パーティー追放されたので田舎に帰ったら冒険者ギルドを任せられた件
ノルドレイク村。どこにでもある地方の田舎村だ。その村の片隅にある冒険者ギルド『跳ねる黒羊亭』は今日も村人で賑わっていた。
「レインハート!早くエールをくれ!」
「エールならもうすぐ出しますから」
レインハートは鍛冶屋のアルベルトをなだめながら、酒場のマスターの仕事をこなしていた。
(はぁ……なんでギルドマスターの仕事を引き受けたかな)
レインハートは酒場の仕事に忙しそうにしながら心の中でため息をついた。
レインハートは半年前までは冒険者をしていた。都会で冒険者として一旗揚げようとして、幾つかの冒険者パーティを渡り歩いた。6番目か7番目だったかの冒険者パーティを追放された時、田舎に帰ろうと思った。都会での冒険者生活に疲れたのだ。
とにかくレインハートは故郷であるノルドレイク村に戻ってきたのだ。
しかし、故郷に帰ってきたレインハートの運命は変転した。同じ頃、跳ねる黒羊亭のギルドマスターが引退を決意し、跳ねる黒羊亭の主人が不在になったのだ。跳ねる黒羊亭の空白を避けるために故郷に帰ってきたレインハートにギルドマスター就任を打診、彼は跳ねる黒羊亭のギルドマスターを引き受けることになった。
ギルドマスターの仕事は昼間はそんなに忙しくないが夜になると村人が集まり酒場の仕事が忙しくなる。それをギルドマスターとギルド職員で切り盛りしていくのだ。
今夜の跳ねる黒羊亭の仕事は夜遅くまで続いた。
◆◆◆◆◆
「ギルドマスター! ギルドマスター! 起きてください!」
「……ヤバい……寝落ちしていた」
レインハートはギルドの受付嬢、カリンに体を揺さぶられて目が覚めた。
昨夜の酒場での業務に疲れ果てて椅子の上で眠っていたらしい。
「いかん……ギルドマスターとしての威厳を取り戻さなければ」
レインハートは頬を軽く叩いて気合を入れた。
カリンは冒険者ギルド協会からノルドレイク村に派遣された受付嬢だ。主に冒険者ギルドの事務作業などを任せているが、田舎村の冒険者ギルドでは片手間にやれる仕事量だ。カリンは暇な時間はノルドレイク村周辺を散策しているらしい。
レインハートは依頼が所狭しと並べている掲示板に新しい依頼をいくつか貼り付けた。どの依頼もある程度緊急性の高い依頼だ。冒険者には汗を流してもらわないといけない。
レインハートはカリンを見るとアイテムの在庫数を確認してメモを取っていた。少なくなったアイテムは冒険者ギルド協会に連絡して在庫を補充してもらうのだ。
跳ねる黒羊亭の準備は滞りなく終わった。
◆◆◆◆◆
昼下がり、跳ねる黒羊亭は有閑な日常を過ごしていた。
レインハートはのんびりと伸びをした。忙しくなるのは夕方を過ぎてからだ。レインハートは冒険者ギルド協会の会誌を読みながら冒険者が来るのを待っていた。
――カランコロン。
ドアのベルがのんびりとした跳ねる黒羊亭に響き渡った。レインハートは冒険者ギルド協会の会誌を閉じて、冒険者に向き直る。冒険者は赤いフードを被っていた。
「ギルドマスターさん、ギルドマスターさん。大変です大変です」
「どうしたんだい?」
レインハートは赤いフードの冒険者に何があったのかを尋ねた。
「一緒に採集してた冒険者がいなくなったんです」
レインハートの表情が変わった。
「それは本当かい?」
レインハートは赤いフードの冒険者に問い直す。
「はい……大変なことにならなければいいんですけど……」
「……カリン、ちょっと外に出てくる」
「ギルドマスター、怪我に気をつけてくださいね」
外に出る準備をするレインハートをカリンは優しく見送るのだった。
◆◆◆◆◆
レインハートは赤いフードの冒険者に連れられて現場の森にやって来た。ほとんどの時間を跳ねる黒羊亭で過ごしてきたレインハートにとって久しぶりの遠出だ。
「この場所で採集仲間の冒険者がいなくなったんです」
「落ち着いて痕跡を探ろう」
レインハートは赤いフードの冒険者に痕跡を調べるように言った。
レインハートも集中してわずかな痕跡を見逃さないように痕跡を探した。この手の痕跡は虱潰しに探すのが一番だ。森の地面をくまなく調べた。
「……!」
レインハートは確かに手応えを感じとった。冒険者がいた痕跡だ。
「何か発見につながる痕跡を見つけ出したんですか?」
「わずかだが魔力の残留を感じ取った」
「……本当だ。魔力の残留があります」
「でもあっちは湖がある方向だ。森の奥とは逆方向だ」
「何をしに向かったのでしょうか」
赤いフードの冒険者は首を傾げた。
「とりあえず行ってみようか」
レインハートたちわずかな手がかりを頼りに湖のある方向に向かっていった。
◆◆◆◆◆
ノルドレイクの湖面は平穏な空気を醸し出していて、遠くには漁師が漁をしていた。
レインハートは湖面を注意深く観察しながら赤いフードの冒険者と行方不明者を探していた。
「おぉ……レインハートじゃないか。湖の近くまで来て何か探し物か?」
レインハートの知己の漁師が気安く話しかけてきた。レインハートは事情を説明して行方不明の冒険者らしき姿を見かけなかったかと尋ねた。
「冒険者ね……そういえば冒険者らしき人影がふらりと祠のほうに向かっていったよ」
漁師はそう言って指で冒険者の行き先を示した。
「祠?」
「誰が建てたか知らないけど祠が存在するんだ」
漁師はとりあえず知っていることを話した。
「……よくわからないけど情報提供ありがとう!」
レインハートは漁師に感謝して祠に向かった!
