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神と悪魔(かみとかみ)の語らい

どんなに力強い者でも、孤独に耐えきれず、弱さを抱えて生きている。王家に生まれ、唯一神の力を宿す者として、ノア・エヴァンスもまた、その孤独の中で生きてきた。


家族の期待、王位継承権という重圧。すべての目は姉に向けられ、ノアという存在は、どこか別の場所に放置されたような感覚を抱えながら、ひっそりと城の片隅で過ごしていた。


彼の力は、伝説にも語られたことがないほど強大だと言われる。しかし、それはまた、家族にとってはあまりにも重すぎる贈り物だった。男の子がその力を受け継ぐということは、何かが壊れ、何かが歪んでいく――そんな恐怖をもたらした。


誰にも理解されることなく、ただ力が引き寄せられていく。


そんなノアの前に現れたのは、まるで自分を鏡のように映すような少年、レタルだった。彼の瞳の中に、ノアは初めて、自分を見つけた気がした。互いに、誰にも言えない何かを抱えていたからだ。


二人の出会いは、運命のいたずらか、ただの偶然か。だがその出会いが、ノアにとって初めての「救い」となることを、彼はまだ知らない。


一人の少年が差し出す手が、ノアにとってどれほどの意味を持つのか。それはただの手ではなく、闇の中で光を見つけるための、一筋の道となるのだった。


 ノア・エヴァンスは、家族から距離を置かれて育った。正確には「疎まれていた」のだが、彼自身はその感情を抱くことすら許されず、むしろ、そうあるよう強いられていたと言うべきだろう。


 彼の家系は、唯一神の力を代々受け継ぐ、セフィラ王家の血筋であった。

 その力は、長きにわたり、女にのみ宿るとされていた。実際、彼の祖母であるリリスは歴代の中でもとびきりの才を持ち、神の器として崇められた存在だった。だがリリスは「最初」ではない。

