マッチングアプリなんらかの一位謳いがち
閉じたカーテンの隙間から差し込む光で目が覚めた。
現在時刻は8時。どことなく体に倦怠感を感じるのは、前日に飲んだ酒のせいか、座椅子で寝てしまったからなのかは定かではない。ぼんやりとした頭で、いつの間に寝てしまったのか、考える。
あの後、とりあえず何かがNo.1であると謳っているマッチングアプリをインストールした九頭は、アカウントの登録をして、プロフィールを作成する画面まで行ったのだが、そこで愕然とした。いや、愕然とはしなかった。もっと単純に、「うわ、面倒くさっ」と思った。
まず、プロフィールに写真を登録するところでつまづいた。九頭は友人と遊ぶ時に、自らの写真を撮る事がほとんどなかった。カメラロールを見ても、風景かその辺を歩いていた猫、ラーメンくらいしか無かった。そのくらいしか無かったし、もしあったとして、大勢の人が見れる場所に自分の顔写真を載せるのに抵抗があった。
一旦写真は置いといて、プロフィール登録をしようとした。そして、血液型、身長、年収、出身地などの定量化されている範囲はすんなりと埋められたのだが、自己紹介文を書くところでまた面倒になり、目を深く瞑ると、九頭はそのまま眠りについたのだった。
浴室に向かうと、昨日貯めたお湯が湯船に張られていた。自動で沸かしていたため、お湯が溢れたりはしていないが、電気代とガス代がもったいなかったな、と思いながら来ていた肌着を全て脱ぎ、浴槽の横に干してあったジップロックにスマホを入れる。以前湯船にスマホを落としてから、九頭はこのようにして浴室にスマホを持ち込んでいた。そこまでしてスマホを持ち込む必要があるのかと言われると、まあ無いのだが、とにかくそのように持ち込んでいた。
身体を洗ってから湯船に浸かると、少しアルコールの残った気だるい身体に40℃のお湯が染みた。
(あれ、1人でやるの無理だな)少し無心で湯船に浸かった後に、九頭はそう思った。
このままプロフィールや写真を登録したとして、上手くいく未来が見れない。
諦めて誰か暇そうでマッチングアプリに詳しそうな人に頼ろう。九頭はそう思った。
誰がいいか、と思い、学生自体にバイトしていたコンビニで知り合った、國崎を思い出した。
國崎出光。
当時身長176cm、体重70kg、痩せ型。
出会ったのは九頭が19歳の時で、彼は自分の1個下だったが、バイト歴は彼の方が長かったので、最初タメ口だった。そのことに関しては特に文句は無いのだが、最初の雑談が「九頭って俺の一個上なの?見えねえー!!」と、プラスして品のない爆笑だったので、九頭は彼を苦手というか、明確に嫌っていた。しかし、シフトが被ったりする事が何度もああり、時にして2年ほど働いた段階でようやくそういう人種と割り切ることが出来るようになり、友人と言っても差支えの無い程度の関係は築くことが出来た。そして、確かマッチングアプリで様々な女性と関係を持っていることを自慢げに話していたので、マッチングアプリについても詳しいと思われる。さらに、以前会った時と変わってなければ、彼は今でもあのコンビニでフリーターをやっていたはずだし、そのコンビニは今の住居から数駅しか離れていなかったので、とても九頭にとって都合が良かった。
九頭は彼に今の自身の状況を説明し、「良ければコツであったりを教えて欲しい」とメッセージアプリで連絡すると、國崎からは【え、ダサ笑面白そうだしいいよ笑】と、煽りが9割の返信が来たが、実際に今の自分はダサかったし、さして腹は立たなかった。
「じゃあ1時間後にいつものファミレスで」
【え、俺今日夜勤なんだけど】
「ありがとう!今日おごるわ!」
奢ると言えば必ず来るくらいに一人暮らしのフリーターは金欠であることを、正社員は知っていた。
流石に急に呼び出すのは迷惑だったかなと少し反省しながら、バイト時代に2人でよく行っていたファミレスに向かう。【先に店で待ってるわ】とメッセージが来たので、店内で國崎の座っている席を見つけて向かうと、空になっている鉄板と、恐らく2個目のミックスグリルを半分近く喰らい、「いやー助かったわ。今月金欠でさ」と言っている彼を見て、杞憂だったなと九頭は思った。
2つ目を平らげ、イチゴのデラックスパフェを頼むと、「で、なんで急にマッチングアプリ始めたの?」と國崎は聞いた。アプリを入れるまでの経緯を掻い摘んで説明すると、「タツが恋愛感情に興味を示すなんて」と驚嘆した。因みにタツと言うのは、九頭の名前の達郎から来た呼び名である。
「やっぱり分からないことがあるって言うのは不安じゃないか」
「そんなにまともな感性があったんだな」
「どんな人間だと思ってたんだよ」
「虫とセックスしてそうだなって」あまりにも酷い言い草すぎて、九頭は中途半端な笑いしかできなかった。
