋上で星空を眺めていた。

「やっと終わったか」

振り返ると、レタルがいつの間にか現れていた。

「レタル...」

「どうだった?」

ノアは少し考えてから答えた。

「...辛かった。でも、勉強になった」

「そうかい。」

レタルは隣に座る。


「君がこれを僕に押し付けたのは、僕に学ばせるためだったんだろう?」


「さあ〜ね」

レタルはいつものように曖昧に答える。しかし、その口元にはわずかな笑みが浮かんでいた。

「一つだけ言えることがある」

「何?」

「レタル...君は思っていたより、ずっと強いな」

その言葉に、ノアの胸が温かくなった。



エピローグ:新しい日常

翌朝の食堂。

「おはよう、みんな!」

ノアがいつものように明るく挨拶する。しかし、以前とは何かが違っていた。

表面的な傲慢さが消え、より自然な笑顔になっていた。

「ジル、今日の雑用、僕も手伝うよ」

「え?いや、別にノアがする必要は...」

「いいんだ。僕も寮の一員だから」

その言葉に、食堂の雰囲気が少し和らいだ。

フィリップが驚いたような顔をする。

「おい、ノア...お前本当に大丈夫か?熱でもあるんじゃないか?まさか俺の美貌に見とれすぎて頭がおかしくなったとか?」


「失礼だな!僕は至って正常だよ。それに「俺の美貌」って何だよ」

「え?俺って美形じゃない?」

「...まあ、そこそこは」

「『そこそこ』?『そこそこ』って何だよ!もっとこう、『超絶美形』とか『神々しい』とか、そういう表現はないのか?」

「ないです」

「即答すんな!」

クラウスが感動したように拍手する。

「おお!これぞ真の王の成長!感動的だ!余の計算によれば、君の成長率は前日比127.3%アップだ!」

「いや、だから僕は王じゃないって...それに成長率って何だよ」

「もちろん、精神的成熟度、協調性、責任感などを総合的に数値化した余独自の算出方法だ!ちなみに昨日の君は偏差値32だったが、今日は40.8だ!」

「測るな!それに40.8って微妙に低くない?」

「大丈夫だ!余の計算では、あと147日でノアは善人偏差値60に到達する!」


ノアは眉をひそめ、思わず頭を抱えた。

「善人偏差値って何だよ……! 勝手に作るなよ、そんなもん!」

傍らのレタルはニヤリと笑い、悪戯っぽく肩をすくめる。

「良かったじゃん、唯一の欠点も克服だね!!」

レオンが首をかしげる。

「えーっと、何が変わったんですか?」


「お前は本当に...」

賑やかな日常が戻ってきた。

しかし、ノアは時々、ジュリアンの手に残る小さな傷を見ては、心の中で呟くのだった。

(ありがとう、ジュリアン。お前がどれだけ大変な思いをしていたか、やっと分かったよ...)

そして、レタルを見る目にも変化があった。

以前は単なるライバルとしか思っていなかったが、今では尊敬すべき相手として見るようになっていた。

(次は絶対に負けない。でも今度は、違う理由で勝ちたいと思う)

ノアの成長は、まだ始まったばかり。

蒼鷲寮の日常は、今日もまた新しい1ページを刻んでいく──

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