 彼女は幾世代にもわたる神託の継承の一部であり、長い信仰と権威の積み重ねの果てに生まれた、荘厳なる“点”でしかなかった。


 だからこそ、次に起きた「逸脱」は世界を揺るがすに値した。

 唯一神が気まぐれか、悪魔の悪戯か、男児にその力か宿ったのだ。

 ノア――歴史にただひとり、唯一神の力を宿す少年。

 しかも、その力はリリス女王すら凌ぐと噂された。


 ノアは、生まれながらにして「例外」であった。

 家の空気が重苦しかったのは偶然ではない。

 父は、息子に向けるべき眼差しを持てなかった。

 「同じ男であるはずなのに、自分には与えられなかった力」を、どう扱えばいいか分からなかったのだ。

 その戸惑いは憎悪へと変わり、やがてそれは暴力として、幼子に降りかかった。


 母は沈黙を選んだ。

 兄妹弟は遠巻きに彼を見るようになった。

 ただ一人、姉だけが彼の名を呼んだ。

 彼女の声は柔らかく、手は温かかった。けれど、それはノアにとって檻であった。

 優しさが怖かった。

 理解されることが痛かった。

 孤独に慣れてしまった少年には、誰かの愛はあまりにも鋭利だった。


 誰にも必要とされていないという確信だけが、

 彼に妙な平穏を与えていたのかもしれない。

 ただ、「選ばれた」という事実だけが、胸の奥で静かに燃えていた。


 しかし、ノアの存在がもたらしたのは、家族の崩壊だけではなかった。


 セフィラの民衆は、長きにわたり神秘を信仰してきた。

 「男が神の器になるはずがない」という意識は、血に刻まれた常識であり、それを破ったノアの誕生は祝福ではなく、混乱を呼んだ。


 一方で、一部の若い世代や都市部では、彼を「新たな時代の徴」と見る声もある。

 神の法則を壊す者こそが、古き呪縛から解き放つ希望だと。

 その声は、静かに、しかし確かに広がっていた。


 だがそれは同時に、国を真っ二つに裂いた。

 古来より続く女系氏族制度「神のセフィリクラン」。第一の枝である王家に続く、強力な四大クランは国家に匹敵する自治権を有していた。

 彼らは神に仕え、祭祀を司り、武を修め、学を守る――神の代弁者であり、国の骨格だった。

 そしてそのクランの中でも、ノアを巡って分裂が始まった。


 正統派は言う。「男に神の力を託した前例はない。伝統と血統こそが真理だ。エルフィリスこそが次なる王に相応しい。」と。

 対する一部のノア派は言う。「この逸脱は神自らの意志。ならば新たな秩序を築く時だ。ノアこそが相応しい。」と。

 誰もがまだ、表立って刃を交えようとはしない。

 だが、それは静かに膨らむ沈黙――

 やがて誰かが最初の一手を打てば、一斉に弓が引かれる。


 ノアの姉は、歴代の継承者と比しても決して劣ってはいない。

 むしろ、継ぐべきは彼女であったはずだと、多くがそう信じていた。

 国をまとめるはずの存在が、国家を軋ませている。

 それが、ノアという少年だった。


 彼を救う力は、果たして世界をも救うのか。

 それとも、彼の内にある孤独こそが、この国を焼き尽くす業火となるのか。


 神は語らない。

 ただ選び、与え、試すだけだ。





――出会いの午後。


ノアは、自分が透明な袋に詰められて、棚の奥にしまい込まれた菓子のような存在だと思っていた。誰の手にも取られず、気づかれることもなく、ただ日々の埃を積もらせていく。


城の廊下はどこも白く光っていたが、その白さは無関心の色だった。家族の目は、姉に向かう時だけ暖かく、ノアに向かう時は、微妙に焦点を外していた。まるで、見たくない物にレンズを当てる時のように。


その日、ノアはいつものように誰にも告げず城を抜け出した。人の多い下町の広場。喧騒のなか、ノアの気配を正面から見据える少年がいた。


「君、ノア・エヴァンスでしょ。」


声に混じるのは、まるで自分の名前が何かの研究対象みたいな響きだった。


レタル――と名乗った少年は、静かな目をしていた。澄んでいるが底が見えない、まるで水面の下に何かが潜んでいるような、あの目。


ノアは答えなかった。ただじっと見返した。目を合わせることに飢えていたのかもしれない。誰かが本当に自分の目を、まっすぐに見つめてくれるという、それだけのことがこんなにも胸に沁みるなんて知らなかった。


「なんだか、しんどそうだね。」


レタルの言葉は、柔らかく投げられた石のようだった。痛くはないけれど、確かに当たって、その場にぽとりと音を立てる。


「そういうふうに見える?」


「うん。僕もそうだったから。」


そうだった、と言えるほど、レタルは何かを抜けた顔をしていた。まだ子どもなのに、どうしてそんな目をするのかと不思議に思う。でもその目は、ノアの心の奥の「触れられたくなかった場所」を、すでに知っているようでもあった。


「僕の家、女しか神の力を継がないんだ。でも僕には、その力がある。」


「……それって、悪いことなの?」


「悪いっていうか、みんながそう言う。僕が生まれなかったら、みんなうまくいったって。」


レタルは少し笑った。まるでその言葉を「あるあるだよね」とでも言うように軽く受け止めた。


「それ、君のせいじゃないよ。」


「でも、僕がいたから、壊れたんだ。」


「僕はひとりぼっちだ。」


ノアは、初めてそれを声に出して言った。部屋の壁に、姉の手紙に、自分の枕に、何度も呟いていた言葉を、他人に聞かせたのは初めてだった。


レタルはしばらく黙っていた。風が吹いて、彼の黒髪が揺れた。その静けさが、なぜかノアを安心させた。


「壊れる家族なら、もともと壊れてるんだよ。君はただ、それを照らす光になっただけ。」


ノアの胸の奥が、静かに震えた。何かが、すっとほどけていく感覚。誰にも言っても仕方がないと思っていた言葉を、拾ってくれる人がいたこと。笑わず、怒らず、ただ寄り添ってくれる人がいたこと。