「で、俺は何教えればいいの?」ミックスグリル2個と大ライスを平らげた後に、追加で注文したチョコレートパフェに細長いスプーンを差しながら國崎は言った。
「プロフィールの書き方からもう何を書けばいいか分からなくてさ」そういうと九頭は頼んだネギトロ丼をかきこむ。
「そこからかよ」
「むしろここまでたどり着いたことを褒めて欲しい」
軽くため息を着くと、國崎は、「じゃあ俺書くからスマホ寄越せ」と、呆れと飯代くらいは手伝ってやるか、という気持ちが混じった様子で手を伸ばす。
「ありがとう。意外と面倒見いいよね」
「はいはい。で、先に聞きたいんだけど」
スマホを受け取ると、國崎はこちらを見る。
「一応目的は真面目な恋愛ってことでいいんだよな?」
「うん」
「結婚は?考えてるの?」
「どうだろ……まずその前の段階があんまりわかってないしそこまで考えてないかな」
「相手の女性に求めるものは?」
「ちょっと待って」立て続けの質問に少し面を食らった九頭は静止を促した。
「え、面接始まった?」
「ほぼそんなもんだな」
「就活じゃないんだから……」
「いや、マッチングアプリって就活みたいなもんだろ」大してちゃんとした就活もせずにフリーターを続けている國崎は真顔で続ける。
「まず、プロフィールは就活で言ったら履歴書だろ。
第一印象として、趣味、顔、文章の雰囲気とかから自身の求める相手か、求めているものが一致しているか相手が判断し、合格と見なされれば次の試験に進める。それがメッセージであったり、通話であったり、いきなり対面形式、つまりデートだな。であったりは人それぞれだが、そこでまた試される」
なるほど、言われてみれば似ているかもしれない。食べるタイミングを失ったネギトロ丼を手に持ちながら九頭は思った。
「で、大体1回から3回デート重ねて、彼女になるかセフレになるわけだ。まあ内定みたいなもんだろ。まあお祈りされる場合も結構あるけどな」そう言って國崎は少しだけ笑った。
「だからまずタツがどんな相手がいいか、目的が何なのかをハッキリさせる必要があるんだよ。就活で言う柱がしっかりしてた方が、相手も『この人私の目的と一致してるな。会おうかな?』ってなるだろ?」
「なるかな?」
「あとは顔次第だな」
「結局そこが大事なんだね……」因みに九頭は決して顔が良くない。中の下である。話にはあまり関係ないので詳しくは描写しないが、客観的に見て中の下である。
「まあでもなんとなく言いたいことはわかったよ。マッチングアプリは自分の方向性を相手と擦り合わせることが大事ってことだね」
「そういうこと」國崎はそういいながら
「てかお前身長169cmで登録してんの?」
「だってそうだし」
「いやとりあえず170cmには盛っとけよ。あと年収も450になってるけど500に盛るから」
こういった具合で、削られていく自尊心と引き換えに九頭のパーソナリティが少しずつ盛られ、やたらと明るい口調の自己紹介が完成した。
「これはもはや僕の皮を被った何かだ」
「実際そうだろ。作ったの俺だし」確かに。それもそうだ。
「あとは写真だけど、カメラロール見ていい?」
「うん。大丈夫」
國崎はカメラロールをスクロールしながら、しばらく使えそうな画像がないか探した。が、数分後、顔をしかめながら、「野良猫とラーメンしかねえ……」と呟いた。
「それくらいしか写真撮らないし」
「自分が写っている写真とかないの?」
「ああ……ないかも」
それを聞くと、國崎は無言でスマホを操作した後、いきなりカメラを九頭に向けた。
「笑え」
「え、いやいきなり言われても」「笑え」
笑顔の恐喝を受けた九頭は少し引きつりながら笑うと、シャッター音が目の前から聞こえた。
「これで登録したから」見せられた画像は、肌の質感や顔の輪郭、サイズなどを歪めることが出来るアプリで整形された後の自身の顔だった。
「すごい」
「なにが?」
「これだけ虚像だらけの世界を初めて見た」九頭は心の底から感心し、
自分の全てが偽りで覆われている事実が少しだけ虚しくなった。
「大体マッチングアプリなんてこんなもんだろ。それに次の画像見ろよ」
そう言われて画面右をタッチすると、過去に九頭が撮ったラーメンと野良猫の画像があった。
「ラーメンと猫は大体の人が好きだからな」
「國崎……」少しでも自分の真実を乗せてくれた國崎に思わず嬉しくなる。
もう既に僕は最高の人とマッチングしていた。
ありがとう、國崎。フリーターの金欠野郎だし、口が悪いし、前貸したゲームまだ返してもらってないけど、最高の友達だ。九頭は目頭を熱くさせながらそう思った。
まあ九頭がマッチしたいのは女の子なので、アプリは普通に始めるのだが。
次の次のエピソードでは女性キャラが出るので許してください。