表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Unmade -歪みし世界の中、人身御供となりて奏でた仮初めの青春譚-  作者: イチジク浣腸
光と影

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

12/138

神vs堕天使

人は、傷を隠すのが上手くなるたびに、少しずつ“人”でなくなっていく気がする。

それは強さではなく、ある種の鈍さであり、痛みを忘れることによってしか保てない均衡だ。


この物語に登場する少年たちもまた、それぞれのやり方で自分の心を隠している。

神を宿した者、救いを拒んだ者、そして誰よりも優しかった者。


血は記憶を継ぎ、運命を刻む。けれど、それに抗うようにして、彼らは今日を生きている。

これは、そんな彼らの物語だ。


何も知らないふりをして、すべてを見透かしている瞳が、あなたの心にひっそりと影を落とすことを願って。


——あなたにとって、痛みは敵だろうか。

それとも、誰かに触れた証だろうか。


翌朝の空は、鉛色の雲が低く垂れこめ、冷たい風が石畳を撫でていた。

セラフィエル士官学園の威厳に満ちた正門。その重い鋼鉄の扉は、青緑の錆を宿し、扉の上には帝国の紋章が嵌め込まれていた。

両脇の石柱の上には、三体の青銅の獣が空を睨んでいる。

中央に翼を広げる蒼鷲。

左に牙を剥く黒狼。

右に尾を巻く白狐。

曇天の光に濡れた蒼鷲の翼は、今にも羽ばたこうとするようでありながら、錆びついた鎖に繋がれているようにも見えた。


その静けさを破るように、帝国軍から派遣された輸送用の魔導馬車が現れる。

封印術の鎖が這う重厚な車体、鋼鉄の馬が吐く魔蒸気は白い霧となり、石畳を曇らせていく。

黒漆の車体に刻まれた帝国紋章が、曇天の下で鈍く光った。


ノアはその光景を一瞥し、淡い冷笑を浮かべながら車に乗り込む。

座席に身を沈め、魔蒸気のくぐもる車内で、眠たげに呟いた。


「ふぁぁ...早起きは3ディオスの得?とかいうけどさ...3ディオスなんざ、絨毯のほつれ安いさ。そんな端金で眠りを売る僕たちは……実に愚かだね。」

その言葉は、白い蒸気に溶けて、外の灰色の空と同じく、鈍くかすんでいった。


対照的に、レタルは制服の下に魔装具を固く締め、緊急時用の魔道具も完璧に身につけていた。

その瞳は冷静で、揺るぎなくノアを見据えている。


「ノア、三ディオスを軽んじるのは愚かだ。

それに、今回の任務は遊びではないよ。強敵がいる以上、私たちの力が真っ向から試される。」


ノアは細めた目に薄く笑みを浮かべた。

その笑みは冷たく、どこか虚ろだった。


「知ってるさ。だからこそ、僕は少しだけ楽しみにしてる。それに”僕たち”なら、どんな相手でも、絶対に退屈なんてさせないだろ?」



魔導馬車が静かに動き出す。二人を乗せて、帝国の影の奥深くへと向かって。


その背後で、セラフィエル学園の高塔に立つエゼル・ノクスが、薄く目を開けた。


「……始まったか。」


その声は、夜風にかき消された。


魔導馬車の内部は意外にも静かだった。外装こそ重厚で厳ついが、中は吸音魔法が施され、揺れ一つない快適さ。窓の外を流れる景色は、のどかな帝国の田園風景から、次第に荒野めいた地形へと変わっていった。


レタルは窓に肘をつき、外を見つめていた。


「ノア。これ、ただの調査任務じゃないかもしれない。」


ノアは手帳に何やらいたずら描きをしながら、気だるげに答えた。

退屈を嫌う彼にとって、じっとしている時間は苦痛の種だった。

「帝国がわざわざ学生を使う時点で、妙だよね。……裏に何かある。少し胸騒ぎがするね。でも、問題ない。やることは変わらないさ。」


「君って本当に…どうしてそんなに、動じないんだろね。」


「逆に聞くけど、どうしてレタルはそんなに真面目なの?」


レタルはくすっと笑った。


「暴走機関車の君を誰かが止めなければいけないからだよ。それが私だよ。」


馬車が止まり、二人は降車する。そこは《灰の谷》と呼ばれる、帝国の辺境地だった。


魔力異常が報告されたのは、谷の奥にある廃教会跡。かつて異端の宗派が拠点としていた場所で、今は人も寄りつかない。


風が肌を刺すように冷たい。谷全体に、どこか死んだ空気が漂っていた。


「ここ、嫌な匂いがするね。魔力っていうより、もっと…根深いもの。」


ノアは地面に手をかざした。草の下に、わずかな魔素の残滓がある。何かが地中で脈打っているようだった。


「やっぱり。誰かがここで“何か”をやってる。」


レタルも頷いた。


「…探索開始しよう。日が暮れる前に、手がかりを。」


「うん。でも焦らないで。こういう場所って、急ぐほどロクなことにならないから。」


**


廃教会の扉は、ほとんど自然に朽ちていた。だが、内部は不自然なほど整然としている。埃がない。割れたステンドグラスが、誰かの手で掃き清められたように片付けられていた。