「ありがとう。」


それだけを呟いた。レタルはただ、頷いた。


誰にも知られず、傷だらけの光を抱えていたノアの心に、その日、やわらかく風が吹いた。


ノアが広場から帰ると、城は妙に静かだった。まるで、自分の存在を拒むような、静けさ。けれど、扉を開けた途端、あの声が聞こえた。


「ノア?」


姉だった。


エルフィリスは、変わっていなかった。涼しげな午後の空の瞳、まっすぐな背、そしてノアを包むような馥郁、慈声。


「どこに行ってたの?」


問いには、詮索よりも、心配がにじんでいた。ノアは答えなかった。ただ、目をそらした。


「父上にまた……言われたの?」


ノアは、うなずいた。「僕がいると、王家の伝統や血が乱れるって。継承権を傷つけるって。」


「そんなの……関係ないのに。」


姉の言葉は、ノアの中に沈殿していた痛みを、ゆっくりと溶かしていくようだった。


「君が力を持ったのは、きっと意味がある。私にはない何かを、君は見ている。」


「でも、姉上は……王位継承するべき人だ。」


「そうかなぁ...私より、君の方がよっぽど王にふさわしいかもしれない。」


言葉に迷いはなかった。ノアは姉の目を見た。そこにあったのは、羨望でも憐れみでもなく、ただ「誇り」だった。ノアという存在を誇らしく思う姉の気持ち。それが、胸の奥で温かく灯った。


**


その夜、レタルと再び会った。旧い図書館の裏の石畳の広場、月がくっきり浮かんでいた。


「今日、姉と話した。」


「うん、顔に出てる。」


「……?」


「君、目がちょっと強くなった。空を見てるような目になった。」


ノアは笑った。レタルに褒められるのは、なぜかくすぐったかった。


「姉上は、僕を認めてくれてた。でも、僕はそれを見ようとしてなかった。」


レタルはそっと手にしていた本を閉じた。

表紙には金色の刻印が輝き、《沈黙と救済》と題されている。

そこには竜人の皇帝を主人公にした物語の挿絵が描かれており、静かに重厚な物語の片鱗を窺わせていた。


「人って、嫌われるよりも、理解されることの方がずっと怖い。理解されるってことは、素の自分が見られることだから。」


ノアは目を伏せた。


「君が今まで怖れてたのは、“嫌われること”じゃなくて、“愛されること”だったんだよ。」


レタルの言葉は、やさしい矢のようにノアの心に突き刺さった。


「でももう、大丈夫だ。」


「……どうして?」


「君には、君自身の姿が、ようやく見え始めている。人は、それだけで立ち上がれるものだよ。」


一度言葉を切り、彼は微かに微笑んだようにも見えた。


「このあいだの返事――君は、独りではない。僕がいる。だから、ふたりぼっちだ。」



レタルは、まるでそれが確信であるかのように言った。その横顔は、どこか祈るようで――それでいて、どこか諦めたようでもあった。


**


ノアはその夜、自分の中の「孤独」が、少しだけ輪郭を失っていくのを感じた。それは痛みではなく、温もりのかたちをしていた。


姉の愛と、レタルの理解。


そのどちらもが、彼の内に「生きている理由」を灯していた。


しきたりとは、まるで時代の波に流されてきた泥のようなものだ。人々はその泥を美しいと称賛し、手を合わせて感謝するが、実際にはただの重荷でしかない。誰かが決めた「正しさ」に縛られ、無駄に高く積まれた壁に圧迫されながら、私たちは生きている。


ノア・エヴァンスにとって、家族の期待や王位継承権というしきたりは、まさにその泥の一塊だった。力を持ち、王家に生まれた者として与えられた役目。それはかつて偉大なものだったかもしれないが、今や彼の心を縛る重圧に過ぎなかった。


だが、そんな中で出会ったレタルという少年が、ノアに教えてくれたのは「しきたりに縛られない自由」の大切さだった。レタルは、王や血統のしきたりなどに縛られることなく、ただ自分自身を貫く強さを持っていた。その姿が、ノアの中で何かを解き放ち、彼を自由へと導いてくれた。

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