◆◆◆◆◆
湖の祠の人気の少ない場所に祠がしめやかに存在していた。見た目は古そうだ。
レインハートと赤いフードの冒険者は祠の前に立っていた。
「この祠に冒険者は何の用があるのだろう」
レインハートは静かに残留魔力を探った。
「ギルドマスターさん……ちょっと見てください」
「どうしたんだい?」
レインハートは魔力探知を中断して赤いフードの冒険者の方を見た。
「……この祠、わずかに隙間があります」
そう言って、赤いフードの冒険者は祠の接地面を指差した。確かに祠と地面はわずかに浮いていた。
「この祠……動かせるのか?」
レインハートは試しに祠を押してみた。すると祠はレインハートの押した力に呼応するようにゆっくり動き出した。
「……これは隠し階段?」
そこには隠し階段があった。
「階段を隠すために祠を設置したのでしょうか」
「とにかく降りてみましょう」
レインハートと赤いフードの冒険者は恐る恐る隠し階段を降りてみた。
階段を降りた先は薄暗い空間に続いていた。残留魔力も濃厚に感じられていた。
「慎重に探索しよう……何があるのかわからないからね」
レインハートたちは照明魔法でゆっくりと探索を開始した。
魔力感知するとコウモリらしき生物の気配を感知できた。
何が起きるかわからないので細心の注意を払って探索するレインハートと赤いフードの冒険者。
やがて、開けた場所に出た。
「……ここはまるで神殿のようだ」
そこは神殿のような荘厳な雰囲気のある場所だった。
「ギルドマスターさん!あれを見てください!」
赤いフードの冒険者はレインハートにある方向を指差した。
「行ってみよう!」
赤いフードの冒険者とレインハートはその場所に駆けつけた。
その場所には冒険者が1人倒れていた。レインハートはその冒険者に見覚えがあった。
「彼はキミのパーティーメンバーかい?」
「そうです!なぜ、彼がこんな場所に倒れているのか」
レインハートは軽く倒れている冒険者に回復魔法をかけると軽く冒険者を揺さぶった!
すると、冒険者は意識を取り戻したのか目を開いてゆっくりと起床した。
「ギルドマスターさん……どうして俺はここにいるんだ?」
「ここは祠の地下にある空間だ。君が突然いなくなったから探しに来たんだよ」
レインハートは経緯を説明した!
「……全然覚えていない」
行方不明になった冒険者は首を振った。記憶が欠落したらしい。
レインハートは広い空間を照明魔法で照らして周囲を見渡した。
すると、奇妙なボタンのようなものがある台座が見えた。恐る恐る近づくレインハート。
「これはいったいなんだ」
レインハートは慎重にボタンを押した。
すると、地響きのような音がした。レインハートは思わず尻もちをついた!
「ギルドマスターさん、まるで地面がせり上がっているようです」
「動いちゃダメだ!」
ギルドマスターは冒険者に注意を促した!
地響きはしばらく鳴り続けたがやがて止まった。そして、コウモリが逃げ去るような羽音が聞こえてきた!
「レインハート! 何が起きたんだ!」
レインハートが声がする方を向くと漁師が駆けつけてきた。
「ボタンを押したら地響きがしたんだ」
「そんなことより外に出るんだ! 大変なことになっているぞ!」
漁師に促されるまま地下空間から脱出するレインハートたち!
脱出して、外の景色を見たレインハートは思わず呆然とした表情を見せた!
「湖の上に謎の遺跡がせり上がっている!」
そう、ノルドレイクの湖上に古い遺跡がせり上がっていたのだ。
レインハートの過去の記憶を参照してもノルドレイクにそんな遺跡があった記憶はない!
「突然、地響きがしたと思ったらデカい遺跡がせり上がってきたんだよ!」
漁師が遺跡が浮上した状況を語った!
「まさか、俺が地下のボタンを押したから遺跡が浮上したのか!?」
レインハートは状況的に自分がボタンを押したから遺跡が浮上したという推論を語った!
「凄い……こんな遺跡がノルドレイクの底に眠っていたなんて」
赤いフードの冒険者は古い遺跡の姿に驚嘆した!
「……なんて大きい遺跡だ」
行方不明になっていた冒険者はまだ一連の出来事を現実だと思っていなかった!
「ギ、ギルドマスター! 一体どうしたんですか!?」
遠くから騒ぎを聞きつけたのかカリンがレインハートのいる方に駆けつけた!
レインハートはギルドの仕事がますます忙しくなるなと思った。