レタルが囁いた。


「誰かが、つい最近までここにいた。」


ノアの目がわずかに鋭くなる。


その瞬間だった。


「おや、来客か。」


暗がりから、ローブをまとった男が姿を現した。


肌は青白く、目は光を反射しないほどに沈んでいた。まるで“生”を終えたものが、無理やり歩いているような雰囲気。


「歓迎しよう。帝国の若き兵士たちよ。」


ノアとレタルは即座に身構えた。


ノアの声が、冷たく沈む。


「…誰だ。名を名乗れ。」


男はゆっくりと口角を上げた。


「我が名は…レヴィン。“かつて神に触れた者”とでも呼んでくれたまえ。」


その瞬間、空気が凍った。


ノアとレタルの間に、張りつめた緊張が走る。


そして次の瞬間、影が溢れ出す。廃教会の床から、壁から、祭壇の裏から。


「来るよ、ノア!」


「わかってるよ!...ようやく退屈が晴れるな。」


そう言って、ノアの指先が光を帯びる。神の力が、静かに、しかし確かに目を覚ます——


廃教会の空間が、ゆっくりと歪んでいく。


まるで壁の奥に別の次元が滲み出すように、空気がねじれ、光が沈み込む。ローブの男は、自らの胸元をゆっくりと引き裂いた。皮膚が裂け、赤黒い血が地に滴り落ちる。


レタルが目を見開く。


「……まさか、自傷によって“顕現”させる気か?」


ノアは一歩前へ出た。いつのまにか右手に生じた透明な結界が、男の血に反応して微かに軋む。


「“血塗ラレシ啓示オルカーネイション”か…。神の残響を引きずり出す、神の如き業。」


男は笑った。その血塗れの口元は、もはや人間のそれではなかった。


「私は《サミーザ》の力を宿した者。嘆きと救済の裏返しを知る、万象の棄教者。」


裂けた胸から、黒い光が噴き出す。


それは血ではない。呪いに近いもの。意志を持つ負の奔流だった。教会全体が悲鳴をあげるように軋み、古びたステンドグラスが一斉に砕け散った。


男が即座に詠唱する。


「“巨人のネフェリム・アウレオール”!」


光の盾がノアとレタルを包む。だが、その中でノアは平然と片手をポケットに突っ込み、舌打ちした。


「やれやれ。堕天使ってのは、ほんとロクなのがいない。」


男の身体の中から、サミーザの“化身”が立ち上がる。幾本もの腕を持ち、眼窩のない仮面をかぶった異形の存在。慈悲と残酷を同時に刻んだその姿は、狂気と威厳を等しく備えていた。


「我は問う——誰が救いを望んだか?」


サミーザの声が、響く。否、脳内に直接流れ込んでくる。


「我が力は代償を求める。血、痛み、そして——信仰の破壊。」


ノアの表情が冷える。すっと目元から笑みが消える。


「レタル、盾は任せた。こっちは僕が“抑える”。」


「無茶だ、ノア——!」


「…大丈夫だ。俺は、こう見えて“最高に性格が悪い”。」


その言葉が空気を切り裂いた。ノアの瞳が深紅の焔に燃え上がり、

足元から命気レーベン聖力リクトスが渦巻き爆発する。

まるで凍てつく嵐の中心で世界を震わせるかのように。


そして、氷の刃のように鋭く澄んだ蒼光が、ノアの背から迸った。


神の力——唯一神の力を受け継ぐ末裔が持つ“絶対秩序”が、サミーザの呪詛と衝突する。


「さて、サミーザ。君は誰を救おうとしたんだい?」


ノアの声は、かすかに笑っていた。


「少なくとも、僕じゃないね。」


そして、戦いの幕が静かに上がる。


聖力リクトス


唯一神の力を受け継ぐ者、神や唯一神の使者に選ばれし者にのみ与えられる祝福の力。

聖剣を扱う者、天使を宿す者はこの力で世界の理不尽に抗う。力は秩序であり、光そのもの。

扱えるモノはごく僅かである。


命気レーベン


命そのものに宿る波動。植物、風、水、大地──自然と心を通わせた者が呼び起こす強大な力。癒しと破壊、両極の顔を持つ“生の力”。操作を誤れば死が待っている。



神、天使、悪魔の力を使う――それは、祝福された者たちの特権だ。

だがこの世界には、力を使うだけでは飽き足らず、“そのもの”を自分の元へ引きずり出そうとする者がいる。


「血塗ラレシ啓示オルカーネイション」――それは業。

ただの祈りではない。これは、神々と己の境界を削り取り、魂ごと差し出す行為である。


選ばれし者にしか許されない。

神との契約を超えて、神を“顕現”させる禁業。

命を賭けた召喚であり、肉体を蝕む契約であり、精神を蝕む儀式。


術者の身体は神のレセプタクルへと変じ、

魂は神の声に侵食され、やがて“個”としての境界は曖昧になっていく。

それでも彼らは顕現させる。己を超える存在を。


サミーザ――“否定の天使”を。

かつて天上で記録を司ったこの堕天使は、

未来を“修正”し、定められた運命すらも血と共に塗り替える存在。


オルカーネイションは奇跡ではない。

これは明確な意志、渇望、そして絶望から生まれた業。

神や悪魔を呼ぶ。

だからこそ、それは“業”と呼ばれる。

凡百の術者では決して扱えない、神を欺き、神を裂き、神を現世に引きずり出す、人ならざる意思の証明。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界 唯一神 選ばれし者 孤独 青春 成長 バトル チート  運命 主人公最強 神の力 家族  王族 受肉 天啓 葛藤  友情 救済 ファンタジー 神話